其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第十九話

 揺らぐ心の奥底を、抉り返して。

 天羽 叶多は庭原 梓に思いの丈を『ぶつける』。

 比喩は無い。

 手斧に込めて、ぶつけている。

 《轢かれた脚は此処に》によるリミットは後一分程。

 その一分の間に、終わらせる必要がある。

 否、終わらせざるを得ない。

 終わらせなければ、死ぬから。

 ミルキーに下半身は無い。

 ペナルティでは無い。発動条件だ。

 下半身をぶった斬るという摩訶不思議な条件で、その代償に見合った(……見合っているのか?)AGIとSTRの補正を受ける。

 言葉にすればそれだけである。それだけで……それしか無い。

 何一つ、特殊な効果は無い。

 究極の一撃離脱の為には、特殊効果に割くリソースを少しでもAGIとSTRの上方修正に回した方がいい。

 【上半怪異 テケテケ】は、とても効率的なエンブリオだった。

 北海道の室蘭が発祥とされるテケテケの伝承が、下半身が無いという伝承が、キッチリ受け継がれている、という面を見れば『良い』のだろうが、死人になる辺りまで受け継ぐ必要は、何処にあっただろう。

 下半身を切り落としてしまったので、下半身の装備補正は受けられない。まあ、所詮微々たるものなのだが。

 ミルキーの手斧は、カタルパに届くだろう。

 だが果たして、ミルキーの『思い』は、カタルパに届くだろうか?

 答えは、神のみぞ知る。

 

□■□

 

 《感情は一、論理は全》と唱えたカタルパに、一瞬ミルキーは驚き、その手を止めた(つまり立ち止まった)。

 が、自分に時間が残されていないからだろう、その停止も一瞬で、また左手に力を込め、地を抉り、駆けようとした。

 然し乍ら、彼女はその時、不正解を引き当てていた。

 様子見すらせずに突っ込むのは、愚策だったのだ。

 

 ――目の前にカタルパが振り翳す【共鳴怨刀 シュプレヒコール】が迫っていれば、尚更。

 

「っ!?」

 

 ワンテンポ反応が遅れて、そこで初めて回避行動を取る。

 だがそのワンテンポが命取りである事を、その場の誰もが理解していた。況してや相手は、高AGIを保持するカタルパなのだから。

 

(けれど、《不平等の元描く平行線》は使えない筈!3桁ステータスなら耐えられる!)

 

 そう高を括り(、、、、)油断した(、、、、)

 それが、それだけが、彼女の敗因である。

 

「――――え」

 

 心の臓を抉る刀に、ミルキーは目を見開いた。

 回避行動はとった筈だ。剣筋から外れた筈だ。

 幾つかの事実を列挙するが、それでも、目の前の事実もまた、揺るがない。

 そして、HPが一瞬で尽きた事を感覚的に理解する。

 

 その一撃に、《不平等の元描く平行線》が使用されていた事を、悟る。速過ぎて、自分の認識速度を越えた一撃が放たれた事にも、気付けた。

 

「どう、して……?」

「これは、【共鳴怨刀 シュプレヒコール】の効果でな。こいつはに使用したパッシブかアクティブのスキルを一度だけストックして使える。ストックした後にスキルを使っても更新はされない。ストックしたスキルのみもう一度だけ使えるようになり、使った後はまたストック出来るようになる。但し、条件があった場合は発動出来ない。俺の場合は《不平等の元描く平行線》をストックした訳だが、あれは第2段階でしか今の所使えないだけで、第2段階でしか使えない、という『条件』は無いからストックして使えた。

スキル名は《音信共鳴(ハウリング)》と言う」

 

 つまり【シュプレヒコール】は、カタルパが直前に使用していた《不平等の元描く平行線》を《音信共鳴》で一度だけ使用した、という事らしい。一度だけ、この一撃にだけ、6000もの数値を攻撃力に代入したのだ。それでは耐えられない。

 

「でも、躱せた、筈でしょ……?」

 

 ミルキーは第2の疑問、何故当たったのか、を問うた。

 答えは出ていたが、内容が無い。

 

「勿論それは、《感情は一、論理は全》の効果だ」

 

