其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第七十話

 目を覚ませば、多分冷めてしまう。

 そういう謎の確証があった。そうした不安が、漠然としている癖に確実にあった。

 何が冷めるのかは分からない。けれど冷めてしまったが最後、何が冷めたのかすら分からなくなってしまう気がした。

 

 ――だから、今だけは夢を見ていよう。甘い夢を。角砂糖に果糖に蜂蜜とコンデンスミルクをぶっかけて、甜菜と砂糖黍を添えたような、ただただ甘ったるいだけの夢を。

 それ以外に、カデナ・パルメールが見れる希望など、無いのだから。

 

□■□

 

 TYPE:ワールド・フォートレス。

 【平生宝樹 イグドラシル】という世界。

 九つの世界が内包された世界樹。

 ラグナロクにてその境界を踏み越えられ、その世界を踏み躙られた世界樹。

 TYPE:ワールドと語るものの、それはイグドラシルに内包されている(、、、、、、、)世界を指しているのか、それとも内包している(、、、、、、)イグドラシルそのものを指しているのか。

 そればかりは、アルカ本人にも分からない。まぁ、スキル名的にはきっと後者なのだろうが。

 

□■□

 

 国境付近でのPKの件が終わった後、アルカとカタルパは集合場所に向かっていた。【テレパシーカフス】で事件の終結は知らせたので、彼女達も向かっている事だろう。

 だからこそ、今のカタルパ達にとっての誤算、或いは予想外は――

 

「やぁ、少年兵」

 

 ――新たなる、『何か』の来訪である。

 

「……いや、それはマジで笑えない」

 

 頬を伝う汗を、スっと拭う。相手の態度が友好的なものでない事を悟るや否や、二人の行動は早かった。だが、敵の手腕も凄まじかった。

 逃走を図れば先回り、武器を取り出そうとすれば銃にて牽制、アイテムボックスに手をかけようとしても牽制。

 此方の一歩先を行き、確実に手を封じてくる。

 流石に連戦は無理だ。そう言ったところで引き下がってくれる相手ではなさそうなのは分かり切っていた。カタルパとアルカはアイコンタクトを取り、瞬時に違う行動をした。

 カタルパが逃走し、アルカはカタルパと相手の間に入るようにしながらアイテムボックスから木の種を零した。

 その行動を、相手の男は許した。牽制も何もなかった。対処を行わず、寧ろこうなる事を望んだかのような――

 だが今は考えている時間が惜しい。カタルパはアルカを置いて集合場所へと駆けた。後にはアルカと、謎の男しか残されていない。

 

「……まぁ、矢張り、そうなるよな」

 

 男は、何処か失望しているようだった。いや、期待を裏切られた、というのが正しいのか。

 アルカは熱を感じさせない眼をその男に向けていた。慈しむような温もりを感じなければ、憐れむような冷たさも感じない、無の視線。無が有る視線。

 それは、男の正体に薄々勘づいているからでもあった。

 

「声、かけなくてよかったの?」

 

 アルカは、目を逸らさずに男を見据える。

 無闇矢鱈に伸びてしまった黒髪を無理矢理後ろに纏めて、刀傷だらけの顔を晒している男を。細身なのにも関わらず、生傷が多々散見される手脚を。

 あぁ矢張り、力が無いという事は、何も守らないという事にはならないのだな、と前例(カタルパ)を想起しながら。

 

 ――遺伝だなぁ、と思った。

 

□■□

 

 アルカを置いて逃げる事は実際、予想の圏内だった。

 クロノに勝った後、ジャバウォックとかなら何をしてもおかしくなかったからだ。今回に限っては、見ず知らずのPK(?)だった訳だが。

 皇国PK多過ぎだろ、とか思ってみるが、最近だと王国にもPKは多い為、あまり人のことを言っていられない。あの【抜刀神】でさえ、王国のランカーでありながらPKという一面を持っているのだから。

