其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第六十八話

 TYPE:ワールド。世界という、あまりに膨大なカテゴリ。

 植物を操る、という能力を有する【平生宝樹 イグドラシル】は、アルカ・トレスのエンブリオである。

 然れど能力適正は味方の強化と敵の弱体化。

 初めからそこには食い違いがある。

 初めから。変わっていない彼の、変わらないものを糧として、中心として。

 狂った彼を中心として。初めから【平生宝樹 イグドラシル】は形成されていた。

 

□■□

 

 植物は、育つ。大抵水と肥料があれば育つのが、植物だ。

 そう知られている。間違っていない。

 だがまぁ優しい事に。面倒な事に。ある情報が欠けている。

 もう一つ。太陽光だ。

 それがどうした、と言える事だろう。

 実際、これは比喩的な話であり、実際にカデナ・パルメール若しくはアルカ・トレスに太陽光が深く関係している訳では無い。

 

 周知の通り、カデナ・パルメールは元奴隷であり――庭原 梓を慕っている(恋慕の念ではない)。

 奴隷として生きていた頃の出来事があってか、カデナは梓の道具としての側面が、つまり駒としての性質が強い。

 彼に救われたからこそ、彼の為に己を『使い潰そう』としているのだ。成長するのは彼の為に。前に進むのは彼の為に。今を生きる事は、彼に貢献する為に。

 向日葵のように、太陽()を追い続けるのが、カデナ・パルメールの本質なのだ。

 

 それ故に(、、、、)、アルカと植物は同調した。成長の手段として太陽を見る植物と、成長の目的として太陽を見るアルカは、同調した。

 手段と目的を蔑ろにしごちゃ混ぜにしてしまう勇気があるアルカだからこそ、【平生宝樹 イグドラシル】は、木々を龍のように踊らせる。支えを探す朝顔の蔦のように、舞わせる。

 そんな暴論によって、【平生宝樹 イグドラシル】は、植物を操るのだ。

 

□■□

 

 話は現在の現実に回帰する。

 つまりアルカとクロノが各々のエンブリオの必殺スキルを使用したその瞬間である。

 《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)》と《世界は右に(クロノス)主観は左に(カイロス)掌握するは永久なる理(アイオーン)》が、衝突したその瞬間である。

 神々の世界を支える樹、イグドラシルと、神としての名ではなく、時間という概念としての名であるクロノス、カイロス、そしてアイオーン。

 互いが発動するや否や、二対一であった環境は、一対一に変化した。

 

「――――っ?」

 

 《延々鎖城》の鎖すら、その世界には置いていかれた。

 

『SUOHHHHHHHHHHHHHH!!!!』

 

 カタルパは、分かり切っていながらも信じられない体を装い、突然聞こえた声の主を見遣る。

 

 見えない――程に速い『何か』も、一瞬だけ確認出来た。それは予想通りだ。『自身のAGIを上昇させる』という予想は、何一つ間違っていなかったようだ。

 問題は其方では無い。カタルパは自身の乗っていた龍が失せ、地面に立っているのを足の感覚で理解している。

 

 乗せていた龍が、森の木々と共に一体の巨大な龍を形成している事も、また。

 

「龍化のスキル……?いやまさか……」

 

 血脈のように胎動する木。ギリシャ神話に登場するラドンのような、北欧神話に登場するファフニールのような、マハーバーラタに登場するヴリトラのような……どこかで見聞きした事があるような、然れど他の何とも似つかない化け物であるかのような。

 それこそ一つの新世界にて初めて語られるような、新たなる龍。

 それが、カタルパの頭上を通過して行った。

 

「はっは…………何だこりゃ」

 

 流石のカタルパも乾いた笑みしか浮かばない。

 エンブリオのスキル――それも必殺スキルなのだから、ある程度の予想外は想定していたのだが、今回ばかりは予想の斜め上を行き過ぎていた。

 況してやこれが、《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)》の力の一端である事を、何となく察していたカタルパは。

