其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「話が今回は難しい。自分でもそう思った」
( °壺°)「でもそうしなくちゃ、この人を語れなかったのです」
( °壺°)「本当にすまない」


第三十三話

 黒色の外套(梓にはそう見える)を身に纏った誰かが、そこには居た。顔色も窺えない、謎の人物。

 『誰か』と目の前の誰かは違う。

 それは分かりきっているのに、似ている点をどこかで探している自分がいる。

 間違い探しならば、見た目だけで何箇所違いがある事か。

 名前とか、不可視の情報まで違う筈だ。それなのに、矢張りあんな夢を見たからだろう、一秒を一秒にしか出来ない世界で、考え込む。

 

「……今、目が覚めたようですね、お早うございます」

 

 初対面の人間に寝起きだという事を知られたのは別に恥ずかしいとは思わなかった。それどころか偽りの優しさをぶつけられている気がして、快いものを感じなかった。

 その不快感を隠すように、平べったい笑みを浮かべて梓は応答する。

 

「まぁ、寝起きだ、な。

それで、どうして此処に?

僕の記憶に間違いが無ければ初目なんだが」

「えぇ、初めて会います。こうして会う、のであれば。

私は……そう、ですね……」

 

 その、「そうですね」の言い方に、少し眉を上げた梓は、言い淀む彼女――男ではない、と断定した――に、本心を打ち明ける。

 

「――質問を変えたい。

……何者だ、お前は」

 

 正体不明は、ゲームの中(シュウ・スターリング)だけで充分だ。

 現実に、そこまで意味不明な人間は居なくていい。

 それに、ここに来たのだから梓を知っている筈だ。それなのに梓は彼女を知らない。

 それは、不公平だ。

 だから、釣り合わせる為に、情報というアドバンテージを、打ち消す。

 

「私は、貴方を知っています。厳密には過去の貴方、それと――」

 

 彼女は、呟くように続けた。

 

あの世界(<Infinite Dendrogram>)での貴方、を」

 

 聞き捨てならない一言を。

 

□■□

 

 梓は彼女を知らない。けれど彼女は梓とカタルパを知っている。

 ゲームで出会い、その後リアルでカタルパが梓である事を知ったとでも言うのだろうか。

 ……逆、かもしれない。

 つまりリアルの梓を先に知り、その後カタルパというアバターの存在が梓である事を、或いは梓がカタルパという名でプレイしている事を知った――可能性だけなら、こちらの方がある。

 だがどちらにせよ、梓と<Infinite Dendrogram>を知らなければ知り得ない情報。

 尚更、出処が気になる。と言うか、彼女の正体について、彼女は未だ触れていない。

 ひた隠しにしたがっているようだが、こちら側としてはそうも行かない。

 

「ああ、申し遅れました。私は狩谷(かりや) 松斎(しょうさい)と言いまして。

如何なる世界でも探偵をやっています、よ」

「……探偵?」

 

 部屋に招き入れ、即席の紅茶を提供し、梓と松斎は向かい合うように着席していた。

 梓は現代となっては退廃した用語を聞いて、首を傾げた。

 彼女、松斎の語る自己は、彼女が梓を知っているという事実の理由にはなる。なるが……それでも怪しい。

 今更になって、梓は目の前の人間を怪しいと思った。思う前に家に上げている時点で、相手が盗人であった場合手遅れなのだが。

 運良く相手は探偵(?)。その心配はなさそうだ。探偵であるという事を鵜呑みにしている辺り、梓は本当は騙されやすいのかもしれない。

 ともあれ、梓の前にいる、未だ外套を羽織り、フードを目深に被り、外見の情報を梓に殆ど与えていない松斎という女性は、『敵』ではないらしい。

 

「抑の……経緯を、順を追って聞きたい。

先ず、何処で僕を知ったか、だが」

 

 それについては、自分でも何となくの検討は付いている。松斎が知っているのは「過去の自分」だ、と言っていたのだから。

 

「勿論、過去に起きたあの奴隷商の事件から、ですね。

国が隠すような事件。知っている人間は少なく、語った者は『不思議と』遠くない内に死んでいます。

私は調査中、貴方の名前を聞いたのです。いくらひた隠しにしていても、庭原 槐の名前は隠しきれない。

そして、解決させた張本人、庭原 梓の名前も、ね」

 

 成程。遠くない内に『不思議と』死んでいるという事実は聴き逃さなかったが、ここで敢えて脱線する必要は無い。

 つまり『あの事件』からここまで辿り着いた訳、か。

 梓はその結論に至るまでに、一秒とかけなかった。サルでもわかるだろうし、と独り言を脳内で呟く。

 

「分かった。『あの事件』を知っている時点で只者じゃないのは、な。だから次に行こう。何で僕が【カタルパ・ガーデン】である事を知っているのか、だけど」

「人相書……と言うか聞いていた顔と瓜二つ過ぎたんで。

偶然にしては出来すぎで、庭原 梓という人間がどんな人間か(、、、、、、)を知っているなら瓜二つの顔で正義の味方ごっこ(、、、)はしない。

なら、本人である可能性が高い。

あのゲーム、本人の姿形をアバターに出来るんでしょう?

