( ✕✝︎)「そんなもんだろこの作品は、最早」
庭原 梓は街道を歩いていた。
ありふれた道だ。何かしらの伝承がある訳でもない、本当にどこにでもあるような道。
そんな道を、一歩一歩踏みしめて歩く。
【ギャラルホルン】に言われてあの場所からログアウトして、梓はある場所に向かっていた。
その目的地の事を考えれば、今にも引き返したい思いでいっぱいなのだが……引き返せない理由も、無いでも無い。
言葉は通じても、話が通じないモノがある。
【ギャラルホルン】は言葉も話も通じる奴だった。
これから梓が出会おうとしているのは、言葉も話も通じていた者。
通じていた筈の者。
誰よりも近く、また遠い者。
未だ死んでいない方の肉親。つまり、庭原 梓の母親である。
□■□
庭原 椿。旧姓
梓を二十四で産み、梓を育てた肉親。
しかし決して、彼女は善人ではない。勿論、梓からしても。
思い返せば分かるが、梓がきょうだいが売られている事が分かったのは、きょうだいが「ごめんなさい、許してくださいお母さん」と言っていたからである。
お父さんではなく、お母さん。
きょうだいが父ではなく母に嘆いたのは、売り捌いた当人が父ではなく母であったから。
『ニワハラグループ』は胸糞悪い事に、夫婦を中心に奴隷業を営んでいた……という訳だ。
故人である父と同じように、母も悪人。そこから生まれた正義の味方……とは、些かバロールの孫、太陽神ルーの物語染みていて嘲笑を誘う。ルーの祖母は悪人では無かったから、こちらの方がよりタチが悪いが。
そんな、悪人の棲む場所に、今から梓は向かうのだ。魔性か魔女の棲む魔境。
足取りが重いのも、頷ける。
しかしそれでも辿り着いてしまうのだ。庭原 梓の実家(『ニワハラグループ』本社では勿論ない)である和風の屋敷に。江戸時代であれば、大商人の家か何かと勘違いされたであろう大きさだ。
梓はチャイムを鳴らし、返答を聞き、扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。
「――お帰りなさい、梓」
本能的に安堵してしまう声が、彼を呼んだ。彼の名を
現在、歳は四十九。そろそろ人生半ばである。
しかし梓の目にはあの日と変わらない母親の姿があった。
穏やかな笑みを浮かべる母親。それに対して笑みを返せないのは、梓か捻くれ者だからなのか、それとも。
モノクロの中、綺麗に
梓は幻視するのではなく、着色するだけだ。実際に見えているものに塗り絵のように色を付けるのみであり、実際の姿形を偽らせる事は出来ない。ならば、矢張り目の前の彼女は魔性なのだろう。現代風に言い換えれば、美魔女、と言ったところか。
彼女と彼の会話は、さながらドッジボールだった。具体的には、椿の投げたボールを、梓が叩き落としているのだが。
そしてまた、梓の投げるボールは、彼女には届いていない。近くにいるのに、梓は態と遠くに投げているような感覚。
何の為に来たのかを梓は言わず、何の為に来たのかを椿は問えなかった。
進展しない会話イベント。
どちらかが痺れを切らす訳でもなく、ただ淡々と、ただそこに居るだけの時間が過ぎてゆく。
「私を、まだ許していないのね、梓」
「逆に何を許せってんだよ」
「いいえ、逆よ。許さない事が正しいんだから。今の貴方は正しいわ。
貴方みたいな子が私の子で良かったわ」
「その『私の子』ってのは、僕以外にも居たと思うんですがねぇ?」
「いいえ、貴方だけよ。私の子足り得る資格を持っていたのは」
「……胸糞悪い」
それが、その場で行われた最初で最後の会話だった。
相対していた梓はもう、その家を出ていた。
□■□
庭原 椿は、壊れていた。
それが、それだけが今回の一件を経て、梓が学んだ事だ。
言うなれば悪意無き悪。悪と理解していながらも――それを実行していながらも――悪人であるとは認識していない悪人。
必要最低限の会話すら望めない。よく庭原 槐は彼女を妻にしたものだ。そしてまた……よくそんな親からこんな子供が産まれたものだ。
鳶が鷹を生んだのか……それとも鷹が鳶を生んだのか……。
悪人と善人(カタルパでもある梓を善人とするのは抵抗があるが)。どちらが鳶で、どちらかが鷹なのだろうか?
