彼は語った。己が成功を。
彼女は語った。己が成長を。
カタルパ・ガーデンは、結果的にハッピーエンドに辿り着いた。
アフターストーリーはまだ無い。
何故ならまだ、終わっていないからだ。
彼は、これから踏み外さなければならない。
正答から、間違えなければならない。
踏み外してしまった自分の分身と、共に歩む為に。
それが、彼の望んだ自由なのだから。
曰く、『正義の味方は一人であってはならない』。
曰く、『隣に仲間が居なければならない』。
それは奇しくも、【絶対裁姫 アストライア】が語った事と、同じ事。
そうして膨れた自意識は、妄執を孕んで迷走し続ける。
誰よりも正しいエンブリオの『使い方』は。
誰よりも間違った、マスターの『生き方』だった。
彼が正しければ彼女は間違い、彼が間違えば彼女は正しい。
いつまでたっても、彼らは望む結末に至らない。正気と狂気の天秤が釣り合う事は無い。
正しく"不平等"。後の彼らの二つ名であり、戦い方を指し示す言葉であり、彼らそのものを指す言葉でもあった。
互いに互いの隣を目指す余り、その歩幅は決して揃わない。すれ違い、行き違い、食い違い、互いに違える。
【絶対裁姫 アストライア】がメイデンのエンブリオでなければ、こんな事にはならなかっただろう。だが事実、危機感故の
だから彼らは、いつまでも"不平等"なのだ。
□■□
そんな彼らを、見ている者「達」が居た。
その内の一人、クマの着ぐるみを着たプレイヤー、シュウ・スターリングは他の面子に重々しく告げる。
『どうするクマ?あいつはこのまんまだと……戻らないぞ』
「そうねー、リアルだとそんな素振り無いけどね、梓は。
けどまぁ、『カタルパ・ガーデン』の時点で『もう一人の僕っ!!』感はあるけどさぁ」
着ぐるみに返答したのは麻布を被った誰か。《看破》で見ればすぐにミル鍵の名が見えるだろう。
……どうやら、【兇手】を止めて、またビルドし直しているらしい。
「まぁ、アズールらしいっちゃらしいんですけどね」
「今の彼なら、いい闘いが出来そうだね」
『自重しろフィガ公』
のほほんとした雰囲気でマイペースに語るアルカ・トレス、(この時点で既に)チグハグ装備のフィガロ。
カタルパを見つめる面子は、その四名だった。
どうにかしたいシュウとミルキー(もうこっちで呼ばれる方が多い)、そのままでも構わないアルカとフィガロ(フィガロはこの場合、どちら側でもないとも言えるし、アルカもどうでもいいと考えている)。
対立こそまだしていないが、『意識の違い』は後々のズレに繋がる。
……それで既にズレている二人を、全員が知っている訳だが。
ゲームを経て人が変わる事は、無くは無い。
ゲームで人生が変わる人間も、居るには居る。
だからあれは、その一例だ、と。
頭で理解しているつもりでも、理解し切れていない。否、何処かでそれを、否定したいのだ。
このゲームのせいで現実の庭原 梓が変わる事を、椋鳥 修一と天羽 叶多は許したくないのだ。
ヴィンセント・マイヤーズとカデナ・パルメールはそう思っていないようだが。
ともあれ、彼らは遠からず行動を起こす。
思っていなくとも協力的ではある二人と、積極的な二人の計四名で。
目的は一つ。掲げるは矯正。
『壊れた
「ガツンと一発やってやらなきゃね!」
「……何でだろう。間違っていると言わなきゃいけない気がする」
「大丈夫じゃないかな?アズールならきっと耐えられるだろうし」
一致団結は、していなくとも。
□■□
「で、決闘、ね。
【救命のブローチ】なんつー便利アイテムがあるのか。凄いなこの世界は」
カタルパは彼らに誘われて、町外れに来ていた。
今回の『多対一』は厳密には決闘ではない為、ギデオンの闘技場は使用出来ない。
その為に、代案として【救命のブローチ】というアイテムの破壊を以て勝敗を決める決闘を行おうと言うのだ。
闘技場の報酬などで稼いだ四人がそれぞれ一つ、そしてカタルパにも一つ用意したそうな。ドロップアイテムではあるが、店でも買えるらしい。買える程度の金はクエストの報酬で貯まっていたので、後で買っておこう、とカタルパは頷く。
彼らは目で語る。全ては、この日の為に、と。
カタルパが王城に篭っている間、彼らは闘技場等で鍛えてきたのだ。
彼らがカタルパ達に負ける道理は、無いのだ。
況してや四対一(フィガロがいる為、一対一と三対一になるが)だ。
数でも、質でも、勿論エンブリオの力量差でも。その中で何一つ、カタルパが勝っている道理は無いのだから。
だから彼らは、カタルパの強さに、目を見張る事になる。
□■□
『んじゃ、先ずは……フィガ公、行くか?』