 戦力外だろうと思い、距離を置こうとした、が。

 

「…………あ」

 

 約一日、《延々鎖城》をロック出来ないようにしたのはカタルパだ。

 届かないながら、宙を無闇矢鱈に駆け巡る鎖を、目で追いながら。逃げる事も、戦いに行く事も出来ず、暫く二人の対決を、見守る事にした。

 

□■□

 

 実際、【兎神】が《虹に繋がれし九極世界》により作られた木龍に捕まる可能性は皆無だ。

 万に一つもない。

 だが、圧倒的質量と重量を誇る木龍相手に、太刀打ち出来る戦力が無い。

 故に、状況は完全に拮抗していた。

 

『SUOHHHHHHHHH!!!』

 

 五月蝿いと思いながらも、これが《超級》に繋がるのなら、クロノ・クラウンとて引き下がる理由は無い。

 ただ、己の履いているブーツで蹴り抜くのであれば、攻撃の寸前に止まらなければいけない。

 己の高すぎるAGIで蹴り出すと、自分のENDでは耐えきれず、自分の脚が崩れてしまう。

 だが、蹴り出す為に止まると、恐らくその時に掴まれる。

 木龍は巨大であるだけのように思われるが、空中浮遊している為に全方向に木で出来た腕が生えていようと問題は無い。逆にどの方向からでも、此方に掴みにかかる事が出来る万全の体制なのだ。

 

(厄介だな……)

 

 力が足りない。それこそ本来の力を引き出さねばならない程に。

 それなら諦めればよいものを、クロノ・クラウンはそういう意味で諦めが悪かった。

 ――と言うか本来、コイツ以外にもターゲットが居なかったか?

 クロノがそう思うのとほぼ同時。

 

 声が、聞こえた。

 

『勝ち確!』

「――おう、分かった」

 

 その声は確かに正義の味方の片割れの声だった。

 己がエンブリオだと言うのに、態々【テレパシーカフス】を持たせたのだろう。その声は辺りにも響き、音を軽々しく超える速度で動いていたクロノさえ止めた。

 

「僕に……勝つ、だって?」

「ん?……あぁ、そうだな。だが勘違いしないでくれよ。俺は……俺達は一度も、お前に戦いを挑んじゃいない(、、、、、、、)

 

 地上でニヤリと笑ってみせた数の神。

 空中でピキリと青筋を立てた兎の神。

 その一瞬の停滞を、停滞してきた者達が見逃す筈がない。

 

「――アルカ!」

「うん!」

 

 木龍が咆哮し、腕が伸びる。

 判断が遅れたものの、間一髪で躱したクロノは、然れど意識が其方を向いていなかった。

 

(この状況で……どうやって僕に勝つつもりなんだ……!!)

 

 良くて拮抗、だが地上の彼は戦力外。況してやエンブリオは手元に無いと来た。なら……どうやって勝つつもりなのだ?この木龍に、秘密があるとでも言うのだろうか?

 

「おいおい……勘違いするなよ」

 

 その声は意外や意外。クロノのすぐ近くから聞こえた。

 

「俺達は戦いを挑んじゃいない。それに、こうも言っただろ?」

 

 子供のような、快活な笑みを浮かべながら――

 

「逃げるが勝ち、ってな」

 

 正義の味方は、勝利宣言をした。

 

「なっ……!」

「んじゃ、な」

 

 木龍の腕の先に立っていたカタルパが、文字通り木龍に収納(、、)される。

 その驚く他ない光景を、クロノは目を点にして見るだけだった。

 

(そう言えば、この龍の所有者の姿が無かったけれど――!!)

 

 答えに辿り着くのが、少し遅かったクロノ。早ければ、収納(、、)されるより早ければ、まだどうにかなっただろうに。もう、遅かった。

 木龍の隙をついて土手っ腹に蹴りを一撃与えるもそこは。

 

 ――矢張りと言うかしかしと言うか。

 

 もぬけの殻、伽藍堂であった。

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