其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「都合上1時間ズレました」
( °壺°)「申し訳ない」


第三十六話

 燕尾服に片眼鏡(モノクル)は、『執事っぽさ』に於いてシナジーを生む。

 そんな冗談を抜きにして、カタルパは【片眼魔鏡 ガタノトーア】という片眼鏡のMVP特典を入手した。

 左目に付けるもののようで、装備すると左目だけ遠くまでハッキリ見えるようになった。少し気持ち悪くなって、即座にスコープ機能をオフにしたのは、間違いではないだろう。

 【ガタノトーア】を倒す事、というこのゲームにまた帰ってきた目的の一つは達成出来た。次は勿論、【ガタノトーア】にトドメを刺した功労者、【シュプレヒコール】の鞘の素材集めだ。

 

「収集しないとな。でも、半分くらいはもう揃ってる訳だし、もう半分くらいもカルディナとかで買えそうだし」

『さらりと他国へ行く事を口にしたな。確か、良くも悪くも金でどうにかなる国、だったか?』

「ぶっちゃけちゃえばそう。けどまぁ、そこにいるマスターの皆が皆そうだとは、流石に思っちゃいねぇけど」

 

 だが、その国風に慣れた人間な訳だから、あまり期待は出来ない。そればかりは期待のしようもないな、と毒を吐く。

 慣れは、毒だ。常識が移ろい往くのを理解出来ぬまま差し変わる。変化を変化と思わない。少なくともカタルパは、それを「毒」だと認識している。「悪」でないにせよ。

 …………その毒を、誰に向けて吐いているのかを、カタルパは言わなかったものの、どこか体験を元に語っているようなリアリティある毒に、アイラとネクロは咄嗟に答える事が出来なかった。

 理解されないのは辛いな、と胸の内で零して、カタルパの脚はギデオンでもアルテアでもない方向へと向けられていた。

 追従する二人(?)は、何処か遠くの空でも見るような目をしていた。それは少なくとも、今のカタルパには向けられていなかった。

 

□■□

 

 月が顔を出す頃、カタルパ達は王国ではない、(自分達的には)未開の地に辿り着いていた。

 カルディナと呼ばれる、文字通りの異国である。

 その異国の地に、二人と一つは降り立ったのだ。

 抑えていても心が踊る。未開、不明。なんともワクワクするワードじゃないか。子供の頃、心のキャンバスに描いた、不思議な世界を練り歩くようではないか。

 少なくとも、彼等は「不思議」を恐れてはいなかった。寧ろ楽しんでいたと言える。

 ……然し乍ら彼等は「鏡」を恐れている。己を見る事を恐れているのかもしれないし、反転してしまった世界、というものを恐れているのかもしれない。

 何処までも、正直で、嘘つきな彼等は、その恐れを隠して、未知に踏み出した――のだが。

 

「本当に……金でどうにかなっちまうんだな」

「未だタチの悪い冗談であってくれと私は願っているよ」

『利点且つ欠点だな、それは。

一概に悪いとも言えず、然れど良いとも言えず』

 

 街のカフェでアイラと対面で座りながら愚痴る。

 個人的に驚いたのは「一見さんお断り」という看板を立て掛けていたにも関わらず裏で金を払うと入れた所。

 何の為にその看板を掛けているのか、と問えば勿論「金の為」と答えてくれる事だろう。

 素材が揃ったのは嬉しい限りだが、こうも思った。

 『なんか、違くね?』と。

 達成感が無いのか、それとも手段的に喜べないのか。

 

「余っていた金の消費祭でしかねぇ……」

 

 カタルパは燕尾服以来、買い物という買い物を行っていない(食事等は例外として)。それ故、今回の【シュプレヒコール】の鞘の素材集めは、いい買い物である。クエストは行ってきたのに、消費を殆どしてこなかった。持ち過ぎたリルの消費にはなるが、なんと言うか、満足出来る消費の方法では無かった。

 ギャンブルでスった、というのよりも或る意味でタチが悪い。

 それでも、揃いはしたのだ、とカタルパは席を立とうとして。

 

「あ、ああ……悪い」

「構わないさ。私が遅いだけだからな」

 

 一人で考え事をしていると、どうも周りが見えない。カタルパはまだ食べ終えていないアイラを置いていこうとしてしまっていた事に気付き、詫びる。アイラももう慣れたのか、平べったい笑みを浮かべていた。

 その笑みに、少し不愉快な思いをしたモノがいた。

 

『マスター。それにブライド』

「ブライド……bride(花嫁)?」

「私か?」

『勿論。

さて、話が逸れる前に。英訳してくれ。『私達が入ってもいいですか?』』

「「……『Let us in?』

……あ」」

 

 その言葉が何を意味するかを、二人とも失念していた。

 そして。

 

『OK……And then there were none(そして、誰もいなくなった).』

 

 本の中に、二人は消えた。

 

□■□

 

『言うまで気付かなかったのは最近使用していなかったから許そう。

だが、だが、だ。

ここに来た理由が分からないようならば、許しはしない』

 