「いや、僕よりも……」
「私が行くよ」
フィガロが促し、一歩。カタルパの元へ麻布を被ったミルキーが近付く。
話し合いの末、カタルパは4連戦をする事になった。
彼らの目的を知っていて、何処かでそれに期待していたカタルパは、その話から降りる事をしなかった。
乗らない訳には行かない。乗らなければ、自分が『逃げ出した』事になるから。もう現実逃避は、したくないから。
負ける訳には行かない。負けてしまえば
だからこのお話は、カタルパの自業自得である。
手の内を極力明かさずに、なんて事は出来ない。手の内なら、以前からミルキーには話しているのだから。
いや、ミルキーどころではない。あのメンバー全員に話して回っていたようなものだ。ただ……それも、【シュプレヒコール】戦までではあるが。
「行くよ、梓」
「……そうか、来い」
カタルパはいつもの燕尾服。左手には第2段階の【絶対裁姫 アストライア】が装備されており、右手には【共鳴怨刀 シュプレヒコール】を持っている。そしてその両の手には【霧中手甲 ミスティック】が当て嵌められている。
ミルキーは麻布を剥ぎ、AGI重視の軽装備を顕にした。金属と布によるアーマーだ。手に持つのは第4段階になった【上半怪異 テケテケ】である。そして職業は、【蛮戦士】。長い黒髪が、彼女の左目を覆い隠す。
そのまま二人は見合い、そして合図も無く。
「『《
「《
激突した。パッシブスキルなのに叫んだ者と、いきなり必殺スキルを叫んだ者が、激突したのだ。
□■□
第一に、誰もが思った。「いきなり必殺スキルだと?況してや
彼女は答えた。「勿論さ」と。答えになっていない、解答だった。
代わりにその答えを、行動で示した。AGIの数値、「6000」を写し取り一撃必殺を放ち得るカタルパの攻撃を、彼女は腕で弾いた。
左手の爪が地に食い込み、自身のAGIだけでは出せないような速度で駆ける。
その速度で打ち出される一撃は、AGIの値をENDに代入させたカタルパでも耐えきれなかった。
踊るように地を走り、舞う。それは、それだけを聞けば、美しいのかもしれない。
けれども、その場の誰も彼もが、そうは思わなかった。
何事にも無頓着なアルカでさえ、直視していなかった。
カタルパも、目を逸らしたかった。けれど、目を逸らす事は、出来なかった。
――彼女には、下半身が存在していなかった。
《看破》が使えるカタルパは、彼女のステータス欄を確認しながら、【出血】【下半身切断】という、二つの状態異常を、見逃さなかった。
彼女の下半身が無い。だが、何処に在るかは知っている。
発動時、自らで断ち切った下半身は、今も彼女の立っていた場所に転がっているから。
この化け物のような速さも、攻撃力も。下半身を断ち切ったからだと推測するのは、あまりにも容易だった。
STRとAGIのみを限界まで引き上げる。下半身などという
その為の《轢かれた脚は此処に》……なのだ。
【出血】していては、HPは減っていく。況してや彼女は今、今回定めた『決闘』に於いてルール破りである行為を行っている。
《看破》を使えるカタルパには分かる。
何処にも【救命のブローチ】が装備されていない事が。
だから、此処で殺しては、デスペナになる。
PKではない者を殺す事を(ミルキーに関しては「元」なので、今の彼に於いては彼女は悪でも無い)、カタルパは
心理の裏をかいた、いい作戦である。然し。
彼にも、負けられない理由がある。
ここで負けたら、気付いてしまうから。気付いたら、
だからカタルパは。カタルパとアストライアは。
全力に、全力で返す。
【Form Shift――Cross Balance】
弩弓から、
「『《
【絶対裁姫 アストライア】の
《轢かれた脚は此処に》(テケテケ)
自身の下半身を【上半怪異 テケテケ】で切断する事により発動出来る、意味不明な必殺スキル。
下半身を切断する為、【出血】【下半身切断】の状態異常は逃れられない。
STRとAGIを有り得ない程上昇させる。
発動中はあらゆる回復が無効になる為(【救命のブローチ】や【身代わり龍鱗】なども発動しない)、ミルキーは装備していなかった。【死兵】のスキルも使えない……どころか使用中は他のスキルが使用出来ない為、自分が出血多量でデスペナになる事は確約されている。
自殺スキル。死ぬまで解除も出来ない。
『一撃で殺せば離脱の必要は無い』という、一撃離脱理論に於ける曲解。
(天羽)「行くよ!」
(カデナ)「『逝くよ』の間違いかな?」
(ジャバウォック)「何故曲解を好むんだお前達は」
《感情は一、論理は全》については、矢張り次回へ回されるのです。