其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第五十六話

■カタルパ・ガーデン

 

 解読するのは困難だろう、とネクロは言った。

 翻訳ではなく、解読と言った。まぁ、それだけで、それ以降も、それ未満も、ありゃしないんだけれども。

 確かに眼前の文字列は初見であり、不可解であり、不可思議だ。整合性は無さそうだが、法則性はありそうな記号の羅列に、俺は目を(しばたた)かせるだけだった。

 でもそれらは、諦める理由にはなってくれない。

 手を休める理由にも、目を逸らす理由にも、なってはくれなかった。手を止めた時の辛うじての理由付けくらいにしかならなかった。

 それは何かが、俺が怠惰である事を許そうとしていないかのように。勤勉であれと主張するように。

 それは何かが、俺が傲慢である事を助長するかのように。

 

 時の歯車は廻り、見えない鎖が俺を此処に容赦なく縛り付ける。

 逃げたりはしないのに、逃がすまいと締め付ける。

 手帳に文字の規則性を記していく。着実に、確実に、前に進む為に。

 中途で止まったりはしなかった。『解読』と言うからには、ナンセンス文学であっていい筈がないのだから。

 果たして、ものの十数分で、解読そのものには成功した。

 

 解読されたその文字が、更なる暗号となっている事に気付いたのは、その時になってからだった。

 

□■□

 

「クリアさせる気あんのかネクロ…」

『すまないが、これでも配慮はしている。一つ暗号を解く回数を減らしているのだからな』

「エグいっつーかタチが悪いな、そりゃ」

『性格が悪い奴が何か言っているな……』

「あ?」

「まぁまぁ、私からすればどちらも悪いよ。と言うか、そう言った会話に聞き覚えが……まぁいいか。

ネクロの方には厳密には非があるとも言えないようだし……?」

『まぁ、な。我も独自に解読はしていたが、マスターに見せたそれが限界だ。暗号を一段階解いて、それを見せるのが精一杯だった』

「ほー……そうそう、それでネクロ。『これ』は結局何なんだ?」

 

 俺は漸く手帳からネクロに視線を移し、ちゃんとした会話を始めた。片手間にする会話ではないしな。

 《議題記す偽題の琴(カーヌーン)》とネクロが呼んでいたこのスキルは、一連のこの『【シュプレヒコール】事件』の手掛かりになると俺は踏んでいる。

 

『これはスキルの解読を行うスキルだ。

発動の為の条件は三つ。

一つ。対象のスキルがマスター……つまりカタルパ・ガーデンの所有物のスキルである事。

二つ。対象のスキルが《???》であり、所持者本人が『現状』解読不能である事。

三つ。その情報の開示を、そのアイテム本人(、、)その上層部(、、、、、)が許可する事』

「本人か……上層部?」

『貴公もよく知る管理AIと呼ばれる存在だよ。それ以外にも権限持ちはいるようだがね』

 

 アイテムの管理AIと言うと…ネクロの出たガチャの件でジャバウォックが言っていたマッドハッター……だろうか?多分そうだろう。

 ジャバウォックは『鏡』なのに、マッドハッターは『不思議』である。どうやらどちらでもあるらしい。真実は(中身が)どうであれ。

 あのジャバウォックの頭を悩ませていたのがマッドハッターであるのだから、常人であるとは思えない。MVP特典をガチャの景品にするくらいなのだから、流石に俺よりマトモではあるまい。

 なら、許可したのは……『彼女』本人、という事になるのだろう。あの有象無象というオチはない筈だ。

 つまりネクロは俺の知らない内に【シュプレヒコール】から許可を貰って《議題記す偽題の琴》を使用した訳か。

 カーヌーン……確か、ネクロノミコンという魔導書が登場したお話……だったか?

 ……この世界にクトゥルフ神話があるとは思えないが、そういう来歴はちゃんとしているんだな。……ゲームだから当然、というべきか?にしては……そのリソースがデカすぎやしないか?

 なんと言うか……輸入して来た感がある。

 この世界に本来存在しなかった情報を輸入して活用している。そのせいで魔法とエンブリオ、そして〈UBM〉が混在している、そんな気がする。

 まぁ、それは今語る事では無いな。

 それよか解読だ解読。

 ――解読したその文字列がそのままスキル名とかに訳されているのは有難いな。

 

「スキル名、《延々鎖城(フレーズ・ヴァルトブルク)》……か。

だが妙だな……ヴァルトブルクって……城って付いているし、あのヴァルトブルク城だろ……?

なんでこの世界にある筈のないものを参考に出来るんだ……?」

 

 ヴァルトブルク城はドイツに実在する城だ。

 シュプレヒコールはドイツ語が由来となっているからそういう意味で関連性はあると言えるが……それでも、この世界にない『ヴァルトブルク城』と『ドイツ語』という概念を関連付ける事が、この世界で可能なのか?(序に、『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』というドイツのオペラがあり、そこからシュプレヒコールに関連付けた可能性すらある)

 『ゲームだから』、と割り切れる問題か?

