其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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 問、カタルパは、何処へ行くのでしょうか。
 答、カタルパは、何処にも行けないのです。

 問、彼の最果ては何処でしょうか。
 答、今居る場所、ですかねぇ…。


第十七話

【この問いに答えよ】

 

 何処からか響く電子音声が、或るクエストを受けたカタルパに、重々しく鳴り響いた。

 そのクエストとは勿論、【数神】になる為のクエストである。

 文面上だけならば、カタルパの心に響く事は先ず無い。

 ただ、カタルパの脳内には、そのセリフが指す『問い』とは違う『問い』が、浮かんでいた。けれどそれも、直ぐに雲散霧消する。代わりに、『悩み』が浮かんできた。

 考えている事は上手く言葉に出来ない。混沌としている脳内の何を感知したのか、アイラも変わってしまった。

 まだあれなら、嫌われた方が良かった。

 あの子は、カタルパと違って、正直過ぎるから。例えカタルパが間違えていても、カタルパの『正しさ』で物事を考えてしまっているから。彼女自身の意識よりも、カタルパの意思を尊重しているフシがあるから。

 

「だから俺は、あの子を何度でも傷つけてしまう」

 

 カタルパの勘違い(、、、)は直らない。

 遠い過去にした忘れ物のように、いつか勘違いだった事すら忘れて、固定観念として定着して、彼と彼女の歯車はどんどんズレていく。

 だがそれは、この先の物語。喫緊の課題は、そんな事じゃない。

 

「さて……為すべき事は一つ……なのだろうか」

 

 机と椅子、紙とペン。空中に浮かぶ光文字。

 光文字で表示された問いは、電卓を取り出そうと計算し切れない。

 それもそうか、と一人納得し、頷く。電卓(チートツール)使って超級職とか、つまらないしな、と。

 ログアウト出来なくなっているのは、一度この問題を見てからログアウトし、答えを知ってから解く事をさせない為、だろう。

 加えて、挑戦権は一人一回。この空間を出れば、もう二度とこの問題は解けない。それどころか、【数神】になる事も叶わない。

 商人系統超級職ではなく先に計算スキル特化型超級職が出てきたのには驚いたが、内訳はこういう事だったらしい。

 『誰でも気軽にどうぞ!なれるかどうかは別問題だがな!!』

 そんなとこか。

 気軽に、と言う割に正当回数1000000回という制約があるが。

 まぁ、連続正解回数じゃないだけ、マシか。

 

「さて……さてさて。さてさてさてさて」

 

 コキコキと指を鳴らす。首が曲がる。目が見開かれる。

 それは、カタルパの『臨戦態勢』を意味している。

 そうする事で意識が切り替わり、亜音速で移動するように、超速で思考を開始する。

 だが、止まる。

 一目見て、分かってしまったのだから。

 さて、問題文を改めて、或いは初めて、見てみよう。

 

【単連結な3次元閉多様体は3次元球面 S³に同相である。】

 

 この説明文で内容を理解出来た者は素晴らしい。

 斯く言うカタルパも理解は出来た。問題文とその意図だけなら。

 この問いは、これを証明すればいいのだという事は。

 

 ――ミレニアム懸賞問題の一つ、ポアンカレ予想を解けという事は。

 

 ミレニアム懸賞問題については各自で調べて頂くとして。

 ポアンカレ予想はその中で、2040年代現在に至るまでで、唯一(、、)証明されている問題だ。

 だから、【数神】になれない訳では無い。

 サーストンの幾何学予想を解決させ、発展させて解くという問題。リッチフローを使えるか否かがキモとなる。

 まぁ、ここまで言って「何言ってんだこいつ」となる事だろう。それは正しい(、、、、、、)

 

 これは、数学の専門家が解く事を諦める難問である。

 

 彼は計算能力がある。けれど、それでも本来届かない。

 計算出来るだけで、この懸賞問題を全て解ける訳が無いのだ。

 何せこのポアンカレ予想。解いたら日本円にして約1億円の報酬があるのだ。

 学者達がその額を懸けた。序に誇りやら何やらも懸けた事だろう。『自分には解けない。代わりに解いてくれ』と言う、その意味がお分かりだろうか?

