其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「最近、度々訂正しています。第二十話辺りまでの訂正は段落替え目的です。殆どは」


第四十三話

 歪な形で噛み合った歯車は、(ゆが)んだ音を立てて崩れ落ちるのが関の山である。

 であれば、【零点回帰 ギャラルホルン】が再びカタルパ・ガーデンに出逢ってしまった今回の事件も、(ひず)んだ結末を迎える事だろう。

 叫び、唄い出し、鳴り響き、響き渡る。

 そんなギャラルホルンの伝承が歪なまま幕を閉じるのだろう。

 キリ○ト教に於けるラッパを吹く天使、というものも似たような位置取りをしており、度々ギャラルホルンと混同される。

 【ギャラルホルン】とはその実、北欧神話と聖書の物語の混合体であり、ラグナロクの前触れ、或いはラグナロクの為の鏑矢のような存在である。

 

 であるならば、【零点回帰 ギャラルホルン】が現れた事により、何の幕が上がるのだろうか?或いは、何が終わりを迎えるのだろうか?

 

 第零の〈SUBM〉擬き(、、)

 〈UBM〉でもただのボスモンスターでもない、〈イレギュラー〉……でもない、矢張り何者でもないモノ。

 

 それの降臨により、何が、始まろうと言うのだろう。何が、終わろうとしているのだろう。

 それはまだ、神ですら存ぜぬ事だ。

 

□■□

 

 逆転の為に、一手も違えてはならないカタルパ――つまり梓は、記憶から引き摺り出した【七亡乱波 ギャラルホルン】の情報を可能な限りピックアップし、嘆息した。

 

「七つの突起は無い。中央の球も無い。スキルは残っていると仮定して……それと『俺』を殺した方法も解明しなくちゃなぁ……」

 

 もう少し逃げ回るなり何なりすれば情報は得られただろうに、現在、【七亡乱波】の情報がちらりほらりと有っても、【零点回帰】の情報は無きに等しいものだった。

 情報アドバンテージは近現代に於いては重要である。

 それを顕著に従っているのは、成長と言えるだろう。

 

「その点に関しちゃ、【七亡乱波】の時も最後の最後まで《Crystal Storm》を封じていた訳だから、成長ってのよりは再確認だわな」

 

 現在、梓が最も警戒しているスキルの一つがそれである。

 圧倒的な質量を以て眼前の全てを粉砕する脅威のスキル、《Crystal Storm》。

 嘗ては満身創痍ながら耐えたものの、今回出逢った場所が街中である事も考慮すると、使わせないのが前提である。自分が耐えても、街が耐えられない。……街を人質にとられたら、万策尽きる訳だ。それは第一話のウルト○マンメビウスのようですらある。あれとはかなり違うが。

 ともあれ、逆転の手段が、今は不足している。それも一つ二つでは無い。大量に。

 猫の手も借りたいとはまさにこの事であり、だからと言って管理AIであるチェシャの手を借りるのはやり過ぎだと思っている。

 いや、この際に限って言えば、チェシャを借りてきただけでは、恐らく【ギャラルホルン】には敵わないだろうが。

 それもこれも前回、《宝玉精製》に因ってトム・キャットの分身術(厳密にはどうなのだろう?)が破られているからだ。

 脳裏に浮かぶ敗北のイメージ。今浮かべている戦局の中に、一つも勝利は存在していないのだ。

 綱渡りの筈だ。それなのに、霞の向こうで見えやしない。或いは、向こう岸に綱が渡ってすらいない。

 それなのにまだ、詰んではいない。

 運命はまだ、酷な事に、庭原 梓に奇跡を起こすよう強要してくる。

 

「逃げるのも手だ。だがその場合、王国内で『何』を仕出かすか分かったもんじゃない。

かと言って、対策がポンと打てる相手じゃない。

それなのにまだ、蜘蛛の糸は切れていないと来た」

 

 悪質な世界に、梓は歯噛みする。反逆しようとは思わない。だが食らいつかなければ、擦り切れてしまう。自己が摩耗してしまう。

 世界の部品(歯車)になった時、成り果てたその時、人間としての生命は、どうしようもなく終わっているのだから。

 だが、いつかはそうなる。人間とはそういう生き物だ。

 だからこれは、無駄な足掻きでしか無い。勇者、英雄……正義の味方。

 そういうモノを創り出そうとしている世界に、梓は足掻いているだけだ。

 不毛だが、エンドレスである。

 世界はその意思を曲げる事は無いし、梓も梓で意固地に反旗を翻し続けるのだから。

 タウリンが1000mg入っていそうな栄養ドリンクを一気に煽り、覚めた意識でパソコンを睨み、悩む。

 一体いつ、手を打つかを。

 

 ――一体いつ、真実を彼女に話し、引き入れるのか、を。

 

□■□

 

 人間は、世界の部品になる運命である。

 それに抗う事は無意味な事であり、また必然的に、その人間が生きづらい世の中になってしまう。反旗を翻す者にまで、世界という機構は優しくない。

 庭原 梓の先人(、、)は、先人であるが故に、先人と呼ばれるに足る為に、世界に抗う人間であった。それこそ、庭原 梓が庭原 梓である為に創られたかのような、そんな人間だった。

