其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第五十三話

■狩谷 松斎

 

 真実を知って、そして全てを「終わらせてきた」彼の話を聞いて、私は項垂れていました。

 恐らく、「そういうもの」だったのでしょう、世界というものは。

 程よい優しさに満ちていて。快い怠惰が待ち受けていて。そんな甘やかなもので、絶望をコーティングしているのでしょう。

 ……まぁ、どうであっても、誰も咎めはしないでしょう。咎める事は出来ないでしょう。

 初めから、「そういうもの」だったのですから。

 

「バカ言うなよ、被害者が」

 

 ボーッとしていると、上がっていた何かをたたき落とすような彼の声がしました。

 いえ、本当は絶望に塗れたこの世界から救い上げる言葉だった、筈なのですが。ひねくれ者の私は、その言葉をありのまま受け入れる事が出来ませんでした。

 すると。

 

「違ぇか。

被害者面すんなよ(、、、、、、、、)、桐谷 晶子」

 

 その言葉で、スっと現実に引き戻されました。

 嘗て、私が態と、言葉を選んで彼の逆鱗に触れたのと同じように。

 それこそ意趣返しのように。彼もまた、私をこうして現実に引き戻す術として、逆鱗に触れたのです。

 ……あと、今のでお分かりかと思いますが、彼はもう私の実名を知っています。そりゃ、調査するのに偽名では進みませんからね。

 閑話休題(それはどうでもいい)

 逆鱗に触れられて黙っていられる程、私は聖人ではありません。己が過去に関しては、それこそ別次元の執念があります。

 つまり私は、私の過去に限って、平常ではいられないのです。

 触れられたくない過去。加工は出来なくても脚色は出来る、禍根を残すような過去。

 

「ですが……まぁ。私の復讐がお門違いであった事には謝りますし、『終わらせてきた』事には感謝します」

「ん、そうだな。

それで……どうするんだ?」

「……?何がです?」

「そりゃ、『この後』だろうよ」

 

 ナニヲイッテイルンダロウ?

 

「お前は……多分だけど、僕や今は無きグループへの復讐だけで動いてきたと思う。生きてきたんだと思う。

それが終わってしまった今、お前は何を核として生きていくんだ?」

 

 それは、考えた事すらない、盲点でした。

 今迄の私なら、復讐を遂げた後に自殺なり何なりしたと思うのですが(追っている事件が事件でしたので、裏で殺される、なんて事も有り得た訳ですけれど)、生憎、その必要性すら、今は感じられなくなっていました。未練でもあるのでしょうか?

 

「私は……何をして、生きていけばいいんですか?」

「生憎、そりゃ僕の課題でもあるんだよなぁ。

行き当たりばったりな僕の生き方は、君のその言い分に対して解を見い出せないでいる」

 

 きっぱりと、「自分にも分からない」と切り捨てた彼は……私と同じでありながら、全く違うものでした。

 彼は、停滞しているつもりで、誰よりも進んでいるのです。停滞している私と違って。……いえ、彼は……『停滞する為に進んでいる』。

 いつか、立ち止まらなければならない時の為に、進んでいるのです。

 矛盾はしていない。けれど、成り立っている訳でもない。

 …………本当に、歪な人。

 

「まぁ?お前が生きる意味を見失おうと、僕の知った事では無いんだけどな。それでも……ほっとけないしな。

ただ……僕と同じにはなるなよ、とだけ言っておこうか」

 

 抜けた調子で、彼は言いました。

 生きる意味が無くとも構わない、と婉曲的に。それでも庭原 梓のようにはなるな、と直接的に。

 彼の生き方を、私は真似る事は無いでしょう。

 けれども、まぁ。

 似たような生き方、くらいなら。私にも、きっと。

 

 今は精々、笑って見送るくらいしか、出来ませんけど、ね。

 

■庭原 梓

 

 狩谷 松斎と別れて、僕は颯爽と帰宅――しなかった。

 別に寄りたい所があった訳じゃない。どうせならとっとと帰って、アイラに会いに行きたい。

 でも、何かに呼び止められた気がして。……それこそ何かのゲームのイベントが発生したかのように。

 現実で僕は、「そうしたもの」に遭遇した、のかもしれない。

 まだ何も起きていないから、僕の勘違いとかで済ませられる。

 けれども僕の直感か何かが、気のせいではない事を主張していた。

 

「そうして、誰かと出会うなら、出逢うならば……運命なんだろうけど」

 

 態といつもは通らない道を通ったり、態とゆっくり歩いたり、横道に逸れたり、裏道を覗いてみたり。

 傍から見たら可笑しな踊りにでも見えただろう。

 そうとは知りながらダンス&ダンスをするのだから、僕は信じたがりだ。

 

