其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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(???)「さぁ、始まる」
(庭原)「…………」
(???)「昨今の物語の主人公のようじゃないか、カタルパ・ガーデン」
(庭原)「…………」
(???)「では皆様ごゆるりと。いつの時代の主人公も、初志貫徹するもの。カタルパは少し……ええ、少し、寄り道するだけですとも」

UA3000突破。ご愛読感謝です。


第十五話

■カタルパ・ガーデン

 

 その一言を聞く度に、一瞬立ち止まってしまう。

 その一言を聞く度に、耐え難い痛みが心に走る。

 

『助けて?』

 

 だから、それを言わないでくれ。

 

『助けて』

 

 だから、本当に、言わないでくれよ。

 殺しづらい(、、、、、)

 意味の無い言葉の羅列、意思の有る言葉の羅列。それだけが、たったそれだけの言葉が、俺を締め付けて止まない。

 未だ《看破》は意味を成さず。

 《秤は意図せずして釣り合う》も使えず。

 《不平等の元描く平行線》も役に立たず。

 《揺らめく蒼天の旗》も効くかどうか分からない。

 ただ、相手の攻撃がピョンと跳んでから押し潰すというシンプルなものしかなく、躱しやすい事と、俺の攻撃でも当たり、まぁ、そこそこ、効いているのが感覚的に分かるのは、救いか。

 ただ……まだ、な気がする。

 こいつの本性は、まだ、見えていない。そんな気がする。

 

『助ケテ』

 

 少しづつ、ダメージが入ったからか、『変わっていく』声。

 「助けて」は、なにもお願いの言葉では無い。

 頼むのであれば、「助けて下さい」と言うだろ、普通?

 だから、あれの「助けて」は、願ってなんかいない。

 それは、奇しくもと言うべきか、だからこそと言うべきか、【シュプレヒコール】の名に起因する。

 『シュプレヒコール』で語られる命題は、殆どが命令形だ。

 「~しろ」とか、「~せよ」とかそういうの。

 とどのつまり、彼女が語っているのは懇願では無い。命令だ。

 「助けて下さい」では無く、「助けなさい」とか、「助けろ」とか、そういう意味なのだ。

 だから俺は助けない。

 それなのに、僕は救おうとしている。

 矛盾しているような、そうでも無いような。

 あやふやで、不明瞭な感覚。此処に立っているのはカタルパ・ガーデン(Player)なのに、動かしているのは庭原 梓(Prayer)のような、不可思議で、不可解な感覚。

 助けてと言った【シュプレヒコール】の言葉に応えようとする自分と、払い除けようとする自分。どちらも自分であるならば、真の意志はどちらだ?どちらが真の()なんだ?

 自ら縛って、それ故に絡まったこの心情を、残念ながら【シュプレヒコール】は欠片程度も理解してくれない。

 ただ、あちらがしたのは問題提起で、それに悩んでいるのも、解答する事を拱いているのも自分なのだから、当然とも言える。

 

『――Die(死んでしまえ)

 

 【シュプレヒコール】のHPが半分を切ったと感覚的に理解したと同時(我ながら、こんな持久戦をよく出来たものだ。まあ、相手の攻撃が単調だった(、、、)からこその結果だが)、【シュプレヒコール】が変わった(、、、、)

 

Dance(踊れ)

 

 突如、それこそ糸で吊られた操り人形のように、【シュプレヒコール】の行動パターンに変化が生じた。

 餌を食べる時の鯉のように全ての口をパクパクと開閉させて、頭部は泣き叫ぶ。

 彼女は自ら、「蜘蛛の糸」を、断ち切ったのだ。

 そして、『踊れ』と命令したその通りに。俺は踊らなければならなくなった。

 それは連撃。隙のない、とまでは行かないが回転しながら腹の口で噛みちぎりに来るそれを、俺は咄嗟に受ける事が出来ず、自由に動き回れない森の中を、糸を縫うように逃げた。

 

「流石に、ソロプレイは無理があったか、な……」

『それでも、主人(カーター)にクエストを出した意味がある筈、なのだろう?』

「あぁ、そりゃな。きっと、あってくれる筈だよ」

 

 逃げ回る内にポーションが尽きた。どうやったら俺が死ぬのか、分かってしまったかのように。俺は幽鬼のような足取りをしていた。それは、千鳥足よりも不安定で、それでも直立はしていた。

 それでも、『生きよう』としていた。

 死にたくない。そりゃそうだ。誰だって死ぬのは恐いんだから。

 だから、なのだろう。俺が手を拱いているのは。

 だから、なのだろう。僕が救おうとしているのは。

 彼女はずっと、「恐い」と。「怖い」と。「死ぬのが嫌だ」と、叫んでいたのだから。

 命を失う事が、恐いのだ。俺と同じで。

 なら目の前の化け物(彼女)と俺に差異は有るのか?