 時間はもう、残されていない。

 機械的に話していたその長々とした説明も、無駄に語らない為だったのだろう。

 今のカタルパはもう、迷わない。

 殺す事が救いになる状況ならば、殺す事を躊躇わない。

 そうしなければ、救いたい者すら救えなくなってしまうから。

 だからカタルパは、ミルキーを殺す事に、躊躇しなかった。

 それは今迄の彼からすれば不正解であり、今の彼からすれば正解の事。己が正解を書き換えた、或る意味の成長だった。

 そう、成長。

 カタルパも、アイラも(、、、、)、成長したのだ。

 【絶対裁姫 アストライア】も、第4段階になったのだ。

 ゲーム発売から約一ヶ月。初期勢と呼ばれる者達は今で言う『ガチ勢』なる者が殆どで、(辞めた者を除けば)大体の初期勢が既に第4段階になっていた。

 そう考えればとても遅い。

 だがそれは、■■■を使い暫く進化する筈の無かった状況からすれば、とても早いものではあるのだが……それは、今語れる事ではない。

 光の塵が、虚空へと消えて行く。

 天秤から人型に姿を変えたアイラは、カタルパの見ていない方のミルキー……残された下半身が塵になって行くのを、見ていた。

 

「何故切り離してしまったのか」

「テケテケ、だからじゃないかな?ミルキーらしい、とは私は思わないけれど、ね」

 

 カタルパはもう跡形も無くなったミルキーの居た場所を見つめながら、ボヤくように喋る。

 アイラは、言いようのない居心地の悪さを感じていた。

 一体何故感じるのかは、分からない。けれど、その事実だけが、胸中に蠢いていた。

 

『取り敢えず、ミルキーが俺達の定めたルールに反していたから、今回は俺達の反則負けクマ』

「残念だねぇ。僕ならアズールを殺せたかもしれないのに」

「そうだね。僕が初めにやるべきだったよ」

 

 アルカとフィガロは少し的外れな意見を言っているが、シュウが取り纏めている。……これで、お開きにするつもりらしい。それは、今のカタルパを誰も殺せないと勘づいたから、だろうか。

 

『まあ、あれだ。違反はあったが、これだけはやらせろ』

 

 シュウは着ぐるみの拳を深く握り締め、カタルパの頭をぶった。カタルパは脳が揺れ、ピヨっ(混乱し)た。

 

「な、にを……?」

『間違えたい奴に行う矯正クマ』

「…………そーかい」

 

 揺れた脳でも、言いたい事は分かった。

 去って行くシュウを、アルカを、フィガロを。カタルパは見送る。

 逃げなかった、負けなかった事実を抱いて。

 アイラと手を取り合って、二人で街へ戻って行く。

 また人を殺したという事実とその残骸を、微かに残して。

 

□■□

 

 【数神】。

 意味不明なジョブだな、とカタルパは一人、王城で呟く。いつもクエストをそこで受けていた為、最早その場所が彼の定位置となっていた。王国の誰もそれを不思議に思わなくなったのは、感覚の麻痺なのだろうか。

 ジャバウォックに会い、報酬を受け取って来たのだが(偶然アルテアに居た。それを偶然と呼ぶべきかは、さておき)、序に幾つか質問もして来たのだ。

 その一つに、『超級職である【神】とは?』と聞いた。

 対し、ジャバウォックは簡潔に答えた。

 

『超級職の中でスキルの方面に特化したもの、の筈だ』

 

 と。『筈だ』とは、曖昧ではなかろうか?と感想を抱いたが、別に管轄じゃないのだから仕方ない、と納得。

 

「スキル……スキルねぇ?」

 

 一応今持っているスキルを確認するが、『計算スキル特化』と呼ばれる【数神】のそれを活かせるスキルは数える程しか無い。元から計算スキルなんてものは、そう多くないのだ。

 後は【数神】になった際に得たスキルくらいだ。

 スキル名は……《強制演算》。

 効果を見ずとも内容を察せるのは、救いと言うべきか否か。何せ『強制』である。……過程を省いて結果を得る、のような……そんな感じがした。『ロクなもんじゃねぇんだろうな』と思ったのは、カタルパだけではないと、期待したい。

 ともあれ、使う気も起きないので、心の奥底辺りに閉まっておこう、と。カタルパは椅子の背にもたれ掛かる。そして無言でアイラがその上に座る。

 カタルパが椅子となっている感じだ。

 仲睦まじい関係に見えるかもしれないが、そう密着している彼らはもう、すれ違っているのだ。違っているのだ。

 触れ合っていながら、噛み合ってはいない。

 それでも、互いにそれを何処か、受け入れてしまっている。噛み合っていない事を、『噛み合わない』事を。……今の彼らが、噛み合ってはいけない事を。

 世界の理であろうと反旗を翻すであろう彼らが、唯一受け入れた理不尽であった。

 触れ合う肌の温もりが、伝わっているのに、二人の食い違っている感情は、或いはその感傷は、互いに干渉しない。

 

「カー……ター?」

「どうした?アイラ」

 

 灯火の消えた目が、静かにアイラを見つめる。

 汚れの無い灰の目が、静かにカタルパを見つめる。

 見つめあっている筈なのに、その視線は交錯していない。

 アイラはその灰の目を(しばたた)かせて、欠伸をする。

 

