■過去:天羽 叶多
梓はとても危なっかしい人。
高校生の私が梓に抱いた第一印象は、そんなだった気がする。
庭原 梓という人は、人としての条件を満たしていながら、『ヒト』じゃなかった。
死んだ魚の目、とはまた違う目をしてた。
凄く空っぽ。絶望していない、けれど希望も無い、そんな目。何もかもが平坦に見えてしまっているに違いない。私はそう思った。
強ち間違いでもないその推理は、けれど結果、空回りに終わった。
何度席替えしようと隣同士だった私は、梓へ毎日挨拶をしたのだ、が。
「話しかけないでくれないかな、天羽さん」
高校生にあるまじき、とは言わないけれど、とてもよそよそしい彼に、誰もが距離を置いた。
めげない事で知れた私も、これには困った(距離を置いた訳ではない事がポイント。流石私、めげない)。
例えば……そう、家族関係、とか。
□■□
彼が学校に来る日というのは、まちまち。
1週間連続で休む事もあれば、1ヶ月近く休まない時もある(毎日来るのが本来普通なんだろうけど)。
私は皆勤賞だったから、隣の席の子が休んだり来たりしているのは、とても居心地の良いものでは無かった。いつも隣の子と話していたい、とは思っていたの(まぁ、会話してくれるかは、 別問題だったけどね)。
「おはよ、庭原君!」
「……おはよう、天羽さん」
梓が私に挨拶を返してくれたのは、夏休みが終わったある日の事。
梓の目に、小さな火種のような光が、灯っていた頃の事。
相変わらず私を見る目と周りを見る目は変わっていなかったけれど、梓の持っていた新聞記事の切れ端に『椋鳥 修一』って人が書かれていたのは見た。多分、その人が梓に火を付けたんだ。本音を言えば、その役割は私がやりたかった。けれどきっと、それは傲慢だ。許されざる事だ。それに私がそう望んでいても、梓の心に火が付いたかどうかは定かじゃない。
胸中に渦巻く「何か」は決して私にとって快いものでは無かったけど、梓が少しづつ『良くなって』いるなら、それで良かった。
私の心が、どんなに傷付く事になっても。
□■□
高校生活も半ばに差し迫った頃には、梓の目は他の人とさして変わらない輝きを放っていた。
「それでさ、シュウが言ってたんだよ、『可能性はいつだって、お前の意思と共にある。
極僅かな、ゼロが幾つも並んだ小数点の彼方であろうと……可能性は必ずあるんだよ。
可能性がないってのは、望む未来を掴むことを諦めちまうことさ。
お前の意思が諦めず、未来を望んで選択する限り、例え小数点の彼方でも可能性は消えない』ってさ。
弟にも言ったことあるらしいんだけど、なんかの主人公みてぇなセリフだよな。……馬鹿馬鹿しいとは微塵も思わねぇ、思えねぇよ」
語る内容は、大体椋鳥 修一さんの事だけどね。でも、方法はどうあれ、快復はしているみたいだから、良いのかな、うん。
でも、可能性はいつだって、お前の意思と共にある、ね。
いい……セリフだね。本当に、そう思う。
……その時の私は、気付いていたんだ。
そう思う心と、また別の心があった事。
梓が他の人とさして変わらない輝きを放っていた事に反比例するように、心が荒んでいっていた私は、一体この思いを「何」と形容したんだろう。
今の私なら、「怒り」や「妬み」と言ったことだろう。或いは、梓に向ける思いを「恋心」とも、形容しただろう。けれど過去の私は、今尚狂っているけれど、それよりも狂っていた過去の私は。
一体、何と形容したんだろう。
□■□
梓は友達で居てくれた。
この事はとても大切だ。
梓は優しく居てくれた。
この事はとても有難い。
梓は友達で居てくれた。
それが私の心を蝕んだ。
梓は優しく居てくれた。
それが実は苦しかった。
私という人間は、恋心をこじらせた乙女だった。そう、だった。過去形。
元から狂っていた、なんて自負しておきながら、狂う事を何処か恐れて。或いは畏れて。今の私を過去の私が見たら、「マトモ」と言うんだ、きっと。でも私からしたら、過去の私の方が――梓の前での私の方が、「マトモ」だったよ。
庭原 梓という人の前では、ただの少女で居たかったんだから。
強欲で、傲慢で、嫉妬していて。
……うん、馬鹿馬鹿しいね。
救いようがないよ、こんなの。
どうしてこういう
■現在:天羽 叶多
ズルズルと。私は梓を引き摺って行く。
<Infinite Dendrogram>の世界での私、ミル鍵は、この世界での梓、カタルパ・ガーデンを引き摺って行く。
延々と。永遠に。
街を出ようという頃になって漸く立ち上がった梓は、いつもより不機嫌そうに見えた。当然だよね。
「やれやれ、とは言わない。言えない。
いつもの事だしな、これは。
確かにふざけんなとか言いたい事はあるけどよ、そういう時ってのは大抵、お前が何か隠し事をしている時、だろ?