なら、正義の味方が正義の味方ごっこをしている、そう結論付けるのが妥当、じゃないですか」

「…………そう、だな」

 

 胸の内の怒りを、梓は発露させない。

 コレはカタルパの怒りだ。

 怒りの代弁をするのは、『あの時』だけで充分。

 今、例え自身のアバターであっても、代弁する気はない。否、してはならない。

 今目の前にいるのは、情報源。このままペラペラと話させた方が、後々楽になるのは必至。

 耐えろ、耐えろ。

 夢の中と同じように握り拳を作って、梓は話を進めるよう促す。

 

「探偵らしい推理、って事にしておこう。間違いは無い。事実だ。正義の味方ごっこ(、、、)だとも」

 

 ――自虐をして、少しでも怒りを消しながら。

 

「その上で聞きたい事があるんだが」

 

 ――能はない。だから爪は隠さない。

 

「何の理由があって()の前に立った」

 

 ――一々爪の出し入れをしていては、狩り損なうから。

 

「オー怖。そんなに怒らないで下さいよ。何に怒っているのかは、大体予想が付きますけど」

「そうか。態と怒らせて平静を欠かせるのはいい策だ。探偵なんかやめて策士になるといい」

「今時儲かりそうにない職業……」

「俺……庭原 梓や『あの事件』を追う方が余っ程儲からないと思うが」

「これは最後まで解き明かせば一儲け出来ますよ。

いいですか、カタルパさん(、、、、、、)

 

 一人称が変わった事から演じている(カタルパでいる)事を見抜いた松斎は、言葉を一瞬選んで、望んで――

 

「これは、ゲームなんですよ(、、、、、、、、)

 

 ――逆鱗に、触れた。

 

□■□

 

 その言葉を聞き終えるのと、()が松斎の胸ぐらを掴むのは、ほぼ同時だった。

 

「ゲーム……ゲームだと?

いいか、『あの時』に人間は死んでいる。死んだら蘇るゲームとは違う!」

「<Infinite Dendrogram>の世界のティアンと、この世界の人間は同じでしょう?」

「っ……!」

 

 その価値観を、否定出来ない。

 それはカタルパ・ガーデンというマスターのエンブリオがメイデンである理由なのだから。

 この世界の人間の命と、あの世界のティアンの命を、『等しく無価値』と断じてしまったのは、梓本人なのだから。

 断じた以上、ティアンと人間が違うという事を言えない。

 口先だけであっても、言えない。

 

「死んだら蘇らない。私だって国に隠れてコソコソ調べてますから、バレたらゲームオーバーです。だからこそ、楽しい(、、、)でしょ?」

「お前は……お前はっ!!」

 

 狂っている!

 そう言いたい。

 壊れている!

 そう叫びたい。

 だのに、あの世界でゲームを楽しいと言っていた彼女が頭にチラつくせいで、それを言葉に出来ない。

 本当に、あの世界といいこの世界といい……。

 

(俺達)生命(総て)を、何だと思っていやがる」

「自分だけ特別扱いは駄目ですよ、庭原さん。

貴方自身が壊れて、狂っているからって。他者のそれを否定しちゃ。

それに、私程度の『狂い』で、『壊れ』で、『狂い』や『壊れ』を語られたくないんでしょう?

だってもっと狂っている人を自分以外に知っていて、もっと壊れている人も知っているんですもん、ね?」

 

 そう言われて、即座に天羽とカデナが思い浮かぶ辺り、図星なのかもしれない。

 だからこそ、梓は止まれない。

 この人間だけは、ダメだ、と。

 生かして返してはいけない。否定して、根本から叩き直さなきゃいけない、と。

 義務感という焦燥に駆られて、梓は、梓は。

 

「……悪いが、今日は帰ってくれ」

 

 逃げた。

 否、彼からすれば逃げではなかっただろう。

 

「まだ、時間はありますよ?」

「……それでもだ。僕は……俺は、お前と話したい事なんか無い。

『あの事件』の事も、それ以外も。

早く失せろ。気が変わる前に。

出来れば二度と現れるな。この世界でもあの世界でも。

……早く消えてくれ」

 

 松斎も今日はお暇しましょ、と鉄扉を開けた。

 扉が閉まれば、梓は一人だ。一人と一人を内包した、一人だ。

 

 梓は知っているのだ。こういう(、、、、)人間を。

 そういう人間に対する応対の方法を知らないから、こうして今は突き放す事しか出来ない。

 誰であろうと、そういう人間に対する処置は、それしか無い、それしか知らない。

 ――そうして誰かを断崖絶壁に突き落としたのは、他ならぬ梓だが。

 これは逃げではない。そう言い聞かせて、正当性を保つ。

 だから短く、結論付ける。

 自称探偵、狩谷 松斎を、庭原 梓は、カタルパ・ガーデンは嫌っている。

 そうしなければ、保てなかったから。

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