実際問題、世界を守るというのは、無理難題である。
人一人に対して、この世界は些か大きすぎる。
エンブリオによっては結果は変わったのかもしれないが、世界を守るエンブリオなど見たことも聞いたこともない。
少なくとも、そんなエンブリオは、カタルパからは発現しない。
本質としてカタルパは世界を守ろうとはしていなかった。
また、誰かや何かを守ろうという発想も無かった。
それが故のTYPE:メイデンwithアームズである。
根底にあったのは守護ではなく、攻撃だ。あったのは厳選と裁定だ。束縛と、拘束と、緊縛と――無駄と無益だ。
そこに、守ろうという意思は無い。
それがこうなったのは、そうして生まれた、カタルパ自身の攻撃性のせいだ。
なんとも皮肉な話だ。今の彼は、傷つける為の道具を守ろうとしている。傷つける為の道具を、囲って捕らえて閉じ込めている。
そこにあるのは最早、偽善ですらなく――――
独善だ。
□■□
「あれ?アイラちゃんは?」
前回、告白めいたセリフを吐いたミルキーが、王城の(最早カタルパの自室と化した)俗称『計算部屋』に、カタルパに会いに来ていた。
「アイラは……
「あー……ギャランちゃんか」
「なんか……ドゥ、と付け足したくなるが……まぁいいか。
今更だろ?あいつは【零点回帰】の時に地上から見れた筈なのにさ。個人的にはアイラの意思を乗っ取るのはやめて欲しいんだが……俺が『先輩』に上から目線ってのはな」
「所有者なのに後輩……訳わかんない」
もっともだ、とカタルパは書類から目を離して苦笑する。
アルテアの街の人々には、既に鎖の少女の存在は知れている。痴れ者の従者として、ではなく、一種のマスコットとして。《紋章偽装》でマスターとして見えてしまうが。
それが今は中身が違うと来た。マスコットと思って近付いたら一人称が『此方』と言う意味不明な化け物がいる訳だ。ドッキリか何かと勘違いする輩が居るかもしれない。
「さて……刀、魔書、楔……次の精算は手甲か単眼鏡か……」
「精算?……次って言うのは……【ミスティック】か【ガタノトーア】かって……益々何のこと?」
ミルキーはわざとらしく首を傾げる。カタルパは部屋の虚空を――誰かの定位置であった場所を――チラリと見てから、己が手を見下ろした。
「アイラは心を読まないが……積極的に『読まない』ようにしているが……俺は今、凄く怖いんだ」
「……怖い?」
「あぁ。とてもではないが、自分では使いこなせそうにない力が、ポンポン渡されている気がしてならない。
この手に嵌められている手甲だってそうだ。
俺に見合っていない。
それは俺が非戦闘職だって事を差し引いても、だ。
この刀もそうだ。そこの魔書はまだいいだろう。だがこの単眼鏡は?果てにアイラの持つ楔はどうだ?
俺なんかに使われる程の物か?
このままだと、俺は確実に使い潰す。使いこなす事なんか無い。それこそネクロみたいに、次代に持ち越す為のステップなのかもしれない」
そう言うカタルパは酷く落ち着いている――ように見える。
不満……ではないようだ。だが不服そうではある。それは世界の意味不明な、自分に優しいという『理不尽』に対する、困惑だった。
「世界は何故か、俺にこんなにも与えたがる。このままでは多分、俺はMVP特典に塗れた化け物に成り果てるだろう。
どうなっていやがるとは思わないが、これに対する代償が、いつか来そうで怖い。どうなって、とは思わないが、どうして、とは思うんだ。
だから精算。俺の傲慢を、強欲を、磨り潰して、すり減らしてくれる拷問だ。強くなりそうな俺を、暴走というリミッターを分かりやすくチラつかせて抑え込む。
【怨嗟連鎖】はいい例だ。暴走する、というリミッターを説明するに於いて、《延々鎖城》は本当に分かりやすい一例だ。
【終点晶楔】もアイラを乗っ取るといういい暴走の例が。
【幻想魔導書】は感情の明確な発露。『俺の元から離れるかもしれない』という暴走……暴走か、これは?ただの巣立ちな気が……。
まぁ、取り敢えず、だ。
俺は今確かに、その代償を目の当たりにしている。だから、次に来そうなのは、この手甲か、この単眼鏡か……なんじゃねぇか、と俺は踏んでいる」
「暴走の危険性があるアイテムを多く有する【数神】……梓はホントーに変わり者ね」
