人間は
救われない、悲劇のヒロインを『演じていたい』だけ。
そこから救い出す、王子様を夢見ているだけ。
そんな乙女チックな願望を、実際誰もが抱いている。
誰もが何かを演じて、誰もが何かを夢見ている。
ここで重要なのは、救われないのであって報われない訳では無いという点だろう。
報われる、という単語は「努力は必ず報われる」等と言ったもので聞いた事がある筈だ。「一矢報いる」等でも構わない。
報われる、という事は何かしら行動を起こしている、という事だ。努力するのであれ、一矢報いようとするのであれ。行動しなければ、それらは上部だけのモノに成り果てる。行動しないならば、「そうしたい」と願うだけなのだ。それでは叶わない。それでは適わない。そんなものでは敵わない。
そうしない為に、彼等彼女等は行動するのだ。それが無駄な足掻きだろうと、それが蛮勇が元のモノだろうと。そうであろうと――何もしないよりは、賢明な判断だと思われる。
チェスや将棋で一手も打たないも同義。
双六で賽を振らないのと同義。
そんな事よりは、最悪の一手だろうと、振り出しに戻ろうと、行動すべきだろう。
庭原 梓――カタルパ・ガーデンは、それらを全て理解した上で、偶然か必然か、悪手を打たず
救われたいと思わなかったから。報われたいと思ったから。願うだけ、祈るだけの人生を
罪の上に成り立った自身に、意味を見出さなければならないと、使命感を抱いているから。
――――こんな自分に、危機感を抱いているから、カタルパは――――
□■□
「なぁ、アイラ。この世界がチェスだとしたら、俺の立ち位置は、何処だと思う?」
ある日カタルパは、本当に突然そう言った。
【ネクロノミコン】の頁を捲る手を止め、アイラ――【絶対裁姫 アストライア】は、『計算部屋』にてカタルパと視線を交わした。
時々、と言うかいつも、と言うか、彼は例え話やら夢の中やら、現実ではない事に関して、よくチェスを引き出している気がする。
それ故に、その例えは或る意味で「カタルパらしい」。
「チェス……なら、矢張りキングでは?」
「残念。それに、それだと俺はアイラをクイーンにしちまいそうだ」
外されている【霧中手甲】から、
アイラは今一度考え直し、どれなら当て嵌るかを、推理する。
「私を守る、という意味でナイト」
「不正解」
「智力を以て場を制するビショップ」
「違うな」
「盾となり矛となる、王の懐刀、ルークか?」
「勿論違う」
「……ポーン?」
「いいや?」
「え……まさかクイーンなのか?」
消去法でそれしか残っておらず、アイラは驚愕の表情で問いかけ――
「違う」
その表情を、一段階、引き上げた。
上記の駒以外に駒は無いはずだ。
アイラと、諦観していた筈のネクロは答えを聞こうとズズイッとカタルパに近寄る。
少し逡巡してから、特に重々しくもなく、ニヘラッと笑ってカタルパは答えた。
「正解は、
「『……イラッ』」
そう言われればそうか、と納得出来てしまう自分がいるのが尚更イラッとくる。
だが、それは……彼一人では、何も出来ない事を示唆している。
チェスのプレイヤーである為には、対戦相手が居なければいけないのだから。
それは別に、アイラを対戦相手にしようとしている訳ではないだろう。
一歩も動かない、唯一の『駒』。
チェスで勝つ為に必要な、7種目の『駒』。
それでいて、他の6種が無ければ、『何も出来ない駒』。
それを、果たして彼は意図的に言ったのだろうか。
仮に無意識で言っているのであれば……皮肉もいいところだ。
『まぁ、どちらであっても、マスターらしくはある』
「どちらでなくとも、カーターらしくはある」
二人は妙に納得した顔で、カタルパを見直した。
そこまで考えていなかったカタルパは、それに少し、歯痒い思いをするのだった。
□■□
時を同じくしながら別の場所にて、アルカ・トレスは一人、アルテアの街を練り歩いていた。
何の目的も無く、ふらついていた。
