其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「喜べ、10000UA突破だぞ」
( ✕✝︎)「9000UA突破が五十一話だから……大分早かった訳だ」
( °壺°)「この長々しい物語を読んで下さり誠にありがとうございます」


第五十八話

「………………ったく…………」

 

 媒体を外し、カタルパのいた世界から舞い戻った庭原 梓は、嘆息した。

 

「【ギャラルホルン】の奴……そんなに僕に期待してたって事かよ……」

 

 毒づきながら、その口は笑みを浮かべていた。

 好敵手を見つけた時のような、明るい笑みを。

 

□■□

 

 少しだけ時を巻き戻そう。丁度アイラが己が首を指差す辺りまで。

 

「私を殺してくれないか?」

 

 その問いに、残念ながらカタルパは応えられなかった。

 愛すべき者をこの手で討て、とは一体何の冗談か。

 そもそも殺さねばならない理由が無い。

 だが、カタルパの目は良い。視力が、ではなく、着眼点が。

 何故そうしなければならないのか、に気付く程度には。

 

「タチが悪い……悪過ぎる……」

「生憎だがカーター(、、、、)。悪は其方(、、)だろ?」

 

 アイラの詰るようなセリフは、カタルパを逆撫でた。

 あいつ(、、、)は今、ほざきやがった、と。

 

「――アイラの顔で、アイラの口で、アイラの姿で、アイラを乗っ取って!

なんでてめぇが出できやがる、【ギャラルホルン】ッ!!」

 

 それこそ怨嗟の声だった。

 彼の口から発せられたのは、怒号であり罵声。無垢を穢す嬌声――心からの悲鳴。

 愛する者が。相棒が。

 何故、最も嫌うべき、忌むべき、唾棄すべき者になっているのだろうか。

 何処ですり変わり、入れ替わってしまったのだろうか。何時、如何様にして――は分かっている――それこそ5W1Hで語ってもいいのかもしれない。

 目の前の怨敵、宿敵を、カタルパ・ガーデンという存在は許容しない。況してやそれが、愛する者を乗っ取っているとなれば尚のこと。

 どうしても、目の前に居るのが彼女なので、過剰な毒を吐き出せない。

 彼女を笑う言葉は吐けず。

 己を汚す言葉も吐けない。

 今この瞬間のカタルパ・ガーデンは、きっと誰よりも弱かった。

 それは、戦闘スタイルがどんな時でも【絶対裁姫 アストライア】が中心だったから――でもあるだろうがそうではない。そういう意味ではない。

 カタルパの支えが、無くなったからだ。

 【幻想魔導書 ネクロノミコン】は脇役であり、カタルパ・ガーデンという正義の味方(偽善者)の片棒を担ぐ事は出来ない。

 支えになれるのは、アイラだけだった。

 それこそ、『人という字は』から始まるあの綺麗事のように。アイラはカタルパを支えていたのだ。

 

 カタルパは、その二画目を失って倒れた。

 

 膝から頽れ、項垂れた。

 神に命でも差し出すかのように。

 俯いて、掌を上にして。

 だが、まだだった。

 彼の目は、【片眼魔鏡 ガタノトーア】を装着した左目は、(うろ)のように黒い右目は、伽藍堂な彼の目は、間違いなくアイラを見据えていた。

 そして。

 

「――《型呑永愛(ガタノトーア)》」

 

 左の虚が、本の世界を侵食した。

 

□■□

 

 その視線の先にいた【絶対裁姫 アストライア】及び【終点晶楔 ギャラルホルン】は、ほんの一瞬。瞬きにも満たない時間、静止していた。それこそメデューサと目を合わせて固まったかのように。

 その刹那、本の世界にいた彼女達は精神世界と言うべき場所に立っていた。

 

『其方は……正義の味方、なのか?』

「あぁ、カーターは何処までもそうだよ」

『では……其れはどのような正義だ』

「この世界の理不尽に対する叛逆。世界に対する不倶戴天となる事による絶対的な『絶対敵』。

それがカーターの正義……だと、私は思っているよ」

『そうか……此方の考える正義とは、似ていながらも異なるな。

矢張りまだ、其方の肉体は借り受けるしかない』

 

 その精神世界で、彼女と楔は向かい合い、相対していた。カタルパのように毒を吐くのではなく、ただ言葉を交わした。

 議題は『正義について』。どちらも違う正義を持つが故に、相対しながら敵対していた。

 

