其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「9000UA突破ありがとうございます」
( ✕✝︎)「当初の予定より長編化したこの物語を、今後とも宜しく」


第五十一話

■ ???

 

 ()は、宝石を愛していた。別に宝石商では無かったし、そういったものと縁のある、富んだ人間(、、)では無かった。

 それでも、時折その目で見た輝きは、買ってもいないのに一生物であった。

 ヘマタイトの黒い照りが好きだった。

 ルビーの紅には何度目を奪われた事か。

 水晶の、透明でいて、然れど見通せないあの煌めきは、心が洗われるようだった。

 彼は、宝石を愛していた。だが、その生涯に於いて、それらを手にする事は殆ど無かった。

 けれども、見ていられればそれで満足であった彼に、不満は無かった。寧ろ、手が届かないからこそ、眺めていられるのだ、と。

 

 そして彼は、宝石を愛していたが故に、それを装飾品として身に付けていた人々を、酷く嫌っていた。

 美しいモノを、汚らわしいモノが身に付けている。

 豚に真珠とはこの事だ、と彼は何度も鼻で笑った。

 けれど彼が思う『汚らわしいモノ』であればそうである程、ソレは多くの美しいモノを身に付けていたのだから中々に皮肉が効いていた。

 

「間違っているよ。宝石は眺めるものだ。そうして自分の醜い部分を覆い隠す為にあるんじゃない」

 

 その言葉を、何度飲み込んだ事か。

 貴族()に。富豪()に。()に。

 何度言いかけた事か。

 そうして口にしなかった事は、きっと優しさ……なのだろう。

 そう、信じなければ。人間の善性を信じなければ。

 性善説を唱えなければ。宝石の煌めきに拐かされて、彼は人ではなくなってしまうだろうから。

 性善説と性悪説。それらは対極でありながら、結末は同じである。

 人は生まれながらにして善性を持つから、それを活かす事を唱える性善説。

 人は生まれながらにして悪性を持つから、それを乗り越える事を唱える性悪説。

 逆であり、鏡写しであり、その道は一本道である。

 だからこの場合彼がどちらを唱えていても問題は無かった。

 問題があったのは、彼ではなく、性善説や性悪説を唱える唱えないに関わらず悪であった、周りの人間()共だろう。

 彼の、無いに等しいかもしれない程度に持っていた優しさを、その豚共は欠片も所有してはいなかったのだから。

 持てない者は、美しく。

 持つ者は、醜かった。

 それだけを知って。それだけを記して。

 それのみを印として。

 

 彼は終わり、また始まった。

 

□■□

 

 目覚めた時、一言で言うなればそれは、別世界であった。

 自分の記憶しているものとは違う自分で始まる新たな人生。

 『成程これが異世界転生か』と当時は暢気に考えていた。

 形を得て、生を得て。

 人から化け物になった彼は、いつしか。

 【七亡乱波 ギャラルホルン】と名を変えて、人の片鱗を失った。

 

 そうして、人の片鱗を失って。【零点回帰 ギャラルホルン】へと変質してからは、どうだろう?

 

 『人らしさ』。そんなものを、得たのだと、彼の敵は言った。

 ……本来、持っていた筈の、ソレ。

 自分自身が、過去を忘れていたから、彼は『終わる』その時まで、ソレを思い出す事は無く、感慨にふける事も無かった。

 『人らしさ』を再び持っても、人の記憶や、過去や、存在した理由さえ、何一つ。覚えてなどいなかった。

 だからそれを、悲しむ事さえ。

 

 【零点回帰 ギャラルホルン】には、出来なかった。

 

 斯くして宝石は慟哭する。狂気は、初めからその内に満ちていた。今更フィンブルしたところで、元より値は0である。今「狂い出す」事は、有り得ない。

 今更、何を恐れよう。何を嫌がろう。何を哀れみ、何を愛そう?寧ろ……其方を此方に引き摺り込んでしまえば、終わらせてしまえば。零に回帰させてしまえば。

 

 ――その方が、『幸せ』ではなかろうか?