「居るのかどうか、分かっていたくて、少しね。

眠くなってしまって。私は……少し、だけ…………」

 

 その先の言葉は、紡がれ無かった。彼女が眠くなったからだろう。

 眠る為に紋章の中へ消えて行くのを、カタルパはただ、見ているだけだった。

 

「……【数神】。《感情は一、論理は全》。【絶対裁姫 アストライア】。【共鳴怨刀 シュプレヒコール】。

やれやれ。……どうして世界は、俺に疑念を抱かせたがる?」

 

 そこに、自分を付け加える事はしなかった。

 それは、彼の頭脳を持ってしても、終わりのない話だから。

 ……【霧中手甲 ミスティック】も加えられていないが、それは特に疑念を抱かせるものでは無かったので除外されている。

 

「じゃあ一つ、賭けてみるかな……いや、ダメか。

なら、どうしてみようか……」

 

 そうして、一人。背もたれに寄りかかる。

 一人でやるような事が何も無い事に、久々に気付いたカタルパは、少しだけ、窓の外を見遣った。

 そして、顔を顰めた。

 それは、その理由は。

 

「なんで、来んのかなぁ……」

 

 訪れた非日常を、告げられた日常の終了を、嘆く為。

 

「――アイラ」

「んん?……どーしたカーター……むにゅ」

 

 嗚呼、悪い事したなぁ、と一人反省する。寝ぼけ眼のまま、何が起きたかを理解して第4形態になってくれる辺り、優しいな、とは思ったが。

 

「《感情は一、論理は全(コンシアス・フラット)》」

 

 唱え、駆け出す。手の周りだけ強化されてきた装備品の数々は、計算する為には手が大事だから、などという生易しい理由なのだろうか、と何度も考えてきたが、答えが出るはずも無い。

 だから放置したまま今日まで至る。至ったまま、今日も放置し、明日へ繋ぐのだろう。

 6000ものAGIで駆け出す。

 超音速起動には届かないが、遅くはない。

 そのまま、街の外へ。

 森の中へ。あの時の――【五里霧虫 ミスティック】と戦った時のような、森の中へ。

 ジャバウォックは、性質が悪い。それなのに、気にかけてはくれているらしく、カタルパを強くしようとしている……らしい。それもこれも、未だカタルパがジャバウォックの為人(ひととなり)を理解していない為だ。

 『非戦闘極まれり。そんな者が活躍する物語。詐欺師でも構わないが、お前のような輩が主人公なのも、良いとは思わないか?』

 そんな事を言っていた。その意思の表れとして、一つ。

 『適当な時に〈UBM〉を放出する。一人で狩れ。その時が来たら、時と場所は告げてやる』

 と、ジャバウォックは言っていた。

 今が『その時』だ。

 上昇して行く(、、、、、、)AGIで木々の隙間を縫う。

 そして立ち止まった時には、そのAGIは8000近くまでになっていた。

 それが……《感情は一、論理は全》の能力である。

 ただ、漠然としていて理解しづらいだろう。

 その為、説明しようとするとこうなる。

 『感情を代償に、ステータスを上昇させるスキル』と。

 だから、今の彼は酷く、ヤケに落ち着いている。

 正気も狂気も無い。とても機械的な、成長を遂げていた(、、、、、、、、)

 

「さぁ、始めよう」

 

 興奮は見られない。嘆息も無い。無表情且つ無感情。

 それでも、今迄で最も、カタルパ・ガーデン(庭原 梓)らしかった。




《感情は一、論理は全》
 コンシアス・フラット。
 第1スキルである《秤は意図せずして釣り合う》と名前だけは対極を成すスキル。
 感情(『考える』上で不必要と断じられたもの、らしい)を一時的に消失させ、それを代償にステータスに補正をかけるスキル。
 「あれしたい」「これしたい」などの欲望や「死にたくない」などの願望なども消失させられる。
 故に、発動中は無意識の怪物となる。
 意識的に無意識と無表情と無感情を作り出すスキル。
 パッシブスキルである為、これも本来唱える必要は無い。
 だが唱えるのは、【共鳴怨刀 シュプレヒコール】にストックさせる為である。
 とは言え、《感情は一、論理は全》の使用中にそのストックを使う事は無いが(感情という有限のものを代償とする為、二重に発動する意味が無い)。
 ■■■による進化では無かったが、今の彼に必要なスキルだった。何せ今の彼には、『無駄が多いから』だ。
 これによる感情の消失を、彼自身、そして作者は『成長』と語っているが、倫理的に本当にそうかと言われると、少々首を傾げる問題である。

(アイラ)「深まる『私』の謎」
(ジャバウォック)「強者打破とは」
(アイラ)「ちゃんと打破しているじゃないか。ちゃんと、強者を」
(ジャバウォック)(……『悪』の打破では無いのか?)

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