其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第二十八話

 いつからだろうか、庭原 梓はゲームを楽しんで(、、、、)はいなかった。

 遊戯を、娯楽を、そうと捉えなくなっていた。

 それを、天羽 叶多は悲しんでいない。

 それを、カデナ・パルメールは悲しんでいない。

 悲しむと言うのは、一種の同情だから。

 梓は、ソレを悔やんだ事など無かった。だから同情するのは、お門違いで、寧ろ怒らせる結果になる。

 この件に於いて、カデナに至っては何も思っていない、という事実があるのだが、『悲しんでいない』という事に代わりは無いので、触れないでおこう。

 

 まだ、【ギャラルホルン】の件から一日が経過していない。天羽が再びミルキーとしてあの世界に降り立つ事はまだ出来ない。

 言葉に出来ない感情が、言葉にしたくない感傷が、言葉にしてはならない干渉が、夫々の胸中で渦巻いたまま、その一日を、浪費して行く。

 夫々の方向へ、と語りながら、三人四脚をして行く――

 

□■□

 

 死にたくない、と誰かは願った。

 死んでも構わない、と誰かは語った。

 そこは自由を語る事が許された世界で、死が終わりでは無い世界だった。

 そこは少なくとも、リアルでは無い。

 自由が無く、死が終わりだと定義されるリアルの事ではない。

 

 だがそのリアルで自由な人間は確かに居るし、逆にあの世界で自由じゃない人間だっている。

 それもまた、自由を手放す自由だったりするのかもしれない。

 自由を手放すと言っておきながら、自由を求めているのかもしれない。

 

 そういう点で、或いは全く違う観点で、カデナ・パルメールは愚かであり、天羽 叶多は考え無しだった。

 自由というものを求める為に縛られる、自由という終着点の為に遠ざかる、という矛盾にも似たその行動は、正当ではない筈だ。

 正当ではないのに、正統に彼等は突き進んでいる。

 それに、梓が気付く気配は無い。成功者が語れるのは成功譚であり、決して失敗談では無いからだ。経験していない事は、語れないし、気付かない。だから梓は、正しい青年は、誤った彼等が誤っている事に気付かない。

 

「【平生宝樹】……平生ってなんだっけ」

「普段、とか常日頃、とか。日常とか」

「じゃあ、日常の宝樹?」

「日常になった宝樹、の方が正確かもな。確か……世界を支える木、だったか、イグドラシルは」

 

 天羽がショッピングモールで服を選んでいる間、梓とカデナの二人は店外のソファに腰掛けていた。

 ファミレスの後ここに来たはいいが、ショッピングモールはヤケに広く、あまり来た事のない二人は天羽に誘導されていた。

 とは言え流石にレディースの服の店に入る勇気は無かったし、そこまで常識知らずでも無かった二人は、店内に消えていった天羽が再び出てくるのを待っている。

 その際、不意に問うてきたカデナに、上の空で梓は返答していた。

 

 イグドラシル……ユグドラシルとも呼ばれるそれは、北欧神話に出てくる架空の木である。

 九つの世界を内包しており、世界樹、或いは宇宙樹と呼ばれる木。

 世界を支える、縁の下の力持ち的な存在だ。

 

 店内にまだ居る彼女のエンブリオは民間伝承。

 カデナの隣の彼のエンブリオは正義の神様。

 梓の隣の彼のエンブリオは世界樹。

 どうしても天羽のソレが見劣りしてしまいそうだ。

 神話に挟まれた民間伝承。浮いて見えるのも仕方ない。だが恐らく、その中で最も使用者にとって恐ろしいエンブリオと言える。

 彼女は全く気にしていないが、あれの必殺スキルは発動条件として下半身をぶった斬るのだ。

 流血は止まらない。足で歩く事はできない。痛覚をONにしていたら痛みで動く事すらままならないだろう。

 その点に於いて、いくらステータスの上昇があるとは言えど、その必殺スキルは『釣り合ってない』。

 彼女が気にしていないから、という理由は、理由にはなってくれそうにない。

 死を免れないスキル。自殺特攻というジャンル。アホか、ありふれているじゃないか、と梓は鼻で笑う。メガ○テであれ、フレ○ドライブであれ、あれらも自殺特攻と言えるじゃないか、と。

 HP全て尽きるまで、下半身の無いまま特攻し続ける精神は梓には分からないが、自殺特攻というジャンルに於ける行き過ぎた一例なのだろう、と受け取っておいた。

 雑談をしている内に見て回ったらしく、天羽が店から出てくる。

 

「ん、なんか面白そーな話題」

「別に?互いのエンブリオの事語ったりしてただけだ」

「私だけ毎回情報アド少なくない?」

「お前そういうの気にする性格じゃないだろ」

「まーね。防御はそれ以上の攻撃でねじ伏せるし、強者も強大な一撃で押し潰すからね」

「殺られる前に殺るっつー理論は生憎理解に苦しむ」

「ははっ、僕も無理」

「理解して欲しいなんて思っていないからね。それに、そんな理解なら出来ない方が幸せでしょ?」

「ああ、一理ある」

 

 ……(アズール)よりも『踏み外している』のは、実は天羽(カナタ)なのでは無いだろうか、と密かに疑念を抱いたカデナは、言うと論争が始まりそうだったので言わない事にした。

 感情論の入る余地が無い、未来を見越した、実に機械的な理論である。

 空気を読んだつもりは無いが結果としては最高点をあげられる程に読めていた。

 流石は(?)彼らの中で一番の常識人である。結果論ではあるが。

 

「さて……あと何時間?」

「8時間くらい?」

「なら後は寝て待てばOKか」

「……あー、そーですねー」

「?」

 

