人か、或いは獣か。血の色で区別が付かなくなったその骸達により、一山が築かれていた。
ソレを積み上げ、またその上で胡座をかくように佇む存在は、地と海を見下ろした。
だがいつまで経っても、天は見上げるばかりだ。届く気配は無い。
空を飛ぶ機能は有していない。
だから、手を伸ばす。人の腕とは違う、歪な触腕が伸びて行く。それでも、かの天は未だ遠い。
誰かが隣合って見上げる事こそ無かったが、誰もが見上げる天に見下ろされて。その天上から降る陽光に照らされて。
その禍々しい姿は明るみに出る。
巨大で触腕があり、象のような長い鼻が備わっていて、蛸のような目を持ち、半ば不定形で、可塑性があり、その肌は鱗と皺に覆われている……ソレは、そんな存在だった。
『Lu…………Lu…………』
謳うように、嘶く。
一定のリズムで、動かずに、その音に寄せられる全てに死を与える。
空から降りてきた鳥が、突如速度を上げて自由落下を始めた。
べシャッ。
勢いに耐えきれず、小さなその身が弾け飛ぶ。
『Lu…………Lu…………』
自身が這いずって鳥を山に押し込み、それは山の一部になって行く。
また少し、骸の山が盛り上がった。
『Lu…………Ah…………』
【死屍類涙 ■■■■■■】は、少しそれを憂いた。
また殺してしまった、と。
本人は殺すつもりは無いし、こうして山を築くつもりも、毛頭無かったのだ。
それでも謳うし、屍は例外なく山の一部にしている。そうなってしまっている。
それを、何時から築いていただろう。
それに、何時から気付いていただろう。
人でないソレは、嘆いている。
その筈なのに、その声は謳っているように聞こえてしまう。
ほら――そのせいでまた――誰かが――
「あぁー……あいつ?」
『そのようだが……直視は厳禁だぞ、マスター』
『良くない気配……ボスモンスターかな?』
呑気に、来た。
□■□
ネクロが『迫っている』と言ったのに。『寄せられた』のはカタルパだった。
然しそれは、どちらも正しい。
【死屍類涙 ■■■■■■】は声で寄せ、屍に迫るモノ。
声で寄せられたのがカタルパならば、
間違いは、無い。
既に死した存在と誤認し、【死屍類涙】はカタルパを押し込もうと触腕を伸ばす。
それを、蛸の足をぶつ切りにするが如く、カタルパは十字剣で切り裂いた。
――麻布で目隠しをして。
「……当たったか?……まったく、見たら死ぬって何だよ……」
『あぁ。我が奴を見る分には何も無いし、我を介して視界共有で見れば貴公も普通に見えよう。
見てはならない〈UBM〉というのは、些かおかしな話ではあるが』
「『やっぱ〈UBM〉なのか』」
アイラとカタルパはハモるが、それにつっこめる程ネクロに余裕は無い。
視界共有が本来不可逆行為だから、可能にさせる事が大変だからでもあり、何より攻撃が止まないからだ。出来ない訳ではない、と言ったのが不覚だった。
「■■■■■■?ネクロ、それは本当か?
確か伝承上見ちゃいけない……だったか。
無理ゲーっぽいが……それでも戦わなきゃいけないんだろ?なら手段は選んでいられない」
そう言われて、コレ以外の手段を、与えてやる事が出来ようか。
カタルパよりは賢くないネクロは、ソレ以外の選択肢を与えてやれなかった。
【ネクロノミコン】は怠惰なのだろうか。
カタルパは勤勉なのだろうか。
結論は、そのどちらでもない。逆でもない。
故に結末は、いつも悲惨なものでしかない。
――スパンッ。
魔導書と、人の右腕が宙に舞う。
それは都合良く、屍の山が弾け飛んだ訳ではない。
『――カーター!?』
『マス、ター……っ!!』
斯くして、視界共有は解かれる。
麻布がはらりと落ちて、黒き双眸は前を見る。
悪夢を直視する。
現実に直面する。
其れが悪夢だ。
之が現実だ。
カタルパ・ガーデンが、【死屍類涙 ガタノトーア】を直視する。
【死屍類涙 ガタノトーア】という現実がカタルパに直面する。
さて、知っているだろうか。
ガタノトーア、またはガタノゾーアと呼ばれるクトゥルフ神話の伝承上の化け物を。
曰く、ユゴス星の生物が崇拝し、彼らと共に地球にやって来た神性である。
曰く、ガタノトーアを崇拝する教団が存在し、毎年12名の若い戦士と12名の娘を生贄にしていた。
曰く、姿を一目見たものは肌が石化してしまうが、脳だけは半永久的に生き続ける。
曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く。
嗚呼、どうしてここまで伝承に満ち満ちているのだろうか。
化け物だから。見てはならないモノだから。怪異だから。魑魅魍魎だから。悪鬼羅刹だから。
【死屍類涙 ガタノトーア】を、カタルパが見てしまったから。
メデューサに見られたように固まってしまったその血肉を、ゆっくりと、顎が迫って――――
□■□
「あー…………あー…………」
そうして、彼は目覚めた。
モノクロな世界で。
曖昧な自己で。
庭原 梓は目覚めた。
「あれ……勝つの無理だろ…………」
どうしてか、彼等三人は最近、全員で揃う事が叶っていない。
半分はカタルパが殺していた事もあるが、今回は例外中の例外だろう。
〈UBM〉に出会ったのは偶然だが、あぁして死ぬのは、相性的に必然だった。
