其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「日常会」


第六十一話

■カタルパ・ガーデン

 

 弱さを、それでも「弱さじゃない」と言える強さが欲しかった。

 それは傲慢且つ強欲なんだが、正義の味方って、大体そうじゃないか?

 そんな事を言っていると、俺の中では『正義の味方=傲慢且つ強欲』みたいな方程式が成り立っている、と認識されかねないから深くは語らないけども。

 世界を守る正義の味方。さて、何が『世界』の対象なのだろう。

 土地かもしれないし、人かもしれない。文明というデカいものを世界とするなら、両方守らなきゃいけない訳だし。

 だがまぁ……この世界の人間に価値を見出したから『僕』でなくなったのが俺だ。人くらいは守ってやろう。

 左手の甲に浮かぶ鎖の巻きついた十字架を見ながら、鎖の少女の姿を借りている化け物を思い浮かべる。

 

「正義の敵が正義なら……その別の正義は何を守りたいんだろうな」

 

 独り呟いた言葉は、何処にも届かない。

 

□■□

 

 アイラが部屋に戻ってくる少し前に、入れ替わるようにミルキーは出て行った。

 だから今は、いつも通りの三人だ。

 机を挟んで対面する俺とアイラ。机の端に浮かぶネクロ。壁に立て掛けられた【シュプレヒコール】。装備されている【ガタノトーア】と【ミスティック】。そしてアイラが腰の鎖の端に着けた【ギャラルホルン】。

 俺達には全く関係の無い資料。

 それだけがここにある。

 俺とアイラが計算している間、世界は無音に感じられ、その間も確かに目の前から暖かさを感じる。

 そんな中、その静寂を静かに打ち破る者が来たのだ。

 

『居るか、カタルパ』

 

 返答をしてから扉を開けると、そこに居たのは『僕』が『僕』である元凶――つまり俺が俺である元凶――である、シュウ・スターリングだった。

 

『正義の味方になれたクマ?』

 

 いつも通りの馬鹿げたクマ言葉の着ぐるみは、その空っぽの目で確かに俺の本質を見通していた。

 

「あぁ、なれそうだよ」

 

 冗談半分で返す。シュウも冗談なのは理解している為、信じる事も無ければ突っ込む事も無い。

 そしてまた、俺達三人の中に、割り込もうともしなかった。俺達三人に於ける第四者。立ち位置に於ける第三者。シュウはそれに、なりきっていた。

 なりきる……その言葉で不意に、俺はシュウの過去を思い出した。シュウが画面の向こう側で正義の味方をやっていた頃の事だ。

 

「そういやシュウ。あの……戦隊モノの六人目をやってた時さ、一体『何』が正義だったんだ?」

 

 どう伝えようか迷った挙句、普通に聞いてみる事にした俺は、改めてクマの着ぐるみに視線を向ける。

 

『さぁな。

……少なくともお前の望む答えじゃねぇだろうよ』

「……そうかい」

 

 残念ながらその答えは、『俺の正義と或る意味で相容れない正義』である事を示唆しているんだが……流石にそれくらいはシュウも理解しているか。理解しておきながら言ったのか。言わずとも分かるだろう、みたいな『信頼』がある気がして、気に入らないな、それは。

 

 自分への信頼――つまり自信――があまり無いから、卑下しているのは確かだけど。だからって周りからの信頼に快い返答が出来ないのは、俺のせいだけではないだろう。

 

 誰も明確に同じ正義を翳せない。ある男が女を守ろうとする正義と、その女が男を守ろうとする正義。相互的なその守護は、同じではない。或いは、そのどちらも『双方を守護する』という、『同じ正義』があるかもしれない。然しそれでも、どちらも同時に双方を守護する事は出来ず――寧ろ守ろうとする余りどちらも身を呈して傷つくだろう――結末として、全く違わない正義、という訳ではない。

 正義の敵が別の正義だと言うのなら、この世界は相容れないものに溢れている。

 

 ――それでも、俺には同じ者がいる。

 

 そのせいで、俺は正義の味方でいられる。

 

 ――正義は一人では翳せない。

 

 だから俺達は、正義を翳せる。

 俺達だけが……真の正義なんだ。

 

 正義の味方にはなりたくなかったが、どうせなるならとことんやってやる。

 不意に、アイラが微笑んでいるのが見えた。何の意味が込められているのかはこちらからは察せられないけど、悪い意味じゃないと思った。

 

