其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「多分、今迄書いてて一番楽しかった」


第六十六話

■??? ――夢の中――

 

「君は、『ニワハラグループ』なる組織――企業を知っているだろうか」

 

 男は、これから演説でも始めるかのように、そう言った。

 辺りは暗闇。男を照らすようにスポットライトのようなものが当たって、男のスーツ姿を際立たせていた。歳は四十半ばと言ったところだろうか。声には迫力と呼ぶしかない何かしらが篭っていて、発せられるだけで空間が共鳴するように震えた。

 

「嘗て、社会……裏社会と呼ばれるべきその社会で、その企業の名を知らぬ者はいなかったと言う」

 

 『ニワハラグループ』は当時、世界を裏から操る者達御用達の奴隷売買企業だった。表立っては製薬などで社会に貢献出来るような企業ではあったが、その化けの皮を一枚剥がすだけで、国家を盾にした悪質な企業に変貌する。他国家までこの企業を補助し保障していた為(勿論、奴隷を容認している国家も、だ)、排斥しようにも中々出来ないでいた。

 

「さて、今宵君に見せるものは、恐らく他では見られないものばかりだろう」

 

 男は暗闇を指さした。その虚空がライトに照らされると、魔界の城のような、城塞都市のような風貌のビルを見せた。

 それは、それこそは。

 世界から消え失せた、掻き消えた、身内から瓦解した企業。

 

 在りし日の『ニワハラグループ』の本社であった。

 

□■□

 

 男はスタスタと巨大にも程がある扉の前に立った。企業の入り口であるその扉を開くのですら、何重ものロックを解除する必要がある。

 一枚のカードを取り出すと、リーダーに通した。それだけで、重々しい扉がゆっくりと開いていくではないか。所謂マスターキーだったのだろう。男は此方に促すような素振りをしてから扉の隙間を縫った。

 

「この企業を潰したのは御曹司である庭原 梓という少年だった。彼の母親、庭原 椿は世間的には生きているが、彼からすれば死んだも同然だそうだ。なのに時たま会いに行くそうだから滑稽だ」

 

 男は口を開いてもその『英雄』の母親の話をするばかりで、中々父親の話に触れようとはしなかった。

 

「無論、少年の中では何故か、母親は死んでいるのに父親は生きている、とされている。現実は父親が死んでいて母親が生きているのに、だ。父親である庭原 槐は、少年の復讐の対象であったからこそ、生きていて貰わねばならなかったのだろう」

 

 そんな、本人でもなければ語れなさそうな事を淡々と告げる男は、企業の本社ビルのエレベーターに入って行く。

 

「来ると良い。君に見せたい物があるんだ。と言ってもそれは、この企業が何故、奴隷というものに手を伸ばしたのか、という根幹なのだがね」

 

 聞けば、『ニワハラグループ』が奴隷売買に手を出したのは、企業が発足してから暫く経った頃だと言う。初めは純粋な、社会貢献を目的とした全良な企業だったらしい。製薬企業と病院を合体させる事により、その時代ではトップクラスの治療率を誇ったのだとか。

 それが何故、そこまでになったのか。落ちぶれてこそいないが、その一途を辿ったのか。

 男は今から、その秘密を明かそうと言うのだ。

 

「さて……行こうか。……怪しい事をする訳じゃない。寧ろして来たのは今迄か」

 

 エレベーターはB6Fから更に下降しているようだった。エレベーターの階数表示は一番左に『B6F』と記されている為、これ以上下降するという事は隠された階層がある事を示唆していた。

 ゴウンゴウンと特有の鈍い音を響かせながら、エレベーターは下降を続ける。鳴り止まない。鳴り止まない。かれこれ数分は下り続けている。

 到着を知らせる機械音が鳴ったのは、それから更に2分を数えた頃だった。

 扉が開く。電気のついていない空間の中に、幾つもの柱が並べられている。

 

「いきなりだが君は、健康でいたいと思った事はあるかね?」

 

 そのセリフは、元々製薬企業であったからこそ、でもあった。此方に問いかけてこそいるが、此方にする意味はあまり無いようだった。

 

「私達はそう思った。いや、それを提供したいと思った」

 

 その考えは良かった。……そう考えるまでは、良かった筈なのだ。

 

「私達は悩んだ。試行錯誤を繰り返した」

 

 柱はライトブルーの輝きを放っていた。それこそ竹取物語のかぐや姫のように。

 

