其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「今回は全くゲームに関係ない話」
(庭原)「今回『も』な」


第三十二話

 それは、夢の中。夢だと分かりきった、摩訶不思議な世界。

 梓と誰か。仄暗い部屋の中、二人は向かい合う。

 その中間には8×8の盤があり、黒と白の駒が配置されている。

 それはチェス盤だ。

 対立するその駒の黒側に梓は座った。

 では、梓より目上という事になる白側に座っている者は一体誰なのだろう。

 

「……何用か」

「さぁ?こうして遊びに来ただけ……かもしれない」

 

 白側の『誰か』の問いに、ヘラヘラと梓は返す。

 これを夢だと知っているから。

 現実では無いと、確信しているから。

 

「何処だ、此処は」

「さぁ?夢かもしれないし、記憶かもしれない。少なくとも僕はあんたとこうしてチェスなんてやった事は無いから……やっぱ夢なんだろうな」

 

 そら、そっちの番だろ、と梓は促す。

 チェスは基本的に白が先手だ。『誰か』が一手進めなければ、梓も進むに進めない。

 渋々、そんな様子で、無表情のままではあったが、『誰か』はポーンを前に進めた。

 梓もポーンを進める。

 互いに勝利も敗北も考えず、盤面は進展して行く。

 

「やっぱ、あんたらしい進め方だな」

 

 その途中、梓が見たのは盤面だ。盤面でしか無い。それなのに、その言葉は確かに、その面前の『誰か』に向けられている。

 戦い方から、人の内面を察した、らしい。

 奪おうとするかのような、略奪者――最早侵略者とも呼べる攻め方に、梓は嘲笑う。

 勝利も敗北も意識していない、無意識下で、そんな侵略を行っているのだから。それこそ『誰か』が、そんな攻め方、生き方に心略されているかのように。

 そう言えば、と。梓はそこで対面する『誰か』を見た。

 梓とは似て似つかない隈のある黒い眼。肩辺りで切りそろえられ、髪型だけを見れば女子と見紛うような黒髪。

 枯れ木のように細い腕、血の色を感じさせない程に青白い肌。その肌の上に黒いスーツを身に纏った男性。

 夢の中だと言うのに、ヤケにリアルだ。それは、その姿を梓が何度も見てきたから。それ以外の『誰か』の顔を知らないから。

 記憶に焼き付けられている顔しか浮かべないその『誰か』は、梓の視線と交錯しないように、態と目を逸らしているようにさえ思える程に、盤面のみを見つめている。

 昏い目だ。そんな目を向けられたら、梓も黙ってはいられなかっただろう。だから今は、そうやって交錯しない事が、嬉しかった。

 

「……何故、打たない」

「ん?あ、あぁ、すまんな」

 

 『誰か』を見ていたせいで、盤面から目を逸らしていた。

 梓は改めて――酷い盤面を見る。

 こちらが勝とうとしていないからか……混沌としていた。

 何故そこに黒の駒が、と素人もツッコミたくなるような状況だった。

 6種類の駒が、バラバラに配置されている。

 法則性も、統一性も、存在しない。

 そこに動かせたから、という理由だけで、動かしたような配置だった。

 現実でやったら「やる気あるのか?」と言われる事請け合いである。

 梓は、まだ動かしていなかったルークとキングでキャスリンクをする。

 それを見て、『誰か』は溜息をつき、白いキングを持ち、砕いた(、、、)

 それこそ、氷塊を砕くように。

 盤面から白いキングが消失し、強制的にチェスが終わる。

 

「ここまで来て……二人零和有限確定完全情報ゲームに、本気を出すな、梓」

 

 『誰か』は砕かれた駒の欠片を見ながら、梓の全てを嘲笑った。

 『ゲームに本気を出すなよ』、と。カタルパの全てを否定した。

 そんな事は言っていないのに、そう言われた気がした。

 

「……さて、梓。

私が何故此処に居るのか、説明を願おうか。

何故このような夢の中に居るのか。何故、お前が私と出会おうとしたのか」

 

 『誰か』は、夢の中の存在でしかないのに、虚像なのに、梓よりも『人間として』、そこに存在していた。

 

「知るか。だからもう黙れよ……■■ ■」

 

 ……名前を、呼んだ。

 呼んでしまった。唾棄すべき名を。忌避すべき名を。

 梓は、夢が覚めてくれないかと願った。

 ここは夢であるのに、現実と同じように、残酷だった。

 悪夢程、中々覚めず、また、覚めた後も深く脳裏に刻まれるものだ。

 その残酷性だけは、現実と夢の残酷性だけは、梓は幼い頃から知ってしまっている。

 何せその『幼い頃』を作り上げたのは、目の前の人間である。

 つまり。

 

 ――目の前の人間は、庭原 (えんじゅ)。梓の、父親だ。

 

