其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

25 / 121
第二十二話

 笑った。

 人外の身で。

 確かにそれは、嗤った。

 笑う、嗤う、呵う、哂う。呵呵大笑でこそ無いが、確かにそれは、嗤っているのだ。

 では果たして、それ(、、)は何なのだろうか。

 一体ソレは、何者なのだろうか?

 何者でも無い。仮に名付けるならば。『幻想』だろう。

 強いて言えば、空っぽ、空虚、虚無――『虚構』。

 

『ようこそ、我の中へ』

 

 其処は何処でも無い。何も描かれていないキャンバスのように、白いだけ。其処にソレが居るだけ。

 ソレは、未だに嗤い続ける。『幻想』は、嗤い続ける。

 

『いやまさか。本当に来るとはな。

ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ』

 

 何も面白いモノは無い。

 何も面白いコトは無い。

 それでも、理由が無くとも、ソレは嗤う。

 

『我は、幻想。幻想の魔導書』

 

 ギョロリ、と。魚の眼のように、カメレオンの眼のように、『幻想』の眼がこちらを見る。

 こちらがちゃんと見えているのかも、定かでは無いが。

 

『我は貴公が、或いは誰かが、或いは我自身が、ネクロノミコンと呼んだ(、、、)モノ。それの――忘れ物だ。

忘れ物、そうだ、忘れモノだ。忘れたモノであり、忘れられたモノでもあるのが、我だ。

不可思議だ。不可解だ。なんともまぁ……面白い。

ケタ、ケタケタ。ケタケタケタケタ』

 

 【幻想魔導書 ネクロノミコン】は、嗤う。

 何故こうなったか、という問いに対する回答の為に、一先ず過去に戻って話をしよう。

 

□■□

 

 王城の一室。最早自室と言っても良いのではないかと思えてしまう場所。カタルパとアイラは並んで座り、【幻想魔導書】を開いていた。

 

《合言葉は、『Let us in?』》

 

 【幻想魔導書】の一頁目には、そんな事が書かれていた。

 《看破》では見えなかったモノは、全てここにあった。

 そこに、誰かの為の物語は記載されていない。

 ただ、己が何なのかを語る『モノ』がいるだけだ。

 

《鍵は、貴方の心に有り》

 

 空っぽの言葉の羅列が、延々と続いている。

 

《人が死を忘れぬように》

《人が死を恐れぬように》

《此れに死を残そう》

《見える者に、眠りを》

《今一度、世界は幻想に包まれる》

《その合言葉は『Let us in?』》

 

 何度もそれは、ソレを言わせようとしている。

 

「……どうする、カーター」

「まぁ、先ずは言ってみようか」

 

 そうして二人は、声を揃える。

 

「「Let us in?」」

 

 そして返答は、何処にも無かった暗闇から。

 

『OK.……And then there were none.』

 

 そして、誰もいなくなった。

 

「カタルパさーん……あれ?何処か行っちゃったんですかね……?」

 

 故、リリアーナがそこに来たところで、本が一冊取り残されているだけなのだ。

 その状況での唯一の幸運と言える事は、リリアーナがその本を読まなかった事に他ならない。

 

□■□

 

 斯くして、カタルパとアイラは、【幻想魔導書 ネクロノミコン】の自己紹介を聞いた。ケタケタと嗤うそれは、恐らく〈UBM〉時代の姿だろう。

 枯れ木を元としたような姿だ。

 枝分かれした先に悪魔の羽らしきものが幾つも生えている。

 幹の所々に眼が埋め込まれていて、赤青黄と様々な色をしている。

 実に気味が悪い。気色悪くもある。

 

『さて、我が新たなるマスターとなった貴公の名を聞こう』

 

 ……洒落では、無いと思う。気付いていないか、気付いていても無視しているかだろう。カタルパは言われた通りに自己紹介をしてやる。

 

「俺はカタルパ・ガーデン。こっちは俺のエンブリオのアイラ」

『エンブリオ……そうか、そこまで時が経っていたか』

 

 何か沁々思う事があるのだろうか、【ネクロノミコン】は目を細め、ポツリポツリと、雨粒が数滴落ちるように、突如語り出した。

 

『我が居た時代に、そんなものは数少ない「レアモノ」だった。いや、それですら……まぁいい。それは我では語りきれぬ事だ。

マスター……それにエンブリオ、か。

これは運命か?はたまた宿命か?

