其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百十話

 流れるアナウンスは最早意識の外だった。

 カタルパの視線は、もう別のものを見ている。

 つまりは混乱の渦中。新たなる敵の方を。だがカタルパもまた、その新たなる敵そのものを見てはいなかった。

 

「…………なんだ、『アレ』は」

 

 回答は無い。解答は分からない。

 アルカやミルキーに取り囲まれた少女、その頭上。

 

 ――黒いドレスを纏った何かが顕現していた。

 

 顕現と表現するに相応しい、神性を帯びた化け物。人の形をしてはいたが、その姿はオーラ状で、向こうが透けて見えた。

 その透けた先、遥か彼方には、まだ時間帯として朝である筈なのにも関わらず満月が浮かんでいた。

 

「満月……闇ではなく、夜?それに、神性……」

 

 ネクロノミコンの《学習魔法・千里眼(ホークアイ)》を通した視界で得られた情報は、それ位だ。

 充分過ぎた。

 情報過多にも程がある。特定出来ない訳が無い。そしてそれは同時に、「あれだけではない」事を半ば証明していた。

 

「夜……後は滅び、争い、復讐……様々な災厄、だったか」

 

 つくづく、『そういうモノ』に縁があるのがカタルパ・ガーデンか。

 悪に出逢う運命、とでも言おうか。そうした未来に囚われた、呪いとも、乗り越えるべき試練に溢れた運命とも言える。何れにせよロクなものではない。常人からは逸脱した、ズレた最果てに外れた運命。通常から逸らされた運命。巫山戯て言うのであれば悪戯に満ち満ちた運命、とも言える。

 下らない。神々に翫弄されている心地だ。

 今更神だなんだと言ってしまうのは、ただ単にその憂さを目の前のオーラ状の何かにぶつけたかったからだ。お前のせいでこんな運命なのだ、と八つ当たりしたいからだ。

 感謝と鬱憤をぶつけたいだけだ。

 

 そんな思考の片隅。オーラ状の何かへと向けていた視線はふと下に行き、少女と目が合った。

 ゴシックロリータ調の服装を汚すように血痕があしらわれ、要所で破れ、棘が生えている。

 見れば見る程に歪で、感じれば感じる程不快になって行く。

 目を逸らしたくなるような奇怪さと、その顔の愛らしさは相殺しているようでもあった。然しその顔に張り付いた表情で、差し引きマイナス、評価値としては急転直下、下の下。

 

「せーいーぎさんっ、あーそびーましょー」

 

 遠くからでも、その声はカタルパに届いた。

 鈴を転がすかのような声音であるにも関わらず、身の毛がよだつような奇妙さ。

 何もかもが噛み合わない。可愛らしい見た目にしようとしたが、本質がそれに伴っていない。

 

「俺が、それに付き合う必要性が無い」

 

 正義の味方の臨戦態勢は解かれていない。今すぐにでも駆け出しそうではあったが、警戒もまた解いてはいなかった。

 

「ぶっぶーっ、せいぎさんは遊ばなくてはならないのでーす♪」

 

 腕でバツ印を作りながら、少女は笑った。子供のようだが、見え隠れする狂気は子供らしさ、つまり無邪気を否定している。狂気と、邪気。混ざって悪鬼。

 鼻腔を擽る甘い香りも、瞼を優しく覆うような暗闇もカタルパは感じられない。あるのは当たり前の風景と、何かと、異物だ。

 日常を守る為に剣を振るう。理由はそれだけで充分だった。

 それに今更狂人が増えた所で、支障は無いのだ。違う方向性で狂って、とまでは行かないにせよズレている人間を、自分を含めてカタルパは数多く知っている。

 

『……どうやら、俺の出番も終わりみてぇだな』

「あぁ、()()()としての役割はもう、十二分に果たしてくれたさ」

『なんだ、脚本家でも居たのか?』

「さぁ……ただ、世界を舞台と喩えるならば……何処かには居るのかもしれねぇな、そういうモノが」

 

 虚空を見るような視線。巨大戦艦すらすり抜けたその先は、何も無かった。何も無いようにしか、見えなかった。その視線が再び少女に移ると同時、巨大ロボットは搭載者ごと消えた。

 

(矢張り空気を媒介に視界を奪う系統か。完全ではないが密閉されていればそれなりに遮断出来、結果30秒間の干渉も無かった)

 

 だがそれは、余裕を見せているが故に止めなかった、という可能性も有り得た。そこ迄考えようとすれば、必然的に終わりが消失してしまうが。

 

「では私も一度離れますよ。欲しい人材が、ありますよね?」

「大正解だ【探偵】。仕事が早くて助かる」

「あまり活躍も出来ませんからね、今は」

 