 矢張り、精神的には天羽が踏み外していて、道徳的には、或いは人心的には梓が踏み外しているのだな、とカデナは堂々と嘆息した。

 

「そら見ろ、お前の傲慢な態度にカデナも溜息ついてんぞ!」

「いやいや、梓の鈍感さにだって!」

 

 今となっては、カデナのそれの答えは「痴話喧嘩も程々に」だが、それには誰も気付かない。

 

「仕方ねぇ、時間潰しに行くか」

「「……何処に?」」

 

 二人の問いに、梓は笑わずに、

 

「墓参り」

 

 盛り上がっていたテンションを氷点下まで下げるかのように、答えたのだった。

 

□■□

 

 或る寺の隣にある墓地。その角に三人は居た。

 目の前に在る墓石には、「庭原」の文字は刻まれていない。勿論「天羽」の文字も、「パルメール(スペル表記だろうが)」の文字も無い。

 何も刻まれていない(、、、、、、、、、)

 であるならば、そこに眠るのは無名の人物なのだろうか。

 仮にそう問われたならば、三人は嫌々頷くだろう。

 無名では無かった筈の、無名になってしまった人間を思い、頷くだろう。

 奥歯を噛み締めて歯軋りしながら、掌に爪が食い込む程に拳を握り締めながら、頷いてしまうのだろう。

 彼等はそれ程優しく、現実はそれ程厳しかった。

 誰かの決意を拾い上げたのは確かに梓だが、それをばら撒くように落としたのは、紛れもなく現実だ。

 現実である限り、残酷なそれは常に牙をむき続ける。

 ゲームとは違って。

 それが、ゲームとの決定的な差異であると、そう『思っていた』梓は、墓の前で手をすり合わせながら歯噛みした。

 今こうして弔っている『誰か』は、決してゲームの中で出会ってきたティアンとは違う。

 だが、ティアンと同じように死に、同じように戻って来ない。同じように弔い、同じように悲しみ、同じように嘆く。

 何も間違えていないこの事が、遊戯派にとっては間違いだろう。

 ゲームの中と外を同一視するこの考えは、誰かにとっては悪だろう。

 だが、彼の横で彼と同じように手をすり合わせる悪友は、違う。

 だから彼等は希う。

 『誰か』がちゃんと、弔われる事を。あわよくば、それと同じように庭原 梓が救われる事を。努力が報われる事を。

 誰もが願える事を、誰も望まない形で、叶う事を。

 

□■□

 

 斜陽が彼等の影を細長く伸ばし、橙に染め上げる。

 空の東は既に仄暗い蒼をしていて、これから真闇が訪れる事が、嫌でも分かってしまうような蒼だ。

 あと数刻で天羽 叶多は違う天羽 叶多になって、この斜陽とは違う陽光を浴びる事だろう。

 微笑ましい事この上ない。

 だが、梓の唇は、少しも曲がっていない。

 横一文字に引かれたように、直線を描いている。

 

「……見づらい」

 

 酷く不愉快な様子を少しも隠そうとせず、梓は細めた目で確かに、今にも沈もうとしている太陽を睨んでいる。

 

「……アズール」

「……梓」

 

 色盲では無い、とは梓本人の談だが、二人は知っている。

 

 本当に彼の目に映る景色が、色を失っている事を。

 

 色盲では無い、とは梓だけが語っている事であり、現実は。彼は色盲なのである。

 そう文字にするなら簡単だろう。だが言葉にするのは難しい。

 何せあちら(ゲーム)の世界の《真偽判定》ですら、梓が色盲でない事を語る事に、嘘と言わないのだから。

 欺いているのではなく、偽りを真実と思っているだけ。

 庭原 梓の視界は、確かにあの時、7歳のあの時に、失色しているのだ。

 梓は殆どの景色がモノクロで、興味を持った者は色付いて見えると言っているが……事実は違う。

 その色付きさえ、彼が想像で補っているに過ぎない。

 椋鳥 修一については失色してから出会っているが、その妄想、或いは想像により色に関して誤りは無かった。

 そうして、色盲だったのにも関わらず、それを知っている者が公言せず、指摘しなかった為に今の今まで、恐らくこれからでさえ、彼は色盲である事を知らずに生きていくのだろう。

 例えこの世界で色盲であろうと、あの世界では全てが色付く。彩豊かな世界になる。

 どうしようもなく、どこまでも、愚かで、拙くて、救いようがない。

 尚更この勘違いは加速することだろう。彼にとって視界が色付くのは興味があるから。あのゲームは常に梓の興味をひいている。

 だから彼があの世界で大半の時を過ごす限り、気付く事は無いだろう。

 現実はあまりにも残酷だ。あの世界は対してあまりにも魅力的だ。

だが、あの世界の自由に慣れた時、慣れてしまった時、この世界で語られていた自由は、果たしてどうなるのだろう。

 それは流石に、誰も知れない物語だ。

 知らないという事が、どれ程愚かしくとも。




現実の庭原 梓。
 黒目で黒髪。
 奴隷商人の息子という過去を持つが、今となっては無いに等しい程。
 身長はその時代の平均程であり、身体的特徴は特に無い。
 色盲。
 勇者に必要な三要素、智力、武力、勇気の内、智力がある。
 何処ぞの「きょうだい」が心·技·体ならば、彼等は智・武・勇らしい。
 思考能力は人類に於いてはずば抜けて高いが、それを人心の理解の為には欠片も回さない、或る意味で怠惰な青年。
 また想像力や創造力が豊かで、色盲の中色を付ける事が可能な程(現実の色盲の人がそういう事が出来るのかは、知りません)。
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