( ✕✝︎)「9000UA突破が五十一話だから……大分早かった訳だ」
( °壺°)「この長々しい物語を読んで下さり誠にありがとうございます」
「………………ったく…………」
媒体を外し、カタルパのいた世界から舞い戻った庭原 梓は、嘆息した。
「【ギャラルホルン】の奴……そんなに僕に期待してたって事かよ……」
毒づきながら、その口は笑みを浮かべていた。
好敵手を見つけた時のような、明るい笑みを。
□■□
少しだけ時を巻き戻そう。丁度アイラが己が首を指差す辺りまで。
「私を殺してくれないか?」
その問いに、残念ながらカタルパは応えられなかった。
愛すべき者をこの手で討て、とは一体何の冗談か。
そもそも殺さねばならない理由が無い。
だが、カタルパの目は良い。視力が、ではなく、着眼点が。
何故そうしなければならないのか、に気付く程度には。
「タチが悪い……悪過ぎる……」
「生憎だが
アイラの詰るようなセリフは、カタルパを逆撫でた。
「――アイラの顔で、アイラの口で、アイラの姿で、アイラを乗っ取って!
なんでてめぇが出できやがる、【ギャラルホルン】ッ!!」
それこそ怨嗟の声だった。
彼の口から発せられたのは、怒号であり罵声。無垢を穢す嬌声――心からの悲鳴。
愛する者が。相棒が。
何故、最も嫌うべき、忌むべき、唾棄すべき者になっているのだろうか。
何処ですり変わり、入れ替わってしまったのだろうか。何時、如何様にして――は分かっている――それこそ5W1Hで語ってもいいのかもしれない。
目の前の怨敵、宿敵を、カタルパ・ガーデンという存在は許容しない。況してやそれが、愛する者を乗っ取っているとなれば尚のこと。
どうしても、目の前に居るのが彼女なので、過剰な毒を吐き出せない。
彼女を笑う言葉は吐けず。
己を汚す言葉も吐けない。
今この瞬間のカタルパ・ガーデンは、きっと誰よりも弱かった。
それは、戦闘スタイルがどんな時でも【絶対裁姫 アストライア】が中心だったから――でもあるだろうがそうではない。そういう意味ではない。
カタルパの支えが、無くなったからだ。
【幻想魔導書 ネクロノミコン】は脇役であり、カタルパ・ガーデンという
支えになれるのは、アイラだけだった。
それこそ、『人という字は』から始まるあの綺麗事のように。アイラはカタルパを支えていたのだ。
カタルパは、その二画目を失って倒れた。
膝から頽れ、項垂れた。
神に命でも差し出すかのように。
俯いて、掌を上にして。
だが、まだだった。
彼の目は、【片眼魔鏡 ガタノトーア】を装着した左目は、
そして。
「――《
左の虚が、本の世界を侵食した。
□■□
その視線の先にいた【絶対裁姫 アストライア】及び【終点晶楔 ギャラルホルン】は、ほんの一瞬。瞬きにも満たない時間、静止していた。それこそメデューサと目を合わせて固まったかのように。
その刹那、本の世界にいた彼女達は精神世界と言うべき場所に立っていた。
『其方は……正義の味方、なのか?』
「あぁ、カーターは何処までもそうだよ」
『では……其れはどのような正義だ』
「この世界の理不尽に対する叛逆。世界に対する不倶戴天となる事による絶対的な『絶対敵』。
それがカーターの正義……だと、私は思っているよ」
『そうか……此方の考える正義とは、似ていながらも異なるな。
矢張りまだ、其方の肉体は借り受けるしかない』
その精神世界で、彼女と楔は向かい合い、相対していた。カタルパのように毒を吐くのではなく、ただ言葉を交わした。
議題は『正義について』。どちらも違う正義を持つが故に、相対しながら敵対していた。
「待ってほしい、【ギャラルホルン】。なら、君の言う正義とは何なんだ?」
