其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第四十五話

 綴った物語の、終焉は無い。

 それは、用意していなかったから、だろう。ここまで来る筈じゃ無かった(、、、、、、、、、、、、、)のだろう。

 誰かはそう語る。

 その誰かの名は、無い。

 いや、失われたのだ。

 

 そんな誰かの書いた、『今日』を延々と記した物語。俗に日記と呼ばれるそれには、終焉が無い。当然だ。終わらぬ毎日を淡々と描くモノこそが、日記であるのだから。

 そんな誰かの日記は今、庭原 梓の家の本棚に、ひっそりと、辞書の類に挟まれながら、並んでいる。

 

□■□

 

 先ず語ろうか、と。梓は刈谷に一方的に言った。

 何を、とも何故、とも言わせず、庭原は態と話の観点をゲームに移した。

 

「先ず、お前が呼んだのは【零点回帰 ギャラルホルン】と呼ばれるモンスターだ」

「【零点回帰】……えぇ、先程も何度か名前に出していましたね。

【七亡乱波】から進化した、んでしたっけ」

「そ。んでまぁ、それが問題なんだがな」

 

 ――多くの取捨を繰り返してきた梓にとって、理不尽とは大敵だ。

 その道を強制的に捨てさせる、大敵なのだ。

 ……尤も。彼の行ってきた取捨は、命に関わるものも多かったのだが。自他のどちらの命なのかは、言わないにせよ。

 取り敢えず、と梓は己が脳内の逸れた話を修正する。

 引き入れる事には成功した。問題はその先、どう戦わせるか、だ。

 生憎今回の戦いでは、盾役が意味を成さない。況してやそれが、285人(、、、、)でないなら尚更。

 【七亡乱波 ギャラルホルン】は、チェシャやジャバウォックが〈イレギュラー〉と呼ばず(梓はそれを聞いていないが)、〈UBM〉とも呼ばなかった、異形にして異質の存在。

 

 ――『何者でもないモノ』。

 ――故に『何者にもなれるモノ』。

 

 その最早何とでも言えてしまう理論は、【零点回帰 ギャラルホルン】になった現在でも引き継がれている、らしい。

 

「どうやら【七亡乱波】から変質(、、)した際に、『闘技場に居た者以外のマスター、ティアンでは存在を感知出来ない』という制約が課せられたらしいんだ」

「へぇ……待って下さい庭原さん。私では敵わないのでは?」

「それこそまさか。だってお前、現実だろうと仮想だろうと()のストーカーじゃねぇか」

「おやぁ?分かってました?」

「あぁ。だからあの時お前は、あの闘技場に居た筈だぜ。かの邪智暴虐な化け物を、見た筈だ」

「なんか、ラストで勇者が赤面しそうですね、その表現」

「そうなるのは精々フィガロだな」

 

 一呼吸置く事で、それを話の区切りにした梓は、真剣な眼差しで刈谷を見つめた。……仮に見つめられた相手が天羽であったなら、恋に落ちていただろう。……既に落ちていたか。

 刈谷もその眼差しが真剣味を帯びている事から、ムードが変わった事を察知する。

 

「ミルキーの調べではあの時闘技場に居たマスターは285名。

つまり、それ以外のマスターは【零点回帰】の存在を知()ない」

「知れない?知らないではなく?

……それが制約……ならそれの目的は、正義の味方を正義の味方たらしめる為……!」

「お前は都合良く、『自分より俺を殺したい存在』を願った。

だから【零点回帰 ギャラルホルン】は、『俺』を殺す為だけの存在といっても過言ではなくなった。

……そういう意味での救いは、『俺』以外の284名がアレを認知出来る事、かもな」

 

 だがまぁ、と梓は遠い目をしている。

 

「知れないのは、アレがギャラルホルンだから(、、、、、、、、、、)だろうけどな」

「ギャラルホルン……だから(、、、)?」

 

 その言い回しに疑念を抱いた刈谷は、それこそ石橋を叩いて渡るように、梓に問いかけた。何せ今回の場合、自分が踏み外すと死ぬのだ。仮想の自分であれど、自分で蒔いた種で死ぬのは、笑えない。

 

「気付けよ。僕はさっきから、【ギャラルホルン】とは言ってないんだぜ?」

 

 耳にする言葉としては同じだが、「ギャラルホルン」と「【ギャラルホルン】」では、似て非なる意味を保有する。

 それに気付いた刈谷は、みるみるうちに青ざめた。

 

「待って下さい、それだと……『終末』……ラグナロクが来ませんか?」

「さぁな。流石に今の所そこまでは分からない。だが確かに、ラグナロクが来てもおかしくはない。

それと、答えがチョイとズレている。いいか?

ギャラルホルンはラグナロクを告げる喇叭だ。

だがな?

『ラグナロクを信じていない人間にはただの喇叭の音にしか聞こえない』喇叭なんだよ」

「…………?」

「分かりづらかったか?