 話しながら準備をしていたのか、会話がそれで終わり、セムロフの姿が消える。最近の影の薄さが気の所為ではなくなってきた。

 

「――――さて、正義の味方としては、越えなくてはならない壁、と言った所か」

「む、私はまだ成長途中だよ」

「そういう事じゃねぇよ」

「そーゆー風に感じたの。せいぎさんはデリカシーがないねー」

 

 少女はやれやれというジェスチャーを大振りに行い、そのまま

 

「《斯くして舞台の(カーテン)――

 

 続きは、遮られた。

 それは何かの暴走ではなく。正義の味方の正常な行動でもなく。かと言って観客に再び成り下がろうとしていた彼等ですらなかった。

 つまりは第三者。舞台に躍り出た介入者。

 

「――《鳥籠荒らす覇極の牙(ブンダヒシュン・アエシェーマ)》」

 

 切り取るように。抉るように。空間を捻り切って、遥か後方へと吹き飛ばした。

 事を仕出かした三頭龍が吼えた。

 そしてその隣に着地するのは、当然分かり切っていた人物だった。

 本来は対格に立っていなければならない存在ではあったが、今はそれすら問う気にはなれなかった。オマケ感覚で着いてきたのか、ヴァート・ヴェートの姿もある。

 一定の距離が空いたからか、オーラ状の化身が消え、ミルキーやアルカ達に変化が訪れる。

 

「……おっと、やっと戻った」

「ん……んん、あぁ、感覚消失」

 

 ミルキーは分かっていて耐えたのだろうが、アルカは何が何だかよく分かっていなかったらしい。流石にニベルコルからも冷たい視線を投げられている。

 

「距離で効果が違ったのか?お前だけは症状が軽かったって事なんだろうが……生憎俺は耳も聞こえなくなってたからな……」

「その答え合わせは後々でいい。それよりも範囲攻撃、九分九厘〈エンブリオ〉の仕業。となればTYPEはワールド。範囲を知る為にもお前の蝿が重要になる」

「……成程な」

『おや、ニベルコルでも使える日が来るとはねぇ、しかも正義の味方相手にさぁ!』

「……そうだな」

 

 駆け付けたヴァートの武器、ケルベロスからの冷やかしに冷静に答えたニベルコルは、物理的に吹き飛ばされた少女の方角を見る。

 

「敢えて言うが、勝算はあるんだろうな」

「これが人間にしか危害を与えないのであれば、ある」

「……待って、それじゃあ」

「ニベルコルの蝿はそれ以外にも役割がある」

 

 目論見通りに進めるとなれば、蝿は相手の攻撃の範囲を知る為のものではないという。

 圧倒的物量であれど、それで押し潰す事も出来ない。

 カタルパの企む「勝算」の内容を、カタルパ以外の誰一人として理解はしていない。だが。

 

「んじゃ、私達は配置されましょうか」

「TYPE:ワールドかぁ、同属と言えばそうなのかな?」

「これまーた私の出番無いやつ?」

「デスペナになった時点で無いだろ。大人しくしてろ」

「あはは……後衛で喧嘩しないでね」

「変わらんな、お前達は」

 

 今から戦地へと赴く輩の台詞とは到底思えない程に間の抜けた会話ではあったが、それまた今更と言えた。今迄もこれからも、彼等は変わらない。

 

「さて行くぞ、諸悪の王様」

「噫行こうか、正義の味方」

 

 示し合わすでもなく、彼らは叫ぶ。

 

「《感情は一、論理は全(コンシアス・フラット)》」

「《轢かれた脚は此処に(テケテケ)》!」

「《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)》」

「《堕ちたる罪の因果(ベルゼブブ)》」

「《硝子の靴に灰を被せ(ドレスアッシュ)》!」

「行くぞ、アジ・ダハーカ」

 

 未知への挑戦、彼等の戦いはまだ始まってすらいない。

 カタルパは、見慣れぬ靴で駆け出した。




《鳥籠荒らす覇極の牙》
ブンダヒシュン・アエシェーマ
 範囲内の全てを空間ごと抉り取り、遥か後方へと吹き飛ばしていく【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】の乱雑な攻撃スキル。
 範囲攻撃を得意とする相手との距離を物理的に開かせる為、仕切り直しとしてのスキルではあるのだが、アジ・ダハーカは明確な遠距離攻撃手段を持っていない為に逃走用スキルとも取れる。


( °壺°)<報告。来週は諸事情によりお休みさせて頂きます
( °壺°)<読者の皆様にはご迷惑をおかけします

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