其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百十二話

 ???の現実

 

 少女にとって、世界は白と黒とを併せ持つ、清濁を併せ持つものだった。

 勉強が出来る学校が好きだったが、いじめられるから嫌いだった。

 愛を注いでくれる母が好きだったが、いじめについてしつこく言及してくるから嫌いだった。

 白と黒とが入り交じり、灰色のような、ハッキリとしない世界。

 そしてそれを、全人類が許容しているようでもあった。

 少なくとも、少女にとってはそう見えた。

 自分(少女)を使った人形ごっこ。母親はそれを楽しんでいる。その目は家族とはズレた「大切な物」を見る目であり、「大切な者」を見る目とは、違っていた。それを踏まえても少女は母を愛していたとも言えたが。

 増えていく痣、それを隠す為に比例して増えるファンデーション。

 『何の為に?』「着飾る為に」

 『誰の為に?』「誰かの為に」

 決してそれは「自分の為」ではないのだ。そしてその誰かも、母親か、或いはその母親に関係が近しい人間だった。

 人間と言うよりは人形と言うべき扱いではあったが、仕方ないと諦めていた。

 

 ――自分と母親の血が繋がっていないから。

 ――自分が人としての権限を得たのが、つい最近の事だから。

 

 それが当然の事だとは思っていない。だからこの不遇には不満があった。

 だが物扱いであれ何であれ、義理であれ何であれ、母親から愛情を注がれていた事は理解出来ている。

 そこに嘘偽りが無いことは、誰よりも何よりも、自分自身が理解していたのだ。

 鑑賞物に向ける愛を、彼女は愛情と評した。

 それこそが自我の消失点。人が道具に成り下がった、その分水嶺。

 

 それこそが少女の本当の始点。〈エンブリオ〉、【混沌坩堝 ピートース】の〈マスター〉、ルビンの始点である。

 

□■□

 

 唯一無二のその境界が、少女を始めさせ、終わらせた。

 元奴隷、人権無きもの。

 現人形、人権無きもの。

 それだけが、彼女の証明だ。

 三百四人目の『解放されたもの』マキウス・ティリス。

 元々の名は無く、そして【諸悪王】が本当の意味で諸悪の根源の片棒である事も、【数神】が英雄である事も微塵も理解してすらいない無垢なるもの。

 そこには意味は必要なく、それ以上に意思が必要ない。

 彼女の名前も、恐らくは何一つ意味を見出さないまま終わるだけの、いわばフレーバーテキストとして終幕を迎えるのだろう。

 それでもここで語らなければいけないのは、そうしなければいけない理由はあるのだ。

 仮にそれが、間違いだとしても。

 英雄でも正義の味方でもない、年端もいかない幼子の過去と現在と未来を語る事に、今更何かしらの感慨を抱く事もまた、ないのがこの世界なのだった。

 

□■□

 

 過去は無い。

 語るようなものは。或いはそうでなくとも。

 有名無実と言うのであれば矢張り少女には名前しかなく、その姿かたちに、今更ながら説明を付け加えるまでもない。

 正義の味方のような祝福されるべき過去も、諸悪の根源のような隠匿すべき過去も、狂騒の姫君のような波乱万丈な過去も。

 何一つ。特筆すべきことなど何一つありはしないのだ。

 ただあるとすれば人形としての翫弄だけだろう。

 食事も、健康管理も、睡眠でさえ、何一つに自由が存在しない、究極の束縛を生きた少女。

 ではそんな少女が何故ゲームの世界、それもデンドロの世界に足を踏み入れたのか、そこが問題ないし話題になるのだろう。

 それの回答は、至って単純で、極めて異常だった。

 

 ――少女の母親が、死んだのだ。

 

 それも、事故死などではなく、血塗れの変死体で。

 当初警察はあらん限りの手段を以て、可能性と言える可能性を虱潰しに調べあげた。

 その可能性の一つが、少女が母親を殺した、とする仮説。

 日常生活や聞き込み調査からその仮説は早々に外れたが、それでも疑念は払拭できない。

 こびりついて離れない汚れのように、その可能性が、調査していた警察一同の脳裏に焼き付いていた。

 何故かと問われれば、それは整合性の一言に尽きる。

 合点が行く。行き過ぎて怖い程に。

 凶器は何処から。犯行の動機は。5W1Hをそれで埋めて行けば花丸が貰える程に、百人ともが納得して反論しないかのように。

 

 ――だが、彼等は少女を捕まえる事は叶わない。

 

 少女には■■が無かった。

 全人類が人類として生きる為に必要不可欠なそれを、少女は既に欠落させていた。

 それでも少女は今も尚行き続け、ルビンとしてデンドロの世界に降り立ち、【混沌坩堝 ピートース】を使用して、カタルパ・ガーデンの敵として立っている。

 必要なのは真実であり、その他の「もしかして」のような仮説は一つも要らないのだ。

 よって事実を此処には残しておこう。

 

 少女ルビンは人間としては既に終焉を迎えている。

 だからこそ少女の血肉を血肉たらしめたのは、TYPE:ボディの〈エンブリオ〉、【混沌坩堝 ピートース】だけであった、と。

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