其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第六十九話

 アルカ・トレスは爆走していた。数の神や兎の神に比べればあまりにも鈍足であったが、牛歩のようでこそあったが、努力していた。

 勝利の確定していた戦闘の、精算をする為に。そんな喜劇の、清算を、凄惨になる前にする為に。

 怒り心頭なのは分かり切っている。無闇矢鱈に木々が裁断されて行くのが、反応で分かった。そして、裁断している張本人が、幸か不幸か此方に向かってきている事も、【平生宝樹】の能力により分かっていた。

 運が無いな、とアルカは自虐する。

 運営相手によくやった、とは思うのだが、生憎望まれていたのは大団円だ。

 それ以外は全て失敗であり敗北だ。

 彼と兎の戦いは元から勝敗が決していたにせよ――此方と兎の戦いは、まだ終わっていない。況してや、あの大質量の龍はデコイにすらならない。あまりにも脆弱な本体が殺されれば、あの木龍は元から居なかったかのように消失してしまう――なんて事はないのだが(、、、、、、、、、、)

 それでも、万全を期すのは誤りではない。過ちではない。

 そう思い、ふと振り向く。

 

「――――見ィつけたぁぁっ!!」

 

 怒りに顔を歪ませた、兎の神が見えた。

 死ぬ事はない。故に恐怖はない。寧ろこんな状況に於いても、前に進む勇気だけが湧き出てくる。太陽(カタルパ)に向けて歩む足が止まらない。

 縮む二人の差。だが絶望はない。

 ほんの数瞬で追い越され、蹴り抜かれ、アルカはくの字に曲がった。ミルキーより低く、カタルパとも同程度のENDで、蹴られて尚、肉体的破損なく、くの字に曲がって吹き飛んだ。

 

「……な、に……?」

 

 それにはクロノも眉を顰めた。一撃で沈まなかった事には、まぁ、【身代わり龍鱗】等のアイテムを使用すれば不可能ではない。だが、だがしかし。無傷とはどういう事か。

 

『――OHHHHHH……!!』

 

 遠く、龍の嘶きが響く。歪な、最早奇怪な新生命体と言って差し支えない化け物の、透き通るような咆哮だった。それが、無傷の答えであるようですらあった。それを瞬時に理解出来る程、カタルパのような頭脳はしていないのが、クロノ・クラウンであった。

 そして、それに呼応したのは、二人を囲む木々であった。蠢いた。土を、虫を、空気を、置き去りにして。

 クロノが見たのは、()

 

 手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。

 

 想起したのは、この世界に明確に存在しないはずの千手観音。どうしようもない、無限の手が優しく撫で回すかのようにゆったりと伸びていく。鎌首を擡げる蛇のように、太陽に手を伸ばすように。ゆったりと、ゆっくりと、クロノの心臓を鷲掴みにするように。

 木々が成長(、、)したのではない。これは、木々が変質(、、)したのだ、と。遅まきながら、クロノは理解した。

 ここに来て、クロノ・クラウンは【平生宝樹 イグドラシル】という〈エンブリオ〉を甘く見ていた、余りに軽く見積もっていたと言える。

 あの木龍がデコイで、それと戦っている間に逃げていたなど、あまりにも甘く温い考えだった。

 TYPE:ワールドの〈エンブリオ〉は元より、範囲内の対象を掌握する事に特化している。それは、TYPE:インフィニット・ワールドである自分自身(クロノ・クラウン)が一番分かっている。自身を含めた範囲内全ての時間を掌握している自分がよく分かっている。

 だがそれでも、【平生宝樹】は理解出来ない。植物の全権を掌握し、変質させている――否。

 

 有り得ない事に、《虹に繋がれし九極世界》の影響下にある木々は、『新世界』に(いざな)われている。新世界と言うよりは、別世界、異世界か。

 故にそこにある木々は、この世界の理の元にある植物と、違う生態系の『何か』に変容する。

 異世界ファンタジーで異世界の植物が見知ったものと似て非なるものであるのと同じように。

 

 変質、変容、変態。作り替える――新世界の新生命体として、創り変える(、、、、、)

 

 世界を支え、繋いだ木。イグドラシルだからこその……植物限定での生体変換。

 

「化け物め……!」

 

 だがまだそれでは半分だ。舌打ちしながらもクロノは思考する。何故、自分の一撃を耐えられたのかを。だがそれは、生体変換という有り得ない能力を把握した今なら、容易に想像出来る。

