■カタルパ・ガーデン
誰かの幸せを、願っていた気がする。
けれどそれはもう、過去の出来事なのだ。今は、今となっては、違うものになってしまった。
そうやって誰かに手を差し伸べるのは、自分が幸せになってからにしよう。
そう思ったから、すり変わっていた。
そう思ったから、今は幸せだ。
こんな自分でも、幸せなんだ。そうなれたんだ。成れたから、その内それに慣れて、馴れて、成れの果てに成り果てる。
それが、自分にはお似合いだ。そしてまたそれを、悲しいとも、虚しいとも思わない。寧ろそれに、安堵する。
もうこの道を、一人で歩く事は無いのだから。
□■□
何処が好きなのかと聞かれたら、どう答えたものか。悩みに悩んで、「全部」などと答えてしまいかねない。
特筆するなら、「笑顔が可愛いところ」とか、「健気なところ」とか答えそうだ。
惚気話に聞こえるかもしれない。実際そうなんだろうけど。
けれど真剣に考えてこれなんだ。仕方ない。
嫌いなところを一つ挙げるより早く、好きなところを十挙げる方が早い自信がある。
目を瞑れば必ずと言っていい程にアイラの姿が浮かぶ。
「……幸せだな」
「……死んだら?
「なんでだよ」
……そう言えば、まだミルキーに説明している途中だった。
俺は【霧中手甲】の装備を解除して、左薬指を露わにする。それに対してミルキーはあからさまに嫌そうな面をして来たが、敢えて無視する。
そろそろ限界だろうけど、暫く付き合わせよう。……我ながら最低だな、とは思ったが、別にミルキーも俺が好きな訳じゃないから、恋バナに付き合わせる、程度だろう。
己がエンブリオを嫁にするという
どことなく、「それじゃない」感は否めないが。
「あー、それで、鞘って出来たのか?」
「話題転換下手ね。
それと。そんなに早く出来る訳ないじゃん。
装備作成には時間がかかるものなのよ、戦国アス○零みたいに」
「かからないやつもあった気がすんだけどなぁ……」
しかし、それを選んだかミルキーよ。ちょいとマイナーな気がするんだが……まぁいいか。
時間を聞くとあと7時間程だと言う。現実だと2時間ちょいか。ログアウトしてしまってもいいんだが、今はアイラとの時間を大切にしたいな。
そう考えたところでミルキーがタイミングよくしかめっ面をした。
エスパーなのか、それとも俺が分かりやすいだけなのか……果たして。
まぁ、俺にはきっと関係ない。そう、思う。
□■□
さて、アイラは現在何処に居るのだろうか。
先程までミルキーの居た鍛冶屋にいたものの、その際アイラは鍛冶屋にも、勿論俺の紋章の中にも居なかった。
その為、現在何処に居るのか分からない。1度ログアウトして即座に再ログインすれば俺の隣に現れる事だろうが、それは
何が違うのかは分からないが、直感のようなものだろう、きっと。
だから、何も知らないまま街を歩くしか無い。
ネクロに助言を乞おうとしたが、何も答えてくれない。
いや、答えようとしていない、が正解か。
『正直に答える必要も、正当を述べる必要も、どこにも無い。そうだろう?マスター』
「そうかもしれないが……このまま会えないのは……」
『成程?マスターらしい理由だ。
だが我は答えない。我が答えるまでもなく、答えは存在しているからだ。
いや、少し語弊があるな。教える教えない以前に、貴公は答えを識っている。だから教える意味が無い』
……ネクロは何を言っているんだ。
少し、彼の言葉に則り考えてみよう。
此処はアルテア。俺が知っている場所は王城に街のクリスタル、カフェテラスに先の鍛冶屋。後は〈墓標迷宮〉ぐらいだな。
選択肢から虱潰しにしていく必要がある訳だが、些か面倒だな。それを可能にしてしまうAGIを所持しているのが我ながら誇らしく、憎たらしいが。
では先ずは、街のクリスタルに行ってみよう。
王城は、最後で。
『未だ【大賢者】が恐ろしいか、マスター』
「そりゃあな。俺にだって怖いものはあるっての」
『カタルパ特攻、【大賢者】』
「シャレにならんなぁ」
街のクリスタルは見晴らしがいい所にあるので(ってか、全部態とらしく見晴らしがいいよなぁ)、直ぐにアイラが居ない事が分かった。問題はここ以外の何処に居るのかである。
一人で迷宮に居るとは考えづらい。……以前一人でこっそり篭っていたらしく、それ故に今《紋章偽装》を持っているが……まぁ、それは関係ないか。
仮に紋章があろうと、俺がアイラを見間違う筈が無いしな。
「次は……消去法的にカフェテラスか」
『あぁ、以前三人で集まったりしていた場所か』
「アイラもちゃんと入れろよ。四人、だからな」
『了解した、マスター』
クリスタルからはそう遠くないので、直ぐに着いた。店にちょっと入ってアイラが居るかどうかを聞くだけの簡単な作業な為、これまた直ぐに居ない事が判明。
……残ってしまった。行きたくない場所第一位に、行かなければならなくなってしまった。
アイラには会いたいが、【大賢者】には逢いたくない。
この葛藤は、誰が理解してくれるのだろう。
『解答などないっ…!』
「黙れっ…!さえずるな…!大物ぶるな…!」
お前とのやりとり楽しすぎる……暇潰しとしては最適解じゃないかな、ネクロとの会話。
……ホント、救いの無い人生だったから、こういう所でしか希望を見い出せなくなっちまってる……。ひどい…!ひどすぎるっ…!
