其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第五十七話

■カタルパ・ガーデン

 

 《延々鎖城(フレーズ・ヴァルトブルク)》。

 【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】第3の能力。

 詳しい事は前に言った通りであり、今更語る事は無い。

 

 と言うか、今語るべき事は別にある。

 天羽 叶多……『ミル鍵』の事である。

 つまりは【狂騒姫】の事であり、俺の仲間……仲間?……の、事である。

 こんなイカれた世界の中で、本当の愛を探して――いた人。

 さて、その世界とは、『どちら』なのやら……。

 

□■□

 

「ん?あ、梓じゃん、オッスオッス」

「女々しくねぇ挨拶だな……」

 

 チラリとミルキーは俺の後ろの魔導書を見た。それだけで、どうやら察したらしい。

 

「ん……事情はどんくらい知ってる?」

「残念ながら全く。こちとら『あの中』で【シュプレヒコール】に関する情報の解読してたからな……」

「OK、無知蒙昧なキッズにミルキーちゃんが説明してあげましょう」

 

 コホン、と態とらしい咳払いを一つして、ミルキーは語り出した。てか俺はキッズなのか……?

 

「私ってほら、通常時は下半身がくっついてるじゃない?」

「いきなり《轢かれた脚は此処に(テケテケ)》の話かよ……」

「うん。

で、ね。斬ったら私の下半分って光の塵になるでしょ?それは暫くは残るんだけどさ……そのぶった斬られた下半分見て卒倒しちゃった人がいるらしくてさー、怒られちゃったんだよねー」

「あー……成程なー……自業自得じゃねぇか」

「そうだけどさ、今時下半身だけあったって驚く人って少なくない?」

「今お前自身で『居ない』と言わなかった時点でお前が悪い事は確定したよ」

 

 割と下らない話だった。それこそ【シュプレヒコール】の事を切り上げてまで聞くようなものではなかった。

 

「で、お話は麻薬を打ったように変わるんだけどさ」

「普通に『打って変わって』って言えよ」

「【シュプレヒコール】のあの鎖の件、話が進んだ訳でしょ?始終を聞かせてよ」

「あぁ、いいぜ」

 

 下らない話のお代として、俺は《延々鎖城(フレーズ・ヴァルトブルク)》の話をしていた。

 しかし、ミルキーが目を付けたのはそこではなかった。

 

「ふーん……《議題記す偽題の琴(カーヌーン)》……ね。

梓はさ、そのスキルの有用性について、どんくらい理解してる?」

「有用性?いや……言うて……」

 

 話が変わっている事には目を瞑るとして――それこそ打って変わって、だ――いきなり有用性の話とはどういう要件だ?

 

「考えなよ、梓。

許可制であれど、所有物に限定されたとしても、スキルの解明はとても貴重で有用なスキルよ?

そもそも人って生き物は未知を嫌うわ。それを既知に出来るスキルなんて、喉から手が出る程に欲しいと思われても仕方ないのよ?」

「そんなに有用か?あんま実感が湧かないんだけど」

「そうね……例え話でいいなら、あれよ。梓が以前やったっていうミレニアム問題。あれ全部解けるかもしんないって感じ」

「そりゃ……凄いな……」

 

 呆然とするしかなかった。それ程までに、気付いていなかっただけで《議題記す偽題の琴(カーヌーン)》というスキルは、(言い方が悪いが)使えるスキルだったのだ。

 

『まぁ、その為の許可が面倒なのだが……それを貴公等が知る由もない。今はそれで構わないし、そのような扱いも妥当であろう。

だがな狂騒の姫。

我はもう道具では無い。

カタルパ・ガーデンを主とする道具ではない。

今の我はカタルパ・ガーデンに仕える者。

従者であり、駒では無い。

努々忘れるな、そして違えるな。

我を「仲間」と呼んだマスターの為の存在を愚弄するならば――』

「そりゃ、俺はそいつをぶっ飛ばすわな」

 

 仲間って呼んだ事あったかなぁ……なんて考えるのは不毛だろうか。

 いや、不要なのだろう。

 俺とアイラが並び立って歩く。その傍らに魔導書一冊浮かんでいたって、俺達は気にしない。寧ろ丁度良い調律師だ。俺達の間違いを、暴走を、抑えてくれる調整役。

 確かにそれは、道具では成し得ない。俺の、俺達の仲間じゃないと、成し得ない。

 