 

「一体化させる事による……肩代わり」

 

 一体化、と表現すると、腑に落ちるものがあった。

 味方の強化、敵の弱体化。今まで漠然としていた【平生宝樹】の能力特性。味方の強化も敵の弱体化もワールドの〈エンブリオ〉であればおかしな話ではない、どころか当然と言える。特に何処ぞの女狐の六分の一にまで弱体化させるスキルなど、顕著にも程がある。

 味方、と言う割に植物に限定されていた理由は、植物だけが味方だからなのだろうか?いや、違う。元から味方の強化なんて特性は持っていないのだ。

 

 植物を自身と一体化させる事で、自身にかけられている能力補正を写す。それが《森羅万傷(フレンドリーファイア)》の本来の能力。その一体化そのものが、《森輪破壊(メイキング)》の本来の能力。《森羅万傷》に関しては、植物が受けたダメージを自身も受ける、というデメリットが存在していた。一体化しているなら、当然だろう。そして――逆もまた然り、である筈なのだ。

 

(自身の受けたダメージを植物に移すスキル、そんなものがあるんだろう)

 

 それこそが、《繋ぐ世界・鎖の橋》の本来の能力。

 《森剣勝負(フェアプレイ)》に関しては植物を成長させるだけのスキルであり、重要性は低い。

 

 今まで開示されてきた全ての情報は、虚偽とは行かないまでも欠損だらけの嘘もなければ本当もない情報だったのだ。

 最も開示されていて尚、最も多くの謎を秘めた異世界そのものという規格外、企画外。

 

 それこそが、それだけが。【平生宝樹 イグドラシル】だった。

 

(僕は、この森を絶やさないとこいつを殺せないのか)

 

 それは物理的に骨が折れる。脚に負担がない訳ではないのだ。本来の意味とは異なる目の前の『植物人間』に、今のクロノは勝つ為の手段が無い。目的があっても手段がなかった。

 その為、クロノは降参とでも言うかのように手をヒラヒラさせてから、踵を返した。

 

「…………あれ?」

 

 急な展開に置いていかれたのは、アルカだけだった。

 

「割と諦めが早いんだなぁ……」

 

 遠くで嘶く木龍を見ながら、カタルパを探し始めるアルカ。この森の何処かに移動させた――実際は一体化させた植物の中に通路を創り、木龍と連結させ、移動させた――カタルパは、そう遠くには居ない筈だ。

 

「勝つとはな……いやまぁ、こればかりは速いだけじゃどうしようもねぇか」

 

 嘆息を混ぜながら、そう零すのは、誰あろう正義の味方だ。

 義眼がギョロリと動き、それをアルカは捉える。【直光義眼 ゲイザー】の《ピアッシング・レイ》に至っては、最近全く使っていないのだが、文句はないのだ(ある訳が無いのだが)、そのまま使わなくてもいいだろう。

 

「やぁ、アズール」

「おう、お疲れ様」

 

 碧の目で、ラピスラズリを、紺碧を、海を、空を。そう称される呼び名で呼んだ、正義の味方を見る。二人はそうして笑い合う。何処にでもあるような、つまらない、下らないハッピーエンドの、誕生の瞬間だった。あまりに稚拙な物語が、少しだけ救われた、瞬間だった。

 

 だからこそ誰一人、気付く事は無い。あるいは本人さえ。

 

 【平生宝樹 イグドラシル】

 TYPE:ワールド・フォートレス

 能力特性:《植物掌握》

 スキル:《森輪破壊(メイキング)》《森羅万傷(フレンドリーファイア)》《森剣勝負(フェアプレイ)》《繋ぐ世界・鎖の橋(ビフレスト)

 必殺スキル:《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)

 到達形態――――Ⅶ

 

 クロノ・クラウンの当初の目的が達成されていた事など、誰一人。




 【平生宝樹 イグドラシル】
 TYPE:ワールド・フォートレス
 能力特性:《植物掌握》
 スキル:《森輪破壊》《森羅万傷》《森剣勝負》《繋ぐ世界・鎖の橋》
 必殺スキル:《虹に繋がれし九極世界》
 到達形態:Ⅶ

 テリトリー派生でキャッスルのハイブリッドの〈エンブリオ〉。
 カテゴリとしては広域殲滅型をとる。
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