■カタルパ・ガーデン
結局、霞を食うような話だった。アルカは説き伏せられていただけだと言うし、奴が何者なのかは分からずじまいだった。真相は未だ闇の中なのだ。
アイラとネクロに関しては、何かをあの男から感じ取ったらしいのだが、一方的な以心伝心は、こういう時だけ逆行したりはしてくれなかった。
ミルキーにしても、一瞬しか見ていない筈なのに何かを感知したらしい。おいおい、俺だけ置いてけぼりだよ。況してや皆は口を揃えて『これは自分で気が付かなきゃダメだ』とか言うんだぜ?訳が分からない。
話は逸れるが、【終点晶楔 ギャラルホルン】の改修が完了した。無論、本来は此方が本題だったのだが、意識がそっちに向かっていないのは確かだ。だから、本題だったにも関わらず、話が逸れている。話が逸れていたのを修正した形をとる筈なのに、矢張り腑に落ちない何かがあった。俺だけが、気付いていないからなのだろう。あれ程智力がどうだと語っておきながら、気付けていないから。
皆が気付けていて、俺だけが気付いていない事。俺だけが見落としている何か。あの男が、誰なのか。
出会った事があるプレイヤーなら、俺は多分忘れない。あれ程傷ついていても、傷のついていない時の顔と照らし合わせる事は造作もない。だから、デンドロ内では初対面なのだろう。
であれば、現実世界で出会った人間、という事になるのだろうが、それだとアイラやネクロが気付けた理由が分からない。アイラは俺の過去を読み取る事が出来たとしても、ネクロに至っては不可解極まりない。
それが最大の謎なのだ。逆に、それさえ分かれば、ピンと来る。そんな気がする。
問題は、その解決の糸口がない事くらいか。おいおい詰んでるじゃねぇか。
クロノ・クラウンの件は既に終結したと言っていい。帰り道に襲われなかったのが証拠だ。いやまぁ、興味が失せたからなのかもしれないし――アルカの〈エンブリオ〉が第Ⅶ形態に到達したからかもしれない。
それがデカいどころか全部な気もするが、終わった事はいいんだ。
この推理だけは、誰にも任せられない俺だけの
「…………因みにネクロ」
『何用かね』
「アイラは?」
『貴公の推理の補助、と言えば聞こえは良いかね?』
「補助ぉ?…………なぁ、敢えて聞くが、危険は無いだろうな」
『それは分かりかねる。彼の者が嘘吐きや、詐欺師の類で無ければ明確な危険ではないだろうが』
それはある種の回答だった。それも、この状況に於いては悪手と言わざるを得ない程の。
いつものように紋章内に居ない鎖の少女は今――何処に居るのか。
誰の元に居るのか。
「あの【ミミクリー】使いって事で、いいんだよな?」
『……本当にあれが、奴の語った通りの【ミミクリー】ならな』
「まさかとは思うが、あれがもう一つの可能性だとでも言うのか?」
『いや、それは無い。それだけは無い。アレは
「……いや、もっと聞きたい所なんだが――」
本が閉じる音。どうやらそれが今の発言に対する回答のようだ。なんとも、ネクロらしい。
「――後は俺が考えろ、と」
【ミミクリー】の本質っつーのは後々考えればいい。今はあの男に会いに行ったアイラが、つまりその二人が今何処にいるかだ。
一旦ログアウトすれば、〈エンブリオ〉である彼女は此方の手元に戻ってくる。しかしそれは、愚策であろう。絶対に機嫌を損ねる。
俺が最早自室と化したこの場所で考え込んで約一時間。そんな時間で皇国に辿り着ける程、彼女は俊足じゃない。
なら、『逆』なのだろう。アイラが向かったのではなく。
『奴』から、来たのだ。
なら、王国のどの辺だろうか。
