其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「今回から少し、変わります」
( ✕✝︎)「何が?」
( °壺°)「何かが」


第五十四話

 天秤は、何時でも傾いていた。

 それを等しくさせるのは、生憎梓の仕事ではなく、然れどアイラの仕事でもない。

 その天秤にかけられているそのものが、動くべきである。

 然し乍ら、庭原 梓――カタルパ・ガーデンは、正義感故かその天秤を故意に傾ける。

 アアルの門の天秤ですら、傾けに行くかもしれない程。

 

 運命の敵対者。世界の叛逆者。

 そんな不倶戴天の敵が、最も正義である世界。

 それが現在の<Infinite Dendrogram>である。

 

□■□

 

 正義の味方が世界の敵である。

 それは決して――悪、と言う事ではない。

 寧ろ、世界が悪である可能性を考慮するべきだ。

 そしてまた、カタルパ・ガーデンは、正義の味方であって、無敵のヒーローでは無い。

 向かうところ『敵無し』の、無敵のヒーローでは、決して。

 なれなくて。なりたくなくて。

 それなのに周りは『成れ』と馴れ馴れしくて。

 そんな環境にも慣れて。

 

「成程、自分からなろうとはしないのか」

 

 恐らくそれが、そこが。

 庭原 梓の分岐点。常人でなくなる為の分水嶺。

 人を無価値と思う、その始点。

 

□■□

 

 全てを救い上げた後で良かった。

 青年であった梓は、確かにそう感じた。己の成長を、退廃を、そう評価した。

 父を越える前にこう(、、)なっていたら、きっと梓は今ここにいる事すら有り得なかっただろう。

 正義の味方になろうとする事さえ、<Infinite Dendrogram>を始める事さえ、無かっただろう。

 全ての終わったエピローグで良かったと。

 庭原 梓は、そう、酷評し、かの夢世界に旅立った。

 

■少し未来で、今になる話

 

『今宵、<Infinite Dendrogram>はマスターの時間軸でリリースから半年を迎える。

つまり此方では一年半、と言うことだ。

矢張り、月日は人を成長させる。魔導書である我も例外では無い。

個人的には、ブライドが未だ第5形態である事に苦言を呈したい所だが……まぁ、無礼講のようなものと言うことで。

まぁ挨拶も程々に、乾杯』

「「乾杯」」

 

 何故か、【幻想魔導書 ネクロノミコン】が仕切っている宴会。

 しかもその席にはアイラとカタルパしか居ない始末。

 宴会じゃねぇ、これいつもの光景だよ。

 そんな周りの声も聞こえず、三人(二人と一つ)は、そのいつも通りの一日に、特別性を持たせていた。

 

『序と言うよりは本題であるが、今日は貴公らが夫婦になって丁度三百日である。目出度い』

 

 そりゃ目出度ぇな!途端周りが拍手し始めた。

 随分と馴れ馴れしい感覚に疑問を抱いたカタルパは、振り向く。

 そこには嘗て、アイラに掌底をされたり、ジャバウォックに叩きのめされたり、右腕を切り飛ばされたりした者達……【ネクロノミコン】に出逢う前、レストランで会った者達。

 馴れ馴れしい態度に納得し、また切り刻もうかと【怨嗟連鎖】に手をかけた。

 

 ――その瞬間。

 

 そのレストランに居た誰もが臨戦態勢を取り、カタルパとアイラを睨みつけた。

 

「…………?」

「……皆、どうしたのだ?」

 

 カタルパも、アイラも分かってはいない。【怨嗟連鎖】に手をかけただけで過剰では、と思ったが、即座に理由に勘付く。勘付かせられる。

 

 刀から、右手が離れない事に。またその刀から、歪なまでの殺気が放たれている事にも。

 

「……あれ?」

 

 見れば、アイラの物とは全く違う、鎖が右手に。

 暗い赤を基調とした鞘の、金糸が施された刺繍から、同じ色の、鎖が。

 怨嗟が、連鎖する、刀。

 連なる()の、刀。

 刀であり、鎖である、武具。刀であった物に、鎖の要素が組み込まれた武具。それが、【怨嗟連鎖(  、、) シュプレヒコール】――!!