 

 そうして宝石の手は伸びる。

 虚無へ、絶望へ。己が経験しなかったであろう極地まで――そして。そうして。

 その手は、一人の正義の味方に切り落とされて。

 今となっては、虚空を掴む事すら、無くなった。

 空を切って、人の手ではなくなった手は、霞すら掴めなくなった。

 そうしてそのまま、【零点回帰 ギャラルホルン】は、亡くなった。

 だが、満足はしていただろう、と。後に正義の味方は語った。

 

■ジャバウォック

 

 それを、私は〈UBM〉には認定していなかった。

 だから、ヤツを倒したところで、彼はMVP特典を入手する事は出来ない。

 残念ながら……彼は、倒したという経験のみを、或いは少しのアイテムを残して、【零点回帰 ギャラルホルン】との物語を終える事になった。

 ……と、感慨にふけていると、ステータスメッセージが来た。この場合、理由は一つしか存在しない。

 

【……ジャバウォック】

 

 ……とは言え、突然どうしたのだろうか、珍しい。態々、ダッチェス自身から連絡が来るなど。

 

「どうしたのかね、態々」

 

 思った事をそのまま口に出す。こんな状況で連絡を寄越したのであれば、恐らく【零点回帰 ギャラルホルン】関連……視界情報をコントロールするダッチェスの事だ、カタルパ・ガーデンに何かあったのかもしれない。

 ……こういう時に連絡を寄越すべきなのはプレイヤーの事なのだからアリスであるべきでは……と思いはするのだが、あいつがするとは思えない。マスター至上主義の事だ。私に連絡する事などある筈も無い。やれやれ、だからダッチェスが忙殺されるのではないだろうか?

 

【アレは……なに?】

「アレ、とは?

……いや、待て……確認したいモノがある」

 

 情報の更新が発生し、不意に見る。まさか、と思ってしまった。

 そしてまた、こうした嫌な予感というものは、的中する確率が高い。何故こういうところは、私達では操作出来ないのだろうか?

 

 そうして、果たして、私は【終点晶楔 ギャラルホルン】の文字を見た。

 

「な……バカ、な……!!」

 

 有り得ない。〈UBM〉ではないのに、自身の名を遺す、MVP特典のような武具が、ある、だと……!?

 再三再四確認するも、〈UBM〉のリストにあの水晶の化け物は存在しない。私が認定した覚えは無いし、リメイクした覚えも無いし、クイーンがやるとも思えない。矢張り有り得ない。今の所〈UBM〉を創りあげるエンブリオの情報も無い。

 ならば、あの楔は何だ?

 

「ダッチェス、何故アレがあるのか、視界情報から分かるか?」

【分かったから……連絡した……】

「流石だ。それで、何故?」

【【零点回帰 ギャラルホルン】の……最期の……】

「最期?あぁ、《退廃来る終末の嵐(ギャラルホルン)》か」

【その……スキルのせい】

 

 相変わらずステータスメッセージのみで会話にはなっていないが(あちらの多忙は知っているので責める事は無いが)、言いたい事は何となく察した。

 【終点晶楔 ギャラルホルン】はMVP特典ではなく、【ギャラルホルン】の名を冠するだけの、武具だと言うのだろう。

 ならば。

 

「《退廃来る終末の嵐(ギャラルホルン)》は、攻撃スキルではない、のか?」

【そうみたい。カタルパの見ていた情報からだと……水晶全てが消え去ったら透明な球状の宝石が砕けて……それでその中から(、、、、、)

「あの楔が『産まれた』、と」

 

 産まれた、という表現だと人間味が過ぎるが、ことこれに限ってはいいだろう。アレは、人間であろうとした元人間なのだから。

 

【取り敢えず……教えた、から……】

「すまんな。後はこちらに任せてくれたまえ」

【……他の仕事も?】

「それは出来かねる」

 

 最後に冗談めいたセリフを残し、ダッチェスとの会話が終了する。

 流石に、ユーザーが増えれば増える程忙殺される、というのは、凄まじいものだな。

 ……序に、強い者が居れば居る程忙殺される者もいるが。環境整備とは、厄介なのだな。

 

「さて、これらはクイーンに話をつけるとして……新しいモノに着手するか」

 

 私は少し、浮き足立つような感覚を覚えながら、我が半身が蠢くのを聞きながら、いつもの仕事にとりかかった。

 

■カタルパ・ガーデン

 

