カタルパ・ガーデンが何故メイデンのマスターになったのか、については、先ず彼、庭原 梓のリアルでの話を語らなければならないだろう。
彼は、『与えられた自由』の中に居た。それは恐らく、彼がリアルに生まれ落ちる前から決められていた事だ。
庭原家は、そう畏まって言う程の名家では無い。それでも、世界の裏側、本来見える筈のない世界では、名が知れていた。
昔から、庭原家は奴隷商人であった。日本で奴隷制度が廃されて尚、その名は未だリアルの裏でよく耳にする。
それは活動場所が外国だからでもあり、日本でも陰ながら行っているからでもある。
そして、その家の長男として、名家と扱うならば嫡男として。庭原 梓は産まれた。「自己」を持つより早く、鞭の持ち方を教わり、数字を学ぶより早く、人の生き死にを学んだ。
そしてまた、彼は愛されていた。親に、そして周りに。だからまた、彼も周りを愛していた。兄弟も居らず、親戚も居ない梓にとって、両親や周りの奴隷商達は心の許せる人間だったのだ。例え、その胸の内がドス黒くても。
そしてある日。本当に突然だった。
「お前には兄弟がいた」
父がそう語り始めたのは。
梓は目を輝かせた。奴隷商や両親は確かに心の許せる人であったが、奴隷では無い下の存在、或いは対等な存在がいると言うのは、梓にとってこれ以上無い喜びだった。
社会生活を経験させよう、と言われて通っていた学校の職員や生徒の
そんな中、本当に対等な存在が、現れたと言う。
しかし、梓は、気付いてしまう。
父親が、「いた」と
それに気付ける程度には、梓は聡かった。そして、それが何を意味するのか、梓は本能的に、或いは経験から、分かってしまった。
そしてまた、次ぐように思い出すのだ。自分が産まれて暫く経った時に、
「もしかして、お父さん……は……」
実の子を売ったのですか、と問おうとした。だからこそ。
「そうだ」
その一言は意外では無く、尚更、痛烈に梓の心に突き刺さった。
「まぁ、今となっては大して必要無いが、いい金額になったよ」
お前のように優秀であれば良かったのだが、と続ける声を、もう梓は聞いていない。聞こえても、それは通り抜けていくばかり。
――それ以来、リアルの世界は、彼にはモノクロに映るようになった。
それが、彼が7歳の時の物語である。親が継がせようとしているものが手が後ろに回るような仕事であった為、一体何が法律に違反するのか、どうやったらそうなるか、を熟知していた彼は、いつかあの時の兄弟を救おうと、あの父を許すまいと、その時誓った。
それ故に彼は、悪に埋もれながら、何よりも善であろうとした。正義であろうとした。
この世の全ての悪を許してはならない、と一種の使命感が、彼を支配した。
そして、彼が16になった頃、彼の視界に、色が付いた。
目の前の光景は、それ程までに衝撃的だった。
右足を負傷していた青年が、その右足で対戦相手の顎を蹴り抜いたのだ。それは偶然見に来ていたアンクラの学生世界大会の決勝戦。椋鳥 修一選手が対戦相手であるグレゴリー・アシモフ・カイゼル選手の意識を刈り取った。その美技に、梓は見蕩れた。その右足の負傷が交通事故から弟を守った事によるものだったという話――梓からすれば武勇伝のようなものだった――を聞いてから、梓の視界の彩りは増した。
世界には絶望していたが、その絶望の中でも、希望は確かにあったのだ。そう、梓が知った瞬間だった。
「貴方は、その……本当に凄いな」
彼だけが色付いて見える世界の中、梓は修一に声をかけた。修一は流石に痛むのだろう、余裕の無い表情で、それでも快活に梓に受け答えをしていた。
修一と梓の仲はここから始まるのだが、それは後々にしておこう。
それから梓は色とりどりの世界を見る事になる。絶望一色だった世界でも、修一のように輝かしい人間は沢山いたのだ。それは、奴隷などと言う人間を見ていては一生分からなかっただろう。その点で、梓は
それでも、根はどうしようも無かった。彼の父が最低である事を。そんな父に対する復讐心がある事を。人の命を、梓自身がどうとも思っていない事を。
そしてまた、数年が経ち。梓は<Infinite Dendrogram>を手に取る。
どうしようも無い自身と、世界からの逃避であったのかもしれない。或いは、寧ろ、自身の改変の為だったのかもしれない。
チェシャなるAIが担当したキャラメイク。自身の姿をそのままアバターにした。「どこか西洋の貴族みたいだねー」とチェシャには言われたが、茶色い眼や黒髪は西洋の印象を受けなかった為、世辞なのだろうと流して――本当に黒髪茶眼でありながら西洋貴族のようだったのだが――彼はアルター王国上空から落下して行く。
そうして、庭原 梓の――カタルパ・ガーデンの〈マスター〉としての生活が始まったのだ。貫くべき正義を抱いたまま。かの父に向けた復讐心を、抱いたまま。
□■□
『で、カタルパ?俺はもう何が何だか分からないんだが……』
「安心しとけ。僕にもさっぱりだ」
色付いた世界の中、ガーデンは嘆息する。【絶対裁姫 アストライア】と名乗ったメイデンwithアームズのカテゴリーを持つ少女を、目の前に立たせたまま。
少女は白いワンピースを着用しており、肌も白く身の丈は百五十程。灰色の眼をしていて、無造作に伸びた銀髪が腰まで届いている。
ハッキリ言って、とても白かった。銀などがあろうと、印象として白かったのだ。
そんな白い少女を前に、着ぐるみと貴族はゴニョゴニョ何か話し合っていた。
