1日と言うのは、意外にも過ごしてみれば長く感じない。
「あー、なんかもう終わってたなー」等と言ってお終いだ。
3日と言うのは、短いようで長い。
待とうと過ぎようと「すっげー長ぇなぁ」と思う程度だ。
前者は、庭原 梓の心情だ。
後者は、カタルパ・ガーデンの心情だ。
であれば。そうであるならば。
『
□■□
降り立ったのは、見慣れた情景の中の一コマ。
新しい仲間であるミル鍵と共に、カタルパ・ガーデンは24時間ぶりに、この世界でいう72時間ぶりに、<Infinite Dendrogram>の地を踏んだ。
大して飲めない酒を2人で煽り、へべれけになってテーブルに突っ伏して、寝たのに気付かず「後10分で再ログイン可能だ!」「うそん!」等と焦っていたのは、誰も知らない話。
天羽が隣室だったので、アルテアのクリスタル前(セーブポイントであり、デスペナになった2人のリスポーン地点)に集まるよう話してから、隣室同士で同時にログインした。
そんな小話、裏話も、ログインをした2人が立つ『この世界』の話では無い。
そう、だからここでは、『この世界』での話をしよう。
□■□
「…………ただいま」
着いて早々、カタルパの目の前には真白な少女がいた。
ミル鍵も久々に見る、梓も1日ぶりに見る、【絶対裁姫 アストライア】、愛称が「アイラ」の少女だ。
「…………ようこそ、<Infinite Dendrogram>の世界へ。
私は【絶対裁姫 アストライア】……君の、君だけの〈エンブリオ〉だ……私は、君という存在の、分身で、苦楽を共に分かち合う……仲間だ……」
その、セリフに――拙く、心の脆さが露呈してしまっているそのセリフに、カタルパは咄嗟に何かを返せなかった。
アイラは、ログインしていなかった間の記憶を、つまり天羽と梓の会話の記憶を梓から継いでいる。
元から知っていた梓の勘違いが消えた事は、とても嬉しかった。天羽が自身の本心を言い当てた事には驚かされたが、漸く、梓は梓なりの正解に辿り着けたのだろう、と。そう確信していた。
だから、自分がどうやって、そして何を言えばいいのか分からなかった。分かった彼を、称えるべきか。変わった彼を、褒めるべきか。変わらなかった、変われなかった自分を……嘲るべきか。
でも、どれも不正解だろう、と読心していたアイラは分かっていた。
それ故に、上がっていた候補は全部却下された。だから、心の思うまま、自分が思うまま、紡ごうにも上手く紡げない、拙い……それでも、『伝わる』言葉を、ありのままカタルパに伝えた。
その本心の吐露は、鈍い彼にも伝わったらしい。動揺したのが分かった。アイラは安堵した。
「……ありがとう、アイラ。やっぱお前は俺だけの〈エンブリオ〉だ。
それに、凄いな、天羽も。言った通りだ。お前に悟られたみてぇでちょいとゾクッとするけどな」
……褒める際に違う女性と一緒にして褒めるという失態をしていたが。況してや、それを良くないと思ったのが2人共であった事には、カタルパ、つまり梓は一生気付かないのだろう。
「まあ、いつもの事だからいーけど」
天羽……ミル鍵は嘆息する。長年の付き合いは、彼女に何を思わせたのだろうか。彼女に対しては読心を使えないアイラ……と当の本人、カタルパは分からない。
「にしても、PKが実は知り合いだった、なんてね。
流石にカーターは顔をリアルと同じにしているそうだから分かったのでは?」
「もっともなんだけどねー、ほら、やっぱ目とか合わせちゃうと殺しづらいじゃん?だから積極的に見なかったんだよね。今見たら梓以外の何者でもないんだけど。燕尾服はファンタジーなこの世界に於いては『無いわー』ってなるけど、梓ってこういう人だし」
「見ていたらあの時に貴女がデスペナルティになる事も無かった、と言う事なのか。これは貴女の落ち度と見るべきか、カーターが知り合いだと気付かなかった事を鈍感だったと評するべきか……後者だろうな」
「まさか。俺に何か落ち度があんのかよ。リアルとアバターが違い過ぎて間違い探しどころじゃねぇぞ。どうやって気付けってんだよ」
カタルパは容赦の無い発言をする。それにまた、二人揃って嘆息するのだった。その理由もまた、カタルパは気付かない。或いは、そう嘆息された事にさえ。
何故ならば、と問われるならば、彼が愛を知らないからだ、と答えよう。愛無き者の〈エンブリオ〉が、乙女とは笑わせる。TYPE:メイデンであり、乙女座のルーツ(となったとされる。ペルセポネという説もある)、『アストライア』とは、皮肉なものだ。
「あ、そーだ、梓。ギデオン行かない?」
ミル鍵にそう誘われて、アイラとカタルパは見合わせる。「いきなり何を言ってんだ」と心の中で揃って呟くが如く。
「ギデオンには闘技場ってとこがあってね!プレイヤー同士で闘えるんだよ!」
「PKやめたと思ったらそれか!」
因みに。
「で、その闘技場とかギデオンとかって何処にあるんだよ。地名だろ?アルテアじゃねぇんだろ?どーせこっから遠いんだろ?」
「遠いっちゃ遠いけど、Lv51以上のみが参加出来るって言ってんだから、道中何があったって、今の梓のLvなら死ぬ事はないでしょ」
「なぁ、その『Lv51以上のみが参加可能』ってさ、本来戦闘職に向けて言ってるよなぁ?
