其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第四十二話

■カタルパ・ガーデン

 

 そのマスは、確かにただのマスなんだ。普通に進めて、普通に居られる、そんな有り触れた双六のマスだった筈なんだ。

 今はそのマスが、たまらなく恐ろしい。

 分からない事が分かったら、このマスに着いてしまうだろう。

 だから俺は、分からない事すら分からない事に――はせず。

 

 ちゃんと、理解して行きたい。

 

□■□

 

 木々がざわつくとか木々がざわめくだとかそう言った表現が少なからず存在する。

 だからと言って木々が生物のように蠢くのは、いかがなものかと思う。トレント、だったか?そういうのが西洋にいた気はするが……。

 兎も角、【平生宝樹 イグドラシル】は正しい終着点に逢着したらしい。目出度い事だろうが、個人的には勝負を挑まれそうで。胸中はヤケに複雑だ。

 それでも、城の中から木々が龍のように動いているのが見えたから向かってしまうのは心配性の発露か、もしかすると俺の、ありもしない善性なのかもしれない。ただ気になるからってのも、間違いではないだろうけど。

 アイラはもう以心伝心したかのように天秤の(第4)形態になっている。

 

「『《感情は一、論理は全》』」

 

 感情的から最も遠く、論理的に最も近くなって、俺とアイラ、そしてネクロは王城を飛び出す。

 嗚呼、本当に、俺は愚者なのだろう。

 先の理論のままなら、俺は死地へ向かっているともとれてしまうのだから。

 なのに進むのは、そうではない可能性を、希望を、信じているからなのだろう。

 ……少し感情的になったな。回す(、、)か。

 再び落ち着きを取り戻した俺は、その角を曲がればアルカに出会える位置に来て、不意にその足を止めた。

 

 俺曰く、不可解である、と。

 

 何が算出したのか、イマイチ要領を得ない理論。だが、最高レベルに論理的な思考をしている状態の俺が、意味の無い理論を打ち出す筈が無い。なら、無意識に視界に捉えたモノ、意識的に視界に入れているモノのどれかに、原因がある、筈だ。

 その上で俺は、「曲がり角を曲がってはならない」と、結論付けた、筈だ。

 「曲がったら戻れない」「引き返すなら今しかない」「見たらもう、突っ込むしかなくなる」

 五月蝿いばかりの警鐘。

 俺と同じ声で叫んでいる。

 そんな警鐘が、今は何故か、感情を失った筈なのに、煩わしく思えた。だからつい、口にしてしまう。

 

「『黙っていろ、有象無象』」

 

 運悪くユニゾンした俺とアイラの声に、脳内の警鐘が停止した。

 論理的なのは悪くないが、なりすぎるのも宜しくないらしい。回した(、、、)のが原因なのは火を見るより明らかであり、今後はそういった境界を見極める必要があるだろう。

 

 だがそれも、分水嶺を越える前に出来れば、の話だ。

 

 警鐘を無視して、感情的に、そんな考え事をしていたからだろう。

 曲がり角を、曲がっていたのは。

 絶望に、出逢ったのは。

 奇しくも警鐘は正しく、今回の俺達は、間違っていたのだった。

 

 こんな道でも頑張ったんだ、と言いたい訳では無い。

 こんな道しか通れなかったんだ、と嘆きたい訳では無い。

 そんな道でもよくやったんだね、と褒められれたい訳では無い。

 お疲れ様、と言われたい訳では無い。

 

 きっと、それだけの、人生だったと思う。

 

『久しい。とても。此方と、其方が、出逢うのは』

 

 だから今は死が、怖くなかった。

 そんな俺だから、少しは考えるべきだった。

 何故王城を出てから今迄に、一度も木の龍が現れなかったのかを。

 戦う理由が消えたから?真逆。

 アルカ・トレスは脅威が消えたからといって即座に警戒を解く奴じゃない。仮に相手を殺しても、何かしらのスキルを疑って暴れさせる筈だ。

 だから考えるべきだった。

 

 王城からここに来るまでに、アルカが死んでいる可能性を。

 

『さて……【司教】の次は【神】か。とは言え、職に関しては以前とそう変わりはしていないか』

 

 その言葉の意味は分からない。

 抑、久しいと言われたが、何者かが分からない。

 

 ソレは、宝石に彩られたただの人だった。

 眼や髪が陽光を浴びてこれでもかと輝きを放つ。宝石が当て嵌められているのだろう。

 

 ――――宝石?

 ――――宝玉……?