どちらであっても、その家族は相容れない。同じ檻に獅子と虎を放るようなものだ。反りが合わない。
カタルパは正義の味方。梓は英雄。棲み分けが為されている分、母親への対応も、『二人』で違う。
カタルパは排斥しようとし、梓は傍観しようとする。
そこが正義の味方と英雄の差異であるならば、そのままである限り、カタルパも梓も変わらない。
「それでも、決別は出来た」
僕は英雄になれてしまった、と。心の中で呟いた梓は。
カタルパに改めて、英雄にならないように言い聞かせた。
□■□
今となっては有名な話だ。
正義が成り立つ為には、悪が必要である事など。つまり必要悪。
正義の敵は別の正義。だがそれは、悪が無い時限定の話だ。明確な悪意と悪が存在しない場合のみ成り立つ方程式だ。戦隊モノも、初めは正義同士で敵対こそすれ、強大な敵を前に共闘する事は最早十八番、定番である。
梓は自宅の鍵を開けて、スタスタと入っていく。
媒体を被り、直ぐに飛んで行く。庭原 梓としてではなく、一人のプレイヤー、【絶対裁姫 アストライア】のマスター、カタルパ・ガーデンとして。
まだ、呪いは残されているのだから。
□■□
「来たか。では答えを聞こう、正義の味方」
相変わらず、【絶対裁姫 アストライア】の姿と声で【終点晶楔 ギャラルホルン】は語る。
「いやはや……悪の有無ってのは酷いもんだな」
「そうだ。この世界にも明確な悪は存在しない。其方が英雄で居られたのは、そんな中で明確な悪を発見出来たからだ。
さてこの世界はどうだろう?其方は自由を売り文句にしているのだったか。つまり、だ。この世界で明確な悪を翳して跋扈している者が居なければ其方は英雄足りえない。
正義と対立出来るのは、正義だけではない。
己が正義と思って行動する悪行程救えないものはない。
其方は学べた筈だ。悪とは…………正義の履行の為に必要な悪とは何たるかを」
「……そう、だな」
「その上で、此方の提示する者も、此の者と同じように、守護して欲しい」
「出来ないと言った場合は?」
「其方の望まぬ展開を提供しよう」
「それ、懇願とかじゃなくて、脅迫って言うんだぜ」
やれやれ、とカタルパは首を振る。手のジェスチャー付きで呆れる素振りをする。元より、カタルパはその依頼を蹴るつもりは無い。
だから見に行ったのだ。未だ健在の、庭原 梓にとっての不倶戴天を。
極力道化を装って、大袈裟な身振り手振りをトッピングして、カタルパは街中で宣言する。【ギャラルホルン】が宣言した事を復唱するように。
アルテアの街に、たった今、どうしようもない正義の味方が誕生する。英雄に成れず、正義の味方に成ろうともしていなかった正義の味方が、爆誕する。
「いいぜ、やってやろうじゃねぇか!
俺は、カタルパ・ガーデンは!世界が大嫌いな世界の守護者だ!
