「――おやおや、これは恐ろしい。闇に照らされ、光に陰り、宵に目覚め、暁に眠る。
人とは呼べないな、ここまで来てしまっては。
なら……矢張り人外としての名を受けるのが妥当であろうよ。君は。
……ん?私?私か……。確かに名乗ってすらいなかったね。必要かね?私の名前が。聞き、覚えるという事象が、必要不可欠かね?
……良かろう、一度しか言わないからよく聞きたまえ、少年兵。
私の、名前は――――」
□■□
(っ……?今の、記憶は……カーターの、なのか?)
対峙する二人。その傍らに鎖となり巻き付く少女、【絶対裁姫 アストライア】は、突如聞こえた謎の声に、ゾッとした。
然れどそれが幻聴であった事は現状を鑑みれば明らかであり……仮にカタルパの過去であるならば、深入りする必要は無い。
そんな事に一々気をかけている暇はないのだから。彼女も彼も、成さねばならない事があるのだから。
そう覚悟を決めた時、【ギャラルホルン】が動いた。カタルパを囲み、覆い隠すかのように、水晶の槍を《宝玉精製》で生み出したのだ。
「――――」
それらに目を向ける事も無く、カタルパはその足を、前に進めた。
『…………』
それに呼応し、アイラは入力された事を行うだけの機械のような動きで、全ての水晶の槍を弾いた。
宝石同士が擦れる甲高い耳障りな音が鳴り響いたが、それにすら構わずカタルパはゆっくり【ギャラルホルン】に接近して行く。
一歩、それだけを踏み出す度に、【ギャラルホルン】の対応は過剰とも呼べる程に過激になって行く。
それもその筈だろう。今の【ギャラルホルン】は、カタルパを殺したいと思うその責務感に拠り動いているのだから。或る意味で、その意志に動かされているのだから。
『っ……《宝玉精製》』
それで尚、《Crystal Storm》を使わない辺り、意思か
鎖の結界。そう呼ぶべき【絶対裁姫 アストライア】の第5形態は、水晶の暴流を前にしても崩れる事は無く、細いその鉄鎖でどうして人の体積の数倍もある水晶の塊を砕けるのか理解しかねる。
だが、【ギャラルホルン】は勘づいていた。
『新たな……スキルか』
ご名答、ともご明察とも返ってこず、カタルパ・ガーデンという鎖の化け物はその歩を緩めない。
ゆっくり、数秒で一歩進める程度のペースであったというのに、そうして進める度に過剰な対応があったと言うのに、いつしか手を伸ばせば届いてしまう程に、二人は近付いていた。
『何者になったのだ、其方は』
「…………」
鎖に巻かれて、その姿は見えづらくなっている。目を合わせられたのが奇跡としか言いようがない程に。
【ギャラルホルン】の顔は引き攣っている。何処でそんな人間性を得たのだろうか。
対してカタルパの顔は無表情である。何処で人間性を棄てたのだろうか。
『……何時、スキルを使った』
経験則ではあるが、カタルパはスキルの発動の際、スキル名を叫んでいた覚えがある。【シュプレヒコール】を持っていないから叫ぶ必要が無くなった……のかもしれないが、最早癖とも呼べるそれを、この時だけとっ払えるものだろうか?