 ティアンとマスターの差異は〈エンブリオ〉の有無に在るとか言うけどさ、有ったら何なんだ?無かったら何なんだ?

 生きているという共通項で括ってりゃ差異なんかねぇだろ?

 だからさ。彼女だって、生きているじゃないか。差異なんか、存在していないじゃないか。

 そんなに線引きしたいのか?そんなに区別しなければならないのか?

 俺は恐い。『僕』は恐い。その線引きにそれ程までに執着してしまう人間が。そして恐らくそれ以上に、目の前に迫っている『死』が恐い。

 だが矢張り、それ以上に、それを玩び、嘲る世界が恐い。否、憎い。

 

「人の命を何だと思っているんだ」

 

 俺は、その問いかけを、誰にでもなく、世界にぶつけていた。

 返答は無い。それでも俺は訴えることを止めない。

 現実逃避(逃げ出)した事が悪いのか?死を恐れる事が悪いのか?死を哀れむ事が、悲しむ事が悪なのか?

 金の為に生きて何が悪い?

 人の為に生きて何が悪い?

 誰かの為に生きて何が悪い?

 

 ――初めから、『其処』には何も無かった。

 

 そうだとも。『答えなどありゃしない』。

 だから、行き場のない怒りなど無い。何せぶつける先は、眼下に広がっているのだから。

 

Down(落ちろ)

 

 【シュプレヒコール】が全身を捻り、弾丸のように突っ込んで来た。風船のように膨らんでいる腹部が当たれば、恐らく俺は死ぬだろう。

 アイラが新たなる可能性を掴む確率は、0だ。

 だから俺は、今有る手段を以てして、彼女をこの世界の呪縛から救い出さなければならない。

 ……可哀想な事に、【シュプレヒコール】は今居る場所が森の中の何処かを知らない。

 だからこそ、俺は()を救える。最低な方法で。

 

『「――《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》」』

 

 森の碧も、空の蒼も、地の土も、或いは、あの子に纏う恐怖さえ。蒼く、蒼く、染まっていく。

 その蒼の一部は森を抜け、外を染めた。

 

『「白黒世界」』

 

 蒼が一瞬にして白く染まり、加筆していくように黒くなる。

 あの子に纒わり付く黒は、他よりヤケに黒かった。

 それでも。俺はそれを祓う為に。()の為に。

 ()を殺すのだ。

 光弾は打ち出され、漸く使えた《看破》は、纒わり付く黒を全て祓っていた。

 【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】の、その劇の、幕引きを光が告げる。

 『蒼の世界』の範囲内にいたトムの(、、、)ステータスの最高数値を打ち込まれた化け物が、終わる。

 そして、その《看破》で見続けて、俺は思考していた仮定が正しい事を確信する。

 

 問。結局、彼女は何者か。

 

 答え。アンデッドの少女に取り巻く有象無象(アンデッド)

 

 問。【怨嗟共鳴シュプレヒコール】とは。

 

 答え。【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】という最弱級の〈UBM〉にアンデッドが依り憑いた集合体。

 

 本当に。本当に、救われない。

 どうして、倒す事が、殺す事が救いになってしまうのだろうか。

 殺すしか手段を持たなかった己のせいか。

 そういう手段しか与えさせないように創ったジャバウォックのせいか。

 それとも。

 

『討伐、おめでとう……カーター』

 

 アイラは俺の考えを全て理解しながらも、何も言おうとはしなかった。貶す事が無ければ、同情する事も無かった。

 ただ、頽れた俺の、その頭を、撫でるだけだ。

 それが今はどうしようもなく、嬉しかった。

 燕尾服を土で汚し、洟で汚し、涙で濡らした。握り締められた、何も掴めず、無骨な【霧中手甲】が装備された拳は、怒りの矛先(この星)を叩く。

 

「……ちくしょう、ちくしょう…………っ!!」

 

 救いたかったのだ。〈UBM〉だからとか、そういう所を抜きにして。

 だって、だってそうじゃないか。

 俺は、彼女と一対一で向き合った時に、気付いていたじゃないかよ。

 いつだって、「助けて」と言っていたのは、命令してきていたのは、腹の口(、、、)だったじゃないか……!!

 あの子(、、、)はいつだって、涙を流して、何も言わずに、俺に言っていたんだ。

 「痛い」の中に紛れ込んで見えなくなった「恐い」が!「怖い」が!「苦しい」が!「辛い」が!

 俺には、届いていたじゃないかよ……!!

