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■カタルパ・ガーデン
フワリとした、無重力に似た感覚がした。無重力なんか経験した事無いんだけどな。ジェットコースターが最高点に達した時のような、タワーオ○テラーのラストのような……そんな感覚。
さて。さてさて。
コキコキと指を鳴らす。首が曲がる。目が見開かれる。
いつ以来かの、『臨戦態勢』。
もしかして、前回やったのって、【数神】になる時じゃ……?
それはつまり、俺がこうして『戦おう』と思った事が、それ以来無かったという事を示唆している訳で……まぁ、態と間違えようとしていた日々だったのだ。あった方がどうかしている。……それは逆説的に、今の俺は間違えようとしていないという事を意味するのだが。
「一瞬の旅が、終わりますよ」
「ん?あ、あぁ、分かった」
ジェットコースターだろうとタワーオ○テラーだろうと終わりはある。
これから無限に落ちていくような、そんな気持ち悪さを最後に錯覚して、俺達はその地に立った。
その場所は残念ながら、これと言った名前が無い。見知った場所を挙げて説明するなら……〈ノズ森林〉が最も近くにある辺鄙な場所、かな。草原のような場所。だがこれと言った特徴の無い場所。
ともあれそこは、俺達が望んだ場所である。
対【零点回帰 ギャラルホルン】の為の、云わば専用ステージだ。
……まぁ、勝てるかどうかは、別問題なんだけどな。
勝てるかどうかは別問題だったとしても、やらなくちゃいけないというのは、どうしようもない。
眼前の【ギャラルホルン】が周りを見回し、(恐らく)罠が無い事を確認した。
『何故、其方はこの場所を選んだ』
「何も無いから、かな。いやまぁ、とある友人がここにしろ、と言ってきたからなんだが」
『……そうか。此方が干渉出来ぬ別世界の事のようだな。
これでは……遠い、な』
何が遠いのかを公言しなかったものの、その目はアルテアの地を見ている……ように見えた。
人の形を得た事で、人らしさ、なんてものを得たのだろうか。
「カタルパさん、
「構わない。俺達でも……まぁ、追い出せる。
……さてアルカ、出来たか?」
「勿論」
ここまでの会話が、ただの時間稼ぎであった事に、【ギャラルホルン】は気付いていたようだ。
だから、先手は同時に打たれた。
「《
『《宝玉精製》』
土中から天を掴む腕のように、木の龍が何頭も姿を現し、その天からはバベルの塔を打ち砕いた雷のように、何本もの氷柱……のような水晶が半径百メートル程の円を描くように突き刺さった。
ステージは【イグドラシル】によって造り上げられ、それの限界は、【ギャラルホルン】により定められた。
そこで、【ギャラルホルン】はとても悲しげに……人間の『哀しみ』と似たような感情を表に出して、ぽそりと呟いた。
『とても、脆いな』
何が、とは言わなかった。
【イグドラシル】の木々に言ったのかもしれないし、或いは何か、俺達とは全く関係の無いものに向けられたのかもしれない、そんな一言。
俺達はその一言の重み、というものに息を飲んだ。
何を意味するかは分からないのに、聴き逃してはならない、と、そう確信したのだ。
いやはや……【七亡乱波】から【零点回帰】になって、本当に人間性ってのを得たんじゃないのか?
