其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第三十一話

 人か、或いは獣か。血の色で区別が付かなくなったその骸達により、一山が築かれていた。

 ソレを積み上げ、またその上で胡座をかくように佇む存在は、地と海を見下ろした。

 だがいつまで経っても、天は見上げるばかりだ。届く気配は無い。

 空を飛ぶ機能は有していない。

 だから、手を伸ばす。人の腕とは違う、歪な触腕が伸びて行く。それでも、かの天は未だ遠い。

 誰かが隣合って見上げる事こそ無かったが、誰もが見上げる天に見下ろされて。その天上から降る陽光に照らされて。

 その禍々しい姿は明るみに出る。

 巨大で触腕があり、象のような長い鼻が備わっていて、蛸のような目を持ち、半ば不定形で、可塑性があり、その肌は鱗と皺に覆われている……ソレは、そんな存在だった。

 

『Lu…………Lu…………』

 

 謳うように、嘶く。

 一定のリズムで、動かずに、その音に寄せられる全てに死を与える。

 空から降りてきた鳥が、突如速度を上げて自由落下を始めた。

 べシャッ。

 勢いに耐えきれず、小さなその身が弾け飛ぶ。

 

『Lu…………Lu…………』

 

 自身が這いずって鳥を山に押し込み、それは山の一部になって行く。

 また少し、骸の山が盛り上がった。

 

『Lu…………Ah…………』

 

 【死屍類涙 ■■■■■■】は、少しそれを憂いた。

 また殺してしまった、と。

 本人は殺すつもりは無いし、こうして山を築くつもりも、毛頭無かったのだ。

 それでも謳うし、屍は例外なく山の一部にしている。そうなってしまっている。

 それを、何時から築いていただろう。

 それに、何時から気付いていただろう。

 人でないソレは、嘆いている。

 その筈なのに、その声は謳っているように聞こえてしまう。

 ほら――そのせいでまた――誰かが――

 

「あぁー……あいつ?」

『そのようだが……直視は厳禁だぞ、マスター』

『良くない気配……ボスモンスターかな?』

 

 呑気に、来た。

 

□■□

 

 ネクロが『迫っている』と言ったのに。『寄せられた』のはカタルパだった。

 然しそれは、どちらも正しい。

 【死屍類涙 ■■■■■■】は声で寄せ、屍に迫るモノ。

 声で寄せられたのがカタルパならば、幽鬼(カタルパ)に迫ったのが【■■■■■■】である。

 間違いは、無い。

 既に死した存在と誤認し、【死屍類涙】はカタルパを押し込もうと触腕を伸ばす。

 それを、蛸の足をぶつ切りにするが如く、カタルパは十字剣で切り裂いた。

 ――麻布で目隠しをして。

 

「……当たったか?……まったく、見たら死ぬって何だよ……」

『あぁ。我が奴を見る分には何も無いし、我を介して視界共有で見れば貴公も普通に見えよう。

見てはならない〈UBM〉というのは、些かおかしな話ではあるが』

「『やっぱ〈UBM〉なのか』」

 

 アイラとカタルパはハモるが、それにつっこめる程ネクロに余裕は無い。

 視界共有が本来不可逆行為だから、可能にさせる事が大変だからでもあり、何より攻撃が止まないからだ。出来ない訳ではない、と言ったのが不覚だった。

 

「■■■■■■?ネクロ、それは本当か?