今更アイラ以外に『一つ』守る物が増えたって、構うもんかよ!」
問、救える物には限りがある。その中で救う物を選べ。
答、全部。
屁理屈のような、捻じ曲がった理論。だが、それこそ今更だった。
カタルパがこれまで、曲解以外の、在り来りの解答を出した事など無かったのだから。
「それでいいの、梓?」
「それ以外無いだろ、叶多」
この世界で今、初めてカタルパはミルキーを「叶多」と呼んだ。
なら今そこに居る
「今更だ……今更じゃないか……救いたいと思ったモノを、救えなかった事が、
「……成程、確かに曲解だ。
結局これでは、目的は果たせぬではないか……まぁ、それもまた、今更か。
其方に期待した時点で、取り返しなど付きはしないのだから」
そんな言葉を遺して、アイラの身から楔が落ちる。
「あまりに守る物が矮小な正義……。
この世界を守りたかった【ギャラルホルン】と、この世界に反旗を翻したカーター……そもそも、折り合いなんか付けられなかった筈なのに……何故こうなったのだろうね……」
アイラの呟きは、カタルパにもミルキーにも届かない。届けさせるつもりも無かったが。
世界を嫌うだけ。唾棄すべきものだと言い張るだけ。向天吐唾までする必要は無い。どころか、嫌う為にこの世界はこの世界でなくてはならない。程よい理不尽に溢れていなければならない。『有り得ない』が跳梁跋扈していなくてはならない。
それを保つ為には、調整役が必要だ。
世界を嫌う為に世界を守るのだ。
それが、カタルパの出した解答。
【ギャラルホルン】は、世界を守りたかった。
『此方にも嫌うものはある。唾棄すべきものがある。死ねと思う程の者が居る。
だが実際に死んでしまったなら、何故死んだと嘆くのだ。
死ねと思う事が出来るのは、対象が生きているからだ。
此方の正義は、そうした感情や思考の為に、現状を維持する事だ。
守りたいもの全てを守る為に、その土台を守る事。
喧嘩出来るように、貶しあえるように、讃えあえるように。
全てその命と――この世界あってこそだ。特に、この世界に元から生き住まう者達にとっては、大切だ』
【ギャラルホルン】が語ったそれは、惚れ惚れするような理論だった。世界を守るのは目的ではなく、目的の為の手段である、と。
目的の為に世界を守る。世界平和の為に何かしらを守るのではなく、だ。
確かに
結局のところ、私利私欲の為に世界を守ろう、と言っているのだから。
カタルパがなってしまうであろう正義の味方が守る対象としては、これ以上ない程だ。
結局はアイラを守りたい。
アイラと共に生きる為にはこの世界はなくてはならないものだ。
だから世界も守る。
三段論法染みているが、これ程私利私欲に塗れた偽善者も早々居るまい。
そんな偽善を、カタルパは高らかに宣言した。
【絶対裁姫 アストライア】を第3形態にして、カタルパは振った。
「いいぜ……いいぜ!
俺は正義の味方に成り果てよう!
成って馴れて慣れてやろう!
……畜生、なりたくなんか無かったのになぁ!」
一体いつからだっただろう。正義の味方になろうとしていたのは。
少なくとも、【シュプレヒコール】を倒した時ではない。
ならばきっと、彼は――
『さて、末永く頼むぞ所有者よ』
「……主人、マスター……そして所有者か。それら全てが俺を指すんだな」
『……?カーター?』
心配そうなアイラの呼びかけに、カタルパは、態と快活に笑ってみせた。
「
今、面白いと。楽しいとカタルパは言った。ゲームを楽しんでいなかった筈の者が。遊戯を、娯楽を、そうと捉えていなかった筈の者が。
ならば矢張り今この瞬間、彼はゲームをそうと捉えなくなったのだ。
世界を守るゲームだとは、捉えなかったのだ。
それは、正義の味方としては正しかった。
カタルパ・ガーデンとしても、庭原 梓としても、正しかった。
正義感だけの怪物では、ここで初めてなくなったのだ。
だからここから、鎖の化け物ではなく、ただの【数神】カタルパ・ガーデンの物語は、真の意味で開始する。
庭原 椿(洞木 椿)
梓にとっての悪人その二。悪人であり大罪人。許されざる者。
魔性であり、化け物であり、或る意味では魔女でもある者。
悪を悪と認識しながら、それを行う己を悪人だとは思わない者。
悪を知りながらそれで尚、悪を識らない者。
梓にとっての不倶戴天。世界にとっての必要悪。