 

「……マジか」

 

 その右手を縛った鎖は、そのまま刀を引き抜くように動き――

 

「全員逃げろぉっ!!」

 

 引き抜いて放たれた斬撃が、取り返しの付かない程度にレストランを破壊した。

 

□■□

 

 その一撃で満足したのか、その一撃を放って鎖は解かれた。

 その後もいけしゃあしゃあと宴会を続ける訳にも行かず、三人はすごすごと立ち去っていた。

 破壊の傷痕は深く残っている。弁償代はとんでもなかったが、まぁ払えた(暫く貧乏生活にはなるが)。そしてまた、殺された者が居なかったのは幸運であった。居たならば、もっと惨事になっていただろう。

 

『……いやはや。暴走、か?

碌な事にならんな、貴公は』

「いや、今回は俺は悪くねぇだろ。寧ろこの場合、ミルキーが何かやらかした可能性だってあるが……それもねぇか。なら……何かしらの条件、とか?」

 

 シンプルな推理ゲームが始まる。問題は【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】について。

 とは言え、製作者に聞くのが一番なのは明白な訳で、一行は現在、彼女を探しているのだった。

 

「呪いとかそういう系統か?

今手をかけても刀が抜かれる気配は無いし、人がいるのが発動条件って訳でもないみたいだ」

『今貴公、サラリと大量殺人事件未遂しなかったか』

「まさか。で、アイラはどう思う?」

「以前出会った者が居たから……なのだろうか?

確かカーターは以前、【共鳴怨刀】であのレストランにいた者を斬ったのだから……それが関連しているのかもしれない」

「『怨嗟』が『連鎖』する刀…この場合の怨嗟って、何なんだ?」

 

 少しづつ、一歩づつ、着実に、答えへと向かうカタルパ。

 歩兵やポーンが一歩づつ進むように、ゆっくりと、進んで行く。

 

「怨嗟の定義…恨み嘆く事…恨み…怨み。

あいつは俺を恨んでいた(、、、、、、、、、、、)?」

 

 ハッとするカタルパ。そりゃそうだろう。腕を切り落とした張本人が目の前で結婚記念日やらを祝っているのだ。

 妬みは兎も角、なんでヘラヘラしてやがる、といった恨みに似た感情が無い訳が無い。

 ならば此度の破壊は、その恨みを連鎖させる為に。他の者達へも、カタルパへの恨みを持たせる為に。

 『正義の味方が恨まれる』事により、何か【怨嗟連鎖】にとって有益な事があるが故に……。

 

「だとすると……だ。

恨まれる事で強くなる。

若しくは怨嗟を連鎖させる事で強くなる。

この二択だな」

「前者だった場合、正義の味方が恨まれて強くなるという、ダークヒーローもおっかなびっくりなお話になるんだね」

『笑い話で済めばいいが……その場合、強者を打ち倒す為に多くの者に恨まれる必要が生まれ…倒せたとしても、その恨みを延々と背負わねばならん。

最早それは、正義の味方とは言えんぞ……』

 

 恨まれる宿業を背負った正義の味方など……誰も正義の味方とは呼ぶまい。否、呼べまい。敵を倒した所で、世界を救った所で、浴びせられるのは怨嗟の声。

 無限に繋がり、無限に連なる。

 繋がり連なり、連鎖する。

 鎖は彼等を取り囲む。

 縛りあげ、吊し上げ、十字架にかける(、、、、、、、)

 正義の味方にあるまじき、最期となるだろう。

 だからと言って、【ネクロノミコン】よりも付き合いの長いこの刀を、態々鞘を拵えて貰ったこの刀を、使わないなんて事も、有り得ない。

 ならこの欠点を、課題を、乗り越えるしか、無い。

 

 可能性の内、どちらであっても結果は同じだ。カタルパが恨まれる。それだけだ。

 恨まれるか恨まれないか(オール・オア・ナッシング)