 そうだとも。問いを作っておきながら、解かせる気など無いのだ。或いは、同士を作ろうとしているのだ。

 ……さて、話を戻そう。

 つまりこのクエストを攻略し【数神】になるには、グリゴリー・ペレルマンが解いた方法を記憶しているか、同じ方法で解く事が『前提条件』となっているのだ。

 然し乍ら、カタルパはグリゴリー・ペレルマンの行った通りの解き方を覚えていないし、ポアンカレ予想は知っていたが、抑の解き方を知らなかった。

 だが、彼はそこから逃げ出さなかった。

 それは、愚行では無い。

 風車に挑むドン・キホーテのようでありながら、魔王に立ち向かう勇者のようであった。

 

「成程……滾るな」

 

 その時の彼は、計算していた。どうしようもない程に。今迄とは比較にならない程に。アイラと別れて一時間、その瞬間から始まったこの超速の思考。

 前回、カタルパがアイラの元に帰るのにリアルで16時間程。

 ゲーム内換算で48時間。その内一時間(往復なのでプラス一時間)が移動時間。つまり彼は、結果として46時間の連続思考をしていた事になる。

 彼のAGIからすれば、体感的にはもっと長かった事だろう。

 そんな長い時間、思考していられるだろうか。途中で「お腹が空いたな」とか「眠いな」とか、思ってしまわないだろうか。

 そういう事が、彼にもあったかもしれない。けれどこの時に限って、彼には無かった。様々なものが、欠けていたから。欠如していたから。今この場に於いて、欠場していたから。

 意思は潰えていた。

 意味は消えていた。

 意義は失せていた。

 無駄なものを可能な限り廃したそれ故に。その手は止まらない。

 次々と数字や文字を書き連ねるその手は、解ききるまで止まらない。

 もう彼は立ち止まらない。

 自分の進む先が、例えどんな場所であっても。

 失墜に堕落を重ねた、負の連鎖が続こうとも。

 カタルパはもう、立ち止まらない。

 断崖絶壁に落ちたその後の逆転劇を、始めるだけなのだから。

 

□■□

 

 態々解き方を教えるつもりも無い。

 約46時間の激闘の末、解いた、とだけ、言っておこう。

 

【クエストが攻略されました】

【【カタルパ・ガーデン】に計算スキル特化型超級職【数神】のジョブを贈与します】

【これにより、他のプレイヤーに出されていた同クエストが破棄されます】

【今から10秒後にクリスタルの前へ転送されます】

 

 アナウンスは相変わらず無機質で、もう少し可愛げがあってもいいと思った。

 その10秒すら、今のカタルパには長く感じられた。

 解かれた問題はもう、この場で、誰にも見られる事は無い。

 「と言うかこれ、他の懸賞問題だったらどーすんだ?」と思ったのは、きっとカタルパだけでは無い。

 「唯一解かれているから、別にいいよね、これで」と誰か(、、)が悪ふざけで、面白半分で作ったジョブとクエストである事など、恐らく誰も分からない。この場で解いたカタルパですら分からないと言うのだから。

 

「ともあれ、クエストクリア、か」

 

 そうして、クリスタルの前に転送されて、漸く、彼は思い至った。

 

「……なんで俺は、【数神】になろうとしたんだ?」

 

 と。そしてそれは、【数神】になった事で跳ね上がったAGIによる思考により、一瞬で答えに辿り着いた。

 

「……あー、そっか。守る為の力、なのか」

 

 カタルパは、【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】を倒している。それのMVP特典【共鳴怨刀 シュプレヒコール】は今も彼の肩から提げられている。

 触れて、一つ嘆息する。

 彼女はもう救えない。過去の事象の改変など出来ないから。けれど彼女のような境遇に会う人をこれ以上増やしたくない。

 過去を教訓に、未来を救う。

 

