( ✕✝︎)「え?…………え?今のこの状況を見て何処にその要素が?」
( °壺°)「めっさあるやろ」
今回の事件――事件以外の何とも呼べない殺人現象――の解決、或いは解消に際し、庭原 梓は初めから明確な答えを提示出来ていた。
『何もしない』、『どうもしない』、『諦める』……そういった、感情論からはかけ離れた解答を得、既に天羽 叶多にも提示していた。
天羽 叶多は渋々、嫌々ながらも頷いた。今回の件については、二人とも圧倒的に実力不足だったのだ。
死んだ後に調べてみれば、あのウサ耳の少年の情報はすぐに掴めた。
【兎神】クロノ・クラウン。
もう梓は、その名を見るだけで何となく察していた。【猫神】という具体例を、トム・キャットという事例を確認していたからだ。
各国に一人づついるのかどうかは定かではないものの、エンブリオが第6段階で停止しているような、
「
「……どうやって?」
天羽の問いかけに、梓は不吉な笑みを浮かべる。
それは無邪気とは程遠い、邪智に塗れた笑顔だった。
「釣り餌なら、あるんだよな」
――少なくともその発言は、正義の味方はしないだろう。
そう、胸の内で天羽は呟いた。
□■□
何度目かの死。何度目にもなる死。物語が進む度に、或いは進む為に、彼は死ぬ。
死地に飛び込む無謀は、無限の螺旋を描いて止まない。
永遠に。
永久に。
何度も何度も、彼は繋げた綱を断ち切る。
綱渡りが出来ないのは当然である。
此度は鎖ごと、その綱は金属製のブーツに断ち切られた。
後悔は無い。無念も無い。だが、目的を果たせなかった事に未練はある。
ただ一度決めた事が、外的要因よって阻まれた事に、不満もあった。
【
兎は数を数えない。
数を数える兎など、それはもう兎ではあるまい。
兎のような、化け物だ。
先、神を化け物と呼んだのはそういう意味合いもあったのだろう。
何せ、かの【兎神】の正体は――
――兎角人理からは逸れている、神なのだから。
……それに関しては、『鎖の少女も
□■□
何度も何度も言う事だが、1日と言うものは、待つには長い。だのに過ぎてみればあっという間と来る。それは人間の価値観や感覚の問題でしかない。待ち遠しいから待っているのではなく、待っているからこそ待ち遠しいのだから。
【兎神】クロノ・クラウンについて、講じるべき対策は何も無い。
梓――カタルパ・ガーデンが講じるべき策など、一つも。
或いは、『無策』という策なのかもしれない。奇策にも程があるだろうが。そう騙るのであれば、そろそろ梓の頭はイカれてきたのだろう。(最初からイカれていた可能性もあるが)
仮にそうなら、頭のネジとやらが幾本か外れたに違いない。それも、重要なものだけ狙ったように。
人心が無くなっていないと良いが。
ともあれ、梓と叶多は大して広げないテーブルにこれでもかと資料を乗せていく。一番下に敷かれているのはパソコンで何枚にも分けて印刷した王国と皇国の国境付近の地図だ。
その上に掲示板に書き込まれていた【兎神】の情報、その辺りの地形の情報、出現モンスターの情報等々、様々なものが広げられていた。
中途で加わったカデナを含め、三人は今、そう大きくないテーブルを囲んでいた。
今回策が必要なのはカタルパではない。寧ろ目の前にいる
カタルパを襲わないのであれば大団円のベストなハッピーエンドではあるが、先ずミルキーが狙われるのは確実だ。ミルキーはその皇国に居ると言う相手の、現実での連絡先を知らなければ、あの世界での連絡も出来ない。改修の為には、直に会うしかない。極度の人見知りらしく、カタルパ単独で行く訳にも行かない為、必然的にミルキーを守らねばならない。
つまり、所有者であるカタルパが死んではならず、交渉人でありながら狙われているミルキーも死んではならない。
必然的に、この三人の中で死ねる者はアルカことカデナのみとなる。
驚くべき事に、カデナ・パルメールはつい最近第6形態に到達し、云わばリーチの状態となった。
この三人の中で未だ第5形態なのは、
「俺よりミルキーを狙う理由は、エンブリオの形態の段階が問題だと俺は思った訳」
カタルパは資料を指差した。それには今迄【兎神】にPKされたプレイヤーのリストがあった。
