其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第二十一話

 恐らく。もう誰一人として『正義』を翳せない。

 翳すにはあまりにも曖昧で、不明瞭で、『視えない』。

 云わば概念であるそれは、手に持つ事も、振り翳す事も叶わない。

 自由の前に、正義も悪も、或いはその中間でさえも、存在しなかった。

 羽目を外せば監獄行きにはなるものの、それもまた、監獄に行く自由と言い表せてしまう。

 何もかも、自由。

 正義を語る自由、振り翳す自由、そして屠る自由。

 悪もまた然り。

 如何なるものも例外では無い。

 果てに『自由を語る自由』なんてものが現れ始める。

 何だそれは、と。ゲシュタルト崩壊待ったなしな話も。

 『ゲシュタルト崩壊を起こす自由』などと言われて、幕を引く。

 ――本当に、全てが自由ならば、だが。

 

□■□

 

 ざわめく音すら絶えて、その中で一人、カタルパは佇む。

 【シュプレヒコール】が手から零れ、地に突き刺さる。

 肩で息をしながら、決着が付いたのを確認する。

 光の塵は何処かへ消えた。《揺らめく蒼天の旗》も正常に発動した。

 だから、終わった筈だ。

 そればかりは、計算しなくても分かる。

 

『お疲れのようだね、カーター』

「そう、だな。確かに疲れた」

 

 土の上に座り込む。燕尾服が汚れる事になるが、構わなかった。

 肉体的な疲労より、精神的な疲労の方が来ていたのだろう。目頭を押さえ、深く嘆息する。

 

「何が『自由』だ……」

 

 自由ならば、何故正義を振り翳す自由を『自由に』使わせてくれないのか。この手で繰り返してきたものは、PKと、狩り(ハンティング)。血と殺しに塗れた正義など、最早彼の求めた正義では無い。

 必要以上に、執拗に。名も無き邪毒がカタルパを蝕む。

 アイラが人型に戻り、隣に座り込んだ。彼女もまた、真白なワンピースを土で汚した。

 また、無垢な目がカタルパを見ていた。

 カタルパは見合わせないようにしながら立ち上がり、土を払った。今の状態で会話をしていると、心が保ちそうになかったからだ。

 心を読む事はしなかったが、それを察知したアイラは、カタルパの左手の甲へと消えて行く。

 【霧中手甲】は地味に、左手の紋章の部分だけ空いているのだが、まあ、今は関係ない話だ。

 

「……強く、ならなくちゃ、な」

 

 それは、誰かに向けた嘆きのようであって、独り言のようでもあった。呟きのようであり、懺悔のようでもあり。

 何れであっても、返答は無いのだけれども。

 決心は付いた。また一周して、リトライが始まる。庭原 梓では無い、カタルパ・ガーデンが前に進む。

 前途多難であったとしても。断崖絶壁であったとしても。

 ただ只管に、前へ。進んで行く。

 その道の最果てを、二人で目指して。

 

□■□

 

 刀と剣。剣と刀。十字架を模した片手剣と柄も鞘も無い抜き身の刀。【絶対裁姫 アストライア】と【共鳴怨刀 シュプレヒコール】。

 上手い言い方を探せば、『両手に花』も間違ってはいないだろう。

 

「ここに居たか」

 

 アルテアのレストラン内、二人が向かい合って座るテーブル席に、カタルパとアイラは向かい合っていた。

 その横から、異形が話しかけてきた。

 人型のキメラ……だろうか、一言で言うならば。

 一言に、無理矢理収めるならば、だが。

 人型と言えど胴と手足と顔の部分があると分かるだけであり、乱暴に動物や怪物のあれやこれを付けただけ、のように見える。とは言え成人男性がモデルなのは流石に分かる。

 そんな姿をしているのが、この世界の管理AIが一人、ジャバウォックなのであった。

 

「なんの用だ、ジャ――バさん」

「……あぁ、成程。アリスンと同じ要領か。

それで、私の不手際でお前が〈UBM〉を倒し損ねたそうじゃないか」

「まぁ、うん。そうだな。けど不手際って言うか、予想外、だろ?」

「その通りではあるんだが、な」

 

 納得行かないらしい。これでも、自分の言った事には責任を感じるタイプなようだ。与えた獲物を横取りされた事に、苛立ちを覚えているようでもあったが。

 カタルパに優しくしようとしている、という点に間違いは無いようだが。

 

「私からは詫びとして、これを渡しておこう」

 

 そう言って彼が置いたのは、地図だった。

 一点のみが赤く染められた、地図だった。それを態とカタルパにだけ見えるように置いた。

 

