其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第十四話

 【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】は、誰の目にも届かぬ場所で一人、嘆いていた。

 逃げ出した事はもう覚えていない。怖かった思い出など残っていない。残留思念など何も無い。誰にも届かない怨嗟の声(シュプレヒコール)を、延々と唄うだけ。

 

 ――(アナタ)に絶望を

 

 ――(アナタ)に苦難を

 

 ――(アナタ)に苦痛を

 

 ――(アナタ)と怨嗟の合唱を

 

 人の心、人の手足、人の顔。紛れもなくそれは少女であった。

 少女は、ブツブツと、矢継ぎ早に、誰も居ないのに言葉を発する。

 

「痛い痛い痛い痛い恐い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い辛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いから――――助けて、ねぇ?」

 

 少女は、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】は、逃げ出したこの場所で、誰かを待っていた。宝石のような涙を流して、自分の肩を抱いて。小さく縮こまって、カタカタと震えて。

 孤独に慣れて、馴れて――成れてしまう前に、『誰か』を、一人で。

 

■カタルパ・ガーデン

 

「3日、経ったな」

「ああ、そうだな」

 

 【五里霧虫 ミスティック】の戦いから3日。つまり《揺らめく蒼天の旗》が再使用可能になった俺は、カデナと天羽、シュウと共にジャバウォックに言われるがまま、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】の討伐に向かっていた。

 ジャバウォックに拠ると、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】は、ギデオンから少し離れた《サウダーデ森林》という場所にいるそうだ。

 亜竜以下の弱いモンスター(それでも俺よりは強いが)しかいない事で闘技場に行きたい新人に人気の狩場だそう、なのだが。

 今はそこが、封鎖されている。〈UBM〉が出た事は公表されていない。ただ、何かのイベントなのだろう、と思われていた。

 そして、その森林の入口には、人がいた。

 闘技場のランキングで1位に君臨する王者――ゲーム開始時の時点で(、、、、、、、、、、)第6段階の〈エンブリオ〉を所持していた事から、運営側の者と思われる――【猫神(ザ・リンクス)】トム・キャットがそこには居た。

 

「話は聞いてるよー」

 

 頭に猫を乗せているトムは軽い口調で――何処かで聞き覚えのある口調で――俺達を顔パスした。

 

「他のプレイヤーなら通さないけど、ジャバウォックが言ってたからね。ホント、態とらしくてありゃしないよ」

「あー……あんたあれか。チェシャか」

「そうだよ?

にしても不思議だね。アリスが言ってたんだよ、『(カタルパ)に隠し事は通じないから始めから情報は公開しておいて』って。

まあ、序に他の人も知っちゃう事にはなるかもしれないけれど、口外はしないでしょ?」

 

 文末が疑問形であったにも関わらず、俺達は首を横に振れなかった。口外してはならないと言われたかのような、そんな錯覚すら受けた。

 質問だった筈なのに、命令のようでしかなかった。俺達は首を縦に振る事で、悪寒を振り払った。

 にしても、アリスンがねぇ?あの人は、一体何を考えているんだ?俺のことが好きなの?

 

『新たなるライバル出現の予感』

「黙ってろ」

 

 シュウも辺りを見回すばかりで、話に介入しようとしない。事を理解しきれていないカデナと天羽も何を言えばいいのか分からないといった感じだ。

 

「僕の事も、アリス達の事も、ご内密に、だよ?」

「ああ、口外しないと誓おう」

 

 そう言わなければ、どうなっていた事か。てかあんたら、アリスンって言いづらいからって「ン」を抜くなよ。この間ジャバウォックも抜いて言ってたぞ。人の名前は間違えんな、失礼だから。

 

「で、何だっけ……そうそう、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】。

僕がこの森林を封鎖しているから誰も出入り出来ていない。

彼女(、、)はこの中に居るし、誰もこの中に立ち入ってはいない。君達が受けるべき試練だから、と言う訳じゃないけど……なにせ、あのジャバウォックが頼んだ事だ。真相はあの化けの皮の中だけど、それが剥がれる事を、こっそり期待しておくよ。

じゃあ……4人……〈エンブリオ〉含めて5人?ご案内ー」

 

 たった一人でこの巨大な森林を封鎖していたと言う。驚きである、なんて事はこの際些事だ。俺達が森林の中に入っていくのを、チェシャ――トムは、何かを言いたげに、然れど静かに見送った。

 

□■□

 

 森林の中はあまりにも暗く、夜なのかと誤認させる。

 アイラも第2(弩弓の)形態になっており、強襲されないように4人でそれぞれの方角を警戒している。

 