『理不尽に『打ち勝つ』力。ただ歯向かうのではなく、結果を導き出せる絶対的な力。
偽善ではない、真の善。
其方が持ち得ぬ、誠の善だ』
会話が止まる。【ギャラルホルン】の言う正義を、カタルパが持てない事を知っているから。
仮に彼が持とうと努力をしても――『届かない』事を知っているから。
彼女は口を噤むしかなかった。
その時点で、何処か諦めがあったのだろう。
再び……そして完全に。【絶対裁姫 アストライア】という存在は、【終点晶楔 ギャラルホルン】に呑まれた。
□■□
《
だが、その一秒が、カタルパとアイラの物理的距離を詰める最適解であったのは、偶発的必然だった。
「アイッラァッ!」
燕尾服の青年が白銀の少女に手を伸ばす。
その右手には無骨な手甲が嵌められていて、それが握り拳だったなら、殴り飛ばしでもするのかと思える程に凶悪なデザインだ。
所々に昆虫を想起させる装飾がされており、腕を守る部分は甲虫などの背中の外郭にそっくりだった。
一秒が経過。
止まっていた世界が動き出す。
まだ、手の届く範囲に彼女は居ない。
「届けぇっ!」
操られている。届いたところで、何も変わらないかもしれない。けれどまだ、彼女の意思があったから、戻せる手段もある筈だ、と。
希望論を掲げるのは、最早カタルパの十八番だった。
しかし、そうして伸ばされた右手は、白く細い、美しい左手に払われた。
「えっ……?」
「煩わしいぞ、正義の味方」
少女の口から発せられたのは、年季を感じさせる言葉。老人のような語り方は、不思議と何かを想起させる。
「此方が少し止まっていれば不用意に近づくなど……其方は何だ?
正義の味方などではなく、怠惰の使者か?」
また、奴は逆鱗に触れてきた。態々、届きにくい場所にまで手を伸ばして。伸ばせなかった、『届かなかった』カタルパとは違って。
「【ギャラルホルン】ッ……てめぇ……《
怒髪天を衝く。カタルパはすぐさま【怨嗟連鎖】を引き抜き、《
ストックできるスキル候補の中に、《揺らめく蒼天の旗》は無かった。
制約は一度でも《音信共鳴》で模倣し、発動している事だけの筈。
そこに、『現在所持していない武器のスキルはストックできない』なんて制約は、無かった筈――!!
しかしそこで、原因がそこではない事に気付く。
(違う……姿がアイラだから、本能的に忌避してるんだ……)
宿敵であろうと、下卑た笑みを浮かべていようと、それは【絶対裁姫 アストライア】以外の何者でもない。彼に愛する者を殺す勇気は無い為、無意識にリミッターをかけてしまっているのだ。
チャンスはあっても、それを選び取る勇気が無かった。自身の掲げる正義の為に愛を捨てる事が、カタルパには出来なかった。
それは、その正義が正解でないからなのかもしれない。愛を捨てる程のものではないからかもしれない。
正義感はあっても、正義ではなかった。それが、カタルパなのかもしれない。
「何故に、其方はそのような、中途半端な正義なのかね」
【ギャラルホルン】はアイラの姿で、目を細めてカタルパを見る。それは敵同士の態度ではなく……教師と生徒のような立ち位置だった。
「俺は……正義の味方になりたい。英雄にはなれなくてもいい。それは『僕』の役割だ。
掲げているだけの正義なのも、アイラくらいしか守れない矮小な正義である事も知っている。
それでも、俺は――」
「待って、梓」
突然の横槍に、カタルパは止まった。
彼を梓と呼ぶのは、今この場には一人しかいない。その一人、ミルキーは、丁度アイラとカタルパの間に割り込むように立った。
「梓はそんな小さな正義でも、胸張って掲げてたじゃん。掲げてただけじゃなくて、ちゃんと実行出来てたでしょ?
正義の味方じゃん。充分に、立派に。偽善だけどさ、そんなの性悪説からしたら当然でしょ?