「はっはーん、成程ね……そういう感じ……なら、ネクロ君がそのスキルを使える理由は……《魔法の学習》……っていうやつのせいかな?」

『……その辺りはご想像にお任せしよう』

 

 ……そうか。ネクロは『魔法(人間)』を学習するんだったな。俺やミルキー、フラグマン師から、学ぶ。何を、かは分からないが、本来マスターが成長して行く事で開示されるスキルを事前に知れると言うのは……そういう事(、、、、、)なのだろうか。

 

「これが、魔導書の精算か?」

『……?』

「どったの梓」

「あー……いや、なんでもない」

 

 仮にそうだとするなら……後は手甲か。いや、まだ刀の精算が完全に済んだとは言えないし、油断は禁物だな。

 それに……今迄の精算ってのは、俺が勝手に考えているだけだしな……。

 杞憂である事を祈ろう。

 

「ま、いいでしょう。ネクロ君のお話はこれにて。

私のお話も自業自得って事でいいわ」

「元からそうだったろ」

「はいはい。

じゃあ後に残った御刀のお話でもしましょうか」

「そうだな……そう言やお前には発動しないんだな、『これ』」

「ん?その《延々鎖城》って私みたいな人に対して発動するの?」

「ん……そうとも言えるしそうじゃないとも……状況から察するにお前は『そうじゃない』方の人間らしいんだが……?

そこんとこどうなんだ、ネクロ」

『さぁな。それは記載されている情報には記されていない。

――それよりもマスター、徐々気付いてくれないかね……?此方から言うまでもない事だと思っていたら中々踏み入れないのでこちらから言わせてもらうぞ……?』

「どうした?」

『貴公の嫁がマズい、としか』

「は?」

「えっと……仕方ない、梓!」

「あ――あぁ、分かってる」

「「Let us in?」」

『OK.……And then there were none!!』

 

 苦しみながらのそのネクロの詠唱に、少しだけ不安を掻き立てられて。

 俺は再び、本の世界へと旅立った。今度は幼馴染を連れて、未知の空間に飛び込んだ。

 

□■□

 

 【幻想魔導書 ネクロノミコン】に、この『Let us in?』の合言葉を用いるスキルは存在しない。

 だったらそれは何なんだ、という話になる。答えは特性である《魔法の学習》だろう。

 人間という魔法に於いては、俺達は先生であり実験台だ。

 つまりは学習する材料だ。

 ……だがそう考えると、ネクロはいつの日か人の形をとる事が可能という事に……?

 まぁいい。それはいい。

 

『さて、マスターと御客人、悪いがどうにかしてくれないか?』

 

 問題は。問題点は、そこなんかじゃない。

 問題なのは――

 

 アイラの鎖が、ネクロを縛り上げているこの光景だ。

 

 ネクロは元々の本体である【虚構魔導 ネクロノミコン】をこの本の世界で顕現させる事が出来る。

 その本体が、枯れ木のようなその身が、今鎖によって自由を奪われているのだ。

 

「アイラ……?」

「――カーター、か?」

「あ……?あぁ……そう、だ……が……」

 

 俺はカタルパだが、アイラはアイラじゃない(、、、、、、、)みたいだった。

 

「すまない、カーター」

 

 するとアイラは、ぎこちない動きで、だが確かな動きで、自身の首を指差した。それこそ、自分では差したくないのだと言うかのように、ぎこちない動きで。それこそ、こうしなければならないのだという、確かな動きで。

 

「梓……冗談とかじゃ……ないよね?」

「…………」

 

 ミルキーの言葉にも受け答え出来ず、俺はただ、己が首を指差したアイラを見つめるばかりだ。

 見つめるだけで何かが変わる訳じゃないのに、その指差された白い滑らかな首から、目が離れない。

 俺はただ、目を離さずに、その首の上にある口から、言葉が発されるのを、待っているのだ。

 

「私を殺してくれないか?」

 

 俺をまた(、、)断崖絶壁に突き落とす一言を、待っていたのだ。

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