『カーター、そろそろ来るぞ』
「総員、作戦通りに」
「「了解」」
総員と言っても三人しか居ないけどな、なんて冷やかしは飛ばない。
アルカは木々に隠れるように。セムロフは流動する木々に乗って。俺はその木々を駆け巡って。
その直径二百メートルの世界は、木々の迷路。全くの別世界。
流石はテリトリーのハイエンド……TYPE:ワールドだ。
つい最近の事ではあるのだが、アルカのエンブリオ、【平生宝樹 イグドラシル】は第5形態に到達し、スキル等の強化に加え、TYPEが変わった(セムロフを殺した時には既にそうだったらしい)。
内外干渉に於ける定義がああだこうだ言ってはいたが、専門的な知識が必要そうなので半ば聞き流していた。結論だけ言うに、その内外干渉の定義によって、ワールドと、もう一つのハイエンドに達する事が出来るそうで。
テリトリーとは文字通り領域。それの内外となるならば、『己の』内か、外か。
なら今回は『外』だったのだろう。だから
あぁ、ホント。戦いの最中だってのに、俺は無駄な考えが多いなぁ……。思えば前回【ギャラルホルン】と戦った時も、《
『そこがカーターのいい所さ。シリアスブレイクというやつだね!』
「それ世間一般ではKYって言うんだぜ?」
『マスターの周りにはそういう人間ばかりでは?』
……否定出来んなぁ。
『それで……来るようだが』
「もうちょいギャグっぽく行けないもんかねぇ!」
合図も無く飛んできた宝石の弾丸を、十字剣で弾く。木々をいとも容易く貫いた弾丸。その弾道を追えば、必然的に俺と【ギャラルホルン】の目が合った。
その瞬間は一秒と満たなかったが、あの宝石人間にはその僅かな時間でも充分過ぎただろう。
『《宝玉精製》』
《Crystal Storm》で無かったのを安堵しながら――流石に、開始早々終わらせに来る程、『楽しみ』を理解していない奴だとは思っちゃいないが――それでも暴力的な水晶の雨を、【イグドラシル】が育てた植物を足場や盾にして、縦横無尽に躱す。
今回アルカはこの《森輪破壊》によるステージメイクを専門にやって貰っている。一応【付与術師】による補助もしてくれているが、そちらは今回の主な役割では無い。
セムロフもセムロフで【マジックミラー】が
アルカによるステージメイクを除けば、これは実質俺対【ギャラルホルン】の一対一なのだ。タイマンはらせて貰うぜ。
『まったく、煩わしい』
「こちらとしても、なんで襲ってきたんだー、とか聞きたい事が山ほどあるんだが?」
『それについては、分からん。ただ使命感や義務感、そういったものが此方を駆り立て、変質させたのは事実だ』
「駆り立て……変質?」
なぁ……まさかそれ、さ……。
「セムロフのせいじゃね?」
『彼女以上にカーターを殺したい奴がどうの、だったっけ?
……納得』
つまりこれは、セムロフが引き起こした【ギャラルホルン】の暴走って訳か!納得!
「ふざけんじゃねぇぞクソ探偵!」
遠くから「ごめんなさーい」と平謝りが返ってきた。後でなんとかしなくては。
後で、と暴走を止める事を最重要事項に出来た辺り、感情的では無くなったみたいだな、俺は。
そう言えば。
「アイラ」
『何かなカーター』
水晶弾を躱しながら、またいつもの気の抜けた会話をする。
「一度目に死を見た時、アイラは都合良く成長した」
『見た時……あぁ、そうだね』
「一度目に死にたくないと思った時、溜め込んだ力が放たれた」
『死にたくない……そう、だったっけ?』
「そうだったよ。
一度目に正しい道を歩んだ時、一緒にアイラは歩いてくれた」
『……カーター、君は何を……』
「俺のエンブリオが成長する時、それは決まって何かが始まる時だった。
死を見た時、弩弓はそれを弔うのだ。
死にたくないと思った時、旗は活路を示すのだ。
正しい道を歩んだ時、天秤はその公平を保証するのだ。
なら、今は?
『カーター、君は……悪い人だね。
私のそういった成長を見透かすような事をしないでおくれよ。君の裏をかけない』
「そういう策略で、俺に勝てるとでも?」
『勝つよ。何せ私は、君の
こんな会話が、水晶弾の合間を縫って交わされていた事を、【ギャラルホルン】は認識していなかった。
だから奴が認識したのは、精々、アイラが力を解放した際に発せられた、尋常じゃない程のリソースの流れのみだろう。
『何事……と言うよりは、其方に何者、と問う方が余程良い気がするな』
「残念だな、それの答えは、随分とありきたりの事なんだ」
木の龍が、雲が裂けるように水晶のステージの端に寄る。アルカに告げた、手筈通りだ。
確信があったのだから、後は実行するしかない。そうだろ?
そうして造られた
片や宝石の化け物。陽光を四方八方に乱反射させて煌めく、〈終末〉の喇叭。
片や正義の化け物。鎖を巻き付け、引き摺り、またそれに
【Form Shift――Cross Chain】
『第5形態……成程、これは少々……手古摺るな』
観客と言える観客のいない闘技場で、俺達は開始の合図も無く激突した。
空から決闘を見下ろす者も、この時に限っては居なかった。
【絶対裁姫 アストライア】の第5形態
絶対『を』裁く姫にして絶対『に』裁く姫。
剣、弓、旗、秤。そして遂に鎖となった。
形状は何本もの鎖であり、そのどれもが自在に動く。
仮にではあるが、カタルパが【紅蓮鎖獄の看守】を入手したら酷いことになる。