今更ヘコむ事なんかない。
カタルパ・ガーデンは正義の味方だって私が保証する。
それに梓が『悪』だって認めるのは、別にアイラちゃんを傷付けた場合だけって訳じゃないでしょ?」
それは、《
PKや大量虐殺など、確かにその範囲は、アイラのみではない。寧ろ範囲は無制限であり、矮小でも狭小でもない。
「でも……それらは全て事が起こってからだ。
正義の味方は抑止力。
後手の俺は、それじゃない。
だから――」
「失敗しない人なんていないわ。
それに、後手だって重ねて行けばちゃんとした抑止力にはなれる筈よ。
後は……貴方次第じゃないの?
正義の味方になりたいっていう、意思じゃないの?」
何故そこまでミルキーは――天羽 叶多は、カタルパ・ガーデンに肩入れしてくれるのだろう。
空虚な、姑息な言葉だ。
なのに、胸から溢れ出る思いは何なのだろう。
「庭原 梓とカタルパ・ガーデンを比較する必要なんてない。
庭原 梓は英雄で、カタルパ・ガーデンは正義の味方。住む世界が違うのよ。
それに……そんなに現実での『庭原 梓』に執着する必要って、ないでしょ?カタルパ・ガーデンっていう存在は、庭原 梓に出逢った事は無いわ。だから、そんな英雄を前に『自分なんて』って卑下する必要は無い。もっと胸張りなよ。
――正義の味方が胸張らないで、誰が前を向いて生きて行けんのよ!
自分の思う正義が絶対的な『正義』じゃん!
正義の敵は別の正義!なら他人の掲げるやつは敵!
自分のが絶対!それじゃダメ?
そんなに他人のと比較してヘコみたいならお好きにどうぞ!
でもそれなら貴方の正義は置いてって。
私達が梓に着いて行くのはその正義があるから。その正義が無くなるなら、あっちの梓もこっちの梓も、少なくとも私は見捨てて行く。
もっと胸張りなよ、梓。
私は、そういう梓が好きだもん」
突然の告白に、一瞬だけ《型呑永愛》を喰らったかのようにカタルパが停止する。
「この世界じゃもうダメだけど?
私は貴方が好きだもん。諦めたら、そこで試合終了だもん。
正義の味方が好きなんじゃない。私は梓が好きなんだ!
だから、とっととこれを終わらせて、ログアウトして答えを聞くわ!」
「いや……今ここで回答しても――」
「んなの華がないじゃん!
取り敢えず【終点晶楔 ギャラルホルン】をアイラちゃんから引き剥がすよ!」
「……それで、対話が出来なくなると困る。
まだ少しだけ待ってくれ。
なぁ、【ギャラルホルン】」
「……何かね?」
ミルキーの横をすり抜け、アイラを乗っ取って笑う【ギャラルホルン】に、カタルパは詰め寄る。
「お前の正義、教えてくれよ。
敵対するだけが正義じゃない筈だ。
ヒーローだって、最後は団結するんだぜ?
お前の語る正義の味方に、俺はなれるんじゃないか?」
提案するその姿は、悪魔のようだった。
片眼鏡が反射し左目を隠したが、右目に燃える意思が左目にも宿されている事は明白だった。
【ギャラルホルン】はまだ、明かしていない。己の掲げる正義の何たるかを。
自分だけ明かしながら其方が明かさないのは『不公平』だと考えたのだろう。実にカタルパらしい。
【ギャラルホルン】もそれには呆れ、また感心し、口を開く。
「教えておこう、此方の掲げる正義を」
【終点晶楔】に成り果てた【ギャラルホルン】は語る。【絶対裁姫 アストライア】の姿で、彼女の掲げるものとは違う正義を。
【終点晶楔 ギャラルホルン】
【零点回帰 ギャラルホルン】の成れの果て。鎖に纏わりついた楔。マスターを殺し、ティアンを殺さなかった化け物の終点。
カタルパ・ガーデンよりも正義であり、ゲームとしては悪である滑稽な存在の最果て。正義の味方になる為の、なる為だけにある一里塚。