 そうしてそのまま、誰にも会わず、ただ時間の浪費をして、自宅の扉の前に僕は立ったのだ。

 なら、その運命の出会いはゲームの中での事なのかもしれない。

 そんな確信はしていないし、猜疑心満々だし、序に言えばまだ放浪みたいな散歩をしていたい。ただ、そういう気分だったのかもしれない。

 本当に一人で居られるのは、ゲームではなく、孤独なリアルだけなのだ。いや、孤独では無いんだけども。

 それでもこうして。

 天羽 叶多やカデナ・パルメール、椋鳥 修一(シュウと歩ける事なんか絶対にないけど)と共に歩かず、隣にアイラも立たせず、空中に魔導書を浮かべず。一人で、歩く。

 だから『私がいるじゃないか』、と鎖の少女の声がする訳もなく。

 『我を忘れるな』、と魔導書の声が響く事も無い。

 

「あ、梓じゃん」

 

 あるのはきっと、何の変哲もない、孤独を壊してくれるご都合主義な日常だ。

 

「よぉ、どうしたんだ?」

 

 孤独の終わり。日常の始まり。或いは新たな物語の為の幕間。

 ここにいる僕達は、【数神】と【狂騒姫】ではなく、カタルパ・ガーデンとミル鍵でもなく、ただの庭原 梓と、ただの天羽 叶多だ。

 それは変わりようのない事実で。変わってはならない事象。

 案外僕は、そういったものを守りたかったのかもしれない。いや、僕だけじゃなく、『俺』も。

 

「ちょっと、怖い顔してるよ?大丈夫?結婚する?」

「急に何言い出してんだてめぇ。大丈夫だがしねぇよ」

「あ、じゃあ――」

「揉まない」

 

 ネタは分かるから振るな。

 そしてもう振るな。どうせフるのは分かってんだろ?

 まぁ……ずっと一人で帰るよりは、お前と居た方がマシだろうけどさ。

 

「ねぇねぇ梓ー、帰ったらまた行くんでしょー?」

「まぁ、そりゃあな。こっちでの用も済んだし」

「……なんかあったの?

もしかしてあの時居た探偵さんの事?」

「あぁ。セムロフ・クコーレフスっつー【探偵】」

「その人とリアルで会ったって事?」

「そうだぜ?」

「男?女?」

「なんでそっから聞くし」

「別にいいじゃん。気になっただけだし。ゲームだと女の子だったけど、リアルも一緒だったの?」

「そうだな。リアルも女性だったよ」

「ふーん……元から知り合いだったの?」

 

 ん……天羽とは高校からの仲。つまり……大学も同じである。

 となると、大学が同じである狩谷の事を言うべきか?下手したら『狩谷?あー、あの子ねー』とか言ってきそう。

 女子同士の繋がりは縦にも横にも広いと言う。学年が違っても繋がっている可能性がある。言わないでおこう。

 序に、狩谷から質問されても、ミル鍵が天羽である事は隠しておこう。……あいつはこっちを知ってそうだけどなぁ。

 

「で、どうなのさ。隠しておきたいって事は知り合い?

知り合いだと……後輩?」

 

 お前は探偵かよ。今んとこ正解だよ畜生。

 

「誰だろ……後輩に片っ端から聞くかなー」

「……リスト見せてくれよ」

「いーけど?」

 

 狩谷はあの時はまだ「桐谷 晶子」だった筈。あいうえお順で並べられていたリストの、3番目にその名前は記載されていた。……あるやんけ。3番目に「き」があるって事は後輩とか全員と繋がってる事は無いみたいだが……あるのかー。てか狩谷の事だ。俺の情報を引き出す為に天羽と繋がっていた可能性がある。てか有り得る。いや、最早ほぼ確定。

 うーむ……まぁ、隠し事をする意味もないか。

 

「実は知り合いです、ハイ」

「ふーん、今名前あったんだ」

 

 ……僕は『まだ』そこまで言ってませんが。

 

「視線的に……桐谷ちゃん?」

「ナニヲイッテイルンダロウ」

「梓、隠し事苦手ね」

 

 別にバレても何もないじゃん、と後々気付き、どころか知ってた方が楽だな、と自白するのは、もう少し後の事だ。

 そんな、下らない、当たり障りない日常は、当たり前のように過ぎていった。

 矢張り幸福はもう、この世界の何処にもない。




( °壺°)「《【ギャラルホルン】編》、完」
( °壺°)「……嘘です。もうちょい続きます」
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