 

 ……あぁ、また脱線した。

 それはまた、追追……いずれ触れる事だろう。俺がこうした問題に対して、無関係でいられるとは到底思えないから。その時になったら、また考えるとしよう。

 今は解読した《延々鎖城》そのものの方が重要だ。

 

「ヘイト値に応じてステータス上昇……は予想通り。

鎖は……やっぱあの有象無象共のせいか。

ヘイトが1でもある奴に対して、更にヘイト値を高める行動を行うのか……成程、道理であいつに……」

 

 レストランのあいつ、まだ俺の事根に持ってたのか。説明通りだと、俺にヘイト値があったからこそ、《延々鎖城》はあいつのヘイトを高める行動をとったのだし。

 やれやれ……いや、これ俺のせいか。巡り巡って俺に返ってきただけか。高める行動、な訳だから今回の件で更にあいつに嫌われた訳か……今更気にするような事じゃないな。

 

「問題は、スキルのON/OFFだよな……」

 

 仮に切れないのなら、とんだ呪いのスキルだ。この装備は呪われています、なんて表記でもされるんじゃないだろうな……アンデッドが鎖を動かしているようだから、ある意味呪いの武器だけどさ。

 幸い――それも、不幸中の――スキルを一時的に封印する事が可能だった。

 とは言え一時的だ。リミッターでしかない。爆発すると分かっている爆弾を、それでも抱えているに等しい。

 解除していたら、多分セムロフにも使ってしまうだろう。

 かと言って常時封印出来る訳ではないようで、1時間封印していた場合2時間封印出来ない、といったように、倍の時間……しかもログアウト中はカウントされない……封印出来なくなるようだ。ここぞという時だけ封印して、極力解放しておこう……。

 最大封印時間は24時間。つまり使用後は最大で二日も再封印出来なくなる訳だ。この封印の厄介な所は何秒封印していたからこの後何秒使えません、的なものではなくて、先にどれ程封印しておくかを決めなければならない所だ。使い勝手悪いなぁ……。

 思えば《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》だってリキャストタイムが72時間だったし、意外と俺は使い勝手の悪いスキルに好かれているのかもしれない。全く嬉しくない。喜ばしくもないし良くもない。

 《秤は意図せずして釣り合う(アンコンシアス・フラット)》も悪人にしか使えないし。

 《不平等の元描く平行線(アンフェア・イズ・フェア)》も自分のステータスしか代入出来ないし。

 《感情は一、論理は全(コンシアス・フラット)》だって感情を失うから無闇矢鱈な特攻しか出来なくなるし。

 究極的には《愚者と嘘つき(アストライア)》さえも、第5形態が解放されるまでは連撃しないと殆ど意味を成さないスキルだったからな。

 

 さて……。解決したし、戻るか。

 

「ネクロ、戻してくれ」

『了解し……た……が……?』

「……?どうした?」

『外でミルキーが何か騒いでいる……ようなのだが』

「なら気にする事は無いな、内容にもよるが」

『恐らく無関係では無いかと。盗み聞いた所、貴公の名が出ている』

「面倒事に巻き込まれるのは嫌なんだがなぁ……」

「『奇遇だ』」

「アイラは兎も角ネクロもか……?」

 

 何となく心にくるなぁ……。

 いや今はそれはいい。ミルキーが騒いでいる……のはまぁ、仕方ない。【狂騒姫(ノイズ・クイーン)】だからな、なんて洒落た意味合いではなく、あいつの素の性格的に。

 暴れ回っているのではない点が救いだ。あいつの今の本気は、俺では止められないからな。悪人でない時点で、【絶対裁姫 アストライア】の能力は半減されるも同然なのだから(そのせいで闘技場に於いて勝率は一割と二割を行ったり来たりしている。お陰で一時期『サンドバックの神』とか呼ばれてた)、彼女は益々止められない。興奮しているようで、道端に落ちている【幻想魔導書】にも気付いていないらしい。

 

「それは不幸中の幸いって事にするが……実際どうなんだ?内容を知らないと対応に困るんだが……」

『予め知っている状態で行くのは危険だ。彼女自身から話を伺う事を推奨する』

「それもそうか」

 

 変に疑心を持たれて暴れられるよりは、その方がマシだ。問題児を手懐けるのは、難しいようだ。

 

「…………」

「どうしたんだ、アイラ?」

「いや、久々に心を読んで少し後悔したな、と」

「え……まさか離婚!?」

『久々に貴公等が夫婦である事を認識したぞ』

「お前は常日頃からアイラを『ブライド』呼びしてんだろ!?」

『いや、なんかこう……日常と化していて、意識など到底――』

「確かに、私も指輪をしている間しかカーターと夫婦関係ではないのだな、と思ってしまうよ」

「アイラ?四六時中付けてるよね、指輪?つまりそれ四六時中思ってるよね?」

 

 近頃、扱いに慣れてきたのか、二人のツッコミ役と化している俺は、その場から逃げるように、新たな修羅場に突入するのだった。




延々鎖城(フレーズ・ヴァルトブルク)
 【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】第三の能力。
 対象にこちらへのヘイトがある場合、そのヘイト値を上昇させるように自動的に働くシステムのようなスキル。
 ただ、ヘイトを高めるスキルではない為、上がらない場合もある。
 また、ヘイト値の合計に比例してステータスが上昇する。こちらがオマケに聞こえるが、本来こちらがこのスキルの主である。

( °壺°)「ドイツオペラ『タンホイザー』と『シュプレヒコール劇』には直接的な関わりはありません。勘違いさせたらすみません」
( °壺°)「ただ単にドイツと聞いてヴァルトブルク城が出てきただけなんです……別に『フレズベルク』とかで調べて類似でかかったりしたから知った、とかそういう訳ではないのですよ?」
( ✕✝︎)「墓穴を掘るな」

( °壺°)「あと、ネクロが解読は一瞬だ、みたいな事を言っていたのには《強制演算》があったから、という理由があります。結局使いませんでしたけどね」
( ✕✝︎)「頭痛は嫌でござる」

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