【ギャラルホルン】は【ギャラルホルン】を知らない人間……存在を信じていない人間には、ただの『何か』としか認識されないんだよ。

あれ程闘技場をぶち壊しておきながら、〈DIN〉にも情報は載っていたのに……それなのに、末路まで信じたのはあの場にいた285名のマスターだけだった。

だから、あいつの事を認識出来るのは『俺達』しか居ない。

それに、殆どのマスターは見たと言っても逃げ回りながらで、倒せる可能性は皆無だ。今回に限っては本当の意味で、『俺達しか居ない』」

「…………なる、ほど」

 

 梓とよく似た反応をしながら、梓には劣る推理能力(本人は梓のソレを『推理能力』と呼んでいない為、劣る優るの次元では考えていない)で、思考する。策略家でこそ無いが、外堀を埋めるのは彼女の十八番だ。

 やがて、幾つかの結論を算出した。

 梓が天羽から語られた、『ギャラルホルン(、、、、、、、)みたい』と語ったその話を、そっくりそのまましただけで、刈谷にスイッチが入ったらしい。梓は少し口角を上げて、人間の可能性とやらに――自分達が勝利する可能性とやらに、感謝した。

 序に理不尽な現実に毒を吐いた訳だが……そこには目を瞑って頂こう。

 

 そうして、刈谷は作戦を語った。

 

 正義を裁定する、智力ある者。

 正確に殲滅する、武力ある者。

 正直に暴走する、勇気ある者。

 そして。

 正答を獲得する、疑心ある者。

 その全員が集まり初めて完成する、作戦を。

 

□■□

 

「……あぁ、そうだ。だからそっちはそっちで準備を……は?なんだって?」

 

 刈谷の居た事務所を後にして、早速天羽に経過報告を行った梓は、現在唯一あちらで準備を進める事が出来る存在が、準備を進めない(、、、、、、、)と言った事に、驚きを隠せずにいた。

 

『あのね梓……悪いんだけど、私は行かなくちゃいけないの。

大丈夫、完成はしてる(、、、、、、)

それに下準備も済んでる。

だから……待ってて(、、、、)

 

 彼女から頼み事とは珍しい、と梓は純粋に思った。天羽は昔から、梓に『追いつこう』としているようだった。勉強であれ、運動であれ、何であれ。

 梓は追いつこうとしている、という事には気付いていた。……何故なのか、については、一考の余地すら無かったのだろう、結論付いてすらいない。

 だから天羽がこちらに頼ってくる、という行為を、にわかに信じられなかった。それはある種の懇願なのだから。

 待ち合わせに必ず時間通りに来る梓に敵対して更に五分前に天羽が来ていた……なんて事を思い出しながら、微笑む。

 恐らくそういう意味で初めて、天羽 叶多は庭原 梓を待たせる(、、、、)

 

「OK、何があるのかは知らないが……待ってる(、、、、)

『待たせた!』

「そんな任せた、みたいに言わなくても……」

 

 日常が、そんな所から崩落した。いつも通り、というものが瓦解した。ならこれから訪れるのは、ソレとは違う、別の日常。

 いや……、と梓は首を横に振る。

 

「日常ならざる日常……正しく非日常、か」

 

 今は待つ。刈谷 松斎の参戦と、天羽 叶多の再登場と、カデナ・パルメールの再戦を。

 庭原 梓の、裁定の時間は、矢張り時間通りに始まるのだ。

 

「何せ僕は、時間通りに来る男だからな」

 

□■□

 

 そうして、そして。

 三人が、アルテアのクリスタル前に集った。予めアルカやミルキーに話していなければ、ここが【零点回帰】とは全く関係の無い戦場と化していただろう。主に木々の暴虐により。

 

「まぁ、協力するならいいよ」

 

 いつも通りの感情を伺わせない声で――その実感情など込めていないのだが――アルカが言い放つ。セムロフも無言で頷く。

 

「それでセムロフ。可能か(、、、)?」

「愚問ですよ、カタルパ・ガーデン。それより、もう一人居るのでは?」

「あいつは途中参加。……どうせやるべき事はやってそれ(、、)なんだ。今は行くしかない」

 

 散歩等をしている暇はないし、勿論こうして雑談している暇もない。

 カタルパ――梓が『グランドマスター』から得た助言は幾つかある。それを実行する為には、一分一秒が惜しい。ミルキーを待っている暇は、残念ながら無いのだ。

 

「よぉ、会いに来たぜ」

『……そうか。愛に生きたか』

「誰がンな事を言ってたよ……」

 

 中々に気が削がれる会話で、カタルパは思わず嘆息する。

 以前の、カタルパとアイラとネクロの会話から、人間性、なんていう不確かなものを得たのかもしれない。流石『何者にもなれるモノ』である。

 

「んじゃまぁ、始めましょーか。

――――セムロフ!」

「えぇ!《壁にかかった魔法の鏡(マジックミラー)》!」

 

 そうセムロフが叫んだ刹那、彼等四人は、王国から姿を消した。

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