其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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 次回から、話の展開の方向は変わります。
 いや、主人公の意識が変わります。と、そう言うべきですかね。


―Epilogue And Prolog―

 あの時から、つまり【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】が討伐されてから、長くも短い時が経った。ジャバウォックは、「倒したのがカタルパ一人なら、一人で受け取りに来い。まあ、出会えればの話だが」と言い残し、彼らの元を去っていた。

 その当の本人、カタルパ・ガーデンは森林を出て以来、心を閉ざしたかのように王城で計算のクエストをし続けていた。

 それこそ『何かで』盲目になったかのように。

 生きる意味を我武者羅に探し続けているかのように。

 彼女を殺してしまった事に対する贖罪をするかのように。

 殺してしまった事に対する、合理的な理由を探すかのように。

 或いは誰からか送られてくるであろう救いを求めているかのように。

 彼は計算する。

 その手は止まらない。けれど、彼自身は立ち止まっている。

 永久に停滞している。それは彼自身が望んだ事であり、彼以外の誰一人とて、望んでいない事。

 ただ、誰一人望んでいない事を、カタルパ・ガーデン自身が気付いていない。

 だから彼は止まらない。その手を止めない。止める事を望まれていても。止めてはならない、と自らに言い聞かせて。

 例え、自身の分身(〈エンブリオ〉)に望まれていなくても。

 

□■□

 

 カタルパの『闇』は、彼がログアウトしても変わらなかった。

 恐らくデスペナになったところで、変わる事は無いだろう。

 それに対し、アイラは嘆息し、シュウも着ぐるみでありながら眉根を寄せ、フィガロは目を細め、ミル鍵とアルカは目を疑った。

 誰もが知る「カタルパ・ガーデン」という像から、或いは現実での「庭原 梓」という存在から、今の彼はそれ程までにかけ離れていた。

 或る意味で、第3の彼と言えただろう。第3の彼はそれ故に、違っていた。庭原 梓より目は冥い。カタルパ・ガーデンより根が深い。歪んでいて、とても見にくくて、醜い。

 誰の目にも等しく、今の彼は幽鬼に見える。

 彼に出逢おうと、出逢うまいと、誰も、何も変わらない。会話にすらならないから。逢う事に、誰も何の意味も見い出せないから。

 なにせ彼の目は、何も見てはいないのだから。

 なにせ彼の言の葉は、何も語ろうとしていないのだから。

 虚空すら見つめていない。頭の中の幻想にしか囚われていない。物語を進める気すらないとでも言うかのような、幽鬼。

 幽鬼(亡き者)を幻視する幽鬼(バケモノ)

 何処にも響かなかったシュプレヒコール(魂の叫び)が……今更になって、彼の中で響いている事を、誰もが知っていた。

 勿論……彼の分身、【絶対裁姫 アストライア】さえも。

 そして、彼女だけが知っていた。

 今、彼女を蝕む邪毒が在る事を。

 今、彼女が少しづつ、変容している事を。

 彼でもなく、誰でもなく。

 彼の影響で変質している事を、彼女だけが、知っていた。

 

□■□

 

【メインジョブが商人系統上級職の状態でクエスト内での計算に於ける正答回数が1000000回を突破しました】

【計算スキル特化型超級職【数神】になる為のクエストが解放されました】

【特定のクリスタルに触れてクエストを受注して下さい】

 

 独特のアナウンスが王城の一室に鳴り響いた。

 聞いていたのは彼と、アイラだけだった。

 超級職、と聞いて、アイラは手を止めた。ゲームに於ける頂点とも言えるものを、開始一ヶ月で得たと言うのだ。……本来、【演算士】の上位互換が出ると思うのだが、そこには目を瞑っておこう。

 それでも、彼は手を止める気配は無い。

 勿論、アイラが代理で受けに行く事も出来ない。

 解放されただけで、彼が動こうとしない限り、【数神】の席は空いたままだ。

 この時期、つまりゲーム発売から一ヶ月近く経った状態でこの域まで達するには、彼程の計算能力と、それを活かせる環境が無ければ辿り着けない。つまり、彼以外現状誰も居ない。

 それを知ってか、いや、知らなくても、彼は動かない。

 

 ――計算している間だけは、何も考えなくていい。

 

 かつて、シュウ・スターリングに向けて、カタルパ・ガーデンはそう語った。

 彼が今、計算し続けている理由は、計算を止めようとしない理由は、それを聞いてからは明確だ。

 止めてしまえば、考えなくてはならないから。

 止めてしまえば、思い出してしまうから。

 それでも、先程からペンは圧し折れている。考えて(、、、)しまっている証拠だ。

 それが無くとも、アイラは分かっているが。

 混沌とした胸の内が。とっくの昔に堤防を破壊し、溢れ出した濁流が。彼の為人を知っているから尚更、アイラが見るそれは痛ましいものだった。

 ……それなのに、彼はまだ、彼として居る。

 常人であれば、精神崩壊を起こしているだろうに。

 ……いや、とアイラは頭を振る。

 

(元より、狂って、壊れていたのか。崩壊する場所が無い程に、崩れ落ちていたのかな。

なら、そんな主人が求める正解は、何故こんな(、、、)形をしているのだろうね?)

