過去編。
過去談。
飛ばしても構わないくらいだ。
■ 誰かの話
痛みが傷みである内は、まだ正常だった。
痛みが傷みで無くなって、「嗚呼、また殴られた」と思う辺りになって入口だ。
その痛みや傷みを受け入れるようになって異常だ。
痛みや傷みを欲してしまうようになったらお終いだ。
……そう言えば、■■ ■という人の世界は白黒になったんだってさ。
色盲なのかな?と思ったけど、違うらしい。
この世界で希望を失ったせいで、『光』が無いものが、色が失われたように見える、らしい。
どういう事?と問う機会は残念ながらない訳で。でもそのお話を聞く限り、「僕達」と同じで、異常な人なんだろう。お終いじゃなくて良かったね、と心のどこかで呟いた。
「■■■、来い」
黒い服装の人に呼ばれたから、
ここが何処なのかは知らないし、どんな場所なのかも知らないし、■■ ■って人が誰なのかも結局知らない。序に■■■っていう僕の名前(らしい)の意味も、知らない。分からない。と言うか本能的に、『分かりたくない』。
分からない事は怖い事だけど、『それら』を知る事よりは、怖くなかった。
「■■■には、■■■に出て貰うからな」
何を言っているのかを雰囲気で察して、即座に
で、なんだっけ?■■■って何処?
なんて、分からなくても聞き返せない。
それもまた、分かりたくない事だから。
僕が分からない理由は、いくつかある。
一つは前々から言っている通り、分かりたくないから。
二つは……と言ってもこっちが大元かな。
言語が違う。
僕の話す母国語と全く違う。似通ってすらいない。なんだっけこの国?ジパングだったっけ?
まぁ、どうでもいいか。
気にする事は無い。気にかける事は無い。
痛くなければ。傷みがなければ。傷みが、痛みが無いなら、支障はない。異常だったけれど、支障はない。
……死んだ。殺された。それも情など無い殺し方で。そうして死んだ身内と同じ末路を辿らないなら、それでいい。ガキだから見逃された、とかどうでもいい。復讐とかもする気が起きない。
ただ、死ななければ。
ただ、生きていれば。
それで、良かった。何もかも。そのままで。
□■□
誰も彼もが彼の下だった。
彼と言っても、もう若さなんてのは何処にもないような、おじさんだったけれど。
見た目は4、50代の
名前は、ニワハラ エンジュって言うらしい。カンジで書くとどうなるのかは知らない。ただ、僕を痛めつける奴らが「エンジュさん」とか「エンジュのダンナ」と言っていたりしていたのを、覚えていただけ。
そんな中、「ニワハラのオンゾウシ」と呼ばれる子がいる、って事を聞いた。
「オンゾウシ」っていうのが何なのかは知らなかったけど、同じ「ニワハラ」なのだから、あのおじさんと似通った人なんだろう、と思った。そう、思っていた。
その「オンゾウシ」と呼ばれていた子を見た時、僕達と同じだ、と思った。僕達『奴隷』と一緒だ、と思った。いや、もしかすると僕達未満かもしれない、とすら。エンジュのおじさんとは、全く、全然、似ていなかった。寧ろ僕達に似ていた。
彼は、生きる希望を何処にも見出していないような目をしていた。
ジャポニーズの基準じゃないけど、
「御曹司、いかがなされたのですか?」
「……話しかけるな、鬱陶しい。あとそう呼ぶな」
「ですが御曹司、貴方はいずれお父様のご意思を継いで――」
「継ぐ訳ないだろっ!!
何故僕が継がなきゃいけない!
