其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

115 / 121
第百九話

 崩れ落ちる世界と、壊れて行く意識。

 何かの声がする。

 『そうでもしないと、貴方は貴方で居られなかったの?』と。

 回答する。

 「あぁそうだ」と。

 振り回し過ぎた腕は、とうに限界が来ている。〈UBM〉を狩りきる為の腕力など、カタルパにある訳が無いのだ。

 それでも、取り戻す為には振るい続けるしかない。

 ――自分すら守れずに、正義の味方が何を守れると言うのだろうか。

 何かを守る、誰かを守る。だがそれは、決して自分を蔑ろにしていい訳では無いのだ。

 そもそも守りたいものは、自分の分身であって自分ではない。そう、いつだって、自分自身を守る為に戦って来た訳では、なかったのだ。

 再び声がする。

 『それが貴方の目指した正義なの?』と。

 変わらず回答する。

 「あぁそうだ」と。

 『どうしてそれしか貫けないの?』と、三度()()の声がすると、漸くカタルパは応えた。

 

「俺が、英雄紛いだからさ」

 

 そうして空想世界は崩壊する。

 嘗ての、《天地均して響け(ラグナロク)終末の笛の音よ(ギャラルホルン)》の一件で出逢った彼女は、もう何も答えなかった。

 腰の鎖は、鳴らなかった。動かなかった、何よりの証明だ。つまりは、終わりの――

 

□■□

 

 空気との擦過音で元に戻ったカタルパは、襲い掛かる水晶を前に再び拳を振り抜いた。

 衝突する水晶と手甲。砕け散ったのは前者だった。

 

「さぁ、お前を引き抜いてやるから来いよ、《強制演算》」

 

 大して頭痛はしなかった。脳は悲鳴をあげなかった。

 答えがほぼ出ているという事なのだろう。

 デモゴルゴン――カタルシスが終わって行くのを、観客達は観客席で見ていた。

 【往古雷魂】が、【清濁姫構】がその物語を終えて行くその様をただ見ていた。

 水晶が砕け、天が地に堕ちるが如くその魔神であった何かが終わるのを、映画のワンシーンを見るかのように。

 だからこそ、その来訪者は異質であった。

 

「ん?あれ?もしかして終わりそう?来るの遅かったかー、うーん、残念♪」

「「!?」」

 

 ゴシックロリータ風の格好でありながら、要所に棘や血痕、破れた跡もある。アルビノを想起させる白髪と赤眼。その表情は酷く歪んでいる。天真爛漫な笑顔であれば可愛げがあったのだろうが、狂気に満ちたその笑顔は、闇と、悪と、殺意が混じっていた。そう――悪が。

 ミルキー、アルカ・トレス、シュウ・スターリング、ニベルコル、ピスケス。観客であった筈の全員がその存在に気が付いた時、その全員が舞台に立たされたのだ。

 

「あーあー、終わりそ。つまらないなぁ、もどかしいなぁ――楽しみだったのになぁ、私の玩具(おもちゃ)

 

 思い思いに何を感じたかは分からない。だが未知に、化け物に出逢った事は確かだ。

 その見た目で一瞬反応が遅れた。その刹那が命取りだった。

 

「だぁかぁらぁ、代わりに遊んで、ね。《斯くして舞台の幕は上がる(カーテンコール)》ッ♪」

 

 禁断の匣が、怪物の顎が、開かれる。

 

□■□

 

 水晶が崩れ落ちると、辺りに世辞にも良いとは言えない、だが馨しい芳香が漂い始めた。

 その香りに、カタルシスではなく、その中心たるデモゴルゴンは、震えた。それも恐怖に。

 

「……この匂いは?」

 

 自由落下しながら、カタルパはその香りを確かに嗅いだ。

 途端、辺りに闇が広がった。

 太陽が、水晶の煌めきが、一瞬にして奪われたかのように真黒になる。

 

「連戦……ではなく、か」

 

 連戦ではなく、混戦。見えないまま戦況を窺う。

 だが、次いで襲われた感覚は、平静を奪った。

 

「…………?」

 

 匂いが、消えた。どういう事だろうか?

 見えなくなって、嗅げなくなった。

 

「五感、か?」

 

 こんな状態で触覚が消えるのは不味いかなぁ、等と暢気に思いながら、カタルシスが居るであろう方向を向く。

 

『カタ、ルパ……!』

 

 都合良く聞こえたカタルシスからの声。いや、これはギャラルホルンが発してくれたのだろう。

 

「矢張り、お前を残して正解だったか」

 

 受け答えを聞く前に殴りつけ、【清濁姫構】の終焉を耳にする。

 では、次は。

 

「この感覚の消失について、だが……どうせまた、あの王様の弟子だろう……?」

 

 悪人にした回数で解放されるジョブと聞いた。ならばそれはピスケス、ニベルコル、ヴァート・ヴェートの三人だけで済むはずがない。

 文字通り、桁外れな筈なのだ。だから、その内の一人と考えるのが妥当だろう。

 

「…………ネクロ」

 

 自分の力だけでカタルシスを倒す、それは今終わりを迎えた。残り滓であるデモゴルゴン部分の討伐は、カタルパ・ガーデン単体での仕事ではない。武具全てが意思を持つと言うのなら、これは一人きりの共闘戦線なのだ。

 

「視界の共有、及び意思伝達の為の連結(コネクト)を。以降連結機(コネクター)司令機(コマンダー)として行動を実行する」

『「了解」』

 

 応答はアイラとネクロ以外に無かった。ギャラルホルンも答えないとは珍しかったが、今はそれを気にしている暇はなかった。

 

「カーター……私は最早弁明はしないよ。だから今は私を武器として、薬指の約定すら忘れて、剣となった私と、道具に成り果てた貴方で踊ろうじゃないか」

「あぁ、そう、だな。踊り明かそう。『皆で』」

 

 それは、何処までを対象にした言葉だったのだろう。

 意思があると分かった時から、カタルパの行動は一貫されていたように思える。それが続いているならば、その対象は今新たに現れた敵と戦う彼等彼女等ではなく――

 

「さぁ、行くぜ」

 

 次に答える声はない。

 繋がって一心同体となった身では、それは自問自答にしかならなかったからだ。

 独りであってはならない。融合して統合して尚、彼等は一人ではなかった。全部乗せの最終形態。

 二人一組(ツーマンセル)の正義の味方が今、走る。

 鎖と水晶が宙を舞い、それを足場にカタルパとアイラが接見する。

 その動きは洗練されていて、無駄が無い。そう動く事が自然であったかのように。そこに配置される事が当然であるかのように。

 

『先却万――

 

 カタルシスが、デモゴルゴンとしてのスキルを使用するよりも早く。

 

「《彼方の星を繋ぎ(スターロード)神話と鎖を紡げ(オーバーライト)》」

「《天の果てまで響け(ミドガルズ)祝福の笛の音よ(ギャラルホルン)》」

 

 《天地均して響け(ラグナロク)終末の笛の音よ(ギャラルホルン)》を弱体化させて――それこそ、あの時の二の舞にならない程度に――放つスキル、《天の果てまで響け(ミドガルズ)祝福の笛の音よ(ギャラルホルン)》を浴びせ、容赦なく、呆気なく。

 その一戦を、終わらせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。