ったく、いい加減分かってきちまったじゃねぇか」
……何を言ってるんだろ、梓は。私に隠し事なんか、無いよ。
そういう事をセリフとして言えない辺り、図星を突かれているのかな。
私の、隠し事、ね。
「どれの事、だろうね」
「…………さぁ?」
ギデオンまでの道のりはまだ遠く、徒歩で行くにはまだかかる。これ以上2人に会話は無い。勿論、梓の左手の紋章から3人目が出る事もない。
だから、私と梓は、風の吹く音だけを耳にして、前に進んだ。
□■□
楽しい時間は早く過ぎるもの。
気付けば私と梓はギデオンに辿り着いていた。
「なんだろ。あれみてぇ、ピザ」
「そう言われたらそう、かも?」
街の形を地図で見ると、確かにピザみたいだった。街の中央に配置された古代ローマのものを彷彿とさせる闘技場は、ピザで言う真イカかな、或いはオリーブ。
「で、僕もお前も闘技場には参戦出来るわけね。観客とかじゃダメなのか?」
「んー、まぁ、最初はいいんじゃない?」
『おいおい、来たなら闘えクマ』
「なんなら僕と闘うかい?」
何か、会話にインターセプトして来た2人がいる……。
クマの着ぐるみと、何だろ、「持ってる中で一番装備補正が高いのを選びました」みたいなチグハグ装備の人。
「お、シュウ。どうして此処に……その隣のチグハグも含めて」
どうやら、片方は梓の知り合い、らしい。
『フィガ公は俺のダチクマ。【剛闘士】のフィガロだクマ』
「【剛闘士】、ね。よろしく。僕はカタルパ・ガーデン。ジョブは【演算士】だ」
「【演算士】?計算系統上級職の?」
「そうだけど?」
『……闘技場に出ない事をオススメしてやる』
何だろ、この置いてけぼり感。フィガロさん?はごく自然に話に入っているみただけど、私の弾かれた感はどうしよ。
「で、そちらの方は君の知り合いかな?」
「ああ、俺の……何だろ、友人?のミル鍵」
『疑問形な事に疑問を抱かざるを得ないクマ』
あ、なんか漸く出番が来たみたい。
「私はミル鍵です。あず……カタルパの彼女だよ!」
「違う」
「親友だよ!」
「……強ち間違いじゃない」
うん、ゴリ押しは出来たっぽい。初っ端から踏み外した感否めないけど!
こういう時の反応がフィガロさんは分からないのに、着ぐるみごしなのに引いてるのが分かるんだけど……不思議だよ、シュウさん。
『お前、おかしな奴が周りに居たんだな』
「僕の周りにはクマの着ぐるみ着てるおかしい奴とかいんだよ」
「シュウの事だね」
『おい、フィガ公とカーター。てめぇら纏めてぶっ潰すから闘技場行こうぜ』
「僕をカーターと呼んでいいのは」
『私だけだぞ、シュウ』
『俺をシュウと呼んでいいのも数少ないクマ』
息ピッタリの二人組。ああ、遂にアイラちゃんまで追加されちゃったよ……。
出会いは突然に。なのにラブコメの気配は無い。
【兇手】に【剛闘士】に【破壊者】に【演算士】……。見事にバラバラ!なんて感心するべきなのかな。
こんなになるなら、闘技場なんか来るんじゃなかったよ……なんで?
なんで私は梓と居たいんだろ?
……ま、いっか。
「んー!吹っ切れた!
カタルパ!行こう!闘いが私達を待ってるよ!」
「やめろ!さっきシュウが言ってたろ!出ない事をオススメするって!」
「知らなーい」
『言ってないクマ』
「シュウ!貴様ぁ!」
「僕も1回非戦闘職とやってみたいな」
『おうおう、ボコってやるといいクマ』
「シュウ!裏切り者が!」
『まあ、死なないのだろ?私は構わないぞ』
「酷使してやろうアイラ!」
『足腰立たなくなるまでなんて、何を言い出すんだカーター!』
「お前も何言ってんだよ!そんな事言ってねぇよ!?
ここに助け舟は無いのか!?
着ぐるみと戦闘狂とキチガイしかいねぇ!相棒も相棒で抜けていやがる!」
救いがないのがいつも通りってのが梓だよね。
まあ、多分キチガイが私なんだろーけどね。
「っ……仕方ねぇなぁ!やりゃいいんだろやりゃぁ!」
『そうだな、行くぞ、カーター!』
『ボコってやるクマ』
「楽しみだね、シュウ」
「んー……私も行くかな!【兇手】ミル鍵、行っきまーす!」
ワイワイ騒ぐ5人組(1人片手剣状態)。
その後の【超闘士】、【破壊王】、【狂騒姫】……そして、【数神】の物語。
私達の物語は、まだ続いて行くみたい。
あまりに今更ですが。【上半怪異 テケテケ】のスキルについての説明。
《脚は無くとも速くはあり》
自身のAGIとSTRを上昇させ、一定時間空中歩行が可能になる。
その空中歩行の方法は《風蹄》とほぼ同じ。MPをこちらでは消費しない。
特に使用回数などの制限は無く、発動に一定のSPを消費する程度。とは言え、発動条件に「地に足が付いていない」事がある。物理的に、である。1回「ピョン」と跳べばいいので難しい話では無い。
第1段階では強化時間は30秒。
第2段階で45秒に伸びた。また、強化されるステータス補正も段階が進んだ際に上昇した。
オリキャラだからか、特化型にしては中々強い補正。……天羽 叶多の内面が反映されている、と思って頂ければ。