こうした面倒事は今迄なら速攻でセムロフに頼る所なんだが……どうせ話は通ってる、承認してくれないだろう。それにああした使い方を本人が「悪用」と言っていたしな。あまり強要も出来ない。
手詰まり、のように思える。だが、アイラが行っているのは補助だと言う。なら、俺が考える事で、アイラの居場所が分かる、その筈なのだ。残念な事に、奴に【刻印】は刻まれていない。【刻印】が刻まれている相手は、一定範囲内であれば感知出来るのが《愚者と嘘つき》にはある。だが【刻印】を刻むにはダメージ判定が無ければならない。全てを【ミミクリー】の模倣した鎖や自らの回避によって避けた奴に、【刻印】は一つも刻まれていない。…無論、《愚者と嘘つき》を発動し、一撃与えたなら、【刻印】は全て取り除かれ、零になる。だから今の所、【刻印】が刻まれている相手は、ミルキーとかアルカとか……後はコロシアム外で私闘をしたランカーとかPKとかその辺だ。
まぁ、その為現在感知出来るのはその辺であり、あの謎の男はその中に居ない。
己の力では届かない。誰かの力は借りられない。だがそこは、愛の力でカバーするのが、今の俺だ。
以前アイラが居なくなった時、俺は……そうだ、当てずっぽうに、無闇矢鱈に、虱潰しに。彼女が居そうな場所に向かったのだったか。
なら――今回もローラー作戦決行である。
「行ってきます」
返答はない。だから、返答してくれる少女を、ここから探しに行こう。
きっと見つかる筈だから。
□■□
一発目で当たるとは思っていなかった。
最早見慣れたカフェテラス。嘗て【怨嗟連鎖】が暴走――一応正規起動だったのだが――したのが此処だったか。
普通に二人が相席している事に、俺は何か言うべきか?
「やぁ、えっと……カタルパ・ガーデン、君?」
「どうも……お名前伺っても?」
「あぁ、私はエイル・ピースと言う者だ。宜しく」
差し出された手を、握り返すか一瞬だけ逡巡した。
エイル・ピース?……成程、希望の、ね。
やんわりと何かを察し始めた俺は、ごく自然にその手を握り返した。
「よろしく、エイル。それで何故此処に来たのか、伺っても?」
「質問ばかりだね、君は。そこの少女が答えてくれるのでは?」
「俺はあんたに質問してやったんだが……まぁいい。アイラは何かしら答えられるのか?」
アイラは首を横に振る。矢張り本人に問うしかないらしい。
「おや振られた、まぁいいか。無論、私としては君と私闘を行いたくて……嘘だ。これは嘘だ。こればかりは。私は君と闘いたい訳では無い。私は君達に話があって来たのだ。私利私欲と言うか、私的思考に満ちた、私用だ」
瞬きにも満たない一瞬、殺気が立ち込めた。
おいこのカフェテラス。戦闘の場になりすぎていないか?その殺気を感知してか退避行動を取り始めた辺り、ダメな方向で慣れているのかもしれないが。俺を見た瞬間に逃げ出したあいつは、多分以前【シュプレヒコール】で斬っちゃった奴。
キチリと鳴った鎖の音。それは、少女のものではない。
聞きなれた音。在りし日々の再誕。悲劇という題目の、リンカーネーション。
このカフェテラスで鳴り始めた、あの怨嗟の音。
《延々鎖城》。それが発動した。
男、エイルの手刀を遮るように、その鎖を伸ばして。
そして。
「触れてみて漸く分かった。矢張り、お前は――」
「俺も分かったよ。やっぱあんたは――」
「「此処に居たらいけない」」
二つの正義が、相反した。
咄嗟に手元に手繰り寄せた鎖の少女は何故か、
「『…………え?』」
確かに、俺の両の手には、それらが握られていた。
剣と天秤
つまり第1と第4。【Cross sword】と【Cross balance】。第5形態が使えたスキルの元。《秤は意図せずして釣り合う》と《感情は一、論理は全》を保有していた形態。