 集合場所は、とある店の前だった。店内から漏れ出る熱気と、煙突から排出される煙が、大体を伝えてくる。

 彼女達が指定した此処こそが、【終点晶楔 ギャラルホルン】を改修した場所なのだ。

 カタルパは、その店の扉に手をかける。ミルキーが相手は人見知りだ、みたいな事を言っていた気もするが、アイラが居れば何とかなるだろう、と何処かで確信していた。それは、信頼ではなく、依存と言うのだが、カタルパが気付ける訳もなく。

 愚鈍なまま、そのドアノブを捻り、

 

「駄目だろ、それは」

 

 カタルパと同じくらいに細い腕で、開けるのを妨げられた。

 

「……アルカは?」

「そう、だな……どう答えるべきか。倒してはいないし……ふ、む。難しいな、相手が納得する説明、というのは」

「……答えになってねぇんだが」

 

 ドアノブにかけた手を離し、男を見る。

 カタルパよりは一回り程は背丈があるにも関わらず、先に言った通り腕の細さは同じくらいだ。ボロボロで原型がよく分からない衣服は煤けていて、原型も元の色も何も分からない。刀傷や銃創、火傷痕など外傷をやれるだけやってきたかのような肌は元の白さを伺わせない。

 本来は美丈夫であったのだろうが、裂けた頬や針で縫われた後がそれを台無しにしていた。

 問題はそれらなのだが、デスペナルティになれば治る(直る)ような類の傷に見えた。キャラメイクで元から付けていたとは到底思えない。

 つまりこの男、これ程の傷を負ってきながら、死んではいないのだ。

 細身の腕で、戦争を生き残ったかのような、凄惨さだけが遺された体。生きているという証左。

 傷ついても、決して死ななかった果てが、その原型を留めていない破壊の跡である。

 

「あんたは、結局誰なんだ?」

 

 カタルパは、胸中で燻る問を投げかける。

 

「勝てたら教える、みたいな腑抜けた事は言わせてくれるのか?」

「今言ったろうが……」

 

 浮上してきた可能性を、「それだけは有り得ない」と断じて、カタルパはまた、ドアノブに手をかけた。

 

「……屋内でやろう、という事か?」

「な訳ねぇだろ……ただ単に、今の俺だと勝てないので――」

「援軍は流石に……」

「本気を出す」

 

 開かれた扉の向こうから、銀の乙女が現れた。

 実にいつ以来となるだろう、【絶対裁姫 アストライア】の登場である。

 

「まったく……私を此方に置いておくんだから戦闘は避ける、と言っていたのはカーター自身ではなかったかい?」

「だから来た。君と闘う為に」

「……そうかい」

 

 やや呆れ顔なのは、望んでいたセリフと違かったからだろう。それでも【Cross chain(第5形態)】に即座に移行したのは、以心伝心の為せる技か。

 

「成程……人から武器に……メイデン、それもアームズだったか」

「ん?そんなに有名じゃなかったっけ」

「いや……王国にはヤバい教団の元締めと不平等な正義の味方がメイデンのマスターとして居ると聞いていたが……皇国では全くと言っていい程聞かなくてな。……何処ぞの冥府の何たらがメイデンだとは聞いたが」

「……不平等な正義の味方って……」

 

 中々に的を射ていて反応に困る。

 冥府の何たら、と言うのは近頃話題になっていた『一日22時間ログイン勢』ことベネトナシュだろう。王国のヤバい教団の元締めに関しては……女狐の事など語らずもがな。

 

 アイラからカタルパへの思念を、思いを重い鎖に変えて、鉄鎖はカタルパを縛り付け、縛り上げ、雁字搦めにしていた。守るかのように、ではなく、逃げられないようにするかのように。

 それこそが、第5形態、【Cross chain】の本質だとでも言うかのように。

 対し謎の男は瞑目し、また開いたかと思うと何処からか――恐らく左手の甲から――武器を取り出した。その武器は、

 

「『……鎖?』」

「あぁ、奇しくも同じだな」

 

 同種による戦闘が、緩やかに始まろうとしていた。




( °壺°)「いつの間にか七十話」
( °壺°)「百話行く前に終わらせたい」
( ✕✝︎)「そんな長続きされてたまるかっての」
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