取り敢えず。人外の人間、カタルパ・ガーデンと人間だった人外、【零点回帰 ギャラルホルン】の物語は幕を下ろした。
吟遊詩人達はこれを物語にはしないだろう。何せ見ていない。見ていないものは流石に創作で補えるその限度を超越している。故に、最早完全な創作でしか語り得ない、
そんな、そんな在り来りとは真反対な物語に、今宵終止符は打たれたのだ。
【五里霧虫 ミスティック】は雲散霧消し。
【怨嗟共鳴 シュプレヒコール】は喝采に呑まれ。
【死屍類涙 ガタノトーア】は瞳を閉じ。
【零点回帰 ギャラルホルン】は地に墜ちた。
めでたしめでたし。
三体の〈UBM〉と、一体の化け物の云わば討伐譚。
カタルパ・ガーデンと、【絶対裁姫 アストライア】の冒険譚。
【幻想魔導書 ネクロノミコン】やミル鍵やアルカ・トレス、そしてセムロフ・クコーレフス、シュウ・スターリングにフィガロなどの
ハッピーエンドとも、バッドエンドとも取れるような――恐らくバッドエンドと捉える者は居ないだろうが――そんなトゥルーエンドを迎えた。
いや、事これに限り、未だ終わりを迎えていないようだ。
まだ、この所謂《【ギャラルホルン】編》は、終止符を打たれていないのだ。
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「では、見させて貰います」
「構わん。言った通りだからな」
庭原 梓の自宅にて。
その家主と向かい合うように、狩谷 松斎は立っていた。そのまま、睨みつけていた。
頁を捲る手は止まない。
彼を睨んでいた目も、もう文字を追う事しかしていない。
視界の端にすら捉えない。スパコンのようなスピードで、狩谷は真実を追っていく。
「敢えて聞きますが、虚偽は無いんですよね?」
「それは流石に無い。僕とアイツと……彼等に誓おう」
アイツ、と言うのは恐らく、あの主犯だろう。彼等、と言うのは間違いなく元奴隷の方々だ。
私に誓いますか、と。逡巡したのを悟ったかのように、タイミング良く(狩谷からすればタイミング悪く)、梓はニヤリと笑った。
それこそ、『その
良い気がしなかったのは、言うまでもない。
□■□
半日程が経過して。
そこには全てが既読のものとなった資料が積み上げられており。
そこには、案の定。
絶望の淵に居るような雰囲気を醸し出す、狩谷 松斎が居た。
「まだ……無いんですか……!」
「僕が知り得ている全てがそこにある。逆に、それ以外は無い。
だからな、狩谷。
その一言は、狩谷を突き落とした。
カタルパ・ガーデンが【絶対裁姫 アストライア】に断崖絶壁に突き落とされたのと同じように、庭原 梓は此度、狩谷 松斎を断崖絶壁に突き落とした。
「なら……本当に私は何者なんですか……!」
「僕達が社会の裏方、脱法ならば……お前のそれは、比喩無き違法だよ。
プラスアルファ……僕達の名を借りたらしいじゃないか」
つまり。狩谷 松斎は『ニワハラグループ』とは全く関係の無い所で奴隷と化していたのだ。
一応黙認されていた『ニワハラグループ』のそれとは違うなら、表向きも裏向きも許されはしない違法である(だからとは言え、『ニワハラグループ』の所業は許されるものではないが)。
「だから、
「…………え?」
「お前が
それは正に、悪魔の微笑み。
絶望という地獄に垂らされた、蜘蛛の糸。
擦り切れそうな精神で、摩耗しきった精神で、正常な判断は下せず。
大した思考もせずに、子供のように泣きじゃくりながら、狩谷は頷いた。
尚、その時『お願いします』みたいな事を言っていたそうだが、洟や涙に塗れて正常に発音出来ていなかったので、そのセリフは割愛させて頂く。
信じられない、と何度言っていたかは知らないが、最も残酷な結論が、大抵真実なのだから、この世界はタチが悪い。
梓は、ただ純粋に、そう思った。
□■□
「成程ねー……こりゃ久々に葉桐達の出番かもな……」
デスク上に浮かぶ情報の濁流。