 

 俺は今、最悪の結論を、得た。

 

 であれば俺は今、最凶の敵を、見ているのだ。

 

 誰もが。遥か遠くで見ていた【大賢者】さえもが。

 

 何故ここに貴様が居る、と。

 

 目を見開いた。

 これが真面目にタチの悪い悪夢であれば良かったのに。

 現実は、また俺に、俺ごときに、牙を向いた。オーバーキルにも、程がある。

 こんな俺に、何故ここまでするのだろうか。酷いなぁ、世界とか、運命とか、そういうのは。

 

 《看破》で見れば、すぐ様にその正体は察せた。察せてしまった。

 懐かしい名が、懐かしからぬ化物となって。俺の眼前に、この国に。再び。

 

「【零点回帰 ギャラルホルン】」

『良き名であろう?』

「……冗談キツいぞ、てめぇ……」

 

 ここに、こうして揃う理由に、セムロフ・クコーレフスは全く関係ない。偶然という悪戯が重なり合って、折り重なって。最悪の物語を紡いでいるに過ぎない。

 だから、ここで血肉を晒す事に、きっと。

 

 ――――深い意味は、無いのだ。

 

■庭原 梓

 

 屍を晒したのだろう。瞬時に、テレポーテーションしたかのように、僕はモノクロの部屋にいた。

 殺された筈だと言うのに、どうやって死んだかも定かではないとは。いや、それどころか、未だ死んだ事すら朧気ですらある。

 おかしな話だ。

 それに、街中に突如、化物が現れるなど前代未……いや意外にあったな。

 流石に街でも話題になるなり何かになるだろうし、〈DIN〉にも何かしらの情報が上がっている事だろう。

 【七亡乱波 ギャラルホルン】改め【零点回帰 ギャラルホルン】。

 アイラと意思疎通を図るよりも、ネクロが警戒し出すよりも早く、会話をしていたのにも関わらず、僕達は為す術もなく、散ったのだ。

 或いは、彼が戦闘行動に入らなければ相手も戦闘行動に準ずる行為が行えない、といった摩訶不思議な能力が働いていた可能性もある。

 理由や原理はあるのだろうが、今の僕には何故あそこに突如現れたのかは不明だ。僕を殺す為、ならば王城に現れた方が早い筈だし、何かしらの理由があるなら尚更、あの場所にパッと現れた説明がつかない。

 何かしらの制約?もしくは召喚?仮にそうだったとしても、ならば新たなる疑問が生じるだろう?

 

「誰があんな化物召喚出来んだ……ってな」

 

 先ず間違いなく【七亡乱波】の時よりは強化されている事だろう。

 名を変えるというのはどういう事なのか、或いはどういう原理なのか、そんなものは分からん。理解不能だ。

 数少ない「分かるモノ」は、何かに因ってあの場所に呼び出された可能性が高い、という事。

 〈DIN〉も見てみたが、これといって重要な事は書かれていなかった。どころか、彼と戦ったという記録が存在していなかった。

 有り得ない。僕を殺したあの化物は、その他の何一つ殺していないというのだ。今のところ、ではあるが。

 条件がある、と見るべきだろう。あの場所に一瞬で現れた代償として、特定の敵以外と戦闘行為を行う事が出来ない、みたいな。

 

「さて、どの仮定が正しいとしても。アルカは殺した筈だ。なら……カデナに連絡しておこう」

 

 やられたらやり返す。その理論は、【ガタノトーア】の時にも言った気がする。その時との相違点は、協力しようとしているところだろうか。

 倒したいのではない。だが倒すしかない。

 はてこの理論、何処かで語ったか?全く同じでないにせよ、似たような理論を何処かで……気の所為か。

 さて、探偵のように話を進めるなら、疑問は四つ。

 

 一つ。【七亡乱波】から【零点回帰】になった原因は何か。

 二つ。なって、それでどうなる?

 三つ。未だに〈DIN〉で戦闘行為があったと報告されないのは何故?

 四つ。【ギャラルホルン】が何故あの場所に現れたのか。

 

 こんなとこか。三つ目と四つ目に関しては、【七亡乱波 ギャラルホルン】と戦った者としか戦えない、という可能性がある。であれど、あんな宝石の塊のような人間、キャラメイクでも作れるとは思えない。装備品と見るよりも、そういうエネミーと見ると思う。ならば尚更、戦ったという記録が無いのは気がかりだ。〈DIN〉が噛んでいる可能性も否定はしきれないが、それは流石にないと思う。

 さて、過去か何かの精算でも行うのだろうか、リベンジマッチが連続した訳だ。

 

 十字架は、他に課す罪ではなく、己が背負う物である。

 

 少し、勘違いさせていた事を、正していかないと。

 (カタルパ)はまた、愚者で嘘つきになる。

 

「にしても、こうして落ち着いて考えるのが、死んだ後ってのは後の祭りも甚だしいな」

 

 あの世界だったら、二人も騒がしいのがいるから出来ない、というのはあるにせよ。勿論その二人というのは、勇気の少年の事ではなく、武力の女性の事でもない。

 強いて言うなら僕は智力の人間ではないと思うのだが、な。まぁ、いいだろう。

 

「リベンジマッチ、ね。そりゃまた……復讐染みているじゃねぇか」

 

 何を思って言っているのかは、この際伏せるにせよ。

 

 残り二十三時間三十八分。

 『俺』の物語はまだ、『〜完〜』と銘打たれるには、早いらしい。


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