俺は確かに51には辿り着けているけどさ、HPとか『低すぎワロタ』ってなるぜ?」
「モーマンタイ。私も大体そんなだから。職業も【兇手】だから」
「おい、それ戦闘職っぽくないか」
「暗殺者系統上級職だよ」
「戦闘職じゃねーか」
加えて言えば。Lv51以上で無ければならない理由は別に、そこまで辿り着く為に必要なLv、という事では無いのだが……それはお互いに知る由もない。
「それにさ、梓は非戦闘職だろうと戦闘職の私に勝ってるじゃん。その枠組みは、梓に於いては無意味だよ」
「それでも嫌だ。闘いたくないで御座る」
「働きたくない、みたいに言わないでくれる?
アイラちゃんも飽きて梓の左手に戻っちゃってんじゃん」
「それお前のせいじゃね?九分九厘お前のせいじゃね?」
「まっさかー」
『まさか』
「えぇ……」
悪事や悪意は自覚が無ければ尚危険だ。悪気は無い、然れど人を殺す、などと宣う輩がいれば、梓で無くとも精神に異常があるのかと考える事だろう。
天羽は梓程では無かったが、近しいものではあった。
庭原 梓が『壊れている』なら。
天羽 叶多は『狂っている』のだ。
庭原 梓が生活環境で精神が壊れたなら。
天羽 叶多は生まれた時から狂っていた。
いずれ語るだろうから今はここで締めるが、天羽 叶多とは、と問われたならば。
彼女を知る誰もが『狂人』と称える事を、覚えておいて頂こう。
「さ、行こっか」
「話聞いてたか?行かねぇよ?」
「じゃあ賭けしよう。四五六賽を振って1、2、3が出たらペアでゴー。4、5、6が出たら2人でゴー。どうよ?」
「……何一つ『いいよ』と返せる点が無い件について」
抑、四五六賽。
抑、1から6のどれが出ても結末が変わらない(1、2、3は出ないが)。
「初めから『2人で行きたい』と言えばいいものを」
カタルパは同じくらいの身長のミル鍵の頭に手を乗せた(2人共、リアルと身長は同じに設定しているので、リアルでの身長差もほぼ無い)。
それは、庭原 梓が天羽 叶多の頭を撫でているようだった。
――実際には、リアルと変わらない風貌だが燕尾服を着たカタルパが、身長以外原型の残っていない金髪紅眼の盗賊(何処と無く、フェ○トのよう)、ミル鍵を撫でていた。
「梓ー、天然ジゴロとか呼ばれた事ないー?」
「お前になら何度か」
「…………鈍いなー」
その言葉は何故か、「鈍い」と言われたのに鋭く梓の心に突き刺さった。心做しか、紋章の中でアイラも同調している気がした。
「面倒だな……行きたくねぇ」
「そうゆー事言わないの。嫌と言っても引き摺って行くからね」
「おいおい、この世界のモットーとも言える自由は何処行った」
「梓に限っては存在しませーん」
「おい待て、あんま強く言い返せねぇ!あ、ちょっ、マジで引き摺んな!STR高っ!いや違ぇ、これセンススキルだ!」
ズルズルと、引き摺られていくメイデンの〈マスター〉は。
引き攣った笑みを浮かべながら、この先起こるであろう悲劇を察して、空を見る。
『楽しみだな、カーター』
そんな声が聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。だから。
「……そーだな」
ミル鍵……天羽に聞こえないようにそっと、呟いた。
そうして。これより始まるは。否、既に始まっているこれは。
後の超級、"
計算スキル特化型超級職【■■】となる、カタルパ・ガーデンの物語。
まだ、誰も語れぬ物語――――