 元より天秤を傾ける者。運命の敵対者の時点で、神には恨まれる事だろう。

 【数神】が、(同属)に恨まれる事を嘆くとは、と二人は苦笑した。いや、別の観点に関しても、【幻想魔導書 ネクロノミコン】と【絶対裁姫 アストライア】は、苦笑した。

 抑彼は、『正義の味方』になりたくなかった筈なのに。

 なぁなぁで生きてきた、奔流に流されて、それに身を任せてきた彼は、いつの間にか『正義の味方』になってしまっていた。だが、まだそこから、『なりたくない』という意思があれば、ならなくて済んだ筈なのに。

 だが今の彼は、『正義の味方』だ。

 

 『正義』の、『味方』だ。決して、『誰か』の、『味方』ではない。

 その筈だったのに(、、、、、、、、)――

 

「んぁ?梓じゃーん、やっほー」

「お、噂をすれば」

 

 そんな時にミル鍵に出会えたのは幸運だっただろう。

 カタルパはすぐに事情を話し、ミルキーも唸り出した。

 

「鎖なんて仕様追加してないんだけど……何かの条件なんじゃない?」

「俺もそう思った。鎖が何処からか湧いてくる妖刀……って感じなんだが、実際どうなんだ、【怨嗟連鎖】の能力は……」

「んー、《鑑定眼》」

 

 ミルキーは虚構系統多種職業混成派生超級職【狂騒姫(ノイズ・クイーン)】だ。

 【狂騒姫】ならではの固有スキルは《混沌こそ全を産む(マザー・オブ・カオス)》。

 職業の変更等により使えなくなっている全スキルを50%程度の状態で使えるようにするスキル。また、《轢かれた脚は此処に》の発動中であっても、これによりスキルを発動する事が出来るようになる。

 つまり現在の彼女は下半身が無い状態でも様々なスキルを発動させる事が出来るのだ。

 下級職6つに上級職2つが器の本来の限界。それ以外にない職であれど、一度覚えたスキルを弱体化させた状態で使用出来るチートスキル。

 色々と制約か何かはあるらしいが、「情報アドバンテージって大事なんでしょ?」と言われ、詳しい事はカタルパも知らない。

 

「…………ふーん……成程ねぇ」

「何か分かったのか?」

「先ず、そうね。

第一に、これは私のせいじゃないわ。寧ろそういう犯人探しをするなら、アイラちゃんが犯人、って感じ?」

「え、私?」

「そう、ユー」

 

 何を言っているのか分からない、と言った顔のカタルパとアイラ、そしてネクロの為に、噛み砕いてミルキーは説明しようとする。

 

「アイラちゃんが第5形態になった際に……なのかは厳密には不明だけど、少なからず、【怨嗟連鎖】が【怨嗟連鎖】として固定されたのはそのタイミング。

名ばかりだった【怨嗟連鎖】が形を得たのは、鎖という明確な、縛り付け固定させる物を見た瞬間だと思うわ。私が作り上げた時に、こんなステータスやスキルじゃなかったもの。

それで……仮定については前者ね。具体的には、ヘイトに応じてステータス上昇、みたい。

それについては元来の煽りスキルがあるからプラスされるだろうけど、問題は範囲指定が無い事(、、、、、、、、)

「範囲指定?どういう……まさか」

「そのまさか。受けたヘイトが消えない限り、無限の距離を以てそのヘイトは継続される。ヘイトを集める限り無限に強くなれる。

それが《怨嗟の感染》とは別のスキル……らしいんだけど、名前が無い」

「……もう別次元過ぎて訳わかんねぇぞ」

「私もよ。確かに拵えてた時に『完成していない』と思ったけれど、まさかこんな形で完成するなんて……」

 

 何が起きてもおかしくはない世界で、彼等は今、一つの未知に立ち止まる。一つの道で立ち止まる。

 それも、今迄通っていた筈の道で。

 明確に、【シュプレヒコール】について、言及してこなかったが故の。必然的な通過点。

 これは、通過点にして特異点。

 誰かが、つまりカタルパが見過ごした、変化点。

 今宵これより始まるは、終末の喇叭が吹き荒れたその後。

 ほんの少しの幕間。

 刀と手甲と魔導書の、ほんの小さな物語。




【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】の物語

 名前が変わった謎と、新たなスキルについて。
 見飽きた筈の、使い慣れた筈の刀が、少しだけ牙を向く物語。
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