「……おい嘘だろ?」

「いや、別に目的地にいるのは〈UBM〉では無いぞ?」

 

 その言葉に、カタルパとアイラ――そして周りの客が安堵した。

 盗み聞きしていたのがカタルパにバレたが、彼らが動く気配は無い。

 彼らは寧ろそれでいいと言わんばかりに、会話を続けた。

 

「これは、超級職のお前でも難しいだろう」

「況してや俺達二人だけの時に言ったって事は、ソロで行かせたい理由があるんだろ?」

「フッ、察しが良くて助かる。これは元より二人以上のプレイヤーが同時に参加出来ない」

「参加?ダンジョンか何かか?」

 

 対してジャバウォックは瞼を閉じた。黙秘である。

 その行動に、辺りが騒然とした。

 

「超級が行っても難しい……」

「ソロオンリーだってよ……!」

「新しいクエストか……?」

 

 誰一人、ジャバウォックの見た目に触れず(今となっては『そういうコスもあるよね』と流されている風はある)、勝手に自論を述べている。勿論、カタルパなら大丈夫かな、なんて微塵も思っていない。それどころかその報酬を奪おうとしてさえいる。

 なんと欲深い人間達なのだろう。

 ――なんと人間らしい人間達なのだろう。

 カタルパは(まばた)きを一つした。一秒、たっぷりと時間をかけて。

 それですら、今のカタルパには10倍以上の時の長さが感じられていた。高AGIのなせる技だ。

 そうして続けて、嘆息。ジャバウォックとアイラに目配せをしてから、『それ』は唐突に、彼らの方から始まった。

 

「「「詳しい話、聞かせてくれよ」」」

 

 誰から、とも言う必要は無い。ただ、周りにいた三人の誰もが、言っただけなのだ。

 なんとも強欲な人間達だ。

 先ず動いたのはそのプレイヤー達では無く、アイラだった。

 これでもアイラは、そこそこのステータスを持っている。それはカタルパが王城に篭っている間にシュウやフィガロと特訓をしていたからだ。

 

「相手が一歩先を行くならば、私は三手先を読むだけ(、、)だ」

「ぐふっ!」

 

 男が一人、アイラの掌底で昏倒する。

 

「騒がしくしか出来んのか。況してや奪おうなど……烏滸がましい」

「がぁっ!!」

 

 怪物の腕で武器を構えた男を叩きのめす。

 

「……まぁ、そうなるわな」

「……へ?」

 

 一瞬にして、残っていたプレイヤーの腕が、宙に跳ねる。カタルパの右手には、血が滴った【共鳴怨刀】が握られていた。

 ほんの一瞬の事だった。目を逸らしていた内に終わってしまうような、短過ぎる物語だった。

 

「「「な……んで……っ!?」」」

「動きを読まれたから」

「お前が弱かったから」

「俺より遅かったから」

 

 各々が各々の理由で、殺さずに、無力化させたのだった。

 そのままカタルパは、勘定をしてレストランを出ていった。

 残されたプレイヤーに大丈夫ですか?と声をかける者も居たし、治す者もいた(腕の切断に関してはどうしようも無かったが)。

 それもまた、このゲームの掲げた『自由』である。

 カタルパの憎んだ、誰もが知る『自由』――である。

 

□■□

 

 地図で示された場所は、アルテアからはそう遠くなかった。現に今、彼らはそこに立っている。

 

「《ノズ森林》……ね」

 

 そこは、初心者向けの狩場として有名な、《ノズ森林》と呼ばれる場所だった。……決して、ダンジョンなどでは無い。

 黙秘したのは、こんな初心者向けの狩場では、聞いていた輩がこぞって来る可能性があったからでもあったのだ。

 カタルパは『あれも優しさだったのか』と何処かで納得し、疑念を顕にする。

 

「で?こんな場所にどんな〈UBM〉を仕掛けた?」

「……私とて、何時も何時も〈UBM〉がらみだと骨が折れるのだが。

後、言っておくが、私はお前にそこまで倒されると迷惑だぞ?」

「自分から誘っておいて?」

「あれらは構わん。私がデザインした失敗作の内の幾つかだ。だが無闇矢鱈に他の〈UBM〉を狩るなよ?今のお前はこの国でも数少ない超級職。少なくとも他の有象無象よりは強い。

 そうだな、そういう事に関してはエンブリオが第7形態に至った時に、〈超級エンブリオ〉になった時に、もう少し『深い』話をしてやろう。

 兎も角。今はあれ(、、)を開けてこい」

 

