其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第四話

  誰かの為の正義は無い。あったのであれば、それは正義と呼ぶに足るものではない。人を守るのは正義であれど、誰かの為に振り翳すそれは、正義ではない。そして、そんな空っぽな正義で倒せる悪は、偽悪でしかない。

 カタルパ・ガーデンが掲げるのは正義ではない。これを正義と呼ぶには、あまりにも悪に浸かりすぎていた。悪を見たからそれを反面教師にして正義を掲げている。そこに間違いは無いし、そこには彼なりの(、、、、)正しさが存在する。だからこそ、彼は少なからず毒された部分を持っている。外見では分からない彼の内面が、殆どその汚毒に塗れている事を、カタルパは知らない。そう、カタルパは(、、、、、)

 

□■□

 

 【会計士】としての仕事が身につき始めたのは、ゲーム開始からリアルで1週間経った頃だった。

 クエストが多種多様で、【会計士】系列のみが受けられるクエストなども存在していた。カタルパは現在、それを着実にこなしていた。

  延々と書類に書かれている数字を計算し、文面が正しいかどうかを算出するというもの。非戦闘職である【会計士】には『高速演算』というスキルが存在し、スキルレベルを上げれば計算速度が上昇する。それは凡百計算に使用する事が可能で、理系の高校、大学を進んできた梓には大変有用なスキルだった。

 

「違うゲームとかだったら一定時間待つかミニゲームで終わるんだろうな、こういうの」

『そう言うな、カーター。それに、こうして苦労しないと、仕事をしたと言えまい』

「ミニゲームでも仕事をした達成感はあると思うんだがな……」

 

 ならこれは数字を打ち込むミニゲームかな、とアイラに言われて、それなら出来るかもな、とカタルパは笑む。

  <Infinite Dendrogram>が発売して、リアルで1週間。カタルパはそろそろ【会計士】のジョブレベルがMAXになろうとしていた。

  そして。ログイン時間は120時間に及ぶ。168時間ある内、120時間だ。24時間という時間の内、3分の1程を睡眠などに費やす『常識人』であれば、このペースは「え?」となるが、廃人からすればそれは当たり前と流せるような事だった。あまりに瑣末な事だった。

  そして。このような計算するだけのクエストを、80時間程行っている。120時間中の80時間だ。プレイ時間の半分以上をこの作業に回している訳だ。<Infinite Dendrogram>での時間では240時間、10日に及ぶ。

  非戦闘職は戦闘でレベルを上げるよりもこうした職に向いた作業をしている方が上がりやすい。実際にやってみて比較した結果がそれである。

  況してや、カタルパには相棒かつ働き手(アストライア)がいる。1人で2人分の仕事を行うのは造作もない、と考えていた。記憶をアストライアが継いでいる事も知っていた訳だし、倍速で進むなら楽なものだと考えていた。だが。

 

「なぁ、カーター。何故こんな方法で計算が出来るのだ?」

 

  アイラは頭に浮かんだ計算式――カタルパが脳裏に浮かべているものだ――を紙に書き取る。

 それは、Excelで使われていそうな計算式だった。IFやらSUMやらROUNDDOWNやら、多種多様だった。

 

「なんでこんなやり方でそこまで正確に計算出来る?私には理解出来ないよ」

 

 いくら過去が分かろうと、いくら思考が読めようと。考える間もなく反射で、Excelでやるような計算をしているカタルパに、アイラはついていけていなかった。解き方は分かるが、運用方法が分からない感覚。公式だけ覚えたって、100%の理解をした訳ではないのだ。

 カタルパが狙っていた1人で2人的な作戦はしかし、他ならない彼の才能のせいで瓦解していた。

 だが逆に、カタルパはこの方法以外を知らない。数学で満点を取ってきた方法もこれ以外に存在しなかったし、日常や、或いは『あの時』ですら、彼はこの計算方法以外を使用しなかった。

  カタルパにとって、「1+1」は難しい。だが、A1とB1にそれぞれ1と記載されている状態での「=SUM(A1:B1)」の答えが2である事は即座に分かる。

  誰もがそれを理解不能だと答えるが、カタルパ…庭原 梓にとっては、「1+1」をそのまま計算出来てしまう方が理解し難い事なのだ。

  或る意味で馬鹿であり、或る意味で天才。

  そして、彼にとって、もう有る意味のない才能だ。

 

□■□

 

  どうやら中途で眠ってしまっていたらしいカタルパは、斜陽が差し込む室内で目を覚ました。

  横には計算済の書類が積まれていて、机を挟んで向かい合うアイラが終わらせたのだと察した。辺りには計算用紙らしきものが散乱としていて、アイラがExcel関数を覚えようとした痕跡が見て取れる(内容を見る限り得られてはいないようだが)。

 それにカタルパはクスリと笑ってから、その部屋を出る。

 

「ありがとな。態々こんな簡単なクエスト出してくれて」

 