「っ……ですが、それはお父様のご意思――」
「無関係な訳もねぇよ」
オンゾウシは酷く荒れていた。上に立つ者は上に立つ者で、楽は出来ていないらしい。
当時の僕は、そう思うに留まった。
□■□
オンゾウシが16になったのを切っ掛けにしてか、僕の生きてきたこの
第一に、傷みが無くなった。それどころか治療が始まったりしている。オンゾウシの意思だからな、なんて言っていたりしていたけれど、やっている黒い服装の男達は、心做しか喜んでいるように見えた。ジパングではツンデレと言うらしい事を、後から知った(あいつらに対してその単語を使うな、とも言われたけど)。
オンゾウシの意思とは?と疑問を覚えたけれど、僕が会いたいと言ったって聞いてもらえないのは分かっている。質問したいと言っても
「お前は言葉がわからんからな……扱いがその分大変だ」
残念ながら、僕はその言葉の意味が分からない。ごめんね、黒服の人。
□■□
そうして次にオンゾウシに会ったのは、オンゾウシが17になった頃だった。
その時の彼の目は、種火のような小さなものではあったけど、光が有った。けれど、あまりにも小さい火だ。風が吹けば消えるような、小さな火。それなのにその火は燃え盛っている。
その目と、僕の目があった時、運命の歯車は奇怪な音を鳴らしながら、回り始めたのを、僕は後々知るんだ。
「お前、名前は?」
オンゾウシが、僕に問いかけた、のだろう。生憎日本語は分からないんだよなぁ、なんて、思っただけだったんだけど。
「ああ、日本語が分からないのか。黒髪だからって日本人とは限らない、か。ならEnglish?German?Spanish?」
「っ……S、Spanish……」
僕は聞き逃さなかった。彼がちゃんと、僕の母国語を知っていて、それを選択肢に出した事を。いや、なんと問うたのかは知らない。ただ、母国語の名前を言われたから、途端に反応してしまっただけ。「スペイン人」って言ったのかもしれないけれど、この時の僕は「スペイン語」だと、そう確信を持って訳していた。
「えっと……
「っ!
「
名前を聞かれたけれど、どう答えよう。元の名前は「捨てた」らしいから、ここで呼ばれていた名前にしよう。
「クサ、リ……」
「鎖?クサリって呼ばれてる奴隷ってのはお前か……。
なら……お前は
「
「Sí.」
スペイン語での会話は、ここでするのは初めてで、話す事は、えっと……4才だったかな?以来だ。Cadenaは、日本語で鎖を意味するスペイン語だ。僕にぴったり、と言うわけだ。
「よし、カデナ。後は任せろ。僕はお前を見捨てない。それどころか救ってやる」
「?」
「あー、分かんねぇのか。でもいい。だって、『分かりたくない』ってなんねぇだろ?」
何を言っているのかは分からなかったけど、何を言いたいのかは分かった僕は、コクコクと頷く。
「オーケー。
そう言って、彼は笑った。
■カデナ・パルメールの話
それから何日経ったのかは分からない。随分と前に、時間の感覚は無くなっていたから。
それでも、変革しているのだけは、何となく理解出来た。
痛みは無い。悲鳴も無い。それでも、確かに、「エンジュ」という人は焦っていた。困っていた。……詰んでいた。
この世界と言うのは理不尽らしく、僕が望んでいなくても、復讐はさせるらしい。
その頃にはオンゾウシに教えて貰ったから、だけど日本語を少しだけ知っていたので、会話を理解出来ていた。
「僕は、クサリを放つ」
「…………そうか。元よりこの職。いずれ来るとは思っていたさ。唯一の誤算、或いは失態は、お前を残した事だよ、梓」
「ならそれはあんたの誤算だ親父。俺だけを残した、あんたの誤算で、あんたの失態だ」
「そう、だな」
そのエンジュの返し方は、アズサに似ていた。嫌っていても、親子なんだな、とほんの少しだけ思っていた。
本人に言ったら、怒りそうだけどね。
□■□
その日、ある奴隷商人の一派が壊滅した。内部抗争によるものだと言う。政府にも関わっている者がいた為、公表はされなかった。
奴隷は皆役割を「渡され」、普通の人間として生きていくそうだ。
かく言う僕も例外では無く、『カデナ』という名前以外僕には無い。
「あ?苗字ならあるぞ?何せ元々の名前とかの情報はあるからなー」
え、あるの?……でも、僕はアズサから貰った「カデナ」という名前を気に入っていた。
「そうか。なら改名手続きの関係上、下の名前を変える事になるだろうから、元の苗字と合わせて……」
アズサは書類を作り上げていく。僕はただ見るだけだった。
「うし、出来た。……作るのに手間がかからなかった原因が『元から用意されていたから』とは……あの親父は……これだから……」
最後の言葉は聞き取れなかったけれど、アズサが渡してきた紙には、『僕』の情報が文字になっていた。
「カデナ・パルメール……?」
「そ。それがお前。良かったな。お前の自由は、これから始まる」
自由……自由、って何?
