■カタルパ・ガーデン
人間は――いや、全てじゃないからそこは訂正しよう。
プレイヤーは、死に疎い。
死ぬ事に、殺す事に、これ以上無く疎い。
リアルでは無いものがここにはありふれているから、だから自然と価値観も現実のそれから離れて行く。
それ故の疎さ。逆に過敏になったものは……何だろうな。それこそ釣り合っていない気がしてならない。
けれど、
だから、この世界での価値観が、そのまま反映されてしまう。
マスターは不死で、自分達が死に得るという、不平等というものが、常識とされてしまう。
それは、その不平等は……ダメだと、思うんだ。
だが、哀しい事だが、俺には、或いは誰にも、どうする事も出来ない事なのだ。
……もしかしたら、どうにかする事は、出来るのかもしれない。どうにか出来てしまうのかもしれない。
けれども俺は、或いは僕は、それを既に放棄している。世界が救済を放棄したように。
だから俺は、願うだけに留まる。
いつか。いつかで構わないから――その不平等に、平等が訪れてほしい、と。
□■□
最近、アイラがよく寝る。
寝る子は育つ、とは言うが、いくらなんでも寝すぎだと思う。
思えばアルカの時と言い【ネクロノミコン】との会話の時と言い眠り過ぎている気がしてならない。
と言うかエンブリオって寝るのか?
周りに人の形をとっているエンブリオが居ない為に、何一つ参考資料が無いのが実状だ。
『――本来、それは良い事なのでは?急な展開に着いて来られない、というデメリットはあるかもしれんが、悪い事ではあるまい?』
脳内にガンガン響くこの声は、言わずともがな【幻想魔導書 ネクロノミコン】のものだ。
持ち物として保有しているだけで【ネクロノミコン】に視界情報が共有され、この脳内での会話(テレパシー?)が行えるようになる。
【ネクロノミコン】の最初の数頁の内のどこかに書いてあった。
今となっては慣れたものだが、もしかして前の持ち主が「鍋敷きに使おう」とか言ってたのってこういう事に対する仕返しじゃないよな?
……まぁ、過去は過去、か。
現在は過去の断片が断続して出来たものであり、その実態は連続している。そう、錯覚させている。
……こいつの声は催馬楽のように聞いていたくなるようなものでは無いので、シャットアウトしたいのも山々なんだが、方法を知らないのでどうしようも無い。
『それで、現在のその【絶対裁姫】は何処に?』
「紋章内で睡眠中」
『……本当に寝続けているのだな。何気に凄い事では?
その内「寝過ぎて眠い」などと言い出しそうで怖いな』
「お前はアイラの保護者か」
『……義父ではあるかもしれんな』
「その家族構成くっそ気になるんだけども」
『我が父。その息子がマスター。妻が【絶対裁姫】。マスター達の子供に【怨嗟共鳴】を置いて、ペットに【五里霧虫】だな』
「……聞いた俺がバカだった」
こいつロクな事考えてねぇ。本という存在の時点で「偏り」があるのは薄々勘づいていたつもりだったんだが、こいつは予想の斜め上を行くな。行かないで欲しかった。
「仕方ないか。本にとやかく言うのはお門違いだしな」
『おっと?マスターから我を見下すような意見が』
「言ってないと思う」
『そうか?我が直感は軽く未来予測染みている事で有名なのだぞ?』
「どの業界で有名なんだっての……。
それでさ、ネクロ」
『愛称にしては愚直だな。許すが。
どうしたね、マスター。まさか【絶対裁姫】のスリーサイズを調べろと?』
「誰がそんな事言ったよ?あ?
違くてさ、アイラが眠る理由になんとなくでいいから見当って付かないか?」
『ふ、む……。抑メイデンのエンブリオに出会うのが初めて故に参考となるものはほぼ無い』
矢張り、ネクロでもそうか。……てかネクロには『何』が記載されているんだ?物知りな所があったりすんのは、なんでだ?