 失敗作と聞いて、「【シュプレヒコール】もか?」と問いたかった心を抑えつけて、指差した方角を目で追う。

 ジャバウォックが指差したのは、森林のド真ん中、切り株の上に乗った球だった。

 いや、よく見れば球の丁度半分に割れ目のようなものがあり、黒と赤に塗れながら『S』と書かれているのが辛うじて分かる。

 どうやらガチャとかで見る、あのカプセルらしい。

 然し、カタルパの疑問はその形では無かった。

 

「この禍々しい色は何だ?」

「危険なアイテムが入っている、という事を意味している」

「は?」

「……文句はマッドハッターにでも言え」

「いやおかしいだろ。なんでこれが詫びの品なんだよ」

 

 ジャバウォックが態とらしく目を逸らす。

 ジャバウォックが〈UBM〉担当であるように、アイテム担当はどうやら「不思議の国のアリス」のマッドハッター(本人では無いだろうが)らしい、とジャバウォックの心中を察し、文句を言っても無駄かと諦めてカプセルを開く。

 開けられるのはカプセル故に一人だけ。確かに、これに二人以上は参加出来ない。

 そして、その中身は。

 

「本か?カプセルの中から本?……えっと?【幻想魔導書 ネクロノミコン】……何これ」

「……〈UBM〉の……MVP特典、だな」

「……詳しい話を聞こうか」

「すまないな、無理だ。だが文句はマッドハッターに言ってくれ」

 

 ジャバウォックが頭痛を覚えながらも説明するに、カプセルは、街のガチャで手に入るらしい。Sに行けば行く程中身が良くなるシステム。そして、持ち主の居なくなったMVP特典は時たまこうしてガチャの景品になるそうだ。主にマッドハッターという管理AIの気分で。

 

「あぁ……居たな。数百年前に【虚構魔導 ネクロノミコン】という〈UBM〉が居て……倒されている。

そのカプセルも気分で一度回してみたら出てきたのだが、禍々しい色をしていたので『どうせなら詫びとしてお前にやろう』と……」

「理由も内容も裏話も下らねぇな。てか最早押し付けじゃねぇか」

「……半分私に、半分をマッドハッターに怒りをぶつけろ。……まぁいい。所詮は戯れ言だ。

にしてもこうしてお前の手元にくる可能性があった、とはな」

 

 遠くを見るジャバウォックに、カタルパは嘆息する。

 

「『お前の』って言うよりお前の、だろ?」

「そうだな。違いない」

「カーター、カーター。結局それは何なのだ?」

「ん?あー、そう、だな……」

 

 アイラに言われるがまま、カタルパは《看破》で見てみるが……。

 

「ん?……よく分からん」

「効果は……何だったかな。私と言えど全ては覚えていないようだ」

「お前も全知全能とは行かないよな。なら帰ってから見てみるよ。……今日はあんがとさん?」

「あぁ、そうだな。結果としては礼になったからな」

 

 ジャバウォックは満足そうに、何処か不機嫌そうに去っていく。

 『結果としては』という所が突っかかって少し逡巡したカタルパは。

 

「まさか、カプセルの中身によっては死ぬ事もあるって事か?」

 

 ジャバウォックの魂胆を一発で当てて、返答のない内に舌打ちした。

 アイラも作り笑いをするしかない。

 

「……やっぱあいつはタチが悪い」

「私もあの『悪さ』は否定しないぞ」

 

 けど、嫌いになれないな。そうカタルパは続けた。

 俗に言う悪友のような関係が、二人には成り立っていたのかもしれない。

 だがそれは、今の彼ら以外に知る由もない話である。

 

 こうしてカタルパは、【霧中手甲 ミスティック】、【共鳴怨刀 シュプレヒコール】に続き【幻想魔導書 ネクロノミコン】という三つ目のMVP特典を得たのだった。ジャバウォックの導きにより得たその三つのMVP特典は、カタルパを未来に導くのだ。

 めでたくないめでたくない。

 何せ今回彼が手に入れたのは、(まさ)しく異質であったのだから。




【霧中手甲 ミスティック】
 ENDやDEXへの補正が高く、マスター用になのか、左手の甲の部分が開いているMVP特典。
 代わりにスキルが《霧生成》のみである。 《看破》等が効かなくなる、認識阻害の霧である。消費MPに比例して生成される霧が増える。両手から放出すれば生成量も消費量も倍である。
 霧の出し方は『ディスティニーガ○ダム』を想起すればいい。
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