疑問はある。疑念は尽きない。
それでも目の前の事実の否定や拒絶はしない。
自分が何故か「殺したい」と思っている事や、「殺される」事から、【ギャラルホルン】は逃げなかった。現実逃避でカタルパがこの世界に来たというならば、矢張り【ギャラルホルン】は、彼の対極に位置する化け物であった。
――今この瞬間に限っては、化け物対化け物でしかなく、そこには、何の差異も無かった。
――ここに来て初めて、彼らは対等に対峙したのだ。
――宝石の化け物と鎖の化け物は、同じ土俵に立ったのだ。
『とうだ、カタルパ・ガーデン。
「――――」
矢張り、返答は無い。化け物故に人語を解さない、などと言う理由では無さそうな……そう、これは――空虚だ。虚構ではなく、空虚なのだ。
有るのに無い。無いが在る。存在はしているが、存在しているだけの、伽藍堂。
鎖に巻かれた中身は、空っぽであったとさ。
そんな二流の物語のオチのような、そんな存在が、今のカタルパ・ガーデンであった。
アルカもセムロフも、何か現実成らざるモノを見るかのような目で戦場を見ていた。
「何者……いえ、
「なんだろーね。……あの時の僕も、あんなだったのかなぁ」
答えながら片目を手で抑えるアルカ。『あの時』と言うのは、どうやら【直光義眼 ゲイザー】の時の事のようだ。
セムロフも、化け物から目を背けるように、手鏡の柄を見た。柄しかない、手鏡を。
「……
「そうだね。
……それはそうと、僕は君に復讐するべきなの?」
「……何故それを私に問うのです?」
「いや、僕を倒したのはアレであって君じゃないんだよなぁ、と思って。でも君が結果としては僕を倒していて、さ。
僕は君を殺す勇気がある。
この作戦に迷わず乗っかる勇気があった。
それでも、僕には、
誰かに預けたみたいに。階段の途中に置いてきたみたいに。
今のアズールが空っぽなら、僕は完成していないパズルみたいだよ」
「……なら、自分でご決断ください。まぁ、今殺してしまうと、カタルパさんの作戦が台無しになりますが」
「なら全部終わってからでいいや」
随分とあっさりした回答だったが、セムロフは眉根を潜めた。
(終わってから、ですか。
今回は『追い出す』のであって倒す事が目的ではない。
なら……この一連の【ギャラルホルン】事件は、何を以てして、『全部が終わる』と認識されるのでしょう。
……流石に、そこまでノータリンでは無いですよね、アルカ・トレス?)
蔑むような視線を向けるも、アルカがそれに反応する気配は無い。
そんな間の抜けた観客席の一幕は、突如鳴り響いた爆音に遮られた。
□■□
その爆音は、耳元で鳴らされた爆竹のようであった。
その爆音は『闘技場』の中央で鳴ったにも関わらず、目を見開き驚きを示したのは【ギャラルホルン】であり、それに最も警戒したのは、カタルパだった。
つまりその爆音は、二人の所為ではないのだ。
では、その主は――――
「んー……到着!
――その、少女にしては顔が整っており、女性と言うには幼さが残るプレイヤーは――
『其方は……ミルキーか?』
「大正解ー、ミルキー様だよ!」
『…………有り得ない』
その「有り得ない」は、ミルキー自身の台詞に対してである。
『ひとっ跳びって言っても、着地の事は考えてなかったわねー!』
此処まで、何処から来たのかは知らないが一度の跳躍で来たのだと言う。
この『闘技場』に。
木の龍に囲まれ、天を衝く程の高さの水晶の柱があるこの『闘技場』に。
たかだか一度の跳躍で、来てしまったのだと言う――!!
いつだったか、現実で、カデナ・パルメールは天羽 叶多の事を「梓よりも『踏み外している』」と判断した事があった。
強ちそれは間違っていない。
それは天羽 叶多のアバター、ミル鍵の必殺スキルを挙げれば分かるだろう。
そういう意味で語るのであれば《
相手を殺せるなら、その結果の為の手段は選ばない。
相手の首を飛ばせるなら、己が脚など惜しくない。
そんな人間性の、権化。
智(知)武勇の武担当、天羽 叶多の、権化である。
『何故此処に来れた……否、そうではない。此方の質問は
宝石の柱を越えてきた事を、「マスターなのであれば不可能と断ずる事も出来まい」と結論を下した【ギャラルホルン】は新たな疑問をぶつける。
『何なのだ、今の其方は……!』
「私は……そーね、今の貴方に則って言うなら化け物だろーし、今の梓に則って言うなら、多分」
そう言って、決めポーズでも取るかのように、上半身のみの彼女は、手鎌を掲げて笑った。
「正義の味方、だよん♪」
【数神】対【零点回帰】の戦いに、【狂騒姫】が割り込んできた、瞬間だった。