「ふむ、詳しい自己紹介は後々の方がいいのかな、
アストライアが目を向けた先には、シュウとガーデンで受けたクエストの対象モンスターがいた。
何か話し合うならば、今この場所でするよりも、クエストを終わらせて街でする方が安全だ。
シュウとガーデンは瞬時にそれを理解して、クエストを再開した。
□■□
【絶対裁姫 アストライア】が武器となった時、それは十字架と片手剣を合わせたようなデザインをしていた。柄には鎖が巻き付かれており、それは正義やの神と称されるアストライアの持ち物、天秤から来ているのだろう。
使用可能スキルは『
ガーデンは使用条件があるのだろう、と解読を諦めた。
それは正しい判断であり――そして、このスキルは彼に変化を与える事になる。
□■□
クエストを無事終えて、二人足す一人は、今後の事を話し合う為に何処か良い場所は無いか探していた。
「…………な、なぁ、アストライア」
「どうした、主人。私の事はニックネームを付けて呼んでくれて構わないよ?」
そう胸を張る――その身長にしては、大きい部類に入るものを持っていた。何がとは言わないが――アストライアに、ガーデンとシュウはガックリと肩を落とした。
『何なんだ、お前の〈エンブリオ〉。変わり者すぎるクマー』
「こっちのセリフだよ、シュウ。僕のせいじゃない、と思うよ?」
街の中、シュウとガーデンの後ろを律儀に付いて行くアストライアに、投げかけたい疑問は山ほどあった。
メイデンって何なんだ、とか。〈エンブリオ〉についての疑問が、ガーデンにはあった。勿論、シュウにも少なからず。
先程も二人ならではのやり取りをしている際にアストライアがインターセプトして来て、そのやり取りに則ったツッコミを加えていた。
『矢張りお前の記憶か何かを継いでいるみたいだクマー』
「みたいだよね……」
自分から言う事は無いが、ガーデン――つまり梓――は、勘が冴えている。少ない情報から結論を見出す事は多々ある。
だが、それも限りがある。ただの正体不明を相手に結論を見出せる程、チート染みてはいない。チートなのは隣にいるシュウの技能である。
「さてさて、私の事情でクマさんにはお帰り頂いて、だ」
「え、なんで?」
『え……お前こそ何故だクマ』
「……え?何、僕がおかしいの?」
それに、シュウとアストライアが頷いた。
「私は〈エンブリオ〉。主人がプライバシーを語らないのは仕方ない事のようだけれど、私は言わば切り札、ジョーカーだ。他の人には極力情報を与えたくない……と言うより、この辺りの事は常識じゃないかな?」
それにシュウが頷き同調する。
自分の〈エンブリオ〉に教えられ、親友も味方にはなってくれない。ガーデンは疎外感を感じざるを得なかった。
そのままシュウは『お二人で仲良クマー』などと言い残して去っていった。うまいこと言ったつもりか、とツッコミたかったが、それはアストライアがしていた。
「やっぱり、僕の心、というか考えが分かるみたいだな、アストライア」
「だからアストライアは長いから略しておくれよ、主人。
で、答えはイエス、だ。悟る事が出来る、ってわけじゃないけどね。
ふふん、ロリっ子に心を読まれるなんて、嬉しいだろ?」
その口調でロリと名乗るか――身長や仕草、外見は確かにそれっぽかった――とは思ったが、抑嬉しくなかったガーデンは逸れた話を戻す事に専念した。
「それはシュウのバルドルでも可能なのか?」
「分からないね。これがメイデンならでは、なのかはよく私も理解していないのだよ」
そう言って肩を落とす仕草に、ガーデンは不覚にもドキッとした。
(いやいや、自分の分身にドキッとしてどうすんだよ)
落ち着きを取り戻すのに大して時間はかからなかったが、この動揺はアストライアに伝わっていたようで、アストライアも笑っているようで恥ずかしがっているような複雑な表情をしていた。
「あー……まぁ、いいか、もう。
さて、君のニックネーム、か……。
アス……アスト?トライア…トライ?いやいや……中々難しいな、これ」
ガーデンは思案する。自分の名前を英訳してPNにしていたからと言って、アストライアも同じようにする訳には行かない。多分和訳したら司るもの的に「正義」とか「審判」とかになってしまう。女性にニックネームを付けるという事を経験してこなかった――奴隷には番号をつけていたが、それをする訳にも行くまい――ガーデンは、本当に、一生で一番悩んだ。
「ライア?」
「ライアーだと嘘つきみたいで良くないね」
それはゲームを後ろに付け加えるんじゃなかったかな、と心の中でそっと呟く。
「じゃあ何が良いんだよ。逆さまにしてアイラとか?」
「っ……良いな、それ。私はアイラ。アストライアのアイラだ。良いネーミングセンスじゃないか、主人」
それで満足したらしい、アストライア改めアイラはコロコロ笑った。
一段落ついたので、今度はガーデンの番だ。
「じゃあアイラ。僕の事も何かニックネームで呼んでくれないか?いつまでも主人ってのは、落ち着かない」
「ふ、む……。主人は主人だからと言えど、不快ならば直さねば。
思い浮かぶ候補も少ないし、今はカタルパで良いかな?」
まぁ、いいかな、とガーデン――カタルパは肯いた。
そうして。カタルパとアイラの物語が、二人で一人の物語が、漸く始まる。
「羨ましいな、ぼっちなのにぼっちじゃねぇとか」
弟は誘えなかったが、旧友を誘えたのだから一人では無いだろうが、シュウ・スターリングは一人、着ぐるみで石畳を踏んだ。