国境を龍は、川のように流れた。
既にそこは、戦地であり――ペナルティ明けのカタルパ・ガーデンと、アルカ・トレスはその龍の上に乗っていた。
一人だけが騎乗していたならば、子守唄のように『坊や良い子だねんねしな』……と聞こえてきそうだった。
代わりに聞こえてくるのは、並走……否、追い越そうとする足音。それも大量にではない、一人の精鋭の足音。
「やれやれ……諦めてくんねぇのな」
「でも……アズールの仮説が正しい事は証明出来たんじゃない?」
その龍に跨るは、カタルパ・ガーデンとアルカ・トレスだけ。だのに、駆け抜ける音は確かに此方に向かっている。
文字通りの枝分かれを繰り返し、八岐大蛇も九頭龍も尻尾を巻いて逃げるような数の首が、一つずつ反応を途絶えさせて行く。
「何で一個一個潰して行くんだ、あの兎」
「反応誤認させてるからね……通用するかは五分五分だったけど」
「因みに通用しなかった場合は?」
「まぁ……護身の為に動かすよね」
これ、あれだ。夏祭りとかで見る紐引っ張るクジ引きのやつだ。
爆発するもの、切断されるもの、秒読みする度に確実に総数が減って行く。
現在、龍頭の総数は八百三十。
現在、【平生宝樹 イグドラシル】の到達形態――六。
□■□
【兎神】クロノ・クラウンが襲撃してきた原因について、
その中には快楽殺人者などの有り得ないであろう仮説もあり、実際可能性のありそうな仮説というのは、片手の指で足りる程度だった。
「まぁ、最も有力なのはこの、『プレイヤー若しくはエンブリオの強化目的』ってのだが、な」
現実で四人が集まった時、そう梓は言っていた。
【兎神】というジョブから【猫神】であるトム・キャットが思い浮かんでいたからだろう。何かしらゲームとしての目的があるのだろう、と梓は考えた。
「そんなに理不尽に、無闇矢鱈に殺していたらユーザーは離れて行くかもしれない。だから恐らく、一定の条件をクリアした、並大抵の理不尽では心が折れたりしそうにないプレイヤーに絞ってPKを行っている可能性が高い」
そこまで辿り着くのに、そう時間はかけていない。そもこの辺りまでは、
《強制演算》を使えばもっと早かっただろうが、それと併用するであろう《
《感情は一、論理は全》は感情をステータスにする、という曖昧な説明のスキルとなっている――訳では無い。
そこには明確な隠匿が存在し――カタルパが隠蔽しなければならない理由が存在する。
《感情は一、論理は全》と呼ばれるこのスキルは……脳への信号を遮断する。
厳密には、脳へ行く信号を奪取し、ステータス上昇の為のリソースに変換させる、というスキルである。《強制演算》による頭痛も、痛みという信号を遮断し、ステータス上昇に持って行かせるのが《感情は一、論理は全》の全貌である。とは言え、全ての信号を遮断する訳でも無く、どの感情が遮断され、どの感情が、どのような思考が脳へと伝達されるのか、カタルパ本人をしてもグレーゾーンな部分は多々ある。
《強制演算》で得た解答について思考する際に、《感情は一、論理は全》を発動し、遮断されてしまっては元も子もない。
ましてや《強制演算》も《強制演算》で頭痛以外にもデメリットはある。
《強制演算》は脳内にある問題に対して解答を提示するスキルだ。逆に言えば、過程を吹っ飛ばして結果のみを提示する能力なのだ。
その為、過程に重要な要素がある場合、結果から逆算する必要があるのだ。何とも厄介で面倒なスキルである。
最近、【数神】のスキルについては新しいスキルも追加されていたのだが、自身で確認していないのでそれはそれで別にして後の話である。
「ともあれ……第6形態に移行したエンブリオを所有するマスターに限定されてんだったら、デコイは少ねぇだろうな」
「まぁ、僕とカナタくらいだもんね」
「そういうこった…………ん?お前第6形態なのか?」
情けない事に、梓が【平生宝樹 イグドラシル】が《超級エンブリオ》にリーチをかけていた事を知ったのはその瞬間であり、作戦の成功率が跳ね上がったのも、この瞬間なのだった。
□■□
TYPE:ワールドである【平生宝樹 イグドラシル】には能力がある。《
それは、《
イグドラシルの本来の伝承に於ける、九つの世界。その内のミズガルズとアースガルズを繋ぐ虹の橋。それがビフレストと呼ばれるものである。
規定から逸れた事に、アルカ・トレスは別に何も思わなかったというが、その『逸脱』は、確実に今迄のアルカを否定していた。それに、アルカは矢張り何も思わなかったようだが。
「あと……三百を切った。そろそろクジ引きも終わりかもしれない」
「充分だ。そもこの戦いは、
「……そうだったね」
龍に騎乗したまま、二人は背後を見遣る。目視こそ困難だが、ブーツを振り上げて蹴り落とす、少年の姿は見て取れた。
「因みに、目視確認されても龍の誤認って働くのか?」
「一応。あっちにはどの龍にも僕達が乗っている感じに見えてる筈だから」
「ふーん……杞憂だといいんだが。まぁいいか。別にバレたって平気な訳だし、な」
カタルパは居合いの要領で腰の刀に手を掛ける。
「《延々鎖城》」
誤認させる世界の中で、自らを矢面に立たせる正義の味方は。
「っ!」
「――よぉ、
いつも会う友にそう言うかのように、からかった。いや、この場合に於いては――喧嘩を売った。
鏡か不思議か、どちらかのアリスの登場人物の名を得、且つ【兎神】と名乗るならば、その『ラビット』たる名は、あまりにも単純で、明解だった。
「邪魔なんだよ……本当に……僕はそこの龍の使い手を落としたいだけなのに……」
「それはちょっと……やめてくんね?」
《延々鎖城》は『結果的に』自身のヘイトを上げるスキル。タゲ取りが成されている以上、『ゲームであるからこそ』、【兎神】は【数神】を仕留めなければ『龍の使い手』を落とす事は叶わない。
「君を倒している時間も勿体ないんだけれど」
「勿体なくはないさ。それに、俺達は逃げたいだけなんで。帰り道とかにしてくれねぇかな?」
軽い挑発。誤認が切れたのだろうか、兎の神は確かに数の神を捉えている。手に持つ爆弾が届かないのは、今すぐ駆け出して首を断ちに行けないのは、ひとえにその二人の間を妨げる鎖のせいだ。
結果的にその鎖は、カタルパとアルカ、その二人を守っていた。何故か?その方がヘイトが溜まるからである。
「リミッターは解除された。一時間は再封印出来ない。その間に俺達は、逃げて勝つ」
「逃げるが勝ち……そう言いたいの?」
「逆に他にどう受け取れるよ」
鎖の隙間を縫って爆弾――ダイナマイトのようなもの―ダイナマイトが投擲された。
通す訳もなく、鎖は蛇が蠢くかのように畝り、弾き返す。
鎖は網のようにそれぞれで絡み付き、人が通れる隙間は無い。それでも神同士が面会出来る程度には、隙間が生まれていた。
「逃げられると思わないで欲しいんだけれど?僕は、
少年が時計を手にする。懐中時計を、しかも両手に持った。
両手を塞ぐという蛮行に、カタルパは警戒のレベルを引き上げる。
予想が正しいならば、あれが彼のエンブリオなのだから。
だからこそカタルパは、一歩踏み出――
「アルカ――やれ」
さず、背後の少年に命令を下す。
「分かった。《
「《
刹那、正義の味方を取り残し、小さな世界が変転した。
( °壺°)「次回、世界対時間」