アレはつまり「見ずに殺せ」と言っている訳だ。
ゲーマーのプレイにある「目隠しプレイ」でしかないのだ。
今回のような視界共有など、例外でしか無い。
直視し、石化した。
脳だけを生かすという話ではあったが、それは神話のガタノトーアであり、<Infinite Dendrogram>のガタノトーアは違う。
石化させ、そのまま殺す。
正に「射殺す」訳だ。
「そう言や、直に見なきゃいい訳か。
だとすると……【ゲイザー】は大丈夫か」
……つまり今の彼が知る事では無いが、AR・I・CAであったりエミリオであったり、そういう抜け口はあるようだ。
シュウなどは逆に、「目隠しするだけだろ?ヌルゲークマ」などと言いそうなものだが。
その点は、神話に於けるガタノトーアとの相違点と言える。
ガタノトーアではあるが、矢張り完全模倣とは行かないようで。
……完璧など無い。絶対など「絶対ない」。
まるで、
右腕に触れて、有る事を梓は認識する。膝を曲げて、動く事を認識する。たったそれだけなのに、冷や汗が頬を伝った。
石化しても尚、噛み砕かれる感触があった。
理不尽を前に、自分の精神が擦り切れそうだ。
アレの対処について、助力を仰ごうにも仰ぐべき者が居ない。
それは、アレが〈UBM〉である事に起因する。
MVP特典を求めて、プレイヤー同士の闘争が引き起こされる危険性がある。それは梓の望むところではない。倒すべきなのは〈UBM〉であって、マスターでは無いはず、なのだから。
どうしたものかと携帯を開き(こんなご時世なのにも関わらず、梓はガラパゴス携帯である)、秒毎に変動する文字盤を目で追う。
またつまらぬ時に死んでしまったと自虐し、想起し始める。
来るべき翌日の――【死屍類涙 ガタノトーア】との再戦の為に。
一。之は前提。
見てはならない。
目を合わせてはならないのではない。見られてはならないのではない。
こちらがそれを直に、視界上で確認してはならない。
【ガタノトーア】という存在を見てはならない。
視界共有等によって映される『情報』ならばいい。だが『存在』はダメだ。
二。之も前提。
教えてはならない。
それはレースになる事を恐れて、などの綺麗事を全て取っぱらった上での事。
だって、復讐したいだろ?
という、どうしようもないエゴ。
やられたらやり返す、たったそれだけ。
三。またまた前提。
食らってはならない。
一撃で腕が飛んだ。MVP特典である【幻想魔導書】も半分に裂かれた。攻撃力は高い。
一の「見てはならない」と噛み合せると、勝率は低い。
元より低いが、なお低くなる。
序に言えばそこそこ速い。何せカタルパのAGIを前にしても、右腕をもぎ取ったのだから。
「…………さて」
前提だらけのお話。偶然と必然で塗り固められた出逢いと別れ。
【共鳴怨刀】の鞘は未だ出来ず――【死屍類涙】を倒す目処は未だたっていない。
か細い糸を手繰って無理矢理繋いだ。
だから後は綱渡りだ。命知らずの、何の見返りも……特典さえ無ければ本当に何の見返りも無い、綱渡り。
願わくば――あちらで72時間が経つ前に、【死屍類涙】が倒されない事を――
梓は微睡む事すら無かったのに、その眼を瞑った。
□■□
死んでいた筈の骸が自身の腕を斬った。また、取り込もうとしたら光の塵になった。
死んでいた、というのが勘違いだった、と【ガタノトーア】は結論付ける。
だが、光の塵と化した事。これについては納得行かない。
殺したのに、取り込む屍が無いからだ。
そこで【ガタノトーア】は、殺そうとしていた事、取り込もうとしていた事に気付き、己を恥じた。
殺したいんじゃない。山を築きたいんじゃない。
そう言い聞かせる。そう約束する。
昔から知っている、約束の為のお呪い。
『Uh…………Ah…………Naaaaaaaaaaaaaaaaah』
思いを、歌にして、天に聞かせる事。
血の匂いがするその醜い口から、どうしてそんな美声が出るのだろうか。
そう問える輩は居ない。
パキパキ、と凍りつくように、また石像が生まれた。
触腕はそれを大事そうに抱え、運び、山に落とした。
すると石化が解けて、人の姿にソレは舞い戻る。
然し人としては、石化した時点で死んでいる。
――嗚呼そうだ、これは弔いなのだ。
正当性を見つけて、【ガタノトーア】は喜ぶ。
『La……La……Naaah♪』
喜びの歌を、謳う。
一小節毎に、ボトリボトリと鳥が落ちる。
それをまた、優しく抱えて、山の一部にしてあげる。
慈愛に満ちた歌声が。等しく死を与えて行く。
歌唱のお代は、貴方の命で、と言わんばかりに。
また一人、一人。一つ。
一つしか無い命の搾取が始まる。
否。略奪が、始まる。
【死屍類涙 ガタノトーア】
伝説級〈UBM〉。
種族は魔獣。
主な能力は生命吸収。
見たら死ぬ。
そのせいか、ステータスは低い。
……カタルパを容易く殺しているが、ステータスは低い。そして弱い。
見てはならないモノ。
本人がそれをどう思っているかは、さておき。
( °壺°)「見たら石化するだけなので、仮に《石化無効》なんてのがあるならば、見たって平気。石化した後噛み砕いて殺すだけのクソ雑魚〈UBM〉」
(庭原)「クソ雑魚とは」