「それで、シュウはさっきからどうした?キョロキョロと辺りを見回して」

『いや、ジャバウォックの事だ、これも罠なんじやねぇかと思ってな』

 

 ……そういやその線を考えていなかったな。

 いや、警戒していなかった訳ではない筈なんだ。ただ、無意識の内にその選択肢を除外してしまっていたんだ。

 

『森が暗すぎる。やっぱあいつの罠だったみてぇだな』

「いやいや、〈UBM〉のせいだろ?」

『その〈UBM〉を創っている奴はどいつだよ』

「…………成程」

 

 つまり、〈UBM〉を餌に俺達を釣ったのではなく、〈UBM〉そのもので釣った、と言う訳、か?

 だが、だがしかし。それはあいつにメリットが無い。抑死んでも構わないと言ってはいたが、俺達はそれで三日間この世界から居なくなるだけだ。

 それだけの為に態々ここまで大規模に仕掛けるだろうか?初心者を育てる為の場所を封鎖して、闘技場の王者を引っ張り出して、それで三日間居ないだけ?……あまりにも、釣り合わない。

 警戒はしていた、それでも。

 性質が悪くても、俺は何処かで、ジャバウォックを信用していたのだ。

 いくら疑おうと、何処かで、きっと。

 例えそれで裏切られようと許してしまえる程に、信用していたのだ。

 

『……カーター』

「あぁ。分かってる。それとこれとが、別問題な事は」

 

 そんな、「信じている」奴が出してきた、云わばクエスト。伝説級〈UBM〉、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】を倒すクエスト。

 俺達に任せたあいつの為にも、頑張って――――

 

「――――痛いよぉ」

 

 突然、子供の声が、耳に届いた。

 

「……?」

 

 初めは、幻聴のようで。

 

「――――苦しいよぉ」

 

 段々と近付く音に、俺達は助けに行かず、警戒し始めた(、、、、、、)

 トムは言った。「誰も出入り出来ていない」と。

 元から居た事を除き、ここに子供が居る事は、有り得ない。こんな悲鳴をあげる子供が、〈UBM〉のいるこの場所で、生き残れる訳がない。

 

「怖いよぉ、恐いよぉ……」

 

 警戒態勢に入った俺達に、尚も声は近付く。

 そして。

 

「痛いよぉ」

「怖いよぉ」

「苦しいよぉ」

「恐いよぉ」

「ねぇ……助けてよぉ」

 

 四面楚歌のように、悲鳴で唄い出した。

 

「っ!!」

『広範囲攻撃かっ!?』

 

 先ず動いたのは、シュウだった。自身の〈エンブリオ〉、バルドルを第2形態で装着し、全方位に向けて掃射した。

 それでも、その悲鳴の合唱は止む気配を見せない。また、俺達のHPが減る気配も無い。遠距離攻撃が弩弓しかない俺も、無闇矢鱈に矢を放つが、変化は無い。

 その内、天羽が片膝を付いた。

 

「どうした!」

「いや、なんか……気持ち悪い」

 

 《看破》で見れば天羽のステータスの状態異常欄に見慣れないバッドステータス、《酩酊》(酔っ払うバッドステータスだろうか?)の表記があった。九分九厘、【シュプレヒコール】によるものだ。

 アルカが回復職だと言うので一旦任せて、状況把握に移る。

 先程からシュウが弾を打ち込んだ場所は数瞬ではあるが声が止んでいる。であれば、可能性はいくつかに絞られる。

 

 一。数体で一つの〈UBM〉。自己再生か分裂といった能力で補充して常に俺達を包囲している可能性。

 

 二。一体だが俺達を囲える〈UBM〉。【ミスティック】の霧のように不定形である可能性や、この森全体がもう〈UBM〉の領域である可能性。

 

 三。その他。『マスターのモンスター版』と語られるのが〈UBM〉。故に想像出来ない「何かしら」をしている可能性。

 

 三であれば絶望的だが、打ち込みゃ止んだ。幻聴という線は無い。三である可能性も、恐らく無い。そうだったなら、俺達は為す術なくやられる筈だから。

 打ち込んだ場所を《看破》で見ても、【シュプレヒコール】の情報は開示されない。森を見ても、声がする場所を見ても。少女の声が延々と聞こえるだけ。

 終ぞ「助けて」の一点張りになった。

 

「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」

 

 流石に、聞くに耐えない。

 けれども俺の、否、僕の過去が、その単語を聞き逃す事を許さない。

……そう言えば。

 

「ジャバウォックは、俺にこれの討伐を頼んだな」

『カーター?いきなり、どうした?』

 

 何故だろう。何故だと思う?