「待ってほしい、【ギャラルホルン】。なら、君の言う正義とは何なんだ?」

『理不尽に『打ち勝つ』力。ただ歯向かうのではなく、結果を導き出せる絶対的な力。

偽善ではない、真の善。

其方が持ち得ぬ、誠の善だ』

 

 会話が止まる。【ギャラルホルン】の言う正義を、カタルパが持てない事を知っているから。

 仮に彼が持とうと努力をしても――『届かない』事を知っているから。

 彼女は口を噤むしかなかった。

 その時点で、何処か諦めがあったのだろう。

 再び……そして完全に。【絶対裁姫 アストライア】という存在は、【終点晶楔 ギャラルホルン】に呑まれた。

 

□■□

 

 《型呑永愛(ガタノトーア)》。【片眼魔鏡 ガタノトーア】のスキル。効果は『一秒だけ視界内の対象を石化させる』というもの。対象は一つしか取れず、また一秒しか保てない為、奇襲に使うのも難しい。

 だが、その一秒が、カタルパとアイラの物理的距離を詰める最適解であったのは、偶発的必然だった。

 

「アイッラァッ!」

 

 燕尾服の青年が白銀の少女に手を伸ばす。

 その右手には無骨な手甲が嵌められていて、それが握り拳だったなら、殴り飛ばしでもするのかと思える程に凶悪なデザインだ。

 所々に昆虫を想起させる装飾がされており、腕を守る部分は甲虫などの背中の外郭にそっくりだった。

 

 一秒が経過。

 

 止まっていた世界が動き出す。

 まだ、手の届く範囲に彼女は居ない。

 

「届けぇっ!」

 

 操られている。届いたところで、何も変わらないかもしれない。けれどまだ、彼女の意思があったから、戻せる手段もある筈だ、と。

 希望論を掲げるのは、最早カタルパの十八番だった。

 

 しかし、そうして伸ばされた右手は、白く細い、美しい左手に払われた。

 

「えっ……?」

「煩わしいぞ、正義の味方」

 

 少女の口から発せられたのは、年季を感じさせる言葉。老人のような語り方は、不思議と何かを想起させる。

 

「此方が少し止まっていれば不用意に近づくなど……其方は何だ?

正義の味方などではなく、怠惰の使者か?」

 

 また、奴は逆鱗に触れてきた。態々、届きにくい場所にまで手を伸ばして。伸ばせなかった、『届かなかった』カタルパとは違って。

 

「【ギャラルホルン】ッ……てめぇ……《怨嗟の感染(シュプレヒコール)》!」

 

 怒髪天を衝く。カタルパはすぐさま【怨嗟連鎖】を引き抜き、《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》を装填(ストック)しようとした――が。

 

 ストックできるスキル候補の中に、《揺らめく蒼天の旗》は無かった。

 制約は一度でも《音信共鳴》で模倣し、発動している事だけの筈。

 そこに、『現在所持していない武器のスキルはストックできない』なんて制約は、無かった筈――!!

 しかしそこで、原因がそこではない事に気付く。

 

(違う……姿がアイラだから、本能的に忌避してるんだ……)

 

 宿敵であろうと、下卑た笑みを浮かべていようと、それは【絶対裁姫 アストライア】以外の何者でもない。彼に愛する者を殺す勇気は無い為、無意識にリミッターをかけてしまっているのだ。

 チャンスはあっても、それを選び取る勇気が無かった。自身の掲げる正義の為に愛を捨てる事が、カタルパには出来なかった。

 それは、その正義が正解でないからなのかもしれない。愛を捨てる程のものではないからかもしれない。

 正義感はあっても、正義ではなかった。それが、カタルパなのかもしれない。

 

「何故に、其方はそのような、中途半端な正義なのかね」

 

 【ギャラルホルン】はアイラの姿で、目を細めてカタルパを見る。それは敵同士の態度ではなく……教師と生徒のような立ち位置だった。

 

「俺は……正義の味方になりたい。英雄にはなれなくてもいい。それは『僕』の役割だ。

掲げているだけの正義なのも、アイラくらいしか守れない矮小な正義である事も知っている。

それでも、俺は――」

「待って、梓」

 

 突然の横槍に、カタルパは止まった。

 彼を梓と呼ぶのは、今この場には一人しかいない。その一人、ミルキーは、丁度アイラとカタルパの間に割り込むように立った。

 

「梓はそんな小さな正義でも、胸張って掲げてたじゃん。掲げてただけじゃなくて、ちゃんと実行出来てたでしょ?