嗚呼、物語は何処まで狂えば我を安息の地へと誘うのか……ケタケタケタケタ』

 

 ミュージカルみてぇだ、とカタルパは感想を言った。最後に至ってはポエムのようだ。

 【ネクロノミコン】は尚も、独り言のようにその演目を続けた。

 演目、と言ってカタルパは一瞬だけ、【シュプレヒコール】を連想したが、直ぐに記憶の奥底に仕舞いこむように、忘れた。

 

「それで、俺達はどうしてこうなっている?」

『合言葉を言ったのは貴公等だ。我はそれに回答した迄』

And then there were none(そして、誰もいなくなった)ねぇ……アガサ・クリスティかよ」

 

 アガサ・クリスティなのであれば原題通り、『And Then There Were None』と単語の頭が大文字になるのだが……まぁ、台詞故に間違いでは無いだろう。

 

「じゃあなんでお前はここに俺達を取り込んだ?」

『ケタケタ、それは愚問というものだ。U・N・オーエンを探す為だ』

「……どうやったら出られる?」

『ケタケタ、それも愚問だ。10人のインディアンを越えれば、だ』

「…………それ、確か最後の一人も自殺してなかったか?」

『ケタケタ、そう言うなマスター。況してやそこのエンブリオとマスターは一心同体であろう?最後の一人、などにはなるまい』

 

 『そして、誰もいなくなった』に於いてU・N・オーエンは結局居ないし、島に取り残された10人も、全員が死んでいる。最後の一人は自殺。それ故の『そして、誰もいなくなった』だ。

 真犯人は……ネタバレになるから伏せる。良い物語ではある。

 ……そこで漸く、脱線している事に気付いた。

 

「って違う。そんな世界観は関係ないだろ。

お前の名は【ネクロノミコン】、なんだよな?あの(、、)架空の魔書なんだよな?」

『是認。我が新たなるマスターは物知りだな。

魔導書に記された奥義の影響により魔導書そのものに邪悪なる生命が宿ったモノ。

それが我の前の我。世界で13番目に認定型〈UBM〉に成ったモノ。

それこそが【虚構魔導 ネクロノミコン】である』

 

 その出自の方法は確かに、本来のネクロノミコン通りだった。

 時を越える等の能力を有する魔書として登場していたが、そこまで再現出来ているのかは不明だ。

 「死者の掟の表象あるいは絵」という意味を有する魔書である。

 詳しくはラヴクラフトの記した物語を読んで戴こうか。

 

「まぁ今回はそんな昔話を聞きに来たんじゃなくて、お前の能力とかが知りたくて来たんだよ」

『そうか、それは少し哀しいな。だが、我がマスターが望む事であれば、それを叶えるのは吝かでは無い。

コホン。我が能力の真髄は魔法の学習(、、、、、)にある。

一度喰らった魔法を記憶し、能力を把握する。二度目はそれを活かして被害を軽減する。そしてまた、一度目で記憶し切れなかった情報を記憶する。

延々と記憶し続ける事により、同じものを喰らえば喰らう程に耐性が付いていく。

百回程喰らえば殆ど効かなくなる。逆に我がその魔法を使う事も、百回程記憶したのであれば十全だ。

……【虚構魔導】であった頃の我は残念ながら戦士系統職と出会ってしまってな。

能力をそいつの前で活かしきる事なく【虚構魔導】は絶命した。

特典となった後も、倒した者が倒した者だった故に、使われる事は無かった。無論使えなくは無かったのだが、使おうとしなかった。寧ろ置物扱いだったな。「鍋敷きに使えんじゃね?」とか言われた時は流石に殺意を覚えた』

 

 淡々と語るそれに、怒りが込められていたのを、カタルパは聞き逃さなかったが、今触れる事ではない、と続けるよう促す。アイラは聞き飽きたのか寝ていた。

 

『そんな奴でも、命はそう永くないらしくてな。

生き永らえる術を我は持っていたが、彼は……貴公の先代は、それを使う事を良しとしなかった。

「天命は全うした。今更何を思い残すか」などとほざいて、勝手に死におった。

本当に、バカで、直情的で、鉄砲玉で、どうしようも無く真っ直ぐで…………輝かしい人間であったよ。

……貴公にそれらを求めてはいないさ。我はもう、見たいだけ見た。もっと見ようとは流石に思わない。

それは強欲だ。人で無い我が持つ罪としては、最も愚かしいモノの一つだ』

 

 枯れ木が、風か何かで揺れた。

 