確か伝承上見ちゃいけない……だったか。

無理ゲーっぽいが……それでも戦わなきゃいけないんだろ?なら手段は選んでいられない」

 

 そう言われて、コレ以外の手段を、与えてやる事が出来ようか。

 カタルパよりは賢くないネクロは、ソレ以外の選択肢を与えてやれなかった。

 【ネクロノミコン】は怠惰なのだろうか。

 カタルパは勤勉なのだろうか。

 

 結論は、そのどちらでもない。逆でもない。

 故に結末は、いつも悲惨なものでしかない。

 

 ――スパンッ。

 

 魔導書と、人の右腕が宙に舞う。

 それは都合良く、屍の山が弾け飛んだ訳ではない。

 

『――カーター!?』

『マス、ター……っ!!』

 

 斯くして、視界共有は解かれる。

 麻布がはらりと落ちて、黒き双眸は前を見る。

 悪夢を直視する。

 現実に直面する。

 其れが悪夢だ。

 之が現実だ。

 

 カタルパ・ガーデンが、【死屍類涙 ガタノトーア】を直視する。

 【死屍類涙 ガタノトーア】という現実がカタルパに直面する。

 

 さて、知っているだろうか。

 ガタノトーア、またはガタノゾーアと呼ばれるクトゥルフ神話の伝承上の化け物を。

 

 曰く、ユゴス星の生物が崇拝し、彼らと共に地球にやって来た神性である。

 

 曰く、ガタノトーアを崇拝する教団が存在し、毎年12名の若い戦士と12名の娘を生贄にしていた。

 

 曰く、姿を一目見たものは肌が石化してしまうが、脳だけは半永久的に生き続ける。

 

 曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く。

 

 嗚呼、どうしてここまで伝承に満ち満ちているのだろうか。

 

 化け物だから。見てはならないモノだから。怪異だから。魑魅魍魎だから。悪鬼羅刹だから。

 

 【死屍類涙 ガタノトーア】を、カタルパが見てしまったから。

 

 メデューサに見られたように固まってしまったその血肉を、ゆっくりと、顎が迫って――――

 

□■□

 

「あー…………あー…………」

 

 そうして、彼は目覚めた。

 モノクロな世界で。

 曖昧な自己で。

 庭原 梓は目覚めた。

 

「あれ……勝つの無理だろ…………」

 

 どうしてか、彼等三人は最近、全員で揃う事が叶っていない。

 半分はカタルパが殺していた事もあるが、今回は例外中の例外だろう。

 〈UBM〉に出会ったのは偶然だが、あぁして死ぬのは、相性的に必然だった。

 

 アレはつまり「見ずに殺せ」と言っている訳だ。

 ゲーマーのプレイにある「目隠しプレイ」でしかないのだ。

 今回のような視界共有など、例外でしか無い。

 直視し、石化した。

 脳だけを生かすという話ではあったが、それは神話のガタノトーアであり、<Infinite Dendrogram>のガタノトーアは違う。

 石化させ、そのまま殺す。

 正に「射殺す」訳だ。

 

「そう言や、直に見なきゃいい訳か。

だとすると……【ゲイザー】は大丈夫か」

 

 ……つまり今の彼が知る事では無いが、AR・I・CAであったりエミリオであったり、そういう抜け口はあるようだ。

 シュウなどは逆に、「目隠しするだけだろ?ヌルゲークマ」などと言いそうなものだが。

 その点は、神話に於けるガタノトーアとの相違点と言える。

 ガタノトーアではあるが、矢張り完全模倣とは行かないようで。

 ……完璧など無い。絶対など「絶対ない」。

 まるで、この世界(リアル)のよう。

 右腕に触れて、有る事を梓は認識する。膝を曲げて、動く事を認識する。たったそれだけなのに、冷や汗が頬を伝った。

 石化しても尚、噛み砕かれる感触があった。

 理不尽を前に、自分の精神が擦り切れそうだ。

 アレの対処について、助力を仰ごうにも仰ぐべき者が居ない。

 それは、アレが〈UBM〉である事に起因する。

 MVP特典を求めて、プレイヤー同士の闘争が引き起こされる危険性がある。それは梓の望むところではない。倒すべきなのは〈UBM〉であって、マスターでは無いはず、なのだから。

 どうしたものかと携帯を開き(こんなご時世なのにも関わらず、梓はガラパゴス携帯である)、秒毎に変動する文字盤を目で追う。

 またつまらぬ時に死んでしまったと自虐し、想起し始める。

 来るべき翌日の――【死屍類涙 ガタノトーア】との再戦の為に。

 一。之は前提。

 見てはならない。

 目を合わせてはならないのではない。見られてはならないのではない。

 こちらがそれを直に、視界上で確認してはならない。

 【ガタノトーア】という存在を見てはならない。

 視界共有等によって映される『情報』ならばいい。だが『存在』はダメだ。

 二。之も前提。

 教えてはならない。

 それはレースになる事を恐れて、などの綺麗事を全て取っぱらった上での事。

 だって、復讐したいだろ?

