■或るリアルの日常の一コマ
「やっはろー、梓」
「アズール、来たよー」
「おう、待ってなかった」
或る街のファミレスに、庭原 梓と、天羽 叶多と、カデナ・パルメールは集っていた。
本来はオフ会的な意味もあったのだろうが、そんな意思が梓にあったかどうかは怪しい。
日本国内に居ないフィガロことヴィンセントと、ファミレスに居ては衆目を浴びるシュウこと修一はこの場に集まっていない。当然と言えば当然である。
「それで?早速だけど話を聞こうかな」
「お前が【ギャラルホルン】に殺された後の事、だな」
「あれかー……うん、僕は
叶多に促されるまま、梓はカタルパの事を語り始めた。
自分の事なのに、他人事のように。
最近の事なのに、昔話を語るかのように。
□■□
確かにカタルパは、必殺スキルを発動していた。
だが、景色が変転した以外に、何の変化も無いように感じられた。
それでも、これで【ギャラルホルン】を殺し得る事だけは、確信していた。
相手のプラス値を写し取る《秤は意図せずして釣り合う》も。
自身のステータスをコピーする《不平等の元描く平行線》も。
範囲内のステータス最高値を攻撃力にしてダメージを与える《揺らめく蒼天の旗》も。
思考を代償にステータスを上昇させる《感情は一、論理は全》も。
全てがステータスに纏わるものだったから。
ステータスという不可視の情報で戦ってきたから、目に見えないだけで不安になる事は何も無かった。
敢えて自身のステータスを確認するような事も無かったが、その確証の無いまま、眼前の【ギャラルホルン】に向かっていった。現実に刃向かっていった。
会話は無い。何故なら必要無いから。
十字架を模したような片手剣が握られているだけで、魔導書も刀も持たれてはいない。
その片手剣は、何の合図も無くカタルパの手によって放り投げられ、見事な放物線を描いた。
は?
という返答も無い。驚きの声も無い。
それは【ギャラルホルン】から発せられる事も無ければ、『観客』から発せられる事も無く、また予想を越えていきなり投げられた【アストライア】からも無かった。
ただそういう応答をするよりも、驚愕が勝っただけの事、という事にしておこう。
ただそうやって放物線を描いた片手剣は、【ギャラルホルン】の突起にカツンと当たった。
本来、誰もその事象には何も思わない事だろう。寧ろ「自棄糞か?」とすら思える。
だが、その突起が
ソレは、三百発もの《ファイヤーボール》が当たった、カタルパが『第二の突起』と称した場所だった。
それが何を意味するかを理解しているのはカタルパとアイラだけだ。
これでどうなるかを知らないのは、【ギャラルホルン】
そうして【ギャラルホルン】の『虹』は、橙色を失った。
砕け散った橙色の宝石が地に落ちる前に、失色した世界は色付いた。
『ぐっ……オォォォォ……Ohhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!』
宝石の化け物は、そこで初めて化け物としての産声をあげた。
『――《Crystal Stooooooooorm!!!!!》』
《Crystal Storm》。
その水晶の嵐は、宝石を精製し放つ、圧倒的な質量と威力を以て抹殺する、【ギャラルホルン】のスキル。
かつての【ギャラルホルン】が使用し、あまりの残虐性に自らで封をしたスキル。蓋をして、見ぬ振りをして、忘れようとしたスキル。
カタルパに向けては、オーバーキルにしかならないと察するのはいとも容易い行為であり、それは、放ってから気付いた事だった。
けれども所詮カタルパは死んでも戻ってくる方の人間。
それは間違いじゃ無い。
だが、敵わない相手にまた逢おうという気力があるかどうかは、相手次第である。話し合う云々を前に、逃げ出してしまう恐れだってある。
その点に於いてはカタルパはその心配をする必要が無い人間であり。
――抑、別れない相手であった。
「《音信共鳴》、《感情は一、論理は全》。
《学習魔法・宝玉精製》」
迷い無く、自身の感情を犠牲にし、それに
魔法の学習によるスキルのコピーは、【ネクロノミコン】は百回程で使えると言っていたが、それはあくまで喰らってきた通りの威力で、という話である。
無理矢理でも使うだけならば、一度でも学習させれば充分だ。
運が良い所は《宝玉精製》がスキルでありながら魔法であった事と、最初にシュウ達を殺した宝石を見ただけで、《宝玉精製》を一度は学習出来た事、その後も何度か学習出来た事、だろう。
幾つもの偶然が重なり、一つの必然が生まれた。