『だがまぁ、進化の為の準備だ、と思えば、合点は行く』
「進化?まさか第5段階になろうとしてるってのか?」
『可能性の話だ。だが仮にそうなのであれば……早すぎる』
「……まだゲーム初めて1ヶ月だが、皆4段階目まで行ってたりするぜ?」
『ん?あぁ、
問題は貴公のエンブリオがメイデンであるのにも関わらず――使った筈なのにも関わらずその他の奴らと同じ速度を保っている事が問題なのだ』
「……詳しく、聞かせてくれるか?」
『是認。
メイデンのエンブリオは――アポストルもそうだが、他のエンブリオとは違い■■■という機能を保持している。
曰く、己の望む進化を遂げる。
曰く、その場に於ける最適解となる。
曰く、使えば次の進化はとても遠くなる。
故に「リソースの前借り」とも言われはする。
……理解しようとするなよ?真理に触れて良い事など何一つ存在しない。言えと言われたから言ったまでであって、それ以上は互いに求めていない。そうだろう、マスター?』
「…………そう、だな」
短く答える事しか出来なかった。
ネクロがあまりに物知りであった事に対する驚きはそんなに大きくなかった。
『とは言え、書かれている事を復唱するだけのものだ。厳密には我もまた、「何も知らない」』
「それでも、それは知識、なんじゃねぇのか?」
『知識の 法則が 乱れる!』
「グランドクロスってこの世界だとスキルにあったような……?」
てかなんでこいつは知ってんだよ。
色々とネタをぶっ混むな、困るから。
何?こいつ、まじナニモン?
「益々お前が分からない……」
『我としても何故マスターがネタに食いついてこれるかが気になるな』
「……なんでだろーな」
多分、公務員として働いていた時に同僚が話してたからだと思う。同僚が……何だっけ、ニコ○コ動画?の配信された年に生まれたとか言ってて……そのせいでネタに詳しいとか言ってて……。そんなだったな。教えこまれたんだった。懐かしい思い出だ。
「……お前と話していると脱線するから怖いな。
それで、だ。うん。何を話していたのか遡る必要があるけど……そう、アイラ。
つまり、だ。第5段階が近い可能性があるって事でいいのか?」
『まぁ、極論は、な。真実がどうかはさておき。悪い事で無いのであれば、それで良いのでは?』
「そうなんだけどさ。それこそ極論じゃないか?そんな事で良い悪いの判断は出来ない」
そう、そんなものでは、出来ない。彼女の定めた善悪が、それで判断出来ないように。
成長は、本来不可逆だ。
だからそれは、過去に戻れなくなるという、悪い点を持っている。
停滞を望んでいた筈の俺達は、そのつもりで、全速力で進歩していたらしい。
【数神】になった俺のように。
第5段階になろうとしているアイラのように。
進化も退化もしない停滞を望んでいた筈なのに。
俺達は不可逆のレールに乗っかって、二人三脚をしていた。
もう、あの時の俺達を懐かしむ事しか出来ない。
仮に俺がビルドを組み直し、また一からスタートしようにも、アイラは無理だ。彼女が第1段階まで戻る事は出来ない。無限の可能性を秘めていたって、もうその可能性に方向性が持たれているならば、そこからの脱線は出来ない。
アイラは自身の能力をそう呼んでいた。
《
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一体どんな『絶対裁定』を、或いは『公平公正』を含んでいるかは知らない。けれどその枠から逸脱していない事を知っている。
『……一つ、一つだけ疑問があるのだが、良いかね?』
「聞こうか。どうした」
『彼女は【絶対裁姫】、なのだろう?』
「【絶対裁姫 アストライア】、そう言ってくれたけど……それが?」
『ふむ……言葉の綾かも知れないが、それは何を裁く?』
「……は?」
『言い換えようか?
それは【絶対『に』裁く姫】なのか、【絶対『を』裁く姫】なのか……どちらだね?という事だよ』
「……なる、ほど……?」
どういう事を言いたいのかは分かったが、それが何だと言うのだろうか。ネクロのその疑問は俺の新たな疑問を呼んでいた。
『些細な事だ。貴公が気にかける理由は無いに等しい。だが、だがなマスター。
そういう食い違いが、認識の齟齬が、孰れ大きな溝になってからでは遅いのだ。
絶対『に』裁く姫ならば、それは執念の塊だ。裁くと決めたらどうなろうとも裁ききる、それが根底になる。
逆に絶対『を』裁く姫ならば、それは叛逆の塊だ。絶対……つまり不変の理を裁く……壊そう、と言っているのだから。故に『100%』を破壊する概念が根底になる。
無論破壊だけではないだろうが、所詮そんなものは些事でしか無い』
枯れ木が軋むような音がした。
俺はまだ、明確な答えが見い出せず、このタイミングで停滞している。
『マスター。別に答えを今すぐ導き出せとは言っていない。だが、これに対して無知のままでは……詰むぞ?』
「詰む?」
『あぁ。行き詰まり、詰む。停滞
その言葉だけが、胸の内で反響する。
『この世界は、間違いを望んでいない』
それが、結論とでも言うかのように。ネクロは俺に言い放つ。
『正義を手放し偽悪を掴んでいては……尚更』
最後の一言だけ、俺にも聞こえないようにして。