「一部例外こそあれ、殆どが皇国にいた第6形態のエンブリオ所有者だ。その例外ってのも、多分僕みたいに巻き添えか、守ろうとしたかだと思う」
ふむ、と二人は頷く。
「つまり僕が生き餌になって」
「その隙に私と梓が目的地まで直行すればいの?」
「いや、まさか」
二人の導き出した案に、梓は首を横に振った。
あの【兎神】について考慮すべきは戦闘力そのものではなく、あまりに高すぎる(と予想される)AGIである。
「カデナが盾やったって限度がある。タゲ取りが万全かと言われれば首を捻るぜ。そも、予想が正しいなら叶多だって狙われる訳だからな」
寧ろそっちが本題だろう、と梓は続けた。
ならどうすればよいのか、二人は顔を見合わせて考える。しかし智武勇のそれぞれに特化しているような人格の彼等が、その他者の領域に踏み入れられるような資格は無い。今回で言うならば、梓の智略に、カデナと天羽は届かない。届くだなんて、微塵も思っちゃいないが。
だが分からないなりに考える事は出来る。足りないのなら二人で、という所までは良かったが、所詮は模倣。一を幾つ集めようと、究極の一には届かない。三人寄らば文殊の知恵と言えども、それ以上の力を有するのが、究極の一である。
梓は、智略に於ける究極の一は、勇気と武力を有する彼と彼女に問いかける。
「俺の作った策に乗る気はあるか?」
長年の付き合いで、答えなど分かりきっていたと言うのに。
『こういうのは言葉にするのが大事だから』と彼は後々語る。
その言葉は然し、この場に向けて放たれた言葉ではないのだが、それは今は関係ないだろう。
「「いいよ、乗ってあげる」」
二人の顔には笑が浮かび、この先が待ち遠しいとでも言いたげな表情をしていた。
梓は、カタルパの分身として、あまりにも広く、それでいて狭いこの世界で、暗躍を開始した。
□■□
「何故、ここに来たのです?」
口ではそう言いながらスっと紅茶を差し出す辺り、この探偵社の主である狩谷 松斎は庭原 梓に
それに、質問の解答は分かりきっていた。今は離れているが、どうせあのデンドロの事だろう、と狩谷は察していた。
語られた話は矢張りデンドロに関するお話であり、虫のいい事に協力の依頼であった。
【ギャラルホルン】の件についてはこちらにも非こそあれ、今回は完璧な慈善事業である。【ギャラルホルン】の件の延長線だと言われればぐうの音も出ないが、梓にそう切り出してくる気配はない。
であればご丁重にお断りしよう、と狩谷が息を吸い込む。と同時。
「お前の力が必要なんだ、松斎」
――梓は、口説きにかかった。
狩谷はこの時初めて、空気で噎せた。梓に差し出したのと同じように紅茶を含んでいたならば、梓はその毒霧をもって紅茶に染められていたであろう程に。
「な、なっ……何を言っているんですか貴方はぁ!」
「……は?いや、普通に協力依頼をだな……」
大事な時に限って、この者は天然スケコマシだった。
今の一言で大分ときめいたと言うのに、本人にその自覚が無かった。悲しい事に皆無だった。
『そうでした、この人の心は【アストライア】に奪われているのでした』と思い至り、こちらの勘違い、あちらの無意識下に起きた事故である、と断定した。……例え話であれど、鎖の少女に心を奪われているというのが冗談には聞こえない狩谷だった。
「僕達は勝たなきゃいけない訳じゃない。他の第6形態に移行したエンブリオのマスター達を守る意味は無い。恐らくあちらにもあちらなりの理由があるだろうから。だが、今回の僕達に限っては別だ。アレを乗り越えなければ辿り着けない」
比喩無き例えに狩谷は瞑目する。利益や利点はあまり無い。信頼というプライスレスでありながら価値あるモノを押し付ける事が出来るが、逆に負債(のようなもの)を梓に対して背負っている現状、それが軽減されるだけだろう。
だが、肩の荷が降りるとまでは言わないにせよ軽くなるのは利点だろう、と狩谷は遂に頷いた。二つ返事だったカデナと天羽とは大きな違いである。
そうして梓――カタルパは何度目かのリスタートをする。
一度決めた改修案件。終わるまでのトライアンドエラーは然し――呆気ない方法で終着するのだが……勿論、彼等彼女等が知る由はない。