歪な形で噛み合った歯車は、
であれば、【零点回帰 ギャラルホルン】が再びカタルパ・ガーデンに出逢ってしまった今回の事件も、
叫び、唄い出し、鳴り響き、響き渡る。
そんなギャラルホルンの伝承が歪なまま幕を閉じるのだろう。
キリ○ト教に於けるラッパを吹く天使、というものも似たような位置取りをしており、度々ギャラルホルンと混同される。
【ギャラルホルン】とはその実、北欧神話と聖書の物語の混合体であり、ラグナロクの前触れ、或いはラグナロクの為の鏑矢のような存在である。
であるならば、【零点回帰 ギャラルホルン】が現れた事により、何の幕が上がるのだろうか?或いは、何が終わりを迎えるのだろうか?
第零の〈SUBM〉
〈UBM〉でもただのボスモンスターでもない、〈イレギュラー〉……でもない、矢張り何者でもないモノ。
それの降臨により、何が、始まろうと言うのだろう。何が、終わろうとしているのだろう。
それはまだ、神ですら存ぜぬ事だ。
□■□
逆転の為に、一手も違えてはならないカタルパ――つまり梓は、記憶から引き摺り出した【七亡乱波 ギャラルホルン】の情報を可能な限りピックアップし、嘆息した。
「七つの突起は無い。中央の球も無い。スキルは残っていると仮定して……それと『俺』を殺した方法も解明しなくちゃなぁ……」
もう少し逃げ回るなり何なりすれば情報は得られただろうに、現在、【七亡乱波】の情報がちらりほらりと有っても、【零点回帰】の情報は無きに等しいものだった。
情報アドバンテージは近現代に於いては重要である。
それを顕著に従っているのは、成長と言えるだろう。
「その点に関しちゃ、【七亡乱波】の時も最後の最後まで《Crystal Storm》を封じていた訳だから、成長ってのよりは再確認だわな」
現在、梓が最も警戒しているスキルの一つがそれである。
圧倒的な質量を以て眼前の全てを粉砕する脅威のスキル、《Crystal Storm》。
嘗ては満身創痍ながら耐えたものの、今回出逢った場所が街中である事も考慮すると、使わせないのが前提である。自分が耐えても、街が耐えられない。……街を人質にとられたら、万策尽きる訳だ。それは第一話のウルト○マンメビウスのようですらある。あれとはかなり違うが。
ともあれ、逆転の手段が、今は不足している。それも一つ二つでは無い。大量に。
猫の手も借りたいとはまさにこの事であり、だからと言って管理AIであるチェシャの手を借りるのはやり過ぎだと思っている。
いや、この際に限って言えば、チェシャを借りてきただけでは、恐らく【ギャラルホルン】には敵わないだろうが。
それもこれも前回、《宝玉精製》に因ってトム・キャットの分身術(厳密にはどうなのだろう?)が破られているからだ。
脳裏に浮かぶ敗北のイメージ。今浮かべている戦局の中に、一つも勝利は存在していないのだ。
綱渡りの筈だ。それなのに、霞の向こうで見えやしない。或いは、向こう岸に綱が渡ってすらいない。
それなのにまだ、詰んではいない。
運命はまだ、酷な事に、庭原 梓に奇跡を起こすよう強要してくる。
「逃げるのも手だ。だがその場合、王国内で『何』を仕出かすか分かったもんじゃない。
かと言って、対策がポンと打てる相手じゃない。
それなのにまだ、蜘蛛の糸は切れていないと来た」
悪質な世界に、梓は歯噛みする。反逆しようとは思わない。だが食らいつかなければ、擦り切れてしまう。自己が摩耗してしまう。
世界の
だが、いつかはそうなる。人間とはそういう生き物だ。
だからこれは、無駄な足掻きでしか無い。勇者、英雄……正義の味方。
そういうモノを創り出そうとしている世界に、梓は足掻いているだけだ。
不毛だが、エンドレスである。
世界はその意思を曲げる事は無いし、梓も梓で意固地に反旗を翻し続けるのだから。
タウリンが1000mg入っていそうな栄養ドリンクを一気に煽り、覚めた意識でパソコンを睨み、悩む。
一体いつ、手を打つかを。
――一体いつ、真実を彼女に話し、引き入れるのか、を。
□■□
人間は、世界の部品になる運命である。
それに抗う事は無意味な事であり、また必然的に、その人間が生きづらい世の中になってしまう。反旗を翻す者にまで、世界という機構は優しくない。
庭原 梓の
化物のような、人間であった。
その人間に、梓のようなドラマチックな過去は存在していない。
その人間は、梓が経験したような、絶望するような過去は体験していない。
そういった
だが彼の一生を紐解くと、どうしても現れる。梓のものよりも、ある種、酷な運命が。つまるところ、過去には無く、『その先』に有るのだ。未来という、不確定要素の塊の中に。その大海の中に、埋もれているのだ。
無重力の空間に放り出されたかのような、「どうしようもなさ」が、読み取れるその人間の一生は。
庭原 槐と銘打たれる事で、始まり――――
□■□
『え?【零点回帰】?
