其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百八話

 崩れ落ちる巨体と、ゆるりと落ちる身体。

 刀や剣では()()()()()と拳を握った正義の味方は、その乱舞をやめない。

 カタルシスが、崩れて行く。浄化装置が終わって行く。

 それこそ終演で、終焉で、終末で、終結だった。

 それだけで、それ以上にはならない。それ以降には行かない。

 彼等彼女等の胸の内に言葉を響かせる為に、武器を使う必要すらない。

 曰く、拳で語れる。

 無骨な手甲が嵌った腕が、幾度となく音速を超えて弾丸の如く突き穿つ。

 怪物の叫び声は、咆哮ではなく悲鳴のようで、ともすれば腹の口からではなく、カタルシス本来の声のような。

 返り血を浴びるその姿は、正義の味方とは程遠い。確かにその横に、少女を立たせるべきではない。二人一組(ツーマンセル)の正義の味方が、今この瞬間には一人で良かったと言える。あの純白を、この血で汚す訳にはいかなかっただろうから。

 

「そろそろ、その大合唱も終わりにしようぜ、シュプレヒコール」

 

 怨霊達の喚き声の中、それはやけにハッキリと聞こえた。遠くで呆然と見つめていた傍観者達にも届いた。

 正義の味方の意志が聞こえたと同時、拳の雨は降り注いだ。

 的確に一つ一つの口を狙い澄まして、歯の一つ一つを圧し折るかのように、乱打を浴びせた。

 殴られていては声もあげられず、カタルシスの腹部は殴られた衝撃で変形して行く。

 内側に集束するように、膨れ上がっていたその腹部が、全体から圧されて、圧縮されて行くように潰れて行く。

 やがて限界は訪れるだろう。無限に潰れて行く事は無い。それでも続く。過剰に続く。

 そして爆ぜ散る。熟れた果実のように。爆弾のように。容赦なくそれは、カタルシスの上半身を吹っ飛ばした。

 ミスティックが形成した脚も、シュプレヒコールが形成した胴体も失って、その衝撃に身を任せず、カタルシスは羽ばたいた。

 

「なんだ、次はお前か、ネクロ」

 

 水晶で出来た腕を生やし、それを振り回しながら接近するカタルシスに、カタルパは笑う。

 

「そんな速度じゃ、追いつけない」

 

 独楽のように回ったカタルシスの攻撃を、カタルパは避け切っていた。遠目からでは何が起こっていたかは良く見えていた。

 

「……躱し、た?」

「腕と腕が来る間、その半周分で接近し、殴り、避けて……コンマ何秒どころじゃないよ、あれ」

『…………あいつのAGI、今幾つだ』

 

 語尾を付け忘れたロボットを見上げ、アルカは当たり前の様に呟く。

 

()()普通だとざっくり20万くらい?滅多に使わないから、持っている武器達にも忘れられるだなんて、アズールらしいと言えばアズールらしいよね」

 

 それを目で見て追いかけられたアルカもアルカだが、それ程の敏捷性なのであれば、あの速度にも頷けた。

 元より、カタルパのジョブは【数神】。戦闘職でこそ無いが、超速を誇るもの。

 彼が強力なのは、そのAGIを活かして【絶対裁姫 アストライア】が戦闘スタイルを形成しているからだ。

 彼等、カタルシスが信じて疑わなかったのはそこだ。アストライアが居なければただ敏捷性が高いだけの非戦闘職が残るだけだと油断した。或いは錯覚した。

 そこが敗因だった。ほんの数分であれどアストライアを吸収していて、カタルパの分身を吸収していて尚、気が付かなかった。

 カタルパだけでも立てる事。カタルパだけでも戦える事。何もかも。

 勘違い、食い違い。ズレて擦れて噛み合わない。

 だからカタルパは、()()()()()

 なんとも簡潔で、なんともまぁ明快な。

 一方的な調整、調律――それはともすれば調教のような。

 殴打の雨が雷を降らせた輩に降り注ぎ、遂に枯木も崩れ、その身が落ちた。

 人間で言う肋骨より上しか無い身ではあれど、それは人よりも遥かに大きい。落下した時の衝撃で、隕石程とまでは行かないが小さなクレーターを作り上げた。カタルシスは遂に、地に落ちた。墜落したのだ。

 

 その中心に、それは居た。

 その円外に、彼は居た。

 彼の全てがそこに在った。そこから彼は奪っている。

 剥奪。簒奪。強奪。

 これが正義の味方の為すことか。そうだとも。これが正義の味方の為すことだ。

 それは、己の所有物を取り戻すだけの行為。

 正義も悪も存在しない。独占欲と言えば悪に成りかねないもの。

 それでも、そうだとしても。

 カタルパは止まらない。

 終えればそれは、正義の味方が批判を受けるだけで済む。

 だがここで止まってしまっては、正義の味方が、正義の味方でなくなってしまう。

 恐怖で竦む脚は、無意識に駆け出して突っ込む。

 もうそれを、カタルパ自身で止めることは出来なかった。

 後はガタノトーアと、ギャラルホルンの二つ。

 眼前まで近寄り、カタルパは容赦なくその眼を抉った。

 水晶同士の擦れ合う音が悲鳴のように響き渡り、辺りの耳を塞がせた。

 そのまま握り潰し、水晶体が零れ落ちた辺りでキラリ、と片眼鏡が光った。戻った、のだろう。

 

「さて……後はデモゴルゴン?いや、お前だ、ギャラルホルン」

『カタルパ……カタル……カタ……カ……』

「……なんだ、再戦かな、と思ったのに」

 

 少し残念だ。

 そう言い残してカタルパは、それの心臓を穿ったのだった。

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