 

 そんな人間から、こんなマトモな〈エンブリオ〉が生まれたのか。自分でマトモと語るのは間違いだったかもしれないが、折れたペンが転がるこの場には、アイラと、彼しか居ない。

 一体誰が、物申す事が出来ただろう。

 そして、気が付いているのは、彼女だけだが。

 【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】を討伐したのは、カタルパ・ガーデンがゲームを始めてから約2週間経った時の事だ。

 そして今、ゲームが発売されてから一ヶ月が経過している。

 であれば実に2週間強の間、彼は只管にペンを手に取っていた。ペンだこはログアウトすれば消えていたが、計算していないその間、彼は考えてしまっていたのだろう。精神的な苦痛が見て取れた。

 時たま、彼は計算しながら肩から提げている刀を見る。肩からショルダーバッグのように提げられたその刀は、伝説級〈UBM〉【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】を討伐して手に入れたMVP特典【共鳴怨刀 シュプレヒコール】である。

 鞘も柄もない、抜き身の刀。布でぐるぐる巻きにしても、今の彼にはその刀そのものが映っているに違いない。

 恐らく彼は、刀に浮かび上がっている波紋の形一つ一つすら覚えているのだろう。

 日本刀。西洋が元である【シュプレヒコール】の設定から離れたような日本刀は、怨嗟というものは「曲がったもの」だ、「歪んだもの」だ、と。そう言おうとしているのだろう。刀は剣と違い、反っているから。曲がっているから。

 そしてその「曲がったもの」「歪んだもの」に囚われている彼は。或いはそれそのものに成り果ててしまおうとしている彼は。

 何処に、辿り着くのだろうか。

 

 ――正義の味方になろうとして、守れなかった事を嘆く。

 

 これだけを書き記せば、まるで物語の主人公のようではないか。

 遠くない未来で新たなる希望を見出す物語のようではないか。

 然し乍ら、彼に限っては、そうはならない。

 彼に手を差し伸べる者が……居るが、居るには居るが、彼を救う人間は、居ないからだ。

 抑、庭原 梓という人間を中心にしたこの人間関係に於いて、マトモな人間がいなかった。彼を救い得る人間など、いなかった。

 だから、彼女は、手を差し伸べる事を、選んだ。救う事では無く、差し伸べる事を、選んだ。

 

「カーター」

 

 短く、彼女は呼びかけた。

 それでいい。それだけでいい。必要以上の言葉は必要無い。

 必要以上に彼を妨げては、また彼は闇に歩を進める。立ち止まったまま、迷走して行く。堤防を壊した濁流が、また溢れ返ってしまう。

 

「……どうした」

 

 手は止まっていない、それでも返答はした。

 器用な彼に、アイラは語りかける。

 

「君は、何になりたい?」

「そう、だな。正義の味方じゃない何か、かな」

「……その心は?」

 

 少し考えてから答えたカタルパに、アイラは畳み掛けるように質問を重ねた。それは、答えを知りきった、質問だった。

 

「正義の味方は、物語の主人公は、挫折するクセに、立ち直る。根本的な解決をさせないまま、開き直る(、、、、)

俺はそれにはなりたくないから。

……俺だって、分かってはいるんだぜ?もうあの子を救えないって。いや、元から、救う事なんか出来なかった事なんて、知りきっていたんだ。

俺の手から、元から零れ落ちていたんだ。

でも俺は、それすら掬おうとしていた。救おうとしていた。

そんな事(、、、、)は分かっているさ。

ただ、ただ……」

 

 カタルパは吃る。何か言いあぐねていたが、アイラには分かっていた。何を思っているのか、何を言いたいのか、何故それを、態々言葉にしようとしているのか。

 結局、カタルパ・ガーデンは、庭原 梓は、子供だったのだ。

 現実を、あるがままの姿をそのまま受け止める事が出来ない、子供だったのだ。

 そういう(、、、、)人間が多かったから、かのアストライアは……とアイラは思案したが、彼女と自分は違うと断じて、改めてその『子供』を見た。

 幼くはない。稚くもない。拙くもない。それでも何故か、子供だと思えてならない。

 

「私は、【絶対裁姫 アストライア】と言う。メイデンwithアームズの〈エンブリオ〉。乙女座であるとされるアストライアの名を冠し、この地に、カタルパ・ガーデンの半身として生まれ落ちた。

君の正義と悪の境界線を定める存在として。

君が悪を裁く為の道具として。

私は居る。

……さて。君はどうだ?カーター」

「それは、俺への質問、って事でいいのか?

それとも、『僕』への質問って事でいいのか?」

「どちらにもしている質問だよ、カーター。

私は知りたいからね。思うだけではなく、言葉にしなくては、水の泡のように、全て儚く消えてしまうだろう?」

 

 なら、とカタルパは口を開く。

 そうして並べた言葉の羅列に、アイラは目を見開いた。

 そうして、それに対して、アイラは応えた。

 

「なら私は、君のそれを叶える道具となろう。

何せ私は、君の〈エンブリオ〉だからな」

「……いいのか?」

「ああ。いいとも」

 

 彼女は、使徒(アポストル)では無い。それでも、それに似た意思は存在していた。カタルパの持つものがどうしようもなく『危機感』と呼べてしまうものであり、『使命感』と呼べてしまうものであるから、なのかもしれない。

 それでも、そうでなくても。

 彼女は彼の、手足になろうと、そう誓ったのだった。

 

 彼女は初めてカタルパに、優しい嘘をついたのだった。

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