 ……結局彼は、物語の主人公が通るような道を、誤って(、、、)通っていたのだ。

 

 かつて自身の求めていた解答を、もう求めていない事に、漸く気付いた。

 だから空白であるべきその解答欄には――自分からすれば間違いではあったが――答えが、記述されていた。誰かが、丸を付けてくれるような、幼く、稚く、拙い解答が。

 ただ純粋に、非戦闘職でありながら、力を求めた最果てに。解答を終えて、開き直った(、、、、、)最果てに。

 カタルパ・ガーデンは【数神】になった。

 この道が正しいのか否か、そんなものは彼自身にも分からない。

 けれども、【シュプレヒコール】を思っての事ならば、間違いでは無い筈だ。

 【シュプレヒコール】の事は考えていた。だがカタルパは一度も、彼女の立場に立って物事を考えた事は無かった。

 そこに立って、初めて気付く事があるのだと、知らなかった。

 殺す事が、救いであった事に。一度も「殺さないで」と、彼女が言わなかった事に、気付けるのだ。そして、カタルパはそれに、気付いたのだ。

 彼は彼だけで答えに辿り着き、開き直った。自身が忌避していた解答に辿り着いてしまった。そして、それでいいと思えてしまった。

 それは、現実逃避のようでいて、全く違うもの。

 これはただ単に、新たな一歩を踏み出しただけだ。

 それに呼応するように、提げていた布が揺らいだ。

 

「……どうしたもんか」

 

 色彩豊かな世界は、こうも眩しいものなのか、と日光を手で遮り、青空を隙間から覗く。

 陽光に反射して輝いたその目には、黒い燕尾服と相まって、輝かしい焔が確かに灯っていた。

 種火のような小さな焔が、強く灯っていた。

 

□■□

 

 王城に戻りカタルパは、アイラに語った。

 ポアンカレ予想を解いた事。【数神】になった事。

 そしてその中に、アイラへの感謝があった。

 辿り着けたのはアイラのお陰だ、と告げた。ありがとう、と。

 アイラはなんとも言えないような表情を浮かべながら、何もしていないが、こちらこそありがとう、と返した。

 読心出来るアイラからすれば――出来るようになった彼女からすれば、カタルパのしていた話の9割近くを既に知っていた訳だが、それでも新鮮だった。快いもので、心が洗われるようだった。

 間違えて、間違えて、間違いを重ねた。二人はもう、正しい道には戻れない、筈だった。

 だがカタルパは、間違いに間違いを重ねる内に、一周していた。

 また元に、戻って来ていた。歩むべき道へ、進むべき道へ。

 ならばこれで、良いのだ。

 間違えた最果てに正しさに触れられたならば。それで良いのだ。

 一周する間に変質し、ズレて行った彼女を置いて、一人で進んでいけば、それで。

 誰も彼もが(、、、、、)幸せな、ハッピーエンドではないか。

 物語の主人公が(、、、、、、、)求めるようなハッピーエンドが、訪れたではないか。

 

 だからこそ、物語の主人公では無く、正義の味方では無いカタルパは。

 どう(間違え)ればそこに辿り着くかを、知らぬまま。

 

「じゃ、行こうぜ、アイラ。また、間違え(冒険し)に」

「……?どういう、事かな、カーター?」

 

 その道を、何度でも踏み外す。




計算スキル特化型超級職【数神】
 《高速演算》や《思考能力加速》など、計算する事に重きを置いた超級職。
 ポアンカレ予想を解かなければいけないという鬼畜なクエストではあるが、そのクエストには制限時間が存在しない。
 ログアウト出来ない為、クエストを諦める(つまり【数神】になる事を諦める)事で外に出られるという意味不明クエストである。
 AGI特化になっており、そこは【兎神】にステの割り振りが良く似ている。
 因みに【数神】のレベルが1の状態での今現在のカタルパのAGIは6000程。他のステは3桁を彷徨っている。
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