「
自己愛、と言うにはカタルパのそれは他者に向いている。
どうしようもなく、どうこうしようもなく、カタルパのその語り方は、カタルパという存在がなくなる事で、『【絶対裁姫 アストライア】が消失する事』を危惧している。それだけを忌避していて、その為にその他を廃している。
カタルパ・ガーデンが、カタルパ・ガーデンの為に動いていないのだ。
確かに一心同体。確かに呉越同舟。
然れど結末は二心別体であり、呉越別舟。
カタルパがアイラの為に行動する理由は、相手が夫婦だからでは、ないだろう。
愛の為にではなく、アイラの為にではなく、カタルパは。
「自分の為にアイラちゃんを守ってる感があるよね」
そう、ミルキーは唱えた。
的確に、明確に。的を射て、明るみに出していた。
化け物を化け物と言い切った。
カタルパは、態とらしく目を逸らす。
回答拒否である。
ミルキーは肩を竦めた。
ネクロも部屋の端で嘆息する。
『我も、或いは彼女ですら、既に知っている事だよ、来訪者。
……時たま思うのだが、来訪者は中々に、マスターの事となると聡いな』
「そりゃ、梓の事は何年も見てるからね」
『……それは……中々に恐ろしいセリフだ。
なんと言うだったか……あの、スニーキングではなく……』
「ストーキング、の事か?」
『それだ』
それだ、ではないだろう。
カタルパは心の中で呟いた。
目の前で、ストーカー認定された奴が一人。しかも、自分のストーカーと来たものだ。
どう敷き詰めても、どう突き詰めても、カタルパにとっては悪ではないが、善ではない。
天羽 叶多は残念ながら、庭原 梓にとってそういう存在だ。
ミルキーは、カタルパにとってはそういう存在だ。
「でもまぁ、そういうのも腐れ縁と言うか、長々と続くもんなんだよな」
そう語る目は何処か遠い。当たり前を奇跡と語るカタルパは、その当たり前が他者とは違う。
誰かの語ってくれる「当たり前」はどうしても、自分にとっての「当たり前」と完全一致はしてくれない。違うからこそ、折り合いをつけて、折衷案を求めて共通の「当たり前」、つまり「常識」にしていく。
庭原 梓、天羽 叶多、カデナ・パルメールは重大な欠陥があり、その「当たり前」が他者とは一線を画す為(しかも、驚くべき事にその3人でもそれぞれ方向性が違う)、折り合いなど付けられず、折衷案など存在しない。
どうしても、釣り合わない。
此方が音を上げる事は有り得ない為に、必然的に彼方が折れる。
つまり彼らは、他者の「当たり前」を捻じ曲げてしまうのだ。
ぐにゃぐにゃに。ぐちゃぐちゃに。
己の価値が捻じ曲がっているから、それに当て嵌めようとした他者の「当たり前」も捻じ曲げてしまう。
――それもまた、
――最も悪足り得る者は、己を悪と認識しない者。
さて、ならばカタルパは。悪ではないのだろうか。
□■□
積極的に距離を置くと、人との関係は消極的なものとなる。
孤独を引き連れて、【絶対裁姫 アストライア】は街道を練り歩いていた。厳密に言えば、【絶対裁姫 アストライア】の肉体を乗っ取った、【終点晶楔 ギャラルホルン】なのだが。
ギャラルホルンは本当に、練り歩くだけだった。アストライアの身体を借りて破壊や略奪の限りを尽くすでもなく、姦計を働くでもなく、人々の日常をすり抜けるように、歩くだけだった。
そこに、どんな意図があるかは分からない。肉体を共有するアイラにさえ。
共有しているのが肉体だけであり、精神まで共有していないが故の結果である。
そういう意味では、アイラとカタルパは精神も繋がっている、と言える。一方的な以心伝心こそあれ。
「……ふむ。もう満足だ、鎖の。
其方に肉体を返上しよう」
アイラがフッと微笑んだと思えば、瞬時に顰めっ面になった。肉体の主導権が移ったのだ。
「……何がしたかったのだ……?」
そんな鎖の少女の質問に、水晶の楔は答えなかった。
だが、ギャラルホルンの視点で世界を見ていたアイラは、何かを探すように歩いていたのだけは分かった。
それ以外は、闇の中である。
「よく分からないやつだな……」
それはカーターも同じか、と笑って歩き始める。
その足取りは積極的に距離を置くような歩き方ではなく、寧ろ友好的で。真っ直ぐに王城へと伸びていった。