目的を探すでも無く、何かしらの考えがある訳でも無く、放浪していた。
その一歩に迷いはない。
その一歩に恐れはない。
止まること無く、義眼だけがギョロリと動く。
片目だけが正面を向き、義眼がカメレオンの如くギョロギョロ蠢く。
その義眼が目を止めたのは、木。
【イグドラシル】の操作対象でもある、何処にでも生えているような木々であった。
アルカ・トレスは無意識で歩いていたが、【ゲイザー】は違った。
アルカに空間把握能力は無い。加えて記憶力も良いとは言えない。
そういう事は、そういう事に長けたモノに任せればいい。
最低限、アルカはそう思っている。寄り添う事を、寄り掛かる事を悪だとは思っていない。
だから【ゲイザー】に頼る事を、頼りきる事を、悪いとは微塵も思っていない。
更に付け加えるなら、ギョロギョロと動くその目の気味悪さについても、特に何も思っていない。だから周りからどれ程薄気味悪がられたとしても、何も思ってはいないのだ。
暫く歩いて、アルカはふと立ち止まった。
それは、街を見終えたからではない。
木々が――風も無いのに揺らいだ為だ。
言い表せぬ気配を感じたのだろうか、木々が揺らいだのだ。
だが、〈UBM〉とか、PKとか、そういうただのヤバい奴と判断出来るものに対して揺らいだのではない。
ただのプレイヤーだ。そのプレイヤーの気配を感じて、木々は揺れたのだ。
恐怖で、揺れたのだ。
では、ソレは何なのだろうか?
ただのプレイヤーでありながら、オブジェクトに恐怖を与えるモノとは、何なのだろうか?
「やだなぁ、そんなに恐れないで下さいよ。
私はただの弱小プレイヤー。貴方にすら敵わないクソザコナメクジ様なので、あまり警戒しないで欲しいです、ね」
立っていたのは……一言では形容出来ない、誰かだった。
クソザコナメクジと自虐しておきながら、その呼び方に「様」を付ける辺り、自虐するつもりが無いらしい。
アルカは両の目をそちらに向けて、《看破》を使用する。
「……【セムロフ・クコーレフス】?」
「はい、そんな名前でやらせてもらってます、よ」
読み方はそうであったが、スペルで『Semloh・Kcolrehs』書かれていた為、逆さに読むと『Sherlock・Holmes』……シャーロック・ホームズなのは明白であった。
知りたくもない元ネタを知ったところで、アルカは改めてセムロフを見る。
探偵服はよく似合っているとは思ったが、寧ろ態と似せているように見えた。
探偵服が似合うようにカスタマイズされたような、そんな姿だった。
パイプでも咥えれば、正しく、といったかのような或る意味理想的な探偵。
だからこそ、胡散臭い。
平たいどころか笑みすら浮かべず、感情の無い顔で、アルカは前を見る。
職業は【探偵】、そして【詐欺師】。
何ともまぁミスマッチという名のベストマッチを出してしまったものだ。
歪だと言うのに、おかしいと思うのに、それは見事に完成している。
それもまた、気味悪いものではあったが。
気味悪い視線の動きをしていた者と、気味悪いキャラメイクの者が、今こうして対峙している訳だが……アルカにとって偶然であろうこれは、相手方、セムロフからすれば必然以外の何物でもなかった。
ここまで来ればもうお分かりだろう。
「私は現実でもゲームでも探偵をやっております。
……庭原 梓さんについて、何かお話し頂ける事は、ありませんか?」
このセムロフというプレイヤーが、狩谷 松斎である事など。
そんな事を、欠片も知らないアルカは。
「面倒くさそうなものに巻き込まれたなぁ……」
単純に嘆き、諍いの種を撒いた。
そこには何も、比喩は無かった。
「《
序に言えば、躊躇と呼べるものすら、無かった。
刹那、再び風も無いのに木々が揺らいだ。
( ✕✝︎)「てめぇかぁっ!!」
( ✕✝︎)「ベストマッチすんならUSBとやってろ探偵!」
( °壺°)「やめたらネタに走るの……」