 しつこいようだが、これは夢の中の物語だ。現実には反映されない筈の、梓しか居ないモノローグ。

 空想上の人物に、梓は腹を立てている。

 そんなものは、誤っているのに。

 そんな事で、過っているのに。

 腹を立てて、怒りで手に爪がくい込んでいる。

 夢の中なのに、『痛い』。

 痛むのだ。

 痛い。それは、肉体的なモノばかりでは無い。もっと……手なんかよりも、痛むモノがある。それが痛くて仕方ない。

 それは、触れられない。だからその痛みの元の近く……左胸に、手を当てるだけだった。

 爪がくい込む握り拳のまま、当てている。

 血涙が出るのではないかと思える程に、怒りて狂ってしまいそうな程に、梓ではない何かが、暴れ出してしまいそうだ。

 今怒っているのは、間違いなくカタルパだ。

 いや、カタルパを間接的に蔑まれた事に対して、梓が怒っているのかもしれないが。

 自分で作り上げた『キャラ』を、否定されたから、怒っているようにも見える。

 だが、そんなものとは比にならない程の怒り。

 夢の中故に、現実ではない故に。空想であるが故に。

 其処に立てるのは、梓だけとは限らない。

 こうして目の前に父親を立たせる事も可能だし――

 自身の立ち位置にカタルパが立っていても、何ら不思議はない。

 

「記憶の断片と夢の中でチェスとか俺は嫌だね」

 

 カタルパは吐き捨てる。

 目の前の『誰か』に何かしらの思いを抱いているのは梓であって、カタルパからすれば初対面の相手に過ぎない。

 庭原 梓という人間の生き方のみを真似してカタルパ・ガーデンがいるならば、本当に初対面だっただろう。

 今の彼は醜くも、初対面を『演じている』に過ぎない。愚かではあるが……此処が現実でない以上、現実逃避には、なってくれなかった。

 カタルパが梓ではない故に、遠慮なく、躊躇なく唾棄すべきモノを唾棄し、忌避すべきモノを忌避した。

 梓よりも力があるカタルパであれば、夢の中という事もあり、『誰か』を跡形すら残さずに『どうにかする』事は容易だった。

 

「……胸糞悪い」

 

 それは、カタルパのセリフか、梓のセリフか。

 モノローグにそれを問える者は居らず、また、本人達にも、分かっていない事だった。

 

□■□

 

 気付けば、夢から覚めていた。

 つい最近の墓参りに行った際、父親の墓に(、、、、、)参らなかったから恨まれたのか、と梓は目頭を抑える。

 序に、どころかあの時のアレの隣がそうだったのに、梓は意識的に、無意識的であれど、向かわなかった。

 例え永遠に父親が眠っていようと、過去は変わってくれないから。梓が嫌っていた人間()のまま、死んでいったから。

 彼が変わらない限り、梓の父親に対する対応も変わらない。

 変わらなかったからこそ、梓も変わらない。

 ――梓の不変を求める性質が、仮にここが源流だったとしても。

 梓は、敢えて変わらない。あちらが変わらないからこちらも変わらない。たったそれだけの事。

 世界が変わらないから、自分も変わらない。たった……それだけの事なのだ。

 

「あと……8時間、か」

 

 逆算すれば16時間近く眠っていた、という事らしい。チェスをして、対戦相手を殺した……夢の中でした事は精々そんなものだ。16時間は経過していないように思える。

 時の流れは現実と夢の中で違うのだろうか?<Infinite Dendrogram>と現実の時の流れが違うように。

 まぁ、今更そこに因果関係があったところで、梓はどうもしないのだが。だからそれは、頭にふと浮かんだ疑問、でしか無い。

 携帯の着信音が突如鳴り出し、「おぉう?」とおかしな声をあげた梓は、その相手が天羽だったので呼吸して落ち着いてからボタンを押した。

 

「もしもし?」

『もしもーし?梓ー?』

「どうしたんだ、急に」

『ゲームに居なかったからさ。どったの?素材集めしてたんじゃないの?』

「集めてたんだが、死んだ」

『……え、何、PK?』

「いや……事故」

『<Infinite Dendrogram>で事故?まぁ車とかだってギデオンにはあるけどさぁ……ちゃんと本当の事話してよね』

「真実を言っているつもりなんだがなぁ……」

 

 〈UBM(事故)〉に()った。

 何も、嘘は言っていない。

 そのまま当たり障りの無い話を続けて(勿論、〈UBM〉なんて単語は一度も出さなかった。死んだ場所も、だが)、電話を切る。

 どうやら天羽は素材がどれ程集まったか、不足していればこちらで揃えようか、という事を聞きたかったそうなのだが、その辺は梓がゲームに再ログインしてから、という事で先延ばしにしておいた。

 プレイヤーは死んだらアイテムとかをボックスから落とす事がある、という話を聞いていたので、未だ持っているか確証が無いまま話を進めるのは宜しくないと判断したからでもある。

 先程まで眠っていたベッドに今度は腰掛ける。お、ねだん以上なところで買い揃えたベッドは、少し軋むような音をたてて梓を支えた。

 携帯を操作して、アラームをセット。腰掛けていたベッドに横たわる。

 ……だが、もう一眠りしようとして、またあの夢だったらどうしようか。

 そう思い、寝巻きから着替える。

 気分転換、ストレス発散。

 そんなものは外に求めてはいないが、時間つぶしにはなる筈だ、と。

 踵を鳴らして扉を開けた。すると。

 

 誰かが、居た。

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