嘆こうと足掻きで。歩いていれば着いてしまう訳で。
「俺達は、また何度も間違え始めるんだな」
『我も纏めて一括りにするな、マスター。虫唾が走る』
「意外と辛辣だな、その一言」
ネタが欠けらも無い分、尚更。
ここはアレだ、ネクロじゃなく腹を括って、【大賢者】に遭わない事に賭けるしかない。
勝率は低い。何せあの【大賢者】だからな。俺が王城に入った瞬間「ようこそ!」と歓迎して来かねない。来んな。
それでも、やるしかない!
「『倍プッシュだ…!』」
勝てばいいのだからな!
王城の脅威はハッキリ言って【大賢者】以外に無い。俺が王城に入る事を不審がる人間は居なくなったし(機嫌を損ねる人はいる)、俺が向かう先なんてあの部屋しか無い。
俺のプレイ時間の内、半分以上居たであろうあの部屋。
「よ、アイラ」
「来ると思っていたよ、カーター」
文字が散々書き連ねられた紙が散乱し、折れたペンが転がる部屋。
通称『計算部屋』。たった今名付けた。
本当に、なんでだろう。散乱した白黒の紙の上に立つだけで、どうしてああも目の前に居る白い少女が目立つのだろう。どうしてここまで映えるのだろう。
どうしてこんなにも、美しいと思ってしまうのだろう。
愛だったか、恋だったか、は人を盲目にする、とはよく言ったものだが、今ならそれも信じられる気がする。
だって俺はこんなにも、アイラに夢中なんだから。
いや、少し違うかもしれない。こんなにも、アイラを見ていて――こんなにも、アイラを愛しているのだから。
「あー……やっぱ尊い。待って、ちょっと待ってて。死にそう」
「……何故……」
『…………甘い』
ちょっと黙ってろネクロ。
もう、なんでだろうな。好きだと気付けたからなのか、もう何もかも好きになっちまう。
「私は残念ながらアームズのエンブリオ。君にペンだこを作らせるよりも、至る所を傷だらけにしてしまうかもしれない」
「そりゃ、もうなってるっての」
「それでも、君は私が好きなのかな、
「戦いは……嫌いじゃ、なくなったよ。
んでもってアイラの事は……初めっから大好きだ」
「っ……もう一回、言ってくれないか?」
「俺は……アイラを…………だぁっ!恥ずい!恥ずくて言えねぇ!」
「……むぅ」
『……ヘタレめ』
本当に黙ってろネクロ。何ページか纏めてホッチキスで留めるぞ。
もう、ダメだ。羞恥で死ねる。恥ずかしくてデスペナとか一生の笑いものだぜ?あー、あーヤバい。いや別にさ、欲情とか、そういうのでは無いんだぜ?けどさ、何だろうな、愛しているってのは理解出来るって言うかさ。分かれ。もう説明すんのも恥ずかしい。
「まぁ、そんなカーターが、私は好きだよ」
「……ちょっと煩悩祓いに迷宮行ってくる」
『……ヘタレ迷走』
矢張り、ネクロは黙るべきだ、と最後まで思った。
□■□
そこに、俺は居なかった。
そこに居たのは【大賢者】と■■■■■。
二人とも笑っていて、俺がその二人に気付いていたら恥ずかしくて死んでいただろう。
「……笑ってはいけませんよ?」
「笑わないですよ。微笑ましいじゃないですか」
「そうですね」
その会話は永久に、俺に届く事は無い。
だからそんな会話に、気が付かないまま。
俺はいつまでも、この幸せを守り抜いていく。
( °壺°)「(ッカーンッ!)甘ーいっ!」
( ✕✝︎)「やべぇ恥ずい」
( °壺°)「ちゃんとこれから、彼は正義の味方です。正義の女神の、味方なのですから」
( °壺°)「『其は
( ✕✝︎)「……ん?ちょっと?」
( °壺°)「ではではまた次回ー」