 

 化物のような、人間であった。

 

 その人間に、梓のようなドラマチックな過去は存在していない。

 その人間は、梓が経験したような、絶望するような過去は体験していない。

 そういった過去は(、、、)、その人間の半生には存在していなかった。そう、半生には。

 だが彼の一生を紐解くと、どうしても現れる。梓のものよりも、ある種、酷な運命が。つまるところ、過去には無く、『その先』に有るのだ。未来という、不確定要素の塊の中に。その大海の中に、埋もれているのだ。

 無重力の空間に放り出されたかのような、「どうしようもなさ」が、読み取れるその人間の一生は。

 

 庭原 槐と銘打たれる事で、始まり――――

 

□■□

 

『え?【零点回帰】?

……ふーん、アレが、また……ねぇ?でも今んとこ情報無さげだし、今から戻って確認してくるけど……多分、何も起こらないと思うよ?』

「お前が死ななきゃそれでいい。仮に死ぬなら、それは出来るだけ早い方がいい」

『酷いセリフなんだけど……中々に合理的だから困るんだよなぁ』

 

 携帯の奥の声の主が嘆息した。恋を飛ばして愛に生きる梓にとって、恋心は知らぬ存ぜぬ物であり、恋する乙女の純情など、これまた理解不能な物である。

 だからこそ、いつも通り天羽 叶多の心情は空転し――

 

「まぁあれだ。ありがとな。

極力、死ぬなよ。嫌だから」

 

 いつもそういう『無駄な一言』に、救われる。

 社交辞令のようなセリフだったのだろうが、それでも、火に薪を焚べる程度の役割は果たした。

 

『ふっふーん!天羽さんに、任せなさい!』

「……一気に任せたくなくなってきたな」

 

 心情が空転する理由に、自分自身が関している事には、天羽は気付きそうにない。

 そういう心の機微にすら気付かない梓は別れの言葉を口にし、電話を切る。

 

「さて、先ず一手」

 

 《強制演算》は無く、この世界の一秒は一秒である。そんな有限の中、そんな幽玄の中、梓は未来を視るかのように、梓は虚空を見る。

 

「残りは……二十手くらいか?」

 

 誰かさんがやっていたように、梓も外堀を埋めていくのは得意だ。

 梓は籠城を好まない。この場合、【零点回帰 ギャラルホルン】に対し持久戦を行う、という事を好まない。

 どうせやるならば、有終の美を飾りたいのが、庭原 梓という人間、なのかもしれない。

 梓はまだ、その終わりを迎えるには、早過ぎる。だからまだ、足掻く。

 携帯の電話帳から、見知った名前に電話をかける。

 

「さて、いきなりだがこれはちょいと……賭け、だな」

 

 それは杞憂に終わり果たして、それはワンコールで繋がった。

 梓は一拍空けてから、口を開く。

 

「よぉ。グランドマスター(、、、、、、、、)。お前の知恵っつーか、頭脳を貸して欲しい。同じだって?まぁ、気にすんな。

生憎報酬は無いから断ってもいいが……いいのか?完璧な慈善事業だぞ?

…………あー、成程?

それが『対価』、って訳か。

……そう、だな。まぁ、それくらいならいいかな?

あぁ、あぁ。頼んだ。打つ時(、、、)になったら、宜しく。多分ねぇけど。じゃ」

 

 電話の相手、梓が『グランドマスター』と呼んだその何某は、梓の頼みを快諾したようだ。

 梓もそれさえ出来れば満足である。対価が生じたものの、微々たるものだ。

 

「さて?これで何手進められる?………ふむ。

生憎、チェックメイトはまだ遠い、が……それでも」

 

 これで勝ち目は生じた。

 後はそれを完遂する為の『武力』と……その一手を実行する、その『勇気』である。

 どちらも、梓には欠乏しているものだ。だが代わりに、持っている者を知っている。

 その二人はもう、行動に移している。まぁ、あの世界で行動に移しているのは、『武力』の方だが。

 

「おっと?噂をすれば……早いな」

 

 『グランドマスター』の電話を切った後、入れ替わるようにメールを受信した。

 液晶画面につらつらと……要約するに、実際に会って話したい、みたいな内容の文書が、そこにはあった。

 

「てな訳で来ちゃったYO!」

「帰れと言っても帰らんのだろうなぁ…」

 

 言わずもがな、メールの送信者は天羽である。

 口では帰れと言っておきながら行動に移さないのは、ここからが重要である事を、誰よりも理解出来ているから。

 

「さて、それで?話を聞こう」

「うん、そうだね。ちゃんと話すから、よく聞いてね」

 

 そんな、態とらしいタメを作って、一呼吸置いてから、天羽は梓に語り出した。

 

「アレはね梓、どうやらギャラルホルン(、、、、、、、)みたいなの」

 

 意味不明な、その話を。


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