『ま、お前が悩もうが振り切ろうが俺には関係のない事だ……って事で切り離すクマ。

本題に移るがカタルパ。それ(、、)は大丈夫なんだな?』

 

 シュウの言う『それ』とは【終点晶楔 ギャラルホルン】の事だろう。俺は首肯してから、ある程度の説明をしておく。

 

「一応、俺とコイツで折り合いは付けた。

暴走の危険性は無くはないが、首輪は付いている」

『俺が聞きたいのは、その首輪をちゃんと持てるのか、だぞ』

「犬を飼いたいガキへのセリフじゃあるまいし。

大丈夫だ。ちょっとは信頼してくれよ」

『……分かったが、そういうセリフは自分自身と向き合ってからにしろよ、正義の味方』

 

 それだけを残して去って行くシュウは、こちらの反論を許さない。或いは、追いかける事さえ。

 扉が閉まる。それをただ見送る事しか出来ない俺は、別に怠惰ではないだろう。誰だって、図星を突かれた時は硬直してしまうものだ。

 

「自分と、ね……」

 

 そうして向き合うべきなのは、鏡に映る俺自身の事なのか。

 それとも――

 

 目を向けた相手は、目が合ったと同時にまた微笑んだ。

 

□■□

 

 一段落ついて、席を立った。

 もう魔導書は何も言わない。過去のように何故待たないのか、などと言及しない。それは、諦めがついたからじゃない。

 ちゃんと、今はもう着いて来るから。鎖の少女が、俺の隣に。

 昼時ともなれば、街は賑わいを見せる。タイムセールを始める店もしばしば見られる。俺達はその通りを観光客のように見回しながら、目的の場所へと向かっていく。不意に、雑談のようにネクロが喋った。

 

『狂騒の姫君に破壊の王……数の神……いやはや、そう聞くと錚々たる面々だな、マスター』

「そうかね?俺が浮いてるように思えるんだが……」

『同類だろう、貴公等は』

「いやー……どうだかなー……」

 

 個人的にはあのストーカー上半身だけお化けとか万能着ぐるみヒーローとかと比べられたくないと言うか……。

 

「……カーター、鎖に雁字搦めの正義の味方が居るのをご存知かな?」

「いや……それだと逆に同類扱いはどうなんだろ……」

 

 それは逆の意味で、その枠に入らない。あいつらはそれ程の化け物性と呼べる物を有しているわけじゃない。

 ミルキーに関しては微妙に『入っている』けれど、シュウは完全に、そうした『外れたモノ』から外れている。

 俺みたいな埒外ではなく、ミルキーみたいな例外でもない。

 普通。常識。

 あの【バルドル】を見る限りそうは思えないかもしれないが、俺よりも芯が通っていて、誰よりもマトモだ。

 

「マトモ……普通、常識……さて、そうしたものは誰が定義したんだろうか……」

 

 その独り言に、態と二人は答えない。回答を待っていた訳じゃないからいいんだが。

 解答は、元から分かっていたから。

 俺が定義して、俺が枠を作って、俺が枠を超えた。それだけなのだから。

 

 鎖に巻かれた正義の味方。ケムに巻かれるよりはマシだ、と開き直った。いつからだっただろう。そう開き直ったのは。いや……それを言うならばもっと前から俺は、そうして開き直ってきた。反旗を翻したのは初めから。挫折したのは中途で何度もあった。ではその度に開き直れたのは、何故だ?

 何度も同じような壁に激突して落ち込んだ。落ちぶれた。理不尽だとか、世の理だとか。自分の力が絶対に及ばないような敵だった。なのに俺は、どうしてまだ続けていられるのだろうか。

 エキセントリックな精神をしている訳ではない。勿論、これだって、とうに解答は得ている。得ていながら、態とらしく考えているのだ。

 

「カーター、着いたぞ?」

「ん?あぁ、もう着いたのか。考え事をしていると早いな……」

『轢かれなくて良かったな』

「ハハッ、現実じゃあるまいし」

『我からすれば、此処こそが現実だがね』

「……そういう意味では、皇国が戦車とか造ってた訳だから、轢かれない事も無くはないな……」

 

 なんで立ち直れたか、なんて。分かりきっているじゃないか。

 それでも、考えてしまうのは。

 こんなにも、今が愛おしくて、失うのが怖いからだろう。


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