 命令の中の懇願に、気付いてやれていたじゃないかよ……!!

 それなのに……それなのに。

 俺は、殺す事しか出来なかった。守りたかったのに。それなのに。一度も君を、救おうとはしなかったんだ。

 

【〈UBM〉【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【カタルパ・ガーデン】がMVPに選出されました】

【【カタルパ・ガーデン】にMVP特典【共鳴怨刀 シュプレヒコール】を贈与します】

 

 無神経に、アナウンスが鳴り響く。滂沱の涙はその音をかき消し、目の前の【共鳴怨刀 シュプレヒコール】もその涙で隠してしまった。

 でもそれが、俺の悲しみが、今は救いだった。

 だって、それを聞いてしまったら。それを見てしまったら。

 俺は、救えなかった現実に直面しなくちゃいけないから。

 現実逃避だ、あぁ、そうだとも。

 現実逃避してこのゲームに来て、ここでも現実逃避したら、何処に向かえばいいのだろう。

 カタルパ・ガーデンは救われない。

 庭原 梓は救えなかった。

 その現実だけが、今の俺を殺してしまいそうだ。

 

 後に人々は語る。『メイデンのTYPEの〈エンブリオ〉を持つマスターは、この世界をゲームだと思っていないか、この世界の命の価値と現実での命の価値を等価値だと考えている』と。また、人々は語る。『メイデンの〈エンブリオ〉は危機感の産物である』と。

 

 俺は、恐らく。現実の命の価値よりも、この世界の命の価値の方が上なんじゃないだろうか、と思っている。確信も確証も無い。けれど現実の人間がこうなった(死んだ)って、俺は同じリアクションをしてやれない。

 それは、救いたいと思ったからかもしれない。あの子を、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】という少女を救おうと、庭原 梓が産まれて初めて決心したから、なのかもしれない。

 危機感……そんなもん、ねぇよ。ある訳無い。俺にそんな御大層な物がある訳無い。

 それなのに、僕は持ってしまっているのだ。双方の世界(リアルとゲーム)に対して、どうしようもない危機感が。

 本当に、本当に。

 

(俺達)生命(総て)を、何だと思っていやがるっ!!」

 

 天に、地に、見えぬ海に。俺は吠える。慟哭する。

 森はその悲しみを受け取ったのだろうか、風に揺れて、光を木の葉で隠す。

 

「生命の代弁者、か。全ての命を数えながら。命だ、と等しく数えておきながら、その数えた命をどうもしないとは。

怠惰だな、カーター。

あらゆる生命(敵と味方)を等価値にしてしまっては、君の善は何処へ行くのだ。君が屠るべき悪は何処にいるのだ」

 

 俺は、そのアイラの問いに、地を指した。【シュプレヒコール】で地を刺した。

 

「成程。君にとっての終着点は、そこか」

 

 血涙でも出るんじゃなかろうかという程の涙は、もう出ない。

 ただ、俺の眼の炎は、これ以上無く猛っていた。

 

 そうして、カタルパ・ガーデン(庭原 梓)の迷走は始まる。




【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】
 本体は腹の口などではなく、ただの少女。腹部は他のアンデッドが集い一体化した為に膨らんだ。あとはただの少女である。それ故に攻撃手段がその腹部によるプレスなど、腹部での攻撃しか無い。
 非戦闘時の霧のような状態は、腹に纒わり付くアンデッドであり、その間本体である少女は霧に深く包まれて如何なる感知も効かない。
 その間は如何なる攻撃も通用しないが、戦闘状態になると腹のアンデッドの集合体は本体とHPがリンクする為、腹のアンデッド群を攻撃しても本体にダメージが入る。
 本体は無垢な少女のアンデッドであり、生前からアンデッドやら死霊やらを「集めやすい」体質だった。
 死後アンデッドになってもその体質が残っていた為、アンデッドに取り憑かれてしまった。
 ジャバウォックはそれを確認し、本体である少女の意思を尊重し、少女の意思でコントロール出来るよう調整していたのだが、アンデッドがそれに反対(当然の帰結であるように思われるが)し、ジャバウォックの管轄を外れる。
 あくまで外れたのは纒わり付くアンデッドであり【シュプレヒコール】本人では無かったのだが、この調子ではまた反対されてイタチごっこの為、ジャバウォックは放棄した。
 性質は悪いが、倫理観が欠乏している訳では無いジャバウォックは、【シュプレヒコール】本人を救おうとしていた訳だ。
 結果、「救えない」事実をカタルパに教え、「救われない」現実をカタルパに教える事となった。
 救いたい対象を眼前に置きながら、決して救えない〈UBM〉。
 世界派のプレイヤーにとっては、精神的にくる〈UBM〉。
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