「自由は、この世界の何処にも無い」
無いの?無いのに始まるの?
「何処にも無いけれど、絶対に在るもので、存在するもので、意外にも身近にあって、不可視で不可解だからこそ、どうしても、持っているのに求めてしまう」
在るから、始まるの?
「求めて、求めて、求めて。その最果てに『元から持っていた』と気付いて、漸く始まる。
お前は、若しくは僕は、今この瞬間にそれに気付いた。
だから、始まる。
始めたくなくても、終わると分かっていても。
未来の為とか、誰かの為とか、大義名分をでっち上げて。
アズサはそれ以降、何も喋らずに、無言で立ち上がって部屋を出て行った。
「御曹司はああ見えて、優しい人です。俺達にすら優しい。
いつか、会う時があったら、宜しく言ってやって下さい」
ん?黒服さん、僕は、アズサと一緒じゃないの?
「残念ですが、今共に行動する訳には行きません。俺達も然り。
警察は、厄介ですからね。旦那が殆どの罪を被るでしょうが、何が飛び火するか分からない。
俺達に出来る事は、あんたら元奴隷の保護と、御曹司にかかる火の粉を払う事。
まあ、安心して下せぇ。いずれ会えますって」
黒服さんは、サングラスの奥の視線を優しくして、笑顔を作った。
結局、根っからの悪人なんて、居ないみたいだよ、アズサ。
「さて、行きましょか」
連れられて、外に出た。いつ以来だっただろう。
――空が、蒼いと思ったのは。
蒼い。とても蒼い。雲一つ無い晴天の眩しさは、僕の目を焼くようだ。
「いい色……アズール……」
「アズール?」
「蒼って、事です。これを見せてくれたのは、アズサなんですよね」
「えぇ、そうですね。御曹司があんな事しなきゃ、今でも奴隷の人生ってのは変わらなかったでしょうから」
「なんで、そうしたんだろうね」
「さぁ、なんでで御座いましょ。意外にも、あんたにこういう景色を見せたかったから、かもしれませんぜ」
「なら、この蒼はアズサだ。アズサはアズールだ」
「アズサがアズール……名前とかかっているんですね」
黒服さんは、サングラスを外して笑った。
「いやー、やっぱこの服だと暑い!」
「脱いで、いいの?」
「いいんすよ、これでお役御免!硬っ苦しい事は無し!
うん、俺は葉桐!あんたは?」
僕は、作られた僕ではあるけれど、大切な人が作ってくれた僕で、笑って答えた。
「僕は、カデナ。カデナ・パルメール。アズールに救われた、罪のない羊さ」
そうして、僕の物語は、自由は、始まるんだ。
(カデナ)「恥ずかしいね、過去談って」
(庭原)(やっぱ┌(┌^o^)┐枠なんじゃなかろうか)
(天羽)「葉桐って誰なの?」
(庭原)「黒服。元働き手。SPみてぇな服装してた」
(天羽)「今はどうしてんの?」
(カデナ)「同居中だよ」
(天羽)「成程。因みに私達とゲーム内で合流する予定は?」
(作者)「無いです」