其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第二十九話

「やっぱ落ち着くなぁ、この場所」

 

 夜。天羽は現実世界から仮想世界に降り立った。

 時の流れとは存外短いものだ。1日、など彼女にとっては瞬き一つと大差ない。

 それは誇張し過ぎだが、時は過ぎれば短く感じるし、待つにしても矢張り短いものなのだ。

 それが天羽 叶多が捉える『時間』というものである。<Infinite Dendrogram>の世界の時間の流れが現実に比べて早かろうと遅かろうと、大差ない。三倍速だろうと、大差ない。

 それが彼女に於けるこの、或いは全ての『世界』の立ち位置だ。あっても無くても構わないし、それでは何も変わらない。

 現実が仮想になろうと、仮にこの仮想も現実の一種だろうと。何も。

 そんな変化で変わって行くのはどうせ上辺(ミル鍵)だけ。中身(じぶん)は変わらない。

 上から新しいレイヤー(じぶん)を重ねて誤魔化しているだけ。

 その根底にあるドス黒い汚泥は、今は見えないだけ。地層のように、ミルフィーユのように重なって、その汚泥を隠しているだけ。

 いつかそれが表面に噴出した時、きっと誰もが見限るだろう。

 ――一人を、除いて。

 レイヤーを一枚一枚剥がして底を見て、それでも変わらなかった人が、たった一人だけ。

 何度死のうと変わらない彼女は、その一人の隣に居る為に、歩き始めた。

 

□■□

 

 この世界は、闘いがある。

 故に、と言うか矢張り、と言うか少なからず最強というものがある。一例を挙げるなら――目の前に居る人物を紹介した方が早い。

 

「魔法最強、【大賢者】……」

「…………」

 

 何も語らず微笑むその人は、魔法最強と謳われる【大賢者】である。

 名前が【大賢者】なのではなくジョブが【大賢者】だ。然し誰も彼もが彼を【大賢者】と呼ぶ。

 かく言うカタルパも、【大賢者】としか呼ばない。

 《看破》で名前を見る事も適わないのだから。

 王国の宮廷魔術師だとか、王国の知恵袋だとか、二つ名のようなものもあるが、矢張り一番しっくりくるのは【大賢者】という呼び名だろう。

 

 本来、王城内にマスターの居場所は無い。

 それは未だ王国がマスターに対して排他的な態度を何処となくとっているからで、加えて王国の第一王女がマスターという存在を遠ざけようとしているからである。

 然し【大賢者】はそんな中、カタルパを王城に招き入れた一人だ。

 ステータスやスキル、はたまたエンブリオまで様々な、そして綿密な調査(カタルパ的には試験のようだった)を行ってから、だったが。

 それは今思えばマスターの情報を仕入れる為にそうされたのだろう。または、王城内で『何か』をしようとした時、すぐさま対策を打てるようにする為、か。

 情報というものは不可視なものが多いながら大きなアドバンテージだ。

 『裏切り』の情報一つで滅んだ国があるように、たかが情報と侮る事は出来ない。

 今、カタルパは人質を取られているも同然という訳だが、互いにそれを気にした事は無い。

 故に今もこうして、向かい合ったり出来る程度には、良好な関係が保てている、と言えるだろう。そんな【大賢者】も、人である事に代わりはない。故に手に負えない分を今迄カタルパは消費して来た。計算クエストの実態は、それである。

 その礼に来たのか、はたまた別の理由で来たのかは、今のカタルパには分からない。【大賢者】は視線や動作で何かを伝える訳でもなく、また何かを発する事もしていないから。

 一回「これ程の有名人な訳だし、王族レベルの待遇されててもおかしくはない」と推理し廊下の端に避けたりもしたのだが、そんな事しなくていい、と手で示された。

 たから今は向かい合っているだけだ。

 廊下のど真ん中で。

 ――そう言えば、真ん中に居るのに誰も文句を言わない……どころか人通りが無いな、とカタルパは不意に思った。

 【大賢者】を注視していた為の見落としだった。

 ならこの人通りの少なさは、【大賢者】の仕業か、と少しづつ段階を踏んでいく。

 こういう推理は一段飛ばしが出来ないから厄介だ。だがその分確実だ。カタルパはそれを、嫌っていて好いている。

 過程を嫌い、結果を好いている。

 そうして辿り着いた結論は、最初と同じように【大賢者】の仕業というものだった。

 

「どうして人が居ないのか、は説明させて貰えるの……です、か?」

「…………」

 

 敬語を使うべきかを今更悩み、百点満点とは言えない敬語の使用に落ち着いたその発言に、【大賢者】はにこやかに頷く。

 【大賢者】がスナップすると、何か辺りで光が弾け飛んだ。

 火花のようなものが廊下一帯でパチッと光った。

 それだけで、遠くから雑踏が近付いてくるのが分かった。

 