「どんな薬を作っても、私達の目的は達成されなかった。例えば肝臓が幾つもの病を併発していた時、薬というものは一つ一つ順々に対処せざるを得なかったからだ」

 

 ライトブルーの輝きを放つのは、幾つもある柱で共通しており、また、下数メートルのみが輝いているのも共通点だった。

 

「ドナー、というものもそう多くはない。かと言って救う為に私達が身を削る、という選択肢も無かった。一つの肝臓と命を救う為に、多くの命を削る事を、残念ながら許容出来なかった」

 

 心が狭かったのだ、と男は続ける。その言葉は、懺悔以外のなにものでもなかった。

 

「私達はそれでも、救えるものは救おうとした。限りあるドナーの臓器を掻き集めたりもしたし、違法に売買されているものを買収したりもした。製薬企業でありながら病院でもあったのだから、救う為に全力を尽くすのは当然だった」

 

 至極真っ当な理論をでっち上げながら(、、、、、、、、)、男は悠然と、止まることなくライトブルーに照らされた薄暗い空間を進む。

 

「そこで考えた。足りないのなら、増やせばいいのではないか、と」

 

 その時、或る意味の逆転の発送に辿り着いた『ニワハラグループ』。踏み間違えたのは、間違いなくその瞬間だっただろう。

 

「私達は研究を続けた。まだIPSによる治療も万全ではなかった。だが、そうした培養技術は『使える』筈だ、と。そう思った」

 

 やがて部屋の突き当たりに辿り着く。男はそこにもあった柱を眺めた。いや、眺めたのは柱そのものではなかった。

 

「そうして私達は、辿り着き、創りあげた。人としての禁忌。私達が踏み外す要因……」

 

 ライトブルーの部分、その中に浮かぶ――

 

「――クローンの、作成だ」

 

 男と、瓜二つの存在を。

 

□■□

 

 そこからの話は早い。無限に生み出せるクローンを、生まれながらの奴隷に仕立てあげたのだ。

 他所から仕入れる必要もなく、顔の造形をいじるだけで同じ人間を元に生み出したものとは気付かれない。『ニワハラグループ』はクローン技術の完成を以て、健康そのものを樹立させ――闇に、浸かった。

 

「クローンには知識を与えた。奴隷となるものには奴隷としての知識を。何処ぞの富豪や貴族のクローンにはれっきとした教養を。時には本人が死んでしまったからクローンを代わりに……なんて家庭もあって驚いた。その為に教育を施していた訳だから、納得もしていたが」

 

 一つ一つ、ライトブルーを指差しながら男は解説する。

 

「あれはイギリスの貴族のクローン。肺の機能が一部停止した際にクローンのものと取り替えた事があった。あれはガーナの貧民のクローンだ。黒人というだけで奴隷という印象がまだ強かったからな。二束三文でこそあれ、良い商品だった」

 

 命を命と思わない発言……いや、生みの親なのだから、生きる末を左右出来て当然だという、確固たる自信からその発言は来ているように思えた。若しくは、クローンだからこそ、人とすら思っていないのか。

 

「私達は踏み違えた。だが後悔はしていない。結果として当初の目的は果たせたのだから。無論、クローンを作れるだけの財力のある者に大体は限定されたが」

 

 そこで思い出したように、男は目を瞑った。

 

「我が子を出荷した事もあった。それから作ったクローン共々、良い商品になってくれただろうな」

 

 その発言は――いや今迄の発言もそうだが――当事者で無ければ出来ない話だった。

 男は『漸く気付いたのか』とでも言いたげな表情をしてから、ライトブルーをバックに名乗りを上げた。

 

「私は……私の名は庭原 槐。世界の闇。必要悪にして完全悪にして絶対悪。『ニワハラグループ』創始者でありながらたかだか数十年で世界有数の企業に仕立てあげた当人だ」

 

 数十年、と言うが薬一つ作るにも十年単位の年月がかかる。そういう事を鑑みれば、今の姿――四十半ばにしか見えないその姿はおかしい。そう思い当たると同時、槐は奥のライトブルーの柱を指差す。

 

「まぁ、もう分かってはいるだろう。私はクローン技術を確立させ、記憶の移し替え……と言うと少々語弊があるんだが……それも限定的だが行えるようにしたのだ。この肉体ですら、もう何代目かになるよ」

 