 吾子(あこ)に説教をする父親のように、正座して座る二人の前に枯れ木は佇む。

 もし彼が人であったなら、青筋が幾つ立っていた事か。

 そう、明確に。今のネクロ……【ネクロノミコン】は怒っているのだ。ケタケタと笑いもせずに。

 トリガーはアイラの笑顔だろう、二人は視線を交わす。問題は、どうしてそれ如きで(、、、、、)怒ったのか、だ。

 そればかりは二人には分からなかった。

 それは彼等における日常であり、平常であり、通常なのだから。――なってしまったのだから。

 だから、日常に口出しされる事を、彼等は意外だ、としか思わなかった。他所は他所、家は家。そんな理論があるからこそ、そうした『日常』は自由なのでは、というのが彼等二人の持論である。

 実際、アイラが遅い理由にはアイラの食癖が関わっているのもあるが、性差もある訳で。

 ふむ、確かに。『日常』という枠組みを外してみれば、おかしいのかもしれない。それでも、そこまで怒る事だろうか?カタルパはつい首を傾げてしまう。

 

『マスター。『日常』とは緩い洗脳であり、優しい毒だ。

気付かぬ間にそれのせいで死に至る。

淑女が食べ終わる事すら待てないのか、執事のような格好でありながら、少女一人待てないのか』

「い、いや…………」

 

 枯れ木が揺れる。怒涛の如くその怒りを散らすネクロに、カタルパはあからさまに焦っている。

次いで枯れ木はその正面を「少女」に向けた。

 

『貴公も貴公だブライド!

少しばかり我儘を言ったらどうだ?待ってくれの一言も言えんのか?

まさかとは思うが烏滸がましいなどと思っていないだろうな』

「そ、そんな事は……」

 

 後ろの方は内緒話のように小さくなり、遂には聞こえなくなる。それでは否定出来ていないのは明白。

 枯れ木はその身を更に揺らし、怒りを発露する。

 

『貴公等は!

我より人でありながら!

我より人を愚弄するか!

冒涜か?……否、最早それは冒涜ですら無いぞ?

どうして『自由』があるのに!

そうして前に進む足と、そうして前を見据える眼と、そうして掴み取る為の腕を持ちながら!

それ等を怠るとは何だ!

ブライドが心を読まないのは何故だ、マスター!』

「……それ、は……」

『ならばブライド!

何故マスターはこうして前を向けているのか、知っているか!』

「……いや……」

『あぁそうだろう、そうだろうとも!

貴公等は対面して座る。だが、座っているだけではないか!

語る事無し、笑い合う事も無し、食べさせ合う事も無し……一体何の為に向かい合っているのだ!』

「「…………」」

 

 あの日、初めてここで出会った時の、ケタケタとした笑い声は、何処からも聞こえない。

 カタルパとアイラの眼には、その笑い声と同じ声で怒鳴る、人の心を語る〈UBM〉が、映っていた。

 魔法の学習しかしない筈の〈UBM〉が、二人より人を語っていた。

 それに圧倒されながらも、二人は再び見合わせる。

 困惑の表情を浮かべる二人であったが、不思議と先程のような視線を交してはいない。

 お互いの意思を、真っ直ぐにぶつけようとする、純粋な気持ちがあるだけだった。

 それに、【ネクロノミコン】は笑った。

 

『――ケタ』

 

 小さく、嗤った。

 ――二人の祝福を、祝うかのように。

 

□■□

 

 それは別に、どちらから語り出す事は無かった。目と目が合った時に、既にこの結論は出ていたのかもしれない。

 

『……跳躍し過ぎだとは、流石に思うがな』

 

 ネクロがそう零すのも無理は無い。

 このカルディナで二人が最後に買ったものは、婚約指輪(エンゲージリング)だったのだから。

 確か、とネクロは想起する。流石に調べずに分かるものは自身に記載されていなくても分かる。

 プレイヤー、地球から来た〈マスター〉の中で、〈ティアン〉と結婚した者がいる、らしい。後の【剣王】然り。

 だが、これは初ではなかろうか、とネクロは思考する。

 魔法の学習しかしない筈の〈UBM〉が、思考する。

 無から人を生み出す、錬金術ですら出来ない事を仕出かす『人間(魔法)』の学習をする〈UBM〉が、思考する。

 噫、面白くなりそうだ、と。

 

『取り敢えずは、おめでとう。正直に向かい合えとは言ったが、互いに愛の告白をするとは思わなんだ』

「うっせー。それに、さ。俺はアイラのお陰で変われたんだ。命の恩人ってポジションでもいいくらいだぜ」

「そんな立場には立てないよ、カーター。言っただろう?

正義の味方の、隣に居られれば充分だ」

『……ご馳走様でした』

 

 なんだ、甘い。ネクロは何かを噛み潰す。口は無いし、味覚も無い。それでも、その甘さは何処からか広がってきて、そしてそれでいて、何一つ不快に思わせるものが無かった。

 

 【カタルパ・ガーデン】と【絶対裁姫 アストライア】。

 馬鹿げた話ではあるものの、世界で(恐らく)、初の〈マスター〉とその〈エンブリオ〉からなる、夫婦の誕生である。

 

「まぁまずは帰って刀の整備でも」

「その後は同じものでも食べようか」

『……噫』

 

 そういう幸せな話の前に、ヤバい人(ミル鍵)とかおかしい人(アルカ・トレス)とかの問題はどうするのだろう、と。

 【ネクロノミコン】はそっと、ため息をついた。

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