……ふーん、アレが、また……ねぇ?でも今んとこ情報無さげだし、今から戻って確認してくるけど……多分、何も起こらないと思うよ?』
「お前が死ななきゃそれでいい。仮に死ぬなら、それは出来るだけ早い方がいい」
『酷いセリフなんだけど……中々に合理的だから困るんだよなぁ』
携帯の奥の声の主が嘆息した。恋を飛ばして愛に生きる梓にとって、恋心は知らぬ存ぜぬ物であり、恋する乙女の純情など、これまた理解不能な物である。
だからこそ、いつも通り天羽 叶多の心情は空転し――
「まぁあれだ。ありがとな。
極力、死ぬなよ。嫌だから」
いつもそういう『無駄な一言』に、救われる。
社交辞令のようなセリフだったのだろうが、それでも、火に薪を焚べる程度の役割は果たした。
『ふっふーん!天羽さんに、任せなさい!』
「……一気に任せたくなくなってきたな」
心情が空転する理由に、自分自身が関している事には、天羽は気付きそうにない。
そういう心の機微にすら気付かない梓は別れの言葉を口にし、電話を切る。
「さて、先ず一手」
《強制演算》は無く、この世界の一秒は一秒である。そんな有限の中、そんな幽玄の中、梓は未来を視るかのように、梓は虚空を見る。
「残りは……二十手くらいか?」
誰かさんがやっていたように、梓も外堀を埋めていくのは得意だ。
梓は籠城を好まない。この場合、【零点回帰 ギャラルホルン】に対し持久戦を行う、という事を好まない。
どうせやるならば、有終の美を飾りたいのが、庭原 梓という人間、なのかもしれない。
梓はまだ、その終わりを迎えるには、早過ぎる。だからまだ、足掻く。
携帯の電話帳から、見知った名前に電話をかける。
「さて、いきなりだがこれはちょいと……賭け、だな」
それは杞憂に終わり果たして、それはワンコールで繋がった。
梓は一拍空けてから、口を開く。
「よぉ。
生憎報酬は無いから断ってもいいが……いいのか?完璧な慈善事業だぞ?
…………あー、成程?
それが『対価』、って訳か。
……そう、だな。まぁ、それくらいならいいかな?
あぁ、あぁ。頼んだ。
電話の相手、梓が『グランドマスター』と呼んだその何某は、梓の頼みを快諾したようだ。
梓もそれさえ出来れば満足である。対価が生じたものの、微々たるものだ。
「さて?これで何手進められる?………ふむ。
生憎、チェックメイトはまだ遠い、が……それでも」
これで勝ち目は生じた。
後はそれを完遂する為の『武力』と……その一手を実行する、その『勇気』である。
どちらも、梓には欠乏しているものだ。だが代わりに、持っている者を知っている。
その二人はもう、行動に移している。まぁ、あの世界で行動に移しているのは、『武力』の方だが。
「おっと?噂をすれば……早いな」
『グランドマスター』の電話を切った後、入れ替わるようにメールを受信した。
液晶画面につらつらと……要約するに、実際に会って話したい、みたいな内容の文書が、そこにはあった。
「てな訳で来ちゃったYO!」
「帰れと言っても帰らんのだろうなぁ…」
言わずもがな、メールの送信者は天羽である。
口では帰れと言っておきながら行動に移さないのは、ここからが重要である事を、誰よりも理解出来ているから。
「さて、それで?話を聞こう」
「うん、そうだね。ちゃんと話すから、よく聞いてね」
そんな、態とらしいタメを作って、一呼吸置いてから、天羽は梓に語り出した。
「アレはね梓、どうやら
意味不明な、その話を。