 そこには、楔があった。いや、取り残されていた。いやいや、取り『遺されていた』。

 死んだ筈の奴は、その楔を遺していった。

 あの水晶の嵐は、全てを破壊する為のものではなく、云わば工房のようなもので、その内部で『作品』を精製するのが《退廃来る終末の嵐》の本来のスキルのようだ。

 楔。

 鎖が外れぬように打ち込む釘のようなもの。聖釘と似通ったもの。

 ソレは、水晶で出来た、真っ直ぐとした、美しい、剣のような楔だった。

 

「【終点晶楔 ギャラルホルン】……MVP特典ではないけれど、あいつの名が銘打たれているのか」

『最高傑作、と言うことかもしれないね、カーター』

 

 そうかもな、と返す前に少し考えた。

 確かに、これ程綺麗な水晶は見た事がない。リアルでも、勿論【ギャラルホルン】と戦ってきた今まででも。あの中央にあった、【零点回帰】になって胸部にあったあの透明な球状の宝石。あれのような美しさだ。

 生憎宝石商とかではないし、鑑定士でもないから真価は分からない。

 ……本当に怖いのは、MVP特典じゃないから盗まれる可能性がある事だよな。

 あいつの形見とも呼べるコレを、盗まれる訳には行かないよな。

 

「なら、楔と言っているのだから、私が持っておこうか?」

「……成程」

 

 確かに、【強奪王】か何かはアイテムボックスから盗みとるとか言ってたしな、シュウが。

 アイテムボックスから盗めても、エンブリオからは盗めない……かもしれない。

 怖くはあるが、俺が持つよりは確実に安全だ。

 だから大丈夫。俺よりも、彼女の方が。

 

 ――――『楔』を、正しく扱える筈だ。

 

 きっと。否、確実に。

 

 ……だから。大丈夫な……筈だ。

 俺が死のうと。誰が死のうと。その楔が、アイラという鎖が、俺の正義を証明してくれる……筈だ。

 

「さぁ異臭を放ち来る。キミの影を喰い。恐怖のパレードが来る。キミの名の元に。

……だったかな」

「……なんなの、その不吉な言葉は」

「歌詞だよ。ちゃんとした、な」

「……?」

 

 この状況で言うことでは無かっただろうが、つい思い浮かべてしまった歌詞を、口ずさむ。

 ……多分そういうのを『フラグ』とか言うんだろうな、と後々思いはするのだが。

 そんな事に聡かったら、俺はこんな厄介な人生を送ってないと思った。

 

「さて、俺は一旦……と言うより暫く、か?いや、少しの間だな。

ゲームから離れるから。後は頼んだ」

「何を頼まれたらいいのか分からないけれど了解だよ。……セムロフの事だね?」

「終わったら、って言ったからな」

 

 後ろ手に手を振り、ログアウトを選択する。

 ――後ろ手に手を振ると、分からない事が幾つかある。

 

 その一。彼女の表情。指輪のついた左手で手を振っているのは何となく察せるが、どんな表情でその手を振っているのか分からない。

 その二。彼女の感情。笑顔でいるのは何となく察せるが、どんな感情で佇んでいるのか分からない。

 振り返れば、分かる筈なのに。

 怖くなった訳じゃない。また来れば、また会える。

 そんな当たり前が、俺を怠惰にさせていた。

 様々な事で、俺は怠惰になっていた。

 傲慢で、強欲で、怠惰になっていた。




【終点晶楔 ギャラルホルン】
 MVP特典ではない。【零点回帰 ギャラルホルン】の遺作。
 現在詳細不明。

《退廃来る終末の嵐》
 【零点回帰 ギャラルホルン】のスキル。《宝玉精製》、《Crystal Storm》に続く、元々《???》と称されていたスキル。
 第二の太陽を宝石によって創りあげ、その内部を工房とし、宝石を創り出す能力。
 《宝玉精製》では自身の食べてきた(吸収してきた)宝石をリソースとして利用出来るが、このスキルでは自身の肉体……【ギャラルホルン】自身をリソースとして創り出す為、自殺スキルである。
 最高傑作と言うのなら、それはもう、それが【ギャラルホルン】と言える。「最高」、ならば、【ギャラルホルン】が己を何処かへ残せたりはしないのだから。遺せるか否かは、別として。
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