「で、なんでそんな事をしたんですかね」

「…………」

 

 流石にそれには、【大賢者】は答えず、かぶりを振った。

 態々人払いの空間を形成したのに、解除したのだ。本来語りたい事があるならば、解除しない内に語る事だろう。

 それなのに語らないという事は、言外に目的があったに違いない。

 今の今まで静観した、その意味が。

 それを察知出来る程、カタルパは天才的では無い。

 だから『?』を浮かべたまま、促されるまま、「じゃあ、また」とだけ告げて、先程火花が散っていた廊下を渡っていく。

 後からの刺すような視線は消えず、カタルパは振り返る事すら、恐れた。

 

□■□

 

 城壁が遠い。そんな気がした。

 一歩進んだ。【大賢者】はもう後ろを振り向いても居ない。

 二歩進んだ。火花が散った廊下を抜けている事を確認した。

 三歩進んで、膝が頽れた。

 睨みつけられたような、錯覚に襲われた。

 アレはそんな目では無かったと、カタルパ自身がよく分かっているのに。

 アレはどちらかと言うと、観察するような目だ。

 表面だけでは無く、内面までを舐め回すような目だ。

 それは、宛ら品定めのようでもあった。

 少しづつ、全てを数値化するかのようなあの視線に、カタルパは吐き気がした。

 それは、カタルパが【大賢者】を殺せる確率を調べているかのようでもあり、カタルパがこの国に対して尽くせる忠誠度を見ているかのようでもあり、カタルパ自身の有用性を見ているかのようでもでもあった。

 それは、どれも可能性の話でしか無い。

 いや、可能性だったとしても、あまりにも低いものだ。

 小数点以下何桁か分からない程の、あまりに低い可能性。

 だが、そんな可能性を列挙しておかなければ受け入れられないものだった。

 あの目は、誰にも向けられた事の無い目だった。

 経験が無いから、推理して行くしかない。一段飛ばしをせずに、少しづつ、考えていくしかない。

 だが見られていたという事実に対する恐怖が、正常に考えさせてくれなかった。

 視線が痛かった。射抜かれるようだった。そんな目で、一体何を見ようとしていたのだろうか。

 

「……あぁ、そう言えば」

 

 うってつけが、あったな、とカタルパは顔を上げる。

 今迄一度も使った事の無かったスキルだったが。

 《強制演算》というものが、あったじゃないか。

 

「――《強制演算》」

 

 それは、スキル詳細を一切読まなかった、カタルパの失態である。

 

「――――痛ってぇ!!!!」

 

 脳に針を何本も刺したような痛みが、突然カタルパを襲った。

 

 《強制演算》は、強制的に結果を算出するスキルである。

 纏めるとそれまでだ。代償や条件を言わなければ、本当にそれだけでいい。

 条件は、「考えていけば結果的には分かる」情報である事。

 つまりずっと考えていれば、孰れは答えに辿り着けるもの、に限定される訳だ。証明不可能な計算に関しては使えない、という事だ(使えない、という事は証明出来ない事を逆説的に証明する訳だが)。

 今回の「【大賢者】はカタルパの何を見ていたか」も正常に思考を働かせてこそいなかったが、あのまま考え続けていれば、結論に辿り着けるものだった、という訳だ。

 そうして、強制的に結果を算出した。

 よって代償。これについては現在カタルパが喰らっている通りだ。

 脳への激痛。それだけだ。

 強制的に導き出した事により減った、『考える時間』に比例して、その痛みは増大する。

 《強制演算》とは、そんなスキルだ。

 そんな事を微塵も知らなかったカタルパは、いきなりの激痛に悶えた。

 今回省略された思考時間は、脅威の28秒。短いようだが、彼の高ステを以てその時間である。

 ただの人間だったら、一日以上かかっていたかもしれない(人心を理解出来ないカタルパだからこその長時間だったかもしれない)。

 そんな時間分の頭痛である。常人であれば先ず耐えられないだろう痛みが、奔っていた。

 

 折角出した答えも、その痛みのせいで忘れてしまった。

 カタルパはもう、《強制演算(これ)》を使わない、と決心したのだった。……形だけ。

 だからカタルパは、結局知らない。

 知った事を、忘れたから。

 掴んだモノを、手放したから。

 それは――悲しい事に、彼にとっての日常なのだった。

 

 そうして、ゲームの中でも、そうじゃなくても。

 彼の一日は、そうして浪費されて行くのだった。




( °壺°)「シリアスみたいな話が続いてますが」
( °壺°)「作者がこういうのしか書けないからかもね」
(庭原)「何その顔」
( °壺°)「作者で御座い」
(庭原)「原作っぽくしなくていいのに。
……シリアスオンリー」
( °壺°)「そう言われましても……御免なさい」
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