 であれば槐は、もう何年もその姿で過ごしてきたのだろう。

 もう二十年以上も前から、クローン技術は確立していた。無論確立していただけで、改善点は幾つもあったが、梓が崩壊させたその時点では既に、殆どの問題はクリアされていた。日本では奴隷制が無いため公になる事は無く、ただの全良な製薬企業にして病院という巨大な企業だっただろう。

 だが――だがしかし。奴隷制を導入している国は未だ存在し、陰で奴隷を扱う国も少なからず存在していた。人体実験の為の奴隷すら居たと言う。

 それこそ『ニワハラグループ』も薬の実験の為にクローンを利用した事は何度もあった。副作用で死亡しようと、まだストックはあった。その感覚が狂った価値観となり、『ニワハラグループ』は十数年前からは動物実験を行っていなかった。全て、クローンによる擬似的な人体実験にすり変わっただけなのだから。

 

「さて……そろそろ幕引きか。ならば……伝えておく事がある。英雄など、この世には居ない。どの世にも、居る訳が無い」

 

 槐は、ハッキリとそう告げる。

 

「いるのであればそれは、自作自演(、、、、)の最果てによるものだ」

 

 槐は薄暗い柱を指す。

 

「君は知らないだろうが、庭原 梓には四人のきょうだい……と呼べる者達が存在した」

 

 そこには4種類のクローンがあった。どれも、今居る槐を幼くさせたような姿だ。

 

「次男……である庭原 (さかき)、長女である庭原 (さくら)、三男……である庭原 (ひのき)、四男……である庭原 (けやき)。彼等()私の実の子であり、れっきとしたきょうだいだ」

 

 此方が首を傾げたのを質問と思ったのだろう、槐はこう続けた。

 

「あぁ、梓か。残念ながら彼は私の子ではない。彼は長男として扱われていたが、私達の中では、長男とは言えない『もの』だった」

 

 ならば、『何』だと言うのだろう。

 

「分かっているのでは?最早これを見て気付かない方がどうかしている」

 

 4種類のクローンの奥、たった一つ、今は何も入っていない柱があった。

 

「梓は私『達』のクローンだ。だから言っただろう、自作自演だ、と。椿の遺伝子の情報と私の遺伝子の情報を組み合わせ、接ぎ木して(、、、、、)作り上げた――作品だよ」

 

 接ぎ木、という表現は名前と合致していて言い得て妙だった。

 庭原 梓は、遺伝子情報を組み合わせて出来た、或る意味二人の子供と言える存在であり、或る意味――本人であるとも言える。

 確かにそういう意味では、『ニワハラグループ』の崩壊は自作自演であったと言える。

 槐はもう何も話す事は無いだろう、と此方を向く。

 

「さて、私は君が何故ここに来たのかは知らない。梓本人ですら知らない、『私達の作品である』という事実を君に公開した事に、後悔はない。……洒落ではないよ」

 

 槐はここにきて冗談めいた事を言った。

 

「『過去』という概念の集合体。今は無き『ニワハラグループ』本社と私……。何故それらがこの世界に漂流したのか、それを知る術は無い。君の見る夢に、何故私が出てきたのかは分からない。だがこれも、何かしらの、『運命』という巡り合わせなのだろう」

 

 そこで改めて、槐は此方に目を合わせた。本質を見定めるような視線は、梓のそれとよく似ている。

 

「さぁ、行きたまえ。君がこの体験を覚えているのかは定かでは無いが、いずれ再び相見える事を期待しているよ」

 

 私は『それは御免こうむるよ』とだけ返し、夢の出口――突然現れたドアに向かう。

 

「ではまた会おうか。次は梓も連れてくるといい。夫婦で私の墓に参ると良いよ」

「貴方の墓は此方には無いし、私達が貴方の墓に積極的に向かう訳も無いだろう?」

 

 それだけ言い残し、私――【絶対裁姫 アストライア】は、虚構の夢から覚めた。




( ✕✝︎)「…………なんでこれが最も楽しい執筆なんだよ」
( °壺°)「……マジで一番筆が進んだ」

『ニワハラグループ』
『数十年前から奴隷商人として』という文言ではあるが、実際は二十数年しか奴隷商としては働いていない。つまり――梓が生まれた頃辺りが、開始地点である。
梓が7歳にして色盲になったのはクローン技術による遺伝子組み換えが原因であると推察される……本人はクローンである、などという事は認知していないが。
時たま梓――カタルパが自身を黒髪黒目と表現する理由も色盲により色を失っているのが遠因である……こちらが誤字をしていた訳ではない。
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