正義の味方じゃん。充分に、立派に。偽善だけどさ、そんなの性悪説からしたら当然でしょ?

今更ヘコむ事なんかない。

カタルパ・ガーデンは正義の味方だって私が保証する。

それに梓が『悪』だって認めるのは、別にアイラちゃんを傷付けた場合だけって訳じゃないでしょ?」

 

 それは、《秤は意図せずして釣り合う(アンコンシアス・フラット)》が既に証明している『悪』の基準。

 PKや大量虐殺など、確かにその範囲は、アイラのみではない。寧ろ範囲は無制限であり、矮小でも狭小でもない。

 

「でも……それらは全て事が起こってからだ。

正義の味方は抑止力。

後手の俺は、それじゃない。

だから――」

「失敗しない人なんていないわ。

それに、後手だって重ねて行けばちゃんとした抑止力にはなれる筈よ。

後は……貴方次第じゃないの?

正義の味方になりたいっていう、意思じゃないの?」

 

 何故そこまでミルキーは――天羽 叶多は、カタルパ・ガーデンに肩入れしてくれるのだろう。

 空虚な、姑息な言葉だ。

 なのに、胸から溢れ出る思いは何なのだろう。

 

「庭原 梓とカタルパ・ガーデンを比較する必要なんてない。

庭原 梓は英雄で、カタルパ・ガーデンは正義の味方。住む世界が違うのよ。

それに……そんなに現実での『庭原 梓』に執着する必要って、ないでしょ?カタルパ・ガーデンっていう存在は、庭原 梓に出逢った事は無いわ。だから、そんな英雄を前に『自分なんて』って卑下する必要は無い。もっと胸張りなよ。

 

――正義の味方が胸張らないで、誰が前を向いて生きて行けんのよ!

 

自分の思う正義が絶対的な『正義』じゃん!

正義の敵は別の正義!なら他人の掲げるやつは敵!

自分のが絶対!それじゃダメ?

そんなに他人のと比較してヘコみたいならお好きにどうぞ!

でもそれなら貴方の正義は置いてって。

私達が梓に着いて行くのはその正義があるから。その正義が無くなるなら、あっちの梓もこっちの梓も、少なくとも私は見捨てて行く。

もっと胸張りなよ、梓。

私は、そういう梓が好きだもん」

 

 突然の告白に、一瞬だけ《型呑永愛》を喰らったかのようにカタルパが停止する。

 

「この世界じゃもうダメだけど?

私は貴方が好きだもん。諦めたら、そこで試合終了だもん。

正義の味方が好きなんじゃない。私は梓が好きなんだ!

だから、とっととこれを終わらせて、ログアウトして答えを聞くわ!」

「いや……今ここで回答しても――」

「んなの華がないじゃん!

取り敢えず【終点晶楔 ギャラルホルン】をアイラちゃんから引き剥がすよ!」

「……それで、対話が出来なくなると困る。

まだ少しだけ待ってくれ。

なぁ、【ギャラルホルン】」

「……何かね?」

 

 ミルキーの横をすり抜け、アイラを乗っ取って笑う【ギャラルホルン】に、カタルパは詰め寄る。

 

「お前の正義、教えてくれよ。

敵対するだけが正義じゃない筈だ。

ヒーローだって、最後は団結するんだぜ?

お前の語る正義の味方に、俺はなれるんじゃないか?」

 

 提案するその姿は、悪魔のようだった。

 片眼鏡が反射し左目を隠したが、右目に燃える意思が左目にも宿されている事は明白だった。

 【ギャラルホルン】はまだ、明かしていない。己の掲げる正義の何たるかを。

 自分だけ明かしながら其方が明かさないのは『不公平』だと考えたのだろう。実にカタルパらしい。

 【ギャラルホルン】もそれには呆れ、また感心し、口を開く。

 

「教えておこう、此方の掲げる正義を」

 

 【終点晶楔】に成り果てた【ギャラルホルン】は語る。【絶対裁姫 アストライア】の姿で、彼女の掲げるものとは違う正義を。




【終点晶楔 ギャラルホルン】

 【零点回帰 ギャラルホルン】の成れの果て。鎖に纏わりついた楔。マスターを殺し、ティアンを殺さなかった化け物の終点。
 カタルパ・ガーデンよりも正義であり、ゲームとしては悪である滑稽な存在の最果て。正義の味方になる為の、なる為だけにある一里塚。
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