 これはまだ悪じゃない。《秤は意図せずして釣り合う》は使えない。見えないから《揺らめく蒼天の旗》を打てない。《不平等の元描く平行線》もまだ貧弱なステータスしか写せない。

 それなのに何故、悪になる前のこれ(、、、、、、、、)の討伐を、()に頼んだのだろう。

 

『カーター。これはまさか、君だけが受けるクエストとして創られたと言うのか?』

「あくまで予想だ。ソロプレイヤーのみが挑戦出来るクエスト、とかあっても良くね?」

 

 その俺とアイラの会話を聞いていたシュウは、有り得る話だ、と頷いた。

 現状どうしようもない。予想を立てるだけ立てて何もしないのは、愚の骨頂だ。だから動くしか、やるしかない。

 抑不思議なのだ。天羽よりデバフに耐性が無い俺が、《酩酊》を受けない事が。

 これが俺対〈UBM〉にする為の前座だと言うならば。

 喜んでやってやろう。俺より強いシュウではなく、俺が。僕が。

 【契約書】をよく読まなかった事が誤算だったな。見ていれば、答えを導き出せたかもしれなかった。それも、挑戦前に。

 後の祭り、後悔先に立たず。

 俺が今から為すべき事に変化は生じない。

 アイラを紋章内に収め、カデナに言って天羽をシュウに担がせ、一旦森を出て、パーティーも解散させてもらう。危険だと思ったら直ぐに逃げるし、仮に死んだらあっち(リアル)から連絡するとだけ告げて、待つこと1分弱。

 森が、ざわめいた。

 そして、また唄い出した。

 

「一人だけ……」

「一人きり……」

「私と同じ……?」

「『それ』はアナタじゃないけどアナタだからいいよ……?」

 

 シュプレヒコールでは無い声。それでも、首筋をナイフで撫でられているような錯覚を覚える、危険な声。

 

「生きて」「死んで」「生きて」「死んで」

「何の為に?」「何の為に?」

「私は、痛いの、嫌い」

「苦しいの、嫌い」

「辛いの、嫌い」

「恐いの、嫌い」

「怖いの、嫌い」

「みんな、嫌い」

「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」「嫌い」

 

「――――死んじゃえ」

 

 少女の本音のようなものが、垣間見えたと同時。

 少女は姿を現した。

 人の心、人の手足、人の顔。正しく少女。それだけならばロリコンはお縄にかかるだろう。その前に罠にかかるだろう。

 然れど彼女を人間と形容してはならない。

 特に、その列挙の中で挙げていない、胴体(、、)を。

 人のソレと、呼んではならない。

 

「助けて?死んで?生きて?嫌い?」

 

 マジで腹から声を出す(、、、、、、、)奴を、俺は初めて見たよ。

 蜘蛛のように膨らんだ腹部に彫られたように浮かぶいくつもの口は、酷く、醜く歪んでいる。

 

「「「「「「「「「「「「助けて」」」」」」」」」」」」

 

 そんな事、望んでいないかのように。




【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】
伝説級〈UBM〉。
通常時は人の形すらとっておらず、不定形。
その間出来る事は《酩酊》を付与させる事が出来る唄声を披露する事だけ。口になる部位を擬似的に生成している為、攻撃された場合は一時的ではあるが、声が止む。《酩酊》を付与させる確率は相手が多ければ多い程高く、相手のパーティーメンバー欄の下から上へとかかっていく(クエスト当時、カタルパ達のメンバーはカタルパ、シュウ、アルカ、ミル鍵の順だった為、ミル鍵が最初にかかった。アルカのお祝いの際に一旦パーティーを解散していた事が裏目に出た。何故そうしてしまったのか)。この状態では《看破》も使えず、またHPも減らない為に倒せない。
戦闘形態になる為には『相手が1パーティーのみで範囲内(今回でいうサウダーデ森林)にいる事』、『パーティーメンバーが1名である事』の双方をクリアしている必要がある。
クリアしてしまえば魑魅魍魎。人の心と人の手足と人の顔を持ち合わせ、蜘蛛の腹のように膨らんだ腹部にいくつもの人の口を浮かび上がらせている悪鬼羅刹となる。どうやって立っているのか原理は不明だが、少女のようなか細い脚で、しっかりと二足歩行をする。

(天羽)「キモいぃっ!!」
(カデナ)「どうやって可愛らしい声を出してたんだろ?」
(庭原)「(カデナも常識人枠では無いな、こりゃ)」
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