 そして、今回の依頼をしたリリアーナ・グランドリアに礼を言う。未だ若い彼女が、何故このようなクエストを出したのかは分からない。もしかしたら彼女の父であるラングレイ・グランドリアからのクエストなのかもしれない。彼は超級職と呼ばれる【天騎士】で、王国最強の騎士。

  カタルパは今回、何かしらメリットがあるかもな、とこのクエストを受けた。何せ彼女の父はアルター王国最強、である。その内何かあるに違いない、と少し『ハズレた』考えを脳内で展開する。

「ありがとうございました、カタルパさん」

 

 NPCと呼ばれる存在であれ、〈ティアン〉には意思がある。それこそ、本当の人間のように。

  リリアーナが感謝したのは、クエストそのものの事であり、あまりに出来の良すぎる計算結果に対してでもあった。

  ここ数日、つまり10日程。ただ書類の数字を計算し続けるというつまらないクエストをカタルパはやってくれた。誰もやる事の無かったクエストをやってくれた事への感謝をし(誰もやっていなかった間、ノロノロとリリアーナ達〈ティアン〉が進めていた)、そして何よりその正確性に対して感謝をした。

 

「私個人としては、このまま貴方にはこのクエストをやり続けて欲しいのですが……」

「そうさせるには、〈マスター〉に触れさせたくない情報が多過ぎる、だろ?」

 

 リリアーナは静かに頷く。カタルパがやって来たのは、誰でもやれるような計算。そう、誰もが見ても構わないような情報を見て行う計算だ。そこには王国が隠したいような情報は無い。驚くほどに、何1つ。

 では逆に、隠したいもの(じょうほう)はどうする?

  答えはシンプル。クエストに出さない、隠す、だ。

  それをリリアーナ達王国側は実行しているに過ぎない。それは安全策とかの、それ以前の問題。

  カタルパは、そう言った隠したい情報を「バラしても構わない」と思われない程度の存在だった。

  そしてそれを、カタルパは良い事だと思っている。カタルパが今迄行って来た事はこのクエストくらいのもの。クエストを行い続けていた程度で隠したい情報を公開させるような国なら、多分カタルパでなくても信用出来ないだろう。

  まあ、流石にその国を滅ぼそうと思うには、誰もが戦力を欠いていた。最近、シュウ・スターリングの〈エンブリオ〉、バルドルが第2段階になったらしいが、7ある内の2に過ぎない。未だ遠い道程の半ばにすら立てていない。国を敵に回すなど、それでは到底敵わない。

  無論、非戦闘職街道驀地(まっしぐら)なカタルパも、例外ではない。《秤は意図せずして釣り合う》を使った所で、それは装備補正を含めたプラスのステータス補正を映すに過ぎない。自身のステータスが相手の元々のステータスを下回っていた場合、加算しても届かない。目の前のリリアーナという少女にも、恐らくカタルパは勝利出来ない。それに、悪人に対してしか使えないスキルだ。目の前の全良な少女には使えない。

  彼に力は無い。正義を掲げる事は出来ても、それを補強するような力は存在しない。そしてまた、センススキルが計算能力しか無いからと言って、この世界で強さの高みへ登ろうとしなかった。

  カタルパ・ガーデンは【会計士】。それ以上でも以下でも、それ以外でもない。非戦闘職。商人系統下級職。

  【商人】ではなく【会計士】。売る事ではなく、計算する事に重きを置いた職業。本当に、それだけだ。

 

「では、また」

「……アイラさんを置いていかないであげて下さい」

 

 リリアーナは嘆息する。カタルパは素で忘れていた。てっきり左手に戻っているものと思っていたのだ。勘違い甚だしい。先程寝ている姿を見たばかりだと言うのに。

  部屋に戻るとまだアイラは眠っていた。寝息をたて、未だ覚める様子は無い。

  カタルパはそっとアイラに近付き、顔を彼女の耳に寄せる。

 

「早く覚めなきゃ悪戯するぞ?」

 

 そのセリフに、眠っているアイラでは無く、リリアーナが赤面した(抑、眠りながら反応出来るものか)。……一体リリアーナは何を想像したのだろう、とカタルパは思ったが、年頃の少女はそういう所にヤケに機微な所がある為、触れないであげる事にした。

 

「な、な……何を……」

「ふむ、起きない、と」

 

 カタルパはリリアーナを居ない者として扱い、アイラを抱え上げる。お姫様抱っこの形で。

 

「ではまた。今度は俺に直接クエスト出しに来て下さいよ」

「会えたら、そうしたい、です……」

 

 リリアーナが先程からこちらを直視して来ない。まぁ、自分でもやるのは恥ずかしいと思っている事をやっているのだ。この中で最も恥じらっていない者は、お姫様抱っこをされているアイラなのだろう。知らぬが仏、である。

  カタルパは起こさないようにゆっくりと去って行く。翌日の悲劇の前の静けさは、恐らくこの辺りで終わっていたのだろう。

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