《Crystal Storm》を、結果カタルパは受け切った。
だが耐えただけであり、最早満身創痍であった。
感情を失っていようと、痛覚を失った訳では無い(それはカタルパが痛覚をONにしていた事に他ならないが)。苦痛に顔が歪んでいた。痛いと思う感情は無くとも、痛覚が残っている証左である。
それでもカタルパは、一歩も退く事は無かった。血の滴る身で、揺れる視線で、死を前に震える足で、カタカタと音が鳴る刀を、宙に浮く魔導書を引き連れて、引き摺って、いつ死ぬかも分からないその身は、前に進んだ。
そこに来て漸く、アルカの回復が始まった。
それは、あまりに遅過ぎる対応ではあったが、カタルパからすれば当たり前の事でもあった。
何せ、アルカの目には、世界が白黒に染まった後の記憶というものは、
それが、《愚者と嘘つき》の効果の一つ。
発動中は、時の流れが対象を除き酷く遅くなる。
瞬きの内に、対象が一年の時を過ごせる程に、遅くなる。
故に、アルカはカタルパが片手剣をぶん投げた事など、知らない。
それはトムですら知れない事象。
カタルパと【アストライア】と【ギャラルホルン】と【ネクロノミコン】――アリスも含めておこう――以外、知る事が出来ない。
その時間が元に戻った中のカタルパの一歩は、ただの一歩でしかない。
ただの一歩だ。何か意味がある訳でも無い、有り触れた一歩だ。
それでもアルカはそれを止めてはならないと思い、【ギャラルホルン】は尚更殺さねばならないと決意した。
が、突起が七つ無い状態で万全を発揮出来ない【ギャラルホルン】は、その一歩から逃げるように宙に浮かび上がった。
『Fuuuuuum……一旦、退かせてもらうぞ、カタルパ・ガーデン。
此方が「こう」なるのは、久しい。 使い方が分からぬ。
安心しておけ。其方は孰れまた逢う。此方が逢いに行く時に、誰かに殺されていなければ』
誰もそれを、逃げだとは思わなかった。カタルパの勝利だとは思わなかった。
ただお互いが生き残った事を、誰もが認識しただけだ。
命からがら、と言うにはあまりにもギリギリ過ぎたが。
アルカの回復が無ければ、【失血】か何かしらで死んでしまいそうな程に。
本来殺すつもりで放たれた《Crystal Storm》を耐えておきながらそう言うのは、【ギャラルホルン】を見下している感はあるが。
死ななかった事は幸運か、はたまた後の不幸の為の種か。
カタルパの黒い眼が、離れて行く【ギャラルホルン】を睨みつける。
それが、カタルパ・ガーデンと【七亡乱破 ギャラルホルン】の出会いであり――カタルパ・ガーデンと【零点回帰 ギャラルホルン】の再開の前日譚となるものだった。
□■□
と、客観的視点で昔話を終えた梓は、ティーカップに残った紅茶を一気に啜った。
「――まぁ、語るならこんなだよ」
「ウ○ワームか、ザ・○ールドか。 その《愚者と嘘つき》って、結局何なわけ?」
「ん……内緒」
「必殺スキルだもんね」
「ちょっと待って、私だけ公表してない?」
「そりゃうっかりだな。
……個人的には下半身ぶった斬るってどんな神経してんだってなるが」
「別に?だって下半身斬れるだけだよ?《脚は無くとも速くはあり》で空中移動出来るし、脚なんかなくたって別段私自身は困らないし。
他の人なら慌てふためくだろうけどね」
「……お前の精神がよく分からん」
「「
――こうしてデスペナによるログイン制限中の叶多と、『何も見ていない観客』のカデナと、
然れど、仮想であれ現実であれ、平和とは得てして続かないものである事を知っている梓は、二人に見えないよう、聞こえないように、嘆息した。
己の道程を見返しながら、他者とは違う道程を見て、一つ。
こんな道でも頑張ったんだ、と言いたい訳では無い。
こんな道しか通れなかったんだ、と嘆きたい訳では無い。
そんな道でもよくやったんだね、と褒められれたい訳では無い。
お疲れ様、と言われたい訳では無い。
そんな道程を見て、そしてその先を想像して、二つ。
零れた溜息は、モノクロの世界に溶けていった。
《愚者と嘘つき》
白黒になっている間、自身と対象以外の時の流れが酷く遅くなる。
また、【アストライア】が触れた場所がとある条件を満たしていた場合、その場所を強制的に破壊するという隠れた効果を持つ。
ただ、部位的な破壊となる為、今回の【ギャラルホルン】戦のように幾つもの部位に別れていた場合、それで殺しきる事は出来ない。
スキルの内容の理解が【虚構魔導書】の《ファイヤーボール》を限界数使用した以降の出来事であった為、そうでなければまた違う結末を迎えていたかもしれない。