其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百十一話

 ――【春雷軍靴 カタルシス】。

 それが、大地を踏み締める靴の名だった。

 地面を蹴り、迸る雷光。

 その一歩は元々のAGIもあって速いが、靴により更に加速しているように見える。

 短ゲートル形状になっており、ブーツと言うよりは確かに軍靴のような見た目だ。それでいて黒い革のような素材で出来ており――カタルシスとは名ばかりの、デモゴルゴンの亡骸ではあるが――燕尾服に違和感を与えない。

 そしてまた、これも今迄の例に違わず、意志を持つのだろう。これまたカタルシス名義でデモゴルゴンの意思が宿っていそうだが。

 無骨な手甲、簡素な軍靴。地に刺した刀、水晶で補強されて大剣と化した剣、ただ敵を見据える単眼鏡。超速度で駆ける彼に追従するのは宙に浮く魔導書と、一人の少女。

 それはただの全力だった。全身全霊だった。

 全てを置いて駆け抜けるその先には、吹き飛ばされた彼女が居た。

 

「……PVP……」

 

 ギリッ、と食いしばるような音。それは悔しがる音。本意ではない現れ。

 何せ彼女は、蹂躙を、鏖殺を求めていた。なのにこれでは――

 

「《蠱毒の坩堝(カオス・パトス)》」

 

 ――()()()()()

 彼女を中心に闇が、円状に地面を侵食した。

 触れてはいけないだろう。しかしカタルパは今宙空におり、そしてまた、カタルパは空を飛べない。必然、彼はその地を踏まねばならない。

 ベチャッと泥を踏むような音と共に、カタルパは状態異常欄の項目に表記があるのを確認した。

 【魅了】……そして【混乱】。

 つい先程までの【失明】と組み合わせれば成程、状態異常を与える事に特化した〈エンブリオ〉と推察出来る。

 先程の『夜』はつまりは【失明】を意味しており、今度のこの沼地は【魅了】と【混乱】、確かに蠱毒とも言える。蠱毒の中では、何かが別の何かを喰らう「争い」があり、それ故の「復讐」もあるだろう。

 見れば彼女の隣には、最初に居たオーラ状の『何か』とは違う、だが同質であろう『何か』が、それも二体存在していた。

 ――矢張りそれはそれで、顕現という表現がしっくり来た。

 

(それに、タネなら明かしてしまったしな……アレ)

 

 正体は既に割れている。だからこそカタルパは気を引き締めた。

 状態異常を振り払うように、それこそ何事も無かったかのように改めて力強く駆け出した。

 接見するその両者の間に、『何か』は割り込む事すらしなかった。

 ならばとカタルパは大剣を大きく振りかぶり、彼女めがけて振り下ろした。

 

 ――それを受け止めたのは、ミルキーだった。

 

 驚愕なんてものでは収まりきらない。だがまだ予想を大きく裏切られた想定外、という訳でもない。

 【魅了】に【混乱】。ともすればこの状況が絶対に無いとは言い切れなくて当然だ。別にカタルパだけが接見していたとも限らなかったし、カタルパだけが空を飛べず地を駆けるしか無かったとも限らないのだから。

 そういう意味では、今居るメンバーの中で最も「そう」なりやすかったのはミルキーと言える。

 ピスケスやエイルはミルキーよりは遅く、ニベルコルやアルカはここまで自身が接近する事はほぼ無い。ヴァートは半ば戦力外なので数に入れない。セムロフはエイルを呼びに行った筈なのに戻って来ない。シュウも看板としての役割は果たし終えている。今更戦線復帰もなかろう。

 消去法、或いは順当な推察。

 

「うん……そうだな、解除は出来そうにないから」

 

 退場願おうか。

 それを掛け声とした訳では無い。だが示し合わせたかのように灰被りを解いたピスケスと、電動鋸を駆動させたエイル、そして何処から来たのかセムロフが手鏡を其方に向けた。

 

「《灰を被りて灰を真似る(アッシュ・トゥ・アッシュ)》」

「《骨を折り肉を断つ刃(オステオトーム)》」

「《鏡に映せぬ七つの呪い(セブンス・マッドナイト)》」

 

 三重の弱体。連撃と斬撃と反射。

 しかしそれらは、ミルキーではなくカタルパに向かっていた。

 それに首を傾げたのは、少女ただ一人であった。

 下がった事を確認したアイラが駆け出し少女の首を狙う。カタルパがそれに続く。

 当然操られたままのミルキーはそこに割り込む。

 それは、狙い通り。

 

「「《仰げば尊き正義の断片(ライト・フラッグメント)》」」

 

 だから、吹き飛ばす。ただし威力は三重の弱体を以て折り紙付きだ。牽制も加減もない、全力。木の幹の上に乗ってそれを見ていた三人は、彼女のゲージが瞬く間すら無いうちに消し飛んだのを見た事だろう。

 

「え……あれ……せいぎさんの仲間じゃないの?」

 

 突然の出来事に着いて行けていないのは少女だけ。

 問答無用で必殺スキルを使用した蝿が襲い掛かる。

 

「《ガーベッジ・リンカーネーション》」

 

 それは、ニベルコルが持つ、MPを消費して()()()()蝿を生成する能力。

 そしてそれは、【堕落化身 ベルゼブブ】の死骸でなくてはならなという制約は無い。

 光の塵と化すその数秒。ミルキーは、蝿となった。

 グロテスク極まりない光景ではあったが、目的の為に手段を選ばないのが、彼等彼女等だった。

 

「ちょっ、えっ……」

 

 問答無用の四字を掲げて襲い掛かる。

 ――伝承上、『ソレ』は人にしか害を与える事が出来ない。

 蝿も、木龍も、彼女に止める事は叶わない。

 濁流に呑まれるように、改めて彼女は吹き飛んだ。

 そしてその着地点に、彼等はいた。

 水晶の大剣と白銀の鎖が待ち受けていた。

 

「《混沌は斯くあるべし(ピートース)》」

 

 対抗手段はそれしかなく。

 

「「《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》」」

 

 返す手段は、幾らでもあった。

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