それを見て梓は嘆息する。
葉桐、と言うのは十二話に出てきたカデナと共に生活している黒服である。
下らない。実に下らない。
この世界は――今のもそうだが――嘘ばかりだ。
虚偽、嘘偽り、偽物――偽善。
真実や信実というものは、ありふれていながら、信憑性は無い。
狩谷に見せていたあの情報だって、100%真実とは限らない。梓も嘘を吐いているつもりはないが、『アイツ』が何か隠していた可能性は高いし、漁られた際に失われたものがあるかもしれない。
けれども、狩谷は年齢的に梓より下でありながら、梓の記憶の中に狩谷が居ない、というのが本来おかしいのだ。
だから、『初目だった』時点で、梓は狩谷がウチの奴隷では無い事を、看破していた。
梓は、記憶力が良いから。
流石は智力の化け物である。……ゲーム内では鎖の化け物で、現実では智力の化け物、という、
化け物――『埒』という境界から逸れた鎖の化け物――のようで、矢張りそれはカタルパ・ガーデンであり、庭原 梓ではない為、違う……然れども、その違いは最早誤差の範囲内であり、庭原 梓という人間をあんな鎖に巻かれた正義の味方と捉えても、特に問題は無い。
カタカタ、とキーボードを叩く音が密室内で反響する。その部屋はブルーライトに照らされ、今にも梓に『真似事』の真実を吐露してしまいそうだった。
ところで。頭の良さと賢さはイコールではない。
知識がある者と、それを活用する者。文面にするだけでも、なんとなく違いが分かるだろう。
梓は本来、前者である。
賢いだけの、考えない葦……それはただの葦だろうが。
本来前者であるならば。
現在は後者なのだろう。
考える葦。そうして漸く、人間である。ならば、梓は嘗て人間未満であったのだろうか?
答えは、否。
人間『以降』が、「考える」事を得て、人間に『墜ちた』のだ。
庭原 梓は、成功作だった。だから庭原家の人間として生き残ったのだ。
7歳の時に考える事を放棄し、彼は人『以降』になり。
16歳の時に『墜ちた』。
この時の梓は、どちらかと言うと人『以降』の側だったと言える。
それは、過去の、人間に希望を見出していなかった頃と、今の心情が合致しているからかもしれない。
無意識に、今の梓は考える事を放棄していた。
考えるという思考を。
狩谷を思いやる心情を。
悲しいと思う感情を。
放棄していた。
それこそ《感情は一、論理は全》を発動させたカタルパのように。
「…………あった」
ディスプレイの向こう側、見つけたその名を深く刻んで。
復讐劇は、何故か。復讐される側が、終わらせるのだった。
□■□
「ハロー、
扉を蹴破り、地下に下りると案の定。二十年間……いや、それ以上、だろう。
『真似事』の続きが、見られた。
『ニワハラグループ』が崩壊した今だからこそ、あの焼印はやってないようだが――抑、『ニワハラグループ』の奴隷にそんな事をした事実は無いのだが――結局、そういった事、或いは事業、或いは概念。そういったものは、殲滅出来ても、壊滅は出来ても。全滅は、出来ないのだ。
国家が認めた奴隷商、ニワハラグループ。
そのポストになろうとしている、とも言えた。
「下らねぇ」
それを、梓は一蹴する。
因みにこの間ずっと、その『真似事』企業からの質問攻めは続いていたのだが、梓の耳には届いていなかった。それどころか、
「おい、そいつ……庭原家の……アレじゃね?」
「馬鹿な……御曹司な訳ねぇだろ!」
真実を否定し始める始末。
「下らねぇ」
梓は、その浅はかな思考を嘲った。
今、隣に鎖の少女が居たのなら、すぐさま十字架の剣に姿を変えさせて、切り刻む事だろう。
しかしそこは紳士、庭原 梓。
少女に汚れ役を任せない。
……何処と無く『それじゃない』感は否めないが、カタルパ・ガーデンを知る者が梓以外に居なかったので、どうでもいい事だろう。
序に、この後この『真似事』の主犯がどうなるか、など。
――どうでもいい事だろう?