『だから我は、貴公に期待しない』

 

 それに、カタルパの心が、揺れた。

 

『我を道具として使え。これだけは誓え。

絶対に、期待させるな(、、、、、、)

 

 それは、独白。枯れ木が願ったのは、生命としてのリスタートでは無かった。道具としてのリトライだった。

 怒りを覚えていた筈なのに、それに満足していたのだ。満たされていたのだ。

 だから、彼は新天地を望まない。停滞を望んだ。

 それは、【ネクロノミコン】の目の前にいる、彼らと同じだった。

 停滞を望む者が一人増えた。それ故に停滞三人組となった。

 「停滞している者が三人……来るぞ、遊○!!」なんて事にはならないが、これで尚更、停滞が加速する(、、、、、、、)

 

「いいぜ、期待させないでやるよ」

『それを胸を張って言えるのは可笑しな事だぞ、マスター』

「可笑しくて結構。お前はまだ知らないだろうが、停滞する事に関して俺達の右に出る者は居ねぇよ」

『ケタケタ、ダメになる事に期待してしまいそうだ』

「そんな事すら期待させねぇでやるから……期待しろ、じゃなくて……失望しとけ、か?」

『希望を持たなければ失望もしないが、ね』

 

 枯れ木の枝とカタルパの腕が手を組み交わす。

 それが条件だったのか、或いは【ネクロノミコン】が元の場所へ返そうとしたのか、カタルパとアイラがそれを機にその場から消える。

 そしてまた、嗤う【ネクロノミコン】も消えた。最後のそれは、呵呵大笑足り得るものだった。

 そうして、そして、誰もいなくなった(And Then There Were None)

 

□■□

 

「あれ、カタルパさん、何処に行っていたんですか?」

 

 リリアーナ・グランドリアは先程は居なかったカタルパ達を見て疑問符を浮かべた。少し席を外していただけだったのだろうか、と首を傾げた。

 

「いや、まぁ……少し昔話を聞きに、ね」

「御老人にでも会って来たんですか?」

「そんな所かな。それで、リリアーナは何故ここに?」

「あ、そうでした。新しくクエストの為の書類を渡しておこうかと思いまして」

「……そういや【数神】になってからは初めてかもな、クエスト」

「凄いですよね。その調子なら本当に国政並の物を任せてもいいと思うんですが……」

「俺をそんなお偉いさんみたいにしちまっていいのか、ってなるよな」

「そうなんですよね……」

 

 リリアーナは本気でしょんぼりとしている。仕事が楽になる、という事よりも、ただ単に有能な人が活躍しないのはおかしい、という感じだ。

 リリアーナが紙を渡す為に一旦ここを去る。

 ちっぽけな数の神は、机に置かれた【幻想魔導書】の一頁目を開く。

 

《合言葉は、『Let us in?(私達が入ってもいいですか?)』》

 

 いつかそれを、彼女達に言える時が来るといいな、と心から願って。




【幻想魔導書 ネクロノミコン】
 能力は『魔法の学習』。
 持っている能力はそれしか無い。ステータス補正も無い。
 だが、無限に強くなる可能性を秘めた、異質なMVP特典。
 魔法を『喰らえば喰らう程』であり、『使えば使う程』、では無い。
 持ち主がどんなジョブに就いていても学習して記憶した魔法はストックされているので、剣士なのに魔法が打てる、なんて事も可能。
 ただデメリットとして、魔法の威力や効果を記憶するだけなので、『魔法を発動する為に必要なMP』を絶対に記憶しない。その為【ネクロノミコン】が記憶した魔法を発動する際に消費するMPが本来のものに比べて異様に多くなる。
 また、(時代的に)後々現れる【ガルドランダ】と同じで、意思を持つMVP特典でもある。それは【ネクロノミコン】では無く、本来のネクロノミコンの伝承に起因しているフシがある為である。その点でも異質と呼べる。

(庭原)「アガサ・クリスティ読ませようとしたりラヴクラフト読ませようとしたり……何、作者って読書家?」
(作者)「神話とか説話が大好きなだけだし」
(庭原)「ガン○ムは……?」
(作者)「ノーコメントで」
(庭原)「あと【幻想魔導書】って、【唯我六尊】に相性悪くなんの?」
(作者)「いや?この世界での【アルハザード】はネクロノミコンの著者では無く、著者を喰った怪物という扱いらしいので、直接的な関わりは無いんで関係ない」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。