 という、どうしようもないエゴ。

 やられたらやり返す、たったそれだけ。

 三。またまた前提。

 食らってはならない。

 一撃で腕が飛んだ。MVP特典である【幻想魔導書】も半分に裂かれた。攻撃力は高い。

 一の「見てはならない」と噛み合せると、勝率は低い。

 元より低いが、なお低くなる。

 序に言えばそこそこ速い。何せカタルパのAGIを前にしても、右腕をもぎ取ったのだから。

 

「…………さて」

 

 前提だらけのお話。偶然と必然で塗り固められた出逢いと別れ。

 【共鳴怨刀】の鞘は未だ出来ず――【死屍類涙】を倒す目処は未だたっていない。

 か細い糸を手繰って無理矢理繋いだ。

 だから後は綱渡りだ。命知らずの、何の見返りも……特典さえ無ければ本当に何の見返りも無い、綱渡り。

 願わくば――あちらで72時間が経つ前に、【死屍類涙】が倒されない事を――

 梓は微睡む事すら無かったのに、その眼を瞑った。

 

□■□

 

 死んでいた筈の骸が自身の腕を斬った。また、取り込もうとしたら光の塵になった。

 死んでいた、というのが勘違いだった、と【ガタノトーア】は結論付ける。

 だが、光の塵と化した事。これについては納得行かない。

 殺したのに、取り込む屍が無いからだ。

 そこで【ガタノトーア】は、殺そうとしていた事、取り込もうとしていた事に気付き、己を恥じた。

 殺したいんじゃない。山を築きたいんじゃない。

 そう言い聞かせる。そう約束する。

 昔から知っている、約束の為のお呪い。

 

『Uh…………Ah…………Naaaaaaaaaaaaaaaaah』

 

 思いを、歌にして、天に聞かせる事。

 血の匂いがするその醜い口から、どうしてそんな美声が出るのだろうか。

 そう問える輩は居ない。

 パキパキ、と凍りつくように、また石像が生まれた。

 触腕はそれを大事そうに抱え、運び、山に落とした。

 すると石化が解けて、人の姿にソレは舞い戻る。

 然し人としては、石化した時点で死んでいる。

 

 ――嗚呼そうだ、これは弔いなのだ。

 

 正当性を見つけて、【ガタノトーア】は喜ぶ。

 

『La……La……Naaah♪』

 

 喜びの歌を、謳う。

 一小節毎に、ボトリボトリと鳥が落ちる。

 それをまた、優しく抱えて、山の一部にしてあげる。

 慈愛に満ちた歌声が。等しく死を与えて行く。

 歌唱のお代は、貴方の命で、と言わんばかりに。

 また一人、一人。一つ。

 一つしか無い命の搾取が始まる。

 否。略奪が、始まる。




【死屍類涙 ガタノトーア】
伝説級〈UBM〉。
種族は魔獣。
主な能力は生命吸収。
見たら死ぬ。
そのせいか、ステータスは低い。
……カタルパを容易く殺しているが、ステータスは低い。そして弱い。
見てはならないモノ。
本人がそれをどう思っているかは、さておき。

( °壺°)「見たら石化するだけなので、仮に《石化無効》なんてのがあるならば、見たって平気。石化した後噛み砕いて殺